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秋の名月と月に棲む樹 桂(かつら) その名の伝説と香り部

わけあって、えらく時間がかかってしまいましたが前回に引き続き、今日以降少しの間桂(かつら)のお話に付き合っていただきましょう。
一部の人の間では有名ながら、一般的には決して有名とは言えない樹種「桂」。
その知名度の差は何なのか?不思議になるのですが、やはり特殊用途のある木材というのは、それを求める人の目にしか止まらないものなので、認知度が低いのかも知れません。用途の紹介は後で触れましょう。


桂(かつら) カツラ科カツラ属の樹種で、学名を Cercidiphyllum japonicum 英名をKatsura Tree 、日本の名と樹種名自体が学名になっている樹種です。
また、中国で桂と表記するのはクスノキ科の肉桂(下写真)などの香木の総称のほか、香りの高い花をつける木を指すために、桂の字が入っているものの、全く異なるので注意が必要。(もちろん、それも楽しみのうち。)

肉桂


学名のもととなっている Cercis は、マメ科のハナズオウ属を意味し、桂の葉の形が、ハナズオウ属に似ている事に由来します。
とはいっても、桂の葉は対生でハナズオウのそれは互生ですから、明らかに違いはあるのですが・・・
葉っぱのことには後でも触れます。
古名に「オカツラ」とも言われるのは、木材業界でよくあるたとえと同じで、ヤブニッケイを「メカツラ」と呼ぶことへの対比から。
その材種からは、「オ」のイメージはあまり感じられませんが、人はいつの時代も「オとメ」に分けたがるのでしょうか・・・・
ちなみにヤブニッケイの中国名は天竺桂。
三蔵法師も目指した天竺にあるヤブニッケイは桂のようなかぐわしい香りを漂わせていたのだろうか・・・・。

もう一つ、名前で気になるのは、桂の木材を調べたことがある人なら耳にするであろう「緋桂と青桂」。
木材になった桂では、赤みの強いものが緋桂で、白っぽいものが青桂と認識されているのが一般的ではないかと邪推しますが、植物的には開葉後に「しばらく葉脈の赤みが残るものを緋桂」、たいしてすぐにうせるものを「青桂」と称しているといいます。
どちらにせよ、「緋」の文字ははっきりと赤みの強いこと、などを意味する字なので、どちらの用途でもしっくりとくるような気がします。
たまに木材市でも「これが桂?!」という、その優しいオレンジがかった赤身のイメージとはかけ離れた、青白い材を見ることができますが、「青桂」とはよく言ったものだと納得するのです。
ただ、それらの名称も、若葉の色の違いであるという説や、皮の色の違いだという説もあるので、後付けの通称名の一種だと理解し、偏見を持たないようにしなければなりません。
もちろん、植物ですから土地や気候の影響を受けるために、木目も色合いもさまざまであるのだから・・・


また、「桂の花」は秋の季語でありながら、実は桂本体の花のことではなく、「キンモクセイ」をさした季語。
桂の花は春に開花するので、まったく異なるのですがキンモクセイのあの独特の香りと桂の葉っぱの甘い香りは、どちらもとても鼻に心地よいものです。
それは昔の人も同じように感じていた(?!)ようで、桂を表す「香出(かづ)」は甘い香りを放つ、という意味があり、黄葉して乾燥するとともに生成される「マルトース」と言われる麦芽糖からくるもので、枝と葉柄の境にできる細胞の層から出る芳香成分があるために、今も昔も「香り出る樹種」として残っているのです。
長野や岡山では、落葉が醤油の香りがする、ということで「ショウユノキ」の名前も残るといいますから、人の鼻の感覚というのは様々なものですね。

残っている、といえば今でこそ一科一属の桂ですが、前回お話ししたように、中生代白亜紀(1億年前!)から進化せずに同じ姿で生きてきた希少な樹種だということを忘れてはいけません。
昔から生き続けているということでよく話題になるのは、同じく黄葉が美しく巨樹も多く残る「イチョウ」でしょうが、イチョウのような生きた化石ぶりを見せるのではなく、こちらは一所懸命に形は変えずとも生き残るすべを探してきたように感じられてなりません。
それはその姿を見ても想像できるのです。

桂は、杉と同じく水が大好きな樹種で、渓谷沿いや水の豊かなところに群落を作らずに生育する樹種。

桂清水

岐阜に生きるこの桂清水は、なんと根のど真ん中から水が流れ出ているではないですか!!
冬やからつめたいのなんの・・・(残雪みえるでしょ・・・汗)
でも、各地にも「幹の直下に井戸や水源」がある桂がありますので、本当に杉と双璧をなす「水好き」な樹種だといえます。
だから、桂の巨樹巡りではしばしば沢沿いに降りていく、とかいうシチュエーションに出会うのですが・・・・

基、群落をつくらない桂は、細かな土砂の河原でも着生しやすい翼のついた種子を風で散布する「風媒花」のために、次の世代を作れるかどうかはまさに「風任せ」的な部分があり、よくぞ現生まで生き残ってこれたと思うところですが、実はそれだけに頼っていないところがほかの樹種と異なるところで、桂の巨樹を観察したことのある人ならピンとくる、あの方法で生き残りを果たしてきた様なのです。

谷の桂


はい、このように「どこが幹なのかわからない」萌芽枝を伸ばし、主幹が枯れても自らのクローンで再生し続けて、その地に生き続けるという手法をとっている、人間界のクローン技術を先取り?!してきた偉大な先輩なのです。

ですから、以前に紹介した出灰の桂は幹の太さは別として珍しい単幹(に近い)の桂なのです。

そんな異形をみせる桂ですが、その葉はとてもチャーミングです。
ハート形、と称されているそれは、小さな青葉の時期も美しい上に黄葉も見ごたえ十分。

葉っぱ


昔の人も、このハートの葉を見てロマンチックな思いに浸っていたことでしょう。
それを証明する伊勢物語の行があります。

「目には見て手には取られぬ月のうち 桂のごとき君にぞありける」

目には見えていても手には取ることのできない、まるで月の中の桂のようなあなたです。
そこにいると聞くけれど、思いを伝えられない女の身辺を思いながら読まれたもの、といいます。
やっぱり桂は、どこか人の心を温かくつかむ部分があるようですね。

最後に、やはり恐竜時代から続く樹種には伝説も残っているものです。
日本書紀や古事記に「ゆつかつら」なる木が登場します。
それは「湯津楓」や「湯津香木」とあらわされる通り、日本で桂の文字が使われるのはずっと後で、「ゆつ」は神聖な、や清浄な、葉が生い茂ったという意味を持ち、京都にある桂離宮のあるその地の「桂」の由来について山城の国風土記にて「月読命が天照大神の勅をうけて、豊芦原の中ツ国におり、(中略)一本の湯津桂の木があり、月読命がその気のそばに立った。その木のあるところを今桂と名付ける」と記していたため、かつらを湯津桂に見立てていたのだと思われる、とのこと。


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