2014年05月03日
海と夫婦と恋こがれる想いの木 〜梛・ナギ〜
前回の春日山原始林のナギ伐採の記事だけを見ると、どうもナギが悪物の様になってしまっているのではないかと心配しています。
物の善悪は立場によっても見方によっても変わりますから、判断の難しいところですが、やはり悪物にはしたくはありませんね。
いや、悪物どころかナギはイヌマキ科ナギ属の常緑針葉樹で、古くから悪しきものを払う樹種と信じられてきた木なのです。
悪者どころか神聖な木と言った方がいいでしょう。
春日大社では、神木渡御という儀式には神事に用いられる事で有名な「サカキ」ではなく、このナギの葉をもちいるといいます。
決して邪魔ものではない、清らかな木なのです。
また、春日大社では種子からしぼった油を灯篭に点灯し、その油煙を採って春日墨をつくるそうです。

ナギは熊野三山ではご神木と位置づけられ、その名が「穏やかで波の無い海=凪」に通じる事から漁師さんや旅人が海難除けや道中のお守りとして、その葉を懐に入れたと伝えられているほどの縁起のよいとされる木です。
またまるで皮革の様な葉は、縦に30本と言われる平行脈を持ち、たとえ枯れ葉でも横方向にちぎるには相当な力が必要な事から、「嫁ぐ女性の縁が切れないように」という願いを込めて、鏡の裏にその葉をしのばせたりした「夫婦円満の木」でもあります。
また、万葉集には「水葱(なぎ)」として登場するナギ。
凪の字が鏡の様な穏やかな海を指すことは、夫婦円満だけではなく鏡の裏に入れた葉によって、逢いたい人の姿が見られるという言い伝えもあるそうです。
現在の様な写真や、ましてや動画インターネットなど存在しない時代には、女性の鏡台や手鏡の裏には、そっとナギの葉がしのばせてあったかもしれません。(基、女性だけではなく男性も、ですね!)
ロマンチックです。
先日の「ナギラクトン」とはえらいギャップです。

ナギ=梛(これは俗字といわれていますが・・・)
イヌマキ科の樹木で、学名を podocarpus nagi 中国名を竹柏(ややこしい、「カシワ」の字がでてきましたね。)、英名を nagi podocarp とされています。
また、先の引きちぎれない葉を持つことから「チカラシバ」や「センニンビキ」、「ベンケイナカセ」という俗名もあります。
日本では、四国や九州、山口県の一部に自生種があるそうですが、その他には先日のお話の様に、春日山には1万本を超すと言われるナギ林があるということですし、後に触れる様に、海と山の豊かな国和歌山にゆかりの深い熊野権現に因んだ神社のご神木にはナギが多く見られます。
中でも和歌山の速玉大社のご神木のナギは日本最大で、幹回り4.5mで天然記念物に指定されています。
私もまだ出会ったことはありませんが、拝んでおきたいものです。
この科の樹木は日本ではナギとイヌマキのみという珍しい樹種ですが、マキと聞いて高野槙(こうやまき)と混同しないようにしないといけません。
高野槙は一科一属一種という、言うところの仲間が自分だけしかいない、オンリーワン樹木だからです。
樹木の世界での和名には「イヌ・・・」という名前がしばしば出てきます。
木材でいえばイヌマキやイヌガヤなど。
悲しい事に、大抵は「似ている物や劣っている物」として使われる冠詞の様に思えてなりません。
イヌマキの様に、分類科目が違うのに名前だけを聞くと仲間だと思ってしまうものもあります。
そのあたりの蘊蓄がまた面白いところでもあるのですが、混同には注意が必要なところです。
更にややこしい事に、ナギの名の由来とも言われる「コナギ」との関係。
コナギはミズアオイ科の草本性(要は木ではなく草)の植物で、その葉に「ナギ」の葉が似ていることに由来するとも言われています。
人もそうですが、植物も名前や見た目では判断できませんねぇ。
もうひとつ蛇足ながら、ナンコウナギという台湾名を「山杉」と称される変種も存在する様子です。
こちらは日本のスギと間違えぬようにしないと・・・
最後にナギの木材としての性質を。
私も大きな材は観察したことがないのですが、材質はイヌマキに似ており比重は0.50〜0.68。杉やヒノキも属する針葉樹という分類で考えると重硬です。
因みに冒頭の熊野三山とナギの関係は京都にある「新熊野神社(いまくまのじんじゃ)」でも見る事が出来る。
神社案内によると、熊野信仰が盛んだった平安時代後期、後白河上皇が京都に熊野霊場を再現するよう命じたことまで遡るという。
上皇の命を受けた平清盛は、熊野の材木や土砂を用いて社殿社域を整備し、那智の浜の青白の小石を敷いて霊地熊野を再現したとされているそうです。
そしてその生き証人が「新熊野神社後白河上皇御手植えのクスノキ」。

健康長寿、そしてお腹を守るとされ、安産の守り神として信仰されているという。
その大樹ぶりは見事で、境内傍を走る道路から見てもその存在に気がつくほど。
そして、境内には熊野ゆかりのナギが植樹され育てられています。

傍には、熊野とこの地の縁を記したたて板があります。

まだまだ可愛い大きさですが、夫婦円満と旅の安全を祈願する守り神が多く元気に育ってほしいものです。
これで、ナギの印象は180度変わったはずですよね?!
明日からは「夫婦円満と想いの人が見える木」を探して回る方が増えるかもしれませんね。(くれぐれも無断でむしりとることのないように!!)
この記事がもし有名テレビ番組だったとしたら、「ナギの木が各地で幹のみになってしまっています!!」なんて事にならなくもない?!
あぁ、悪者で終わらないで一安心・・・
新熊野神社のクスノキ所在地
京都府京都市東山区今熊野椥ノ森(なぎのもり)町42
(地名にも椥=ナギと入っているところがまた関係性を示唆していますね!)