神迎える楡から続く伝説の木 楡(ニレ) 神話編
前回の最後の方は、どこか感情的な表現になってしまっていたかもしれませんが、良いところがないとか長所がないとか言って、一つの樹種の個性を消してしまう事のない様に大切にしたい、そんな思いがつい出てしまったような気がします。
さて、「神迎える楡」というなんともありがたい名を与えられた古巨木から始まったニレのお話ですが、今回はそのニレにまつわる様々な伝説や神話を取り上げて締めくくりたいと思います。
神話という言葉を聞くと、私の脳裏に浮かぶのはやはりヨーロッパ。
横文字の神々の名前の神秘的な事には、小さなころからのあこがれも含まれて未だに魅力的に感じます。
以前、カスクオーク幅広無垢V溝フローリングのところで、オークは雷のシンボル「ゼウス」と関係が深いと言うお話をしましたが、それとは違い、美しいエルムの神に遠慮をしてニレの木には雷を落とすことが無いと言われているそうです。
カミナリおやじも、美人にはめっぽう弱いってな感じでしょうか(笑)。
そして、海の向こうの神話の一つには神が作った人間の種族の祖とされている男性「アスク」はアッシュ(タモの仲間)の木から、女性「エンブラ」はエルム(ニレ)の木から生まれたとされ、天と地下(おそらく冥界)の間=この地上に住むようになったそう。
あくまでも神話ではありますが、人間と木の密接な関係をにおわせるには十分想像力をかきたてるお話です。
もっとも、「宇宙樹」なる考え方があるくらいですから、人間の祖先が木と関係があっても不思議ではない?!かもしれません。
更にここからは私と同じ「昔の子供」、つまり現在30代後半から40代位の方にはドンピシャな神話が登場します。
おそらくいくらかの男性は、今日の記事の冒頭の神話という言葉が琴線に響いていたのではなかろうかと邪推しています。
というのは、ニレの木は「冥界」とつながりがあるからです。
ニレの木は英国では棺桶の材に、古代ギリシャでは墓地に植えられ古代ローマの詩人ウェルギリウスによると「ニレは黄泉の国に生えている」とされる為に、英語での別名がelfin wood (妖精の木)になっているといいます。
ドイツ北部の町では、農地の守護者であると同時に人間界と大自然の霊との間にある「門」を守る番人であるといいます。
これらは妖精や半獣人、神々の神話などのお話が多く残る地においては人間以外の者への畏怖や畏敬の気持ちとともに、自然やそれを含めた命とのつながりを樹木と関係づけた結果のお話ではないかと推測しますが、それは日本でも同じ。
霊験あらたかな巨樹を訪れたりすると、日本各地において「弘法大師の立てた杖が根付き巨樹になった」なんて話はどこでも聴きますし、「どんなけ杖もってんねん!!」(というか、育つか?!の方か)とつっこむのではなく、その逸話を有難く受け止めて、そんな時代にうまれた巨樹との接見のひと時に華を添えるデコレーションと感じるのがマナーです。
だから、神話の中のニレも同じ・・・とおもいきや、神話にはまだ続きがあるのです。
お待たせしました。昔の子供のお時間です。
私はこのお話ができる日を心待ちにしていました。(というか、自分の更新の都合なんだけれど。)多くの男性諸氏、往年の名作漫画「聖戦士星矢(セイントセイヤ)」をご存知でしょう。
星座になぞらえた「聖衣(クロス)」と呼ばれる鎧をまとい、海の神ポセイドン・冥界の神ハーデスなどのギリシャ神話の神々をモチーフにした登場キャラと戦うという、とても世界観の広い漫画です。
その名作のなかに、ニレの木に関連する人物が出てくるのをご存知か?!
古代ギリシャの伝説によると、アポロの息子で竪琴の名手であるオルフェウスが愛する妻の死を悲しんで竪琴を弾いていると、その音に惹かれニレの木立がわき起こり、オルフェウスは妻を追って冥界に降りて行ったといいます。
しかしながら、彼は妻を連れ戻すことができずに地上に戻りニレの木立の陰に隠れ竪琴を弾いた、というお話。
これは正しく、あの琴座(ライラ)のオルフェの事ではあるまいか?!
漫画では彼女は毒蛇に噛まれて死にますが、死を受け入れられないオルフェは冥界の王ハーデスに会いに冥界に向かい、ハーデスの前で竪琴を奏でてそのあまりの素晴らしさに、彼女の魂が地上に戻る許可を得、喜んだ二人は共に地上に戻っていくのですが、その途中地上に着くまでは絶対に振り返ってはいけない、という約束を果たせず振り返ってしまい、冥界に縛られてしまった彼女を生き返らせることができなかった、というストーリーでした。
ニレの神話と聖闘士星矢の原作にどこまでの関連性があるかは作者でしかわかりませんが、オルフェウスの名や冥界に赴くところなどはある程度の共通性がありますし、神話というものは語り継がれることによってより美しく、大きな話になっていくものですから、その関連性を想像して萌えるのは個人の楽しみの世界ということにしましょう。
オルフェウスが竪琴を弾くことによってニレの木立がわき起こる、というのは元々ニレが黄泉の国に生えると言われることから、竪琴の音色に魅せられたニレが地上に枝を伸ばして、オルフェウスを冥界に導いた、と考えられますから、漫画にはニレは描かれていませんが、神話の世界においてはニレは重要な樹木の一つであったことは理解できます。
さて、ヨーロッパでの神話以外にも「神迎える楡」でもさわりをお話したアイヌの伝説に多くのお話が残っています。
ハルニレのアイヌ名は「チキサニ」といいこれは「こすって火をもみだす木」という意味だそうです。
それは、材面が粗く摩擦が効くので発熱しやすいという事と、神が人間に火を授けるのはこの木によった、というところに由来しているということ。
また、神が人間の国を想像したときにハルニレとヨモギが生じたというのですが、これはその両者が生えるのは、耕作の適地だからということと、やせ地や乾燥した土地にはあまり生育しないという性質に由来するものだと推測でき、そのことは、前々回の「北海道移住問答」の記述を参照しても同じことだという事がわかります。
(因みにアイヌ神話で最初に生えたのはドロノキで、次にハルニレだそうですが、両社とも北海道では多くある樹種ですし、ドロノキは神代木でも出てくるくらいに古くからある樹種だということが分かります。)
万葉集では「モムニレ」という言葉で登場する内皮をはがして乾かし、臼でついた食べ物として登場していますが、「もむ」という言葉は古くから木材としてだけでなく樹皮からもみだす利用もしていたことを示唆している一つに例だと感じます。
最後に前回、ニレの名の由来は「ネレ・ネリ」から転じたものだといいましたが、漢字の「楡」は少し違います。
木偏を取った「兪」は、「そうである、そのとおり」などの肯定やその字の通り「癒す」という動詞の意味があります。
知名度がない木材、として書き始めた記事ですが実は何事も否定することなく受け入れてくれる「癒しの木」なのかもしれません。
ケヤキほどの知名度や、タモほどの使い勝手の良さはないかもしれないけれど、神話の時代から人間の近くにあった樹種は、これからも目立つことはなく私たちのそっとそばにいてくれるのでしょう。