木の春は桜に非ず 椿(つばき)物語 序章
雨、雨、雨・・・・・
今年の春は本当に雨が多かった。
それは晴れた日や降らずに曇った日もあったけれども、雨天による業務のずれ込みが多かったことと、個人事情も重なりお花見ができなかったことで、春の代名詞である桜を楽しむ余裕の無さから、雨の印象のみが残ってしまったのかもしれません。
春と言えばどうしても3月末から4月にかけては、全国的に桜ばかりがとりあげられますし、私自身も家族で桜の下でゆっくりと過ごす時間はとても有難いもので、春の休日の大きな楽しみです。
今年はその大きな楽しみができなかったこともあるので、春とは言い難い時期になりましたが、敢えて春のお話をしたいと思います。
そんな春に注目すべき樹木は桜だけではありません。
というより、まさしく漢字で「春の木」と書く、花を咲かせる樹種がありますよね。
そうです、「椿(つばき)」です。
桜よりも花を楽しめる時期が長く、はっきりとした色の大きな花はこれまた季節感を目で感じるには十分なものです。
一言に椿といっても樹木のお決まりにたがわず多くの種類があり、その花も様々です。
そして花が美しいということは、鑑賞したいという欲求が生まれるのは当たり前で、自生する品種の他にも多くの園芸品種がありそれぞれに雅な名がつけられています。
有名なところでは茶花として好まれる「侘助」ではないでしょうか。
侘び+好き(数寄)=侘助といわれ、茶道に適するという意味をもっているそうですが、これはのちに挙げる椿の特徴とは違い、「おしべが退化する」という特徴を持ったもので、やはり品種改良の代表といったところでしょうか。
そのような品種によって、赤や白、それらが斑の様に混ざり合ったものなどが花弁を重ねる姿と、花弁の基部が癒着している構造によって「おしべとともに花ごと散る」ために、満開を過ぎると椿の木の周辺にはまるで赤や白のビロードの絨毯が敷かれているかのような、花の絨毯ができます。
私はこの様子が美しいと思いますし、特に苔むした緑の上に原色に近い色の花が落ちた時の姿は、見入ってしまいます。
しかしながら、この花ごと落ちる姿は武士の斬首を想像させるということから、武家の屋敷には植えられることはなかったといいます。
黄楊の記事でもあったように、武家というのは殊更こういったことを気にかけていたのでしょう。
もちろん、これも後の世の流布であるといった話もありますが、昔の人は樹木や木材の性質や様子をよく知り観察していたからこそ、人生や性格などを自然に当てはめていたという証拠であり、それだけ木が身近な存在だったという証明でもあるのだと思います。
この武家のお話は、後に木材としての椿をお話する時にもちょろっと登場します。
そんな椿ですが初めに「春の木」と書いて椿である、としてわざわざこのシーズンに記事を書き始めたわけですが、実はそれは間違いであります。
いや、間違いというよりも誤解してはいけない、といった方がいいのでしょう。
春と木の合わせ字である椿を含めて、樹木でよくある「イヌ●○」や木材で見られる「樺桜」などのように、「似ている」若しくは「用途が同じ」といった理由で、同じ樹木だと勘違いする名前がつけられることが多くあることは、ブラックチェリーの記事やタガヤサン、黄楊(つげ)などの記事で挙げている通りです。
椿の場合は、それらの例にプラスしてこの漢字表記自体にも誤解を招くものが含まれているのが、物凄くマニア心をくすぐるところであります。
樹種名:つばき(別名:山茶)
最古の文献登場は、日本書紀。西暦12年に豊後の土ぐもを討った記事の他、万葉集にも「都婆伎」や「都婆吉」という万葉仮名で登場し、日本人になじみが深かったことを想像させる樹種。
発音に関しては、「厚葉木」や「艶葉木」の転訛したものとも言われますが、中には寿葉木(すばき)といった縁起の良い字も使われていたようです。
漢語名では「海石榴」で、これも古くから使われています。
そんな時代の中でやはり、春を意味する花として「椿」という漢字表記が一般的になったようですが、この一般的な漢字が実は、深く楽しい木材沼への招待状だったりするんです。
漢字を主に使っている国は日本と中国。
同じ漢字でも、樹木の場合は異なった樹種を指している場合があるというのが、実はよくあるのです。
柏や樟という字などもそうですが、日本で使われる場合に指す樹種と全く異なる樹種を意味しているのが椿も同じ。
椿という字は、中国名では「ちん」と読み、日本でいうところのセンダン科のチャンチンという木材を指す漢字として使われています。
この二つ、全く違う樹種です。
それは一目瞭然で、しかも弊社に「椿」の名で入荷した板材がありますが、まさしくそれがチャンチンではなかろうかと思われます。
チャンチンはどちらかというとケヤキの様な木目を赤っぽくしたような外観ですから、すぐにそれとわかります。
その材だと知っていればすぐにわかるものですが、購入時の品名が「椿」となっているとふつうは「これ、つばきか・・・」となってしまいます。
それに弊社にあるものは漢字表示ではなく「ツバキ」とカタカナで表記されていました。
あくまでも想像ですが、入荷した原木に「椿」の表示があるものを製材した方がそのまま「つばき」と読んで、製材後の板に「ツバキ」表示をしたものか?!?
断定はできないものの、おそらくそんな流れだと想像しているのですが私が知りえる以外のツバキなのか果たして・・・・
これだから木材は面白いのですが、反面入荷する時の樹種名が今回の様に「これはちがうやろ〜・・・」というくらいに判別できる樹種であってもそれ以上に詳しく状況を追跡できない場合は、私の自己判断でしかできないために、時にはお客様に曖昧な回答しかできない場合もあるのですが、この様な事があるということを知ってもらって、樹種名だけではなく、目の前の木材をどう生かすか?!という観点を大切にしてもらいたいとも思います。
もちろん、樹種名を追及するからこそ今回の様に面白いのは言うまでもないのですが、その葛藤も材木屋の楽しみ??!?!