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素晴らしい巨木 高知県大豊町の「杉の大杉」


私は材木屋として仕事をしてからこの数年前までは、恥ずかしながら「巨樹は山深くにひっそりと立つもの」というイメージを持っていました。

当然、街中にも大きな木で府や県、あるいは市の保存樹に指定されている物を目にしますので、必ずしも・・・というわけではないとは思っていましたが、それらとは明らかにスケールの違う、本当に「巨樹(きょじゅ)・巨木(きょぼく)」といわれるもの達まで、意外にも人里の近くに存在している事を改めて知りました。
いや、人里の近くにあったのではなく、人が山を街に変えてしまったからなのかもしれませんし、あるいは人がいたからこそ、畏敬の念を持って保存されてきたのかもしれませんから、一概にはいえませんが・・・


少なくとも、今回出会った巨樹は、一番後者の類に属するものだと確信しています。
高知県は大豊町(おおとよちょう)の八坂神社境内に聳え立つ「杉の大杉」です。


杉の大杉 6





 「特別天然記念物」の文字が大きく掲げられています。
 「特別」とつくところが、通常の天然記念物とは一線を画すところ。
 天然記念物の中でも、国家的、世界的に価値が特に高いものをさして「特別天然記念物」とするそうで、如何に貴重重要な大杉かがわかるというものですね。








出会ってみると、樹齢3000年以上といわれている風格たっぷりの本物の巨樹古木です。


杉の大杉 4

























写真では、あの天を突きさすかの如く聳える2本の巨樹の姿の大きさを伝えきることは困難です。
この杉の大杉、高知県の高知自動車道の大豊インターを下車し、南へ5分程も車を走らせれば会うことのできる巨樹です。
すぐ近くにはこの巨樹に因む大杉小学校という学校があるくらい、人々の生活に近い巨樹です。


杉の大杉 5


 畏敬の念を込めて、いつもの儀式中・・・











さて、この杉の大杉。先にも書きましたが、実は根のところで2本がつながっているそうです。


杉の大杉 11





 このあたりかな?








その為、別名「夫婦杉」とも呼ばれているとか・・・
樹木などが根や幹で融合することは稀に見られます。

屋久島の屋久杉にも、両の木々が幹を伸ばしあい、まるで手をつないでいるかのように見えるものがあり、やはりそれらも「夫婦杉」と称されていました。
彼らも生きているのです。
もしかすると、本当にお互いに惹かれあって融合しているのかもしれません。


杉の大杉 1














杉の大杉の場合は、両者各「北の杉」と「南の杉」と呼ばれています。
かたや北の大杉は、樹高56m、根と幹の境部16.5m。
こなた南の大杉は、樹高60m、根と幹の境部20mだそうです。
一本でも相当な巨樹なのに、大きさの違いはあれど、二本も林立しているとまるでそれだけで字の如く「林の様な」様相です。


杉の大杉 3















また彼らの近くには、もしや彼らの子孫か?!結構な大きさの杉が背を伸ばしています。
屋久島でいうならまだ「小杉」という樹齢にも届いていないでしょうが、それでも小杉候補、ひいては1000年後(?!)には杉の大杉に並びかける巨樹に成長しているやもしれません。
それらのお陰で神社境内は、昼間で太陽があるにも関わらず影の部分が多く、より杉の大杉に迫力を与えているような気がします。

しかし、巨樹に会いにいっているわけですから、当然凄く大きな木である事は頭に入っていますし、本では見た事があったにもかかわらず、いつもながら・・・いや、今回はいつも以上にびっくりしました。
何にって、大杉の大きさといいその迫力に、です。
無意識のうちに「うわっっ!!」と声が出て、若干後ずさりしてしまいました。
私は普通の人よりは、巨樹に対する想いがあるためか、やはり彼らには畏れをぬぐう事ができません。
だからこそ、正直に向き合えるのだとも思っていますが、本当に恐ろしいほどの大きさです。


杉の大杉 7


 南の杉の巨樹ならではの異様な幹の張り出しにも驚くところです。









日本一の巨樹といわれる、「蒲生の大クス」(いずれご紹介します。)にあった時も、最初は怖くて近寄るまでに少し時間がかかりましたが、さすがに「杉日本一」と案内される(計測基準により一般的には縄文杉が一番だともされていますが・・・)だけあって、杉の大杉もかなりの迫力でした。

彼らについては、いろいろと解説されている巨樹の本や、資料があると思いますが、実際今回私が訪ねてこそ知り得た事は「杉の大杉は宮崎県の飫肥杉(おびすぎ)に由来する」ということです。
境内に入ると自動的に(と思う)流れるアナウンスで知りました。
一説には、スサノオノミコトが植えられたとも伝えられているそうです。
伝説や日本書紀の「杉と樟は浮宝(船)にすべし」というとおり、このあたりの海に囲まれた地域には「船用材」とする杉や樟が必要だったためかもしれませんね。


杉の大杉 10



 北の杉の側面からのアングル。

 すっきりとした体つきです。



















杉の大杉 9







 南の杉。
 巨樹にはよく見られる樹皮に現れたゆらゆらと波のような模様。

 幾度も台風や地震、雷や雨に耐えてきた証拠でしょう。
 3000年の命のゆらぎかもしれません。








さて、冒頭に街の中にも巨樹が存在するのは、人々の畏敬の念を持って保存されてきたからかもしれない、と記しましたが、この杉の大杉は、おそらくこれからも大豊町の人々と共にあるのだろうと、強く思いました。
それは、これを見たからです。


日本一の大杉さん 1














大豊町立大杉小学校の平成22年度4年生の山の学習記念制作とあります。
杉の大杉についての資料や現状を、大豊町の小学生たちが冊子にしているのです。

実は、この大杉に会うにはお金がかかります。
料金所があるのです。
一般200円。
安いか高いかは別として、料金所でお金を払います。
その料金所のカウンターにこの冊子は置かれています。

すぐさま「これ、もらっていいですか?!」と声をかけ、一部頂いたのですがその内容にとても心が動かされました。
詳しい中身は、是非現地に訪れて手にとって見ていただきたいのですが、巨樹の現状や、その保存のための活動などが丁寧に書かれています。
特に、私も大阪府の誇る巨樹「薫蓋樟」や「野間の大ケヤキ」の記事で書いた様に、大抵の巨樹には展望デッキや柵が設けられていますので、その樹に近寄る事が出来ないものが多いのですが、その理由もしっかりと記されています。

通常、こういった巨樹などはパワースポットであるとか、地域観光の一つとしてしか目立つ事はありませんし、それだから訪れる人たちも「うわぁー、大きいね」という声のみで、その巨樹の歴史や現状、保存はされているのかなどは知る事もないですし、知らされることがなければ関心を持つ事すらないと思います。

私は木が好きですし、上記した様に巨樹に対しては特別な畏敬の想いがありますから、子供や家族にも「根を踏まない事」や、「むやみに枝や皮をはがさない事」を教えていますが、それが何故だか知らなければ、そんなことは気にならないものです。
それらを知らないことで、その木を傷め弱らせ、最悪は枯死させてしまうかもしれない場合がある事を知ってもらい、関心を持ち皆で大切にしていかなければ、数百年・数千年と生きながらえてきた巨樹たちが絶えてしまうかもしれません。


杉の大杉 2















大袈裟かも知れませんが、物言うことのできない木に接するとき、私たちができる事をしっかりと守り、貴重な財産を子供たちやそのまた次の世代までずっと残していけるようにしたいと思っています。


にほんいちの大杉さん 2














このあたたかい手作り冊子の裏には直筆の文章や、中面に水彩画を添えてあり手作り感のある冊子に仕上がっています。
とても内容の伝わりやすいものに仕上がっていますね。


日本一の大杉さん 3














子どものうちに、地元の、いや日本の誇るべき財産である「杉の大杉」について学び、その保存について勉強した大杉小学校の4年生達。
大人になっても、今回の製作を忘れず、日本の誇るべき財産を後世に残していく活動をし続けてもらえる事を願います。

立派な大杉と、それらを守ってきた人たちに感謝!!



・杉の大杉

所在地:高知県大豊町杉92(小学校住所です)近辺

道の駅がありますので、そちらを目印に向かうとよいと思います。


杉の大杉 8




































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