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夏なのに、春の杉?! 〜信仰と山と植林と 神々しい巨躯 春埜杉〜

夏になると、暑いというのは勿論ながらも7月の時点で気温40度を記録するところもあり、酷暑の年となりましたがそんな夏にお届する巨樹は「春の杉」なのです。
夏なのに、春の杉・・・これいかに・・・・


杉の巨樹は全国いたるところに存在しますから、単純な太さや樹高ではなく、出会った時の出で立ちや樹形などが見どころになる場合が多いのですが、今回の「春の杉」はそれら以外の存在感も見どころではないかと思う杉の巨樹です。

早速ですが名前のネタばれをしますと、巨樹の所在地が静岡県の春埜山ですので、「春埜杉」というのが正式名称です。
銘木によくみられる「杢(もく)」という字に似ているために、無意識に目をひく漢字でもある「埜」が使われていることもあってか、訪れてみたかった巨樹でした。
場所を調べてみると、結構な山あいに位置している様子だったので、時間に余裕を見て早朝から出向くことにしました。


しかしながら、そんなパターンの時はいつもとっても道が細いところや、行けども行けどもたどり着けなさそうな道の場合が多いのですが、今回は全く逆。
物凄く走りやすい!
静岡県(天竜区)で驚いた事は、急峻な山から想像する以上に林道が整備されていて、道幅が広く綺麗でとっても走りやすいということ。(私にとっては・・・)
今回はお目当てに行くまでも、いつも以上にリラックスして向かうことが出来ました。

とはいえ、曲がりくねった山道を走り続けて春埜山の山頂へ。
大光寺の広い敷地内の駐車上に到着し、目的地へと少し歩いて下ります。
境内に入るも、それらしき姿が無い・・・ときょろきょろしていると山門の向こうにそれらしき姿が・・・・・

春埜杉 10


おぉ、あれこそまさしく・・・


山門の先に見える堂々とした姿で立っているこれこそ春埜杉。

春埜杉 2


境内からだと山門から階段を下りて行った場所が丁度、春埜杉と対峙出来る場所になるのですが、おこがましくも少しの間は高いところから眺めさせてもらいます。
というのも、階段を下りていくと春埜杉との距離は近くなるものの、全体像を見るには近すぎるからです。
迫力は、離れていても十分に伝わりますし、枝を力強く伸ばしていることで、離れている事を感じさせないということもあります。


春埜杉 12


本当は写真にもその全体を写し込みたいところですが、春埜杉の周囲には立ち入ることができないこと、それに登山道になっている様な部分にも柵があるので、無理に山の斜面の方へは出ていけませんので、カメラアングルとしては不満が残るのは仕方の無いところ。

とはいえど、やはりスケール感を出すためには少し離れた部分からの様子をおつたえしないといけません。
ココまでの写真でも、実際に訪問した本人としてはとてもスケール感がつたわるものの、写真単体として見るとなると、比較物がないからなのか、どこかすこし大人しく見えてしまいます。
ということで、少しづつ近づいてみましょう。
山門をくぐり、いざ春埜杉の膝元へ。

春埜杉 1

山門からの階段を降り切ると「御神木」の石碑と共に、御賽銭箱のあるお社。
そしてその向こうに春埜杉を見上げる格好になります。
先も書いている通り、本当はこの写真の向かって右手にもう少し廻り込みたいところなのですが、いくことができず、全体を移そうにも微妙にお社がかぶってしまい、肝心の根元の部分が途切れてしまう・・・

うーん、贅沢は言えませんが立派なだけに、ちょっと残念。
柵を乗り越えて近くへいきたい思いにかられながらも、ベストポジションを探すのですが・・・
結局、近寄れないために今回は大きさ比べの「昌志スケール」はおあずけです。


春埜杉 4

どうしても、石段から全体像、という構図になってしまう。
それもいいんですが、やはり迫力が伝わらない。

どうしてそう思うかというと、私は難なく自動車で訪問し汗をかくことなく、この有難い姿を見上げているものの、交通手段が整備されていない時代には、1000mに満たない山とはいえども麓から相当な覚悟で登ってきた末に、この春埜杉の姿を見上げたことだと思います。
そう考えると、今自分がたっている場所と眺める景色とはまた違う景色がある様に感じられ、写真では伝わりきらない迫力を、なんとか少しでも伝えたいという気持ちにさせていたのかもしれません。

静岡県、天竜区は以前にも研修でお世話になっている位に、林業が有名な土地柄ですので、古くから人が山に入っていたことが伝えられています。
しかし、それは私たちが想像する現代の林業の為の山との関わりとは、少し事情が異なる様です。

春埜山の西に位置する秋葉神社の巨樹群である「秋葉杉」によれば、天竜区においての植林は、単なる林業としての植林ではなく、信仰の対象として植えられていたと伝えられていることと、春埜杉と同じように急峻な山の山頂付近にも関わらず、巨杉がボンボンと聳え立っている様は、山を見る尺度が、単なる「木材生産を目指す」林業という言葉だけではない人と山とのかかわりを、意識せざるを得ない様に感じました。

春埜杉 11


植林の正式な記録としては、そうは古いものは残ってはいない様ですが、この地域の人々は相当古くから、この急峻な山々の「巨人たち」に信仰の心を抱いていたことは確かでしょう。

春埜杉は樹齢およそ1300年といわれ、大光寺開山の際に「植えられた」杉だそうですが、それにしても、人がこの山あいにまで足を延ばすことが出来るようになった時代に出会ったこの姿は、その人の目にどう映ったのか・・・
今の私では、その衝撃を推測することはできません。


春埜杉 8

それにしても、迫力はすごい、本当に神様みたい。

苔を抱いたその巨躯と、不規則につきだした大きな枝、遠目では整っている様に見えるものの、実際はゴツゴツとしたその幹。
見れば見るほど、特別な存在に思えてくる。

それは、おそらく訪問時の早朝は少し肌寒く感じる季節で、気温差によって少し靄の様なものがかかっている中、のぼりはじめた朝日をあびる姿から、どこか神々しさを感じたからなのかもしれません。
下界を離れ、自分と春埜杉意外には何もない様に感じる空気。

いや、実際は春埜杉が従える杉達が茂っているものの、冷たく張りつめた空気が春埜杉の神聖さを私の肌に刻みこんでくるようでした。


そうです、朝焼けに輝きだすその姿は、まさに春埜山を納める山の主、いや山の神。
刻々とその姿を朝日に赤く染めていく様は、まるで天孫降臨。
目の前の神木に、神様が降りてこられている様に感じるのは、おそらく私だけではないはずです。



春埜杉 



春埜杉所在地

静岡県浜松市天竜区春野町花島22-1 大光寺山門下

駐車場、御手洗いあり


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人工の天然美 〜花脊の天然伏条台杉〜

千年の都、京都。

自身が隣の大阪にいても、やはり京都は少し特別な場所。
もちろん、奈良も歴史をみれば特別なのですが、京都の文化や特有の土地柄などは他の地域とは少し異なったものがあると思うのです。

その京都市街から北、鞍馬寺の更に北にある花背地区に今回お目当ての杉が生きています。
今まで紹介してきた杉の巨木の中には、まっすぐに美しく聳えるもの、特異な樹形をしているもの、根に特徴のあるもの、最大・最高のものなどなど、色々とありましたが、今回紹介する「天然伏条台杉」は以前に紹介した「21世紀の森の巨大株杉群」以来の衝撃でした。


台杉や株杉といわれる、地面から立ちあがる1本の主幹に対して、多くの細い幹が伸びているものがあることは御存じでしょうか?
現在でも、日本庭園の中などでは見る事が出来る見事な仕立ての杉ですが、以前から「磨き丸太」と称される、綺麗に皮をはいで表面を磨いて丸太のまま使用する木材が生産されてきましたが、特にその生産が活発だった京都の地域ではより効率的に磨き丸太を生産出来る様に「台杉(株杉)」と呼ばれる手法を用いていたと言われます。

実際にその姿を見た私は、なるほど効率的!と納得するとともにとても人工的な形に、少し違和感を覚えてしまいました。

しかし、現在では丸太を使用する建築が少なくなるとともに用途が減少したこともあってか、おそらく台杉は精力的には生産されてはいないのではなかろうかと思います。
そんな中、人里の奥の山中に想像を超える台杉が存在しています。

偶然か必然か。
実は、見事な天然伏条台杉は個人の方の所有物です。
その為なかなかお目にかかる機会はないだろうなぁ・・・と思っていた矢先に、丁度その台杉に逢いに行くという山登りツアーを発見。
これはやはり必然だ!とすぐに申し込み、当日駆け付けたわけです。

するとどうでしょう。
目的地の遥か手前でこんなものが・・・

花脊の天然伏条台杉 7

まだまだ歩いていません。
入り口です。
出迎えてくれているかのように、腕を広げて、まるで太陽の塔の様です!
一体どうなるのやら?
これを素通りするということは、相当すごいのか・・・

と思ってブツクサと独り言を言いながら歩いていると、またこんなのが・・・

花脊の天然伏条台杉 8
 

あきません。
もう、いちいち反応しているとキリがない位に、これくらいの大木奇木がそこかしこに・・・
これらを見ないふり(一応見るんだけど)をしながら、少しずつ勾配のきつくなるけものみちを登っていきます。
もう少し楽なハイクかと思っていたのですが、予想以上に険しいし距離がある。
デスクワークですっかりとなまった体には厳しい・・・
縄文杉に逢いに行った健脚はどこへやら・・・・
そんなことを思いながら小1時間ほどか歩き、茂みを分け入った先にやっと出逢えました!!

花脊の天然伏条台杉 1

どのような状態か、写真から想像できるでしょうか?!

燃え立つ炎が静止画になったような、登山中に見てきた今までの奇木が普通の樹木のようにでも思える様な、異形がそこにありました。

花脊の天然伏条台杉 10

かなり傾斜のある場所にある為、眺める角度によってその姿は大きく変わります。
そのため、様々な角度で撮影を!と思うものの、実際の現場は台杉保護の為ロープ柵がめぐらされている(当然)ことと、下草が繁茂しているために思ったよりも写真に収めづらいのです。

また、全体像を捉えようとして引き気味に構えると、今度は周囲の樹木が映りこんできてうまくいきません。
そのため、広範囲にわたるロープ柵の周囲を歩きながら少しづつアングルを探っていきます。

花脊の天然伏条台杉 11

そう、下側からはこんな感じです。
道にロープがあるのがお判りでしょうか。
これを手繰ってもぼるくらいにきつい傾斜!
本当は、このアングルから撮影したいのですが、ここも繁茂に邪魔されてしまってうまくいきません。
いや、これが自然。

この天然伏条台杉、このような姿になるには数百年の時間は必要だと想像しますが、周辺の杉を伐採した時の年輪から推定された樹齢はおよそ1000年だそうです。
その数字を聞いても特段驚きませんよね。
だって、この姿だもの。

しかし、いつからこのような姿になったのかは、とても興味深いところです。
人間が関わった記録が残る植林はおよそ400年〜500年前。
もちろん、それ以前にも様々な理由で植林や森林利用があったとは思いますが、もし現在知られているような人工的利用の台杉として生き延びてきたのなら、過去の人たちはどのようにしてこの台杉と付き合ってきたのか、不思議なところです。

花脊の天然伏条台杉 2

解説板などがないので、市の指定の文言から引っ張ってきた数値を参考にすると、樹高は20m程で、さほどの高さではないものの、胸高幹周が18,35m!ということで、単純にどこまでが主幹(?!)なのかと思わせる様な幅広さが印象的な個体です。

こんな状態の樹木を指して、胸高幹周というのもおかしな気がしますので、参考程度に。
しかしながら、もし名前の通りの伏条杉ならば、どの幹(枝?!)をとっても自分自身なわけで、それこそ桂や公孫樹の巨木に見られるようなヒコバエと考えれば、目撃した本人の感覚的な印象だけで、公表数値はどうでもいいようにも思えてきます。
(もちろん、文献保存的には価値があるのですが。)

しかし、本当に迫力がありますね。
巨大株杉群もそうですが、この姿はどう考えても自然の造り出した迫力としか言いようがありません。
株杉群との違いを強いていうのであれば、株杉群は立ちあがる主幹がある程度はっきりとしていること。
それに対してこの台杉は地上からの主幹が余り目立ちません。

花脊の天然伏条台杉 3

それがおそらく伏条更新(枝が地につき分身を作る手法)だからなのだと邪推するのですが、通常台杉というのは(この姿で通常、というのもおかしいけど)主幹の上の部分を切り取ることを繰り返していくものなので、主幹が残っているはずですが、この伏条台杉はやはりそういった傾向が見えづらいので、伏条更新にて大きくなっていったのでしょう。

いろいろな記事の中には、主幹上部が伐り取られることで萌芽更新したものだ、という見解もあります。
しかし、主幹がなくなっても幹から芽吹くその手法は、針葉樹では一部の例外種以外ないはずですから、もし上部がなくなった影響を受けて自然がこの造形美を生んでいるとしたら、針葉樹に多い「頂芽優勢」という性質が働き、成長点を失った時にもっとも優位な幹(枝)が伸びることが続き、このような樹形になったのでは?!と素人ながらに夢見ているのです。

花脊の天然伏条台杉 4


伏条更新を見せるこの台杉は言うまでもなく「芦生杉」と思われますが、この姿を見るとつくづく植物の生き抜く力やその品種の特性の優位点というものを思い知らされるような気がします。

とにかく素晴らしい自然の造形美を見せてもらいました。
もし、これが人々の生活とともにあった木々で、その手を離れて数百年以上生き続けているのだとしたら、今というほんの一瞬を生きる自分とは一体?・・・と自身に問いかけたくなる、そんな空気の中に居ました。

そんな禅問答のようなことを心の中で繰り返しながら、伏条台杉を後にしたのですが、どうも出口はすぐにあったようです。


花脊の天然伏条台杉 13

あぁ、問答の出口はここか!

否、冗談です。
しかし、思わずここをくぐると先の問答の答えがあるようで、いや、きっと自分の進む道の入り口に差し掛かったかのようで、自分の目の前に現れた異次元への扉をくぐって下界へ戻っていくのでした。

花脊の天然伏条台杉所在地

京都市左京区話せ原地町 個人所有の山中

*必ず守っていただきたい事

文中でも書いている通り、今回紹介している天然伏条台杉は個人所有の森林の中に位置しています。
そのため、所有者の許可なく立ちることはできませんので、所有者主催のイベントなどの機会が設けられているときに、許可を得ての入山をお願いします。
記事についても、なかなか訪れることのできない台杉を少しでも多くの方にお伝えする趣旨ですので、無許可の訪問は控えてくださいませ。



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天竜林業 弾丸珍道中 〜森の大聖堂 吉沢の田高杉〜

天竜珍道中の最後を締めくくるのは、植林文化のある土地なのに珍しく、端正な一本木ではありません。
おそらく、植林が始まる以前からもうその場所に立っていたからなんだろうと想像するのですが、それでもなかなかこんな形にはならないと思われる巨樹をとりあげたいと思います。

国道151号線から、道の駅くんま水車の里方面に抜ける県道9号線。
(私にとっては)比較的走りやすい山道(対向しにくいところもあるが・・・)をしばらく登っていくと、集落なのか建物が見えて道路も一段と広くなります。
視界が開けてしばらくすると見落とすことの無い場所に、その珍しい杉が立っています。

吉沢の田高杉7

丁度道が分岐するところに、目印の様にたっているのが「吉沢の田高杉」です。
現在では、町村合併によりその名称が変更されているということですが、「田高」というのが所有者さんのお名前に由来するらしく、現在でもインターネットのマップにもそのままの名前で掲載されています。


遠くから見えている雰囲気では、樹齢100年強の育ちの良い杉が林立しているのかなぁ、という印象を受けるその姿ですが、前回に稀樹という言葉を使っているのは、正面からの姿に対してです。

吉沢の田高杉2


言葉でいうと、確かに林立しているとも言えますが、この田高杉は根元?!で融合している様子で、正面から?みる横幅がなんとも迫力です。

巨樹のスケールを計測するために、胸高直径という様な形の言葉を使ったりしますが、この場合は斜面の上部分で幹が分岐しているので、単木のデータと比較することはできないものの、個人的にその大きさを楽しむにはとってもワクワクとさせてくれる樹形をしています。

車で到着する時に眺めている横からの姿が「薄っぺらく」感じてしまう様な、そんな正面からのスケール感。
この違和感が何とも言えません。

吉沢の田高杉4


根元では石を抱き込んでいますので、まだまだ成長旺盛なのでしょうね。どんどん、この迫力の部分が大きくなっていくんだろうか・・・

近接では、こんなに迫力を醸し出しているスケール感ですが、いざ横に廻って見ると、そのスケール感の違いに逆に驚き。
普段なら、巨樹の周囲をぐるっと回りながら様々な角度でその大きさを捉えようとするのですが、田高杉は自身でベストショットを決めてくれているようで、「撮影しやすい向きに向いてるんだから、道路正面から撮るべし!」と言われている様。
目の前が道路で、離れた位置からも容易にその全体像を捉える事が出来ます。

巨樹の容姿をお伝えする時に困るのが、「ひき」のポジションがとれない時。
大きすぎるその躯体をカメラに収めるには、被写体とある程度の距離が必要ですが、周囲に障害物があるとか塀があるなどで、全体を収められない場合はどうしても迫力を伝えきれません。

しかし、ここは広い車道であり分岐点であるにもかかわらず、滞在中の1時間強の間に車が来ることは皆無でしたので、思う存分、車道に三脚をセッティング出来るというわけです(笑。)

もちろん、車注意です!(汗)・・・


吉沢の田高杉8


右側に立つ、ちっぽけな私が見えるでしょうか?!
周囲が伐り払われているために、その姿が一段と目立つアングル。

斜め45°からのアングルは、幹(枝)の分岐がよくわかります。

植物、特に巨樹に対しては「何故、こんな形に?!」というのは愚問以外の何物でもないですが、どうしても、私の中の「天竜」という言葉にひっついてくる「通直で美しい植林文化」というものが離れず、前回までの天竜林業の経緯を聞いていたとしても、田高杉には「なんで、こんなになったの?!」と思わず見上げながらに語りかけてしまうのです。


吉沢の田高杉1


これだけ密集して太くなったからなのか、それとも上長成長を優先したからなのか、はたまた昔は周囲に競争相手がいてこの様にしか成長できなかったのか・・・

見上げる枝葉のつき方も独特で、どうしても何らかの理由を見つけたくなるのは、材木屋だからでしょうか・・・

しかし、私がその姿を見て受けた第一印象は西洋の、それも中世のヨーロッパの城などで使われていた様な「燭台」でした。
あくまでも印象ですが、左右に数本ずつ長い蝋燭の火をともしながら、石積みの壁を仄かに照らしている、そんな燭台のイメージ。

そう思えば、連想的にヨーロッパにおける大聖堂その物の外観に似たような印象も受けます。
腰下がっしりと、そしてその上に細長く塔が並び立つ様な大聖堂です。
キリストのステンドグラスから光が漏れる・・・・

吉沢の田高杉10


大聖堂の代わりに、その根元には小さな祠。

確認は出来てはいませんが、この田高杉のすぐ隣に民家があります。
もしかすると、そこが所有者の田高さんなのだろうか?!と邪推するのですが、詳細は不明。
周囲には数軒ほどしか民家はないので、おそらくそうではないかと思うのですが、夕方だということもありなんせ人も歩いていないので、尋ねる事も出来ずじまい。

なんとか日が暮れる前に一通りのアングルから写真を撮り終えて、安心して最終の正面からのベストアングルショット。


吉沢の田高杉9


やはり、この形は正面がいい様ですね。

しっくりと来る撮影を終え、暮れていく山に映る日の光と、追いかけるように見えてくる月の双方を眺めながら、田高杉の前で天竜弾丸珍道中を振り返ります。

よく考えれば、当日の通行止め一発目に引っかかってから昼食も抜き(因みに朝食は早朝5時・・・)での移動だったので、最終目的を遂げる事が出来てホッと空を眺めると、とっても空腹!
しかし、太陽と月のバトンタッチがグラデーションの様に進んでいく空を眺めていると、さっきまでの忙しい時間が嘘の様。

次の日が出勤、しかも空腹、それに帰宅まで所要約4時間・・・
すぐ出発しても帰宅は夜の10時すぎ。
本来ならいそいそと帰路に着くところですが、こんな時間に巨樹と居ることもめずらしいので、その姿が夜に覆われるまで、その場所にいることとしました。

少しづつ、その輪郭しか見えなくなってくる田高杉。
それと対照的に光を放ち始める月。

風の音しかしないその場所で、ずっと空のグラデーションと田高杉の傍に見える月を眺めながら、時間の流れを贅沢に過ごしました。

最終目的地のくれる夕闇に、今季最初の弾丸珍道中は終わりを告げるのでした。


吉沢の田高杉6

吉沢の田高杉所在地

静岡県浜松市天竜区佐久間町浦川

車はほとんど来ません。路上駐車(笑)。


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個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

その社名と個人の偉業達成によって、今まで以上にファンの信心を募らせるであろう「諭鶴羽神社」。
そこにまた巨樹があるのだから、私とも少しはつながりがある(?!)・・・と勝手に思いこんで、親子杉を眺めた後の、早朝誰もいない社殿を歩いていました。

それは、最初に駐車場についた時に気になっていた「アカガシ群落」を探すためです。
木材としても珍しい存在になりつつあるアカガシ。
ましてや、それが淡路島という地で「群落」という形で存在するというのが、一体どのようなものかが気になり、不審者並みに歩きまわるのです。
*)たまにあることですが、本当に不審者に間違われますのでみなさんは、それなりの行動をとる様にしましょうね。

親子杉から少し奥、緑の映える場所にそこそこの大きさの広葉樹林が見えます。
境内から山中に続く道の様ですが、朝日を受けてとても美しく光っていました。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落26

広葉樹特有の太い腕をしならせる様な枝が、頭上に迫る様な高さにあり針葉樹林の社叢とは大きく異なった印象を与えます。
これは、この先に何かあるはず。
間違いなく、アカガシのニオイ・・・


そう思いながら歩をすすめると、来た!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落23

完全にミスショットです・・・
私、木の右側にいるのですが、隠れています。

それでも、その立派な大きさがわかるでしょうか。
この個体は裏側には洞が激しく、葉も殆ど確認できないのでアカガシと断定はできませんが、おそらくそのはず。
樹高は針葉樹程のものはありませんが、広葉樹でこの様に立派な太さの個体が見られるというのは、そうはありませんから、貴重な存在。

踏みしめる地面をみても、針葉樹の森とは違い落葉した枯れ葉の堆積した土になっていて、この先にもきっとまだアカガシが続いている!と確信させるに十分な一本目。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落24


実は、ココは社殿からはそう遠くは無いのですが、広葉樹の森の早朝です。
写真では明るいものの若干うす暗く、自分の足音と風が揺らす木々のざわめきがあるのみですので、山の独り歩きが大っきらい(つまり怖い。)な私にとっては、どこまで進めば「群落」があるのか、案内板が欲しい気分。
とはいえ、そんなに距離はないんですけど、上の写真の様な捩じりきった旋回木目に洞があると、もう吸い込まれていきそうな感覚で・・・・

そんな事を考えながらそのまま歩みをすすめると、期待通り「ぼっこぼこ」とありましたよ!!
お目当ての群落到着。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落25

先程から言うように、スギやヒノキの数百年生というと驚く様な大きさなのですが、広葉樹の場合はその太さや大きさよりも、年数を重ねた風格というか異形が目につくのです。

それも数本も並んで立っていると、そりゃもう迫力満点。
もしかしたら、私だけが「うぉ〜!」と萌えているために、感動が大きいのかもしれませんが、それでも、これだけ広葉樹がかたまって茂っている様は見事なものです。

先にも書いたように、木材としてのアカガシをはじめとした樫材の流通は殆ど無いのですが、この群落は植生がこれ以上大きく変化しないであろうと言われる「極相林」ですので、いずれはこの巨木達も枯死の時が来る。
その時、どの様な形になるのかはわかりませんが、珍しく「材として利用したい」と思ってしまう見事さでした。
実は、淡路島は以前に紹介した様に「ホルトノキ」という珍しい樹種を始めタブノキなどの広葉樹が見られるところです。
島に特殊な植生と樹種が生まれる浪漫。
それだけでワクワクしませんか?!

さて、ここまでは良いのです。楽しめます。
否、本当はここまで来るには大変なのです。
何が大変かって、諭鶴羽神社までの道程は巨樹探訪では稀にあることですが、「道が狭い!」のです。
それも中途半端ではなく、標高はさほどではないとはいえ山を登っていきますので、つづらおれの道。
そう、あの怖ろしい道のりの「切越の夫婦ヒノキ」を思いだします・・・・ワナワナ・・・・
自車のすぐ脇はこんな感じ。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落28

生易しいものではありません。
ガードレールなしです。
もちろん、退避場などほぼなし。
道幅は、広いところでもこれくらい。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落29

この道を、そうですねぇ・・・普通に走っていって15分?位登ります。
社の前には広い駐車場がありますが、おそらく通常は車の往来は殆ど無いと思われるものの、やはり運転に自身の無い方は自前の足で登山にての参拝をおすすめします。

タイヤ、はまらないかなぁ・・・・
そんな不安に駆られても、自車をみまもるのは薄暗い森に目を光らせるシカのみ・・・
特に、羽生選手ファンの女性の皆さま(男性も含む)は、気合いを入れて向かわれるますように。


諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落2




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個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

前回までの冬季五輪の備忘録は、かなり圧縮した部分があり書き切れない想いは多くあるのですが、最後に紹介しておきたいのが、多くの注目を集めたフィギュアスケートの羽生選手と、彼にゆかりのある場所と「木」の事です。


どうしても私、気になるんですね。テレビなど見てても。
木に関すること。
例えば、先日も実家を訪れた時に流れていた某国のドラマ。
日本の場合だと、サスペンスの終盤の「ネタばらし」の場面を除き背景に松が映ることは稀だと思う(あらぶる海岸で撮影しているシーンが多いから・・・)のですが、彼の国では松が多い事もあり、恋人たちの逢瀬の場面にも関わらず背景は松林でしたね。
もちろん、演技はいいんですけど、「あぁ、やっぱり彼の国では松林か!日本なら杉か桧林やろうなぁ・・・」と考えるのです。

基、そんな感じで気になるのでやはり、ゆかりのあるものや場所というのが樹木と結びついていたりすると、目に見えない何かと感じたりするのです。
それも、今回は怪我の末に五輪連覇を達成した羽生選手ゆかりの場所。今回とりあげないでどうするんだ!、ということでのご紹介です。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落11


その場所は、兵庫県の淡路島。
日本列島の国産み神話では、日本で最初に創造された島だとされていることから、以外にも神秘な流れがある島です。
実際、今回の舞台になる「諭鶴羽神社」のある諭鶴羽山にも、その言い伝えが残されているようですが、紙面の関係上そこは割愛・・・・

で、既にお分かりでしょうが肝心なのはこの山と神社の社名です。
「諭鶴羽」=「ゆづるは」!!!
羽生選手の名、「ゆづる」、社名も「ゆづる」!
そうです、漢字こそ違えど同名の神社なのです。そのため、羽生選手本人も参拝に見えたということですし、それ以上に羽生選手のファンの方にとってはある意味「聖地化」している様な場所。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落6


そんなゆかりの諭鶴羽神社に何があるのか。
もちろん、巨樹ですよ。

海岸沿いの道からその「ゆかり」を求めて山道を登っていくと、山頂にほど近い場所に諭鶴羽神社はあります。
そこにあるのは、「親子杉」と呼ばれるスギです。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落12

2本の幹が、太い方と細い方でつながっていて寄り添って立っている様から、親子杉と呼ばれる様です.
杉が特産である日本においては、二本杉や三本杉、八房杉など幹分かれや合体木による幹の本数が名称になっているものが多くありますが、数字ではなく「親子」となっているところに、親しみを感じるのはやはり言葉の印象が大きいですね。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落15

推定樹齢500年といいますが、その姿からはそれほどの年月は感じません。
というのも、そのサイズが巨樹というには若干スケールが小さい様に感じられるからです。
早計に、だから悪い、ということではないんですよ。
少しづつ少しづつ、ゆっくりと親子で成長したのかと思うと感慨深いところもありますし、穿った材木屋としての視点でいえば、樹齢の割にこれほどすらりとしているということは、どれほど木目が細かいんだろうか・・・!!と、ご神木に対して失礼なことを考えてしまうのです。

木材とするならば、一般的にはゆっくりと育った年輪の細かな材が良質とされますので、昔ながらの癖で、そんな事を考えてしまったふとどきモノな私。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落19

そんな話は抜きにしても、山の頂きにあり謂れも古く、さらに羽生選手も参拝しているとなれば、私の様な巨樹巡りよりもファンの方の「聖地」としての方が有名な様です。
実は、同じ神戸市にも字は違いますが「弓弦羽神社」が存在します。
というより、そちらの方が有名なようでメディアもそちらを取り上げることはありますが、由緒あるこちらの「ゆづるは」はクローズアップされることは稀なのでしょう。
とはいっても、同じ兵庫県に二つも「ゆづる」の名を冠する社があるというのは、とっても稀少ですね。

そこに巨樹があるから、わたしにとっては余計に特別なのはやはりこちらの方。
しかも、案内板にあるように元熊野ですからね。その由緒たるや推して知るべし!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落20


いつもの昌志メーターでみてみても、やはり迫力という点では少し足りないのですが、参拝の方々の信仰を一身に浴びたその姿は、ことのほか立派に見えました。

しかし、やはりそのサイズには巨樹の名前がついていないのか、インターネットの巨樹サイトでは、こちらを見ることはほぼありません。
殆どは地元のページか、羽生選手絡みのページです。
そう考えると、羽生選手の影響力はやはり大きいですね!
しかし、少なからず実際に同名の神社からのご加護を受けることによって、怪我をおしての金メダル獲得に結び付けた羽生選手。
己を追求しその道を進む個人の力と、それを支える神仏の加護。

それをはっきりと見ることが出来た、今回の冬季五輪だったのかもしれません。
ひとり、そんなことを考えながらテレビの中継を見ていた冬の一日でした。

さて、親子杉のお話はここまでですが、実はこの「ゆづるは」神社のすごいのはそれだけではないんです。
「ゆづる」と「親子杉」の他にも実は、大きな特徴を持っているこの場所。
次回はその特徴とともに、参拝の「ポイント」もおさえておくことにしましょう。


諭鶴羽神社の親子杉所在地

兵庫県南あわじ市灘黒岩4

広い駐車スペースありですが、車で行くには相当の決心が必要です。その理由は次回以降に・・・

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秋のかほりに幸せ願う 〜日本一の金木犀 三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)〜

例年であれば、本日が仕事はじめとなる弊社ですが今年は日曜日ということと次の日がなんちゃらマンデーの為に休日となり、通常営業は9日からになるという、なんとも間の抜けたスタートになるのですが、記事は引き締めて?楽しくいきましょう。

ということで、新年最初の投稿はいつも通りの「日本一」をお届けしたいと思います。

実は、今回紹介する日本一の巨樹は、仕事関係のツアー移動の昼食時間中にたまたま訪れた先で、偶然に出会ったもので個人的にはとっても運命的に感じたものであるのです。

処は静岡県。
富士山かお茶か、はたまたうなぎか?
いや、もちろん森林も良いのですが今回は少し季節外れの「秋」を感じる巨樹の紹介です。
人も車も往来が多い通りに、ひと際立派な鳥居の佇まいを見せる「三嶋大社」に、お目当てのそれは存在しました。

三嶋大社の金木犀 10

JR本線と東海道新幹線がすぐ近くを走る三島市の駅から徒歩10分ほどの場所にある三嶋大社。
全国的にみれば、街中に荘厳な森を形成する社寺仏閣が存在しているのは珍しいことではないですが、ここは主要道路の歩道上に完全に覆いかぶさる、一瞬見ただけでも100年やそこらではできない緑の傘に囲まれていることで、その境内に「いる」巨樹の存在を期待させるに十分すぎるほど立派であることは言うまでもありません。

そんな境内に歩を進めると、期待通り、もうあちこちに見たい樹木と巨木があり、目的にたどり着くまでにタイムアップになりそう!!
そうなんですよ、今回はツアーの最中でしかも昼休みに抜け出てきている(もちろん、集合場所からダッシュで(*´Д`)・・・)都合、もう一回戻るためには時間がないのです。
もう、並み居る巨樹撮影をしたい自分自身が何人も欲しい気持ちをかなぐり捨てて、やっとたどり着いたのがこの「三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)」です。

三嶋大社の金木犀 3

御覧の立派な石碑の通り、国指定の天然記念物に指定されています、、、、って、やはり今回もその樹種のベストシーズンである「秋」に訪れる事が出来ずに、特徴的なあの花の色をお届けすることが出来ず、写真が今一つで…すみません。

しかし、皆さん想像して下さい。
住宅街のアスファルトの香りの中で、ふと「あぁ、こんな季節だったんだ・・・」とその存在自体が季節とともにある樹種の金木犀(キンモクセイ)ですが、通常は生垣サイズや塀から少し頭を出すくらいのサイズですよね?!
それが巨樹というくくりの中に含まれるということがすごいとは思いませんか?!

三嶋大社の金木犀 1

いや、その巨樹というサイズの前に触れておかなければいけないのは、この案内板の最終にある「開花時にはその香りが10粁に及ぶという」というところ。
10粁ですよ!!!
漢字表記で分かりにくいですが、普通に書くと10kmです!
すごくないですか?!
実際に体験していないのでわかりませんが、個人的には大好きな金木犀の香り。
10kmも届くような香りを想像するだけで興奮抑えられません。
(ただし、もう一つの天然記念物指定の案内板には2里、約8kmとされている。)

三嶋大社の金木犀 5

さて、本題の巨樹としてのスケールですが、はっきり申し上げて「図太い主幹」はありません。
地上すぐに大きく幹分かれしているので、周囲を覆う枝ぶりは見事ではありますが、単純な太さという尺度にはのっかっては来ないのですね。
それでも、推定樹齢は1200年と言われているそうですから、十分に古木であることと前提としての金木犀という樹種のサイズを考えると、十分すぎるほどの巨樹ぶりである、と言えるでしょう。

実は、私は訪れたときはこれが日本一である、ということは知りませんで偶然の出会いになったわけですが、知らずに訪れて日本一に出会える、しかも大好きな金木犀の日本一など想像もしていませんでしたから、とっても嬉しかったことを思い出します。

三嶋大社の金木犀 4

もちろん、初夏での訪問だったことで花はなく、青々とした葉のまぶしさを目の当たりにしたのですが、まるで1200年という樹齢を感じさせない活力でしたが、巨樹にありがちな「葉が茂っているほど幹が空洞であることもある」という法則からすると、もしかすると幹の内部は・・・


三嶋大社の金木犀 6

近寄って触れて、頬ずりをしたい気持ちはヤマヤマではあるものの、これほどのものになると当然周囲には柵があり、立ち入ることはできないので、望遠にてその幹を眺めます。
もう、金木犀であるかどうかはどうでもいい・・・いや、こんな幹だとどんな木目を見せるんだろう・・・金木犀・・・・
天然記念物である大先輩、それも大好きな恋い焦がれる先輩に対して木材好きな材木屋の邪念が少し顔を出すものの、そこはやはり荘厳な三嶋大社。
周囲に所狭しと結わえられたおみくじなどを見ていると、あぁ、自分は神域の中で1200年の命と対峙しているのだ、と自覚し己の穢れた念を悔いるのみでした。

三嶋大社の金木犀 7

もちろん、枝ぶりが立派である、ということはそれだけ自重を支えることが厳しくなるので、四方に頬杖が設置されていることで、このシーズンに姿を見ると大きな感動はないかもしれません。
これが花のシーズンとなると違った印象になることは間違いないのですが。
そう思うと、仕方ないとは思いながらも花のシーズンには来ることができないことが残念で仕方なく、そうこうしている間に「走っても間に合わないかもしれない集合という名のタイムリミット」が近づき、焦る気持ちの中で「このまま眺めていれば、あの橙の花がみられるかも・・・」というような錯覚に陥るほどに見入ってしまう自分がいました。

えぇい、ちょっと遅れても構わん!
戻る道すがら、並み居る巨樹を観察するぞ!!
と、幸せな日本一との出会いを振り返りながらも、その場をあとにしたのでした。

三嶋大社の金木犀 8


金木犀を過ぎても、樹齢数百年のクスやカヤ、そして珍しいモッコクなどもあり、これは少なくとも数時間は滞在しないと・・・と思いながらも、すでに遅刻時間決定になっている時計をにらみながらも撮影をしていたとき。
私が撮影した後に、一団の人の塊が目の前に。

あ、そういうことか。
やっぱり、なぜか幸せな気持ちになると思っていたら、青空のもとで、とても素敵なことが。
それも古木のそばで・・

BlogPaint

結婚式の記念写真を、「パワースポット」で撮影されました。
うん、カメラマンが「パワースポットですからねぇ〜」と言ってましたしね。
いやぁ、めでたいですね。
立派な社殿に白無垢がまぶしいです。

金木犀の香りはしないものの、運命的に出会った日本一の樹木と、運命的に出会った新婚さんの睦まじい姿を見て、自分も幸せを感じ、彼らの幸せをも願わずにいられませんでした。

そしてもちろん、集合には遅れてしまい若干の注意を受けるのでした・・・
ここだけは、再度ゆっくりと、しかも花の時期に訪れたいものです。



三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)所在地

静岡県三島市大宮町2-1-5

車ではなかったので、駐車場未確認。


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今回こそは・・・念願のタイミング 〜飛騨国分寺の大イチョウ〜

待ちに待った、いや満を持して公開します。
季節感たっぷりに、タイムリー(大阪近辺では)にお届けできる初めての黄葉巨樹記事かもしれません。

地元大阪でも黄葉(紅葉)が始まっていた先日、もしかするともう遅いかもしれない・・・と若干諦めもありながらも向かった目的地、それは「飛騨国分寺」。
あ、もちろん仕事で物凄く近くに行くもので、寄らない手はない!ということで寄っているのですが、巨樹を目的にしている私とは違って普通の観光客の皆さんは、飛騨国分寺その物を目当てに来られた時に、そこにある「大イチョウ」に驚かれるという構図なわけですが、もう今回は飛騨国分寺の蘊蓄は抜きです(笑)。

今まで多くの黄葉(紅葉)巨樹巨木をめがけて、秋の道を走ってきたわけですが、いかんせん、仕事の都合や思うようにその時期に合わせて動けないこともあり(基本、巨樹探訪は木材の旬にあわせて冬なので・・・・・)、その美しい色彩の妙を味わうことは稀でした。
いつもなら、常瀧寺の大公孫樹の様に黄色い葉っぱではなく、真っ白な雪に包まれたりしていましたし・・・・(汗)。
しかし、今回は違いました!
散っているかもしれないと思いながらも訪れた私を待っていてくれたのは、黄色い吹雪舞う、飛騨国分寺の大イチョウでした。

飛騨国分寺の大イチョウ1

手前に写る紅葉もきれいですねぇ。

いつも通り、写真のウデのない私にとっては、この美しい姿を十分にお伝えすることはできないまでも、興奮した私の気持ちだけでも実況しておきましょう。
飛騨国分寺の大イチョウは、イチョウの巨樹としても十分な大きさを持っていますし、観光地である飛騨高山の街中に存在する巨樹としては、立派なものです。

しかし、今回のポイントは幹回りではなく黄葉。

飛騨国分寺の大イチョウ10


イチョウに限った話ではないですが、イチョウは特に黄葉のあとのその葉を落とすスピードが早く、一度散り始めると風が吹こうものなら、まるで金色の雪が舞っている様な美しさで舞い散るのです。
動きの無い写真では、私にはこの散り吹雪を伝えきることができませんが、当日は時折強めの風が吹き、散ったかと思うと急に晴天になり、黄金に輝く様な色彩を見せる場面があると思えば、急に陰っていき若干残る緑の葉の色が強調される部分があったりで、多彩な表情の変化に、いつまでたってもカメラをしまうことができずに困ってしまいました。

丁度以前にお伝えした「延命寺の夕照もみじ」もそうで、黄葉(紅葉)の美しさの一つは、時間の経過とともに変わりゆくその色合いと、木々の表情の変化だと思います。

山吹色に近い黄色かとおもえば・・・

飛騨国分寺の大イチョウ3

太陽光ひとつで一瞬にして・・・

飛騨国分寺の大イチョウ4

レモンイエローに若干の新緑かと思うほどの緑が入る変わりよう。
本当は、これ以前の青葉の時期にも二度訪れたことがあり、その時はやはり見事な大きさに魅了されたのですが、この黄葉というマジックの中では、さすがに色彩に目を奪われてしまいます。

何度も言いますが、もしこれが黄昏時や早朝の陽が昇り始めたころであれば、時間変化とともに感じる風景の移り変わりの素晴らしさに、言葉がなかっただろうなぁ・・・と推察するのです。

樹木そのものの持つ美しさもありますが、写真というその一コマではなく、その場にいることによる時間という軸が加わることで、単なる二次元から三次元への体感の違いではない、四次元といってもいいような、不思議な空間にいる感覚ではなかろうかと想像するのです。

飛騨国分寺の大イチョウ9

そういうことを考えていると、人が持つ五感というものはなんという素晴らし器官なのかと感心してしまいます。
一つの感覚器官である「目」で見て美しいと感じるものが、さらに増す情報として、「耳」があります。

これも写真ではどうしようもないですが、秋の「木枯らし」と感じる突風めいたものが吹いた瞬間・・・
「カサカサ・・・サァー、カラカラカラ・・・・・」と乾いていながらもどこか大イチョウの息吹を感じるような「散る音」が聞こえるのです。

そう、黄金の散り吹雪の中で。

飛騨国分寺の大イチョウ5

その音を聞いていると、目を閉じていても十分に散りゆく美しさを感じることができますし、目を開けていれば尚更のこと・・・
その散り方は、ソメイヨシノのそれとは異なり儚さではない、次の息吹への序章のような、続いていく一連の物語のように感じます。

本当のところは、この「黄色い葉の黄葉」を写真に収めることができれば十分!と思っていたものの、五感を刺激する大イチョウの黄葉は、改めて、その時その場に居合わせてこその感覚的美しさなんだなぁ、と実感。
もちろん、有名写真家さんなんかは、その時間さえも切り取って映してしまうような方もいらっしゃいますが、自分にはできないというもどかしさも、なぜかその場にいる時間を尊いものと感じさせてくれる材料にさえ思えます。

飛騨国分寺の大イチョウ6

まだまだ散りはじめではあるものの、大イチョウの足元はこのような感じ。
枝ぶりが見事なだけに、この根の周りにはそれほどの葉は積もらないかもしれないけれども、それでも「イエローカーペット」とでも言いたくなるほどの、いや、黄色いビロードというようななまめかしい厚みをもった絨毯の様相を見せ始めています。

撮影日は11/15。

朝は結構冷えるものの、日中は暖かさの残る寒暖の差がある日々。
木々の命のリズムは太陽光とともに寒暖の差が大きく関係するのですが、今年はとてもいいリズムだったのかもしれないなぁ、と一人満足。

飛騨国分寺の大イチョウ11


訪問より少し前に雨が降ったこともあり、足元をよく見るとまるで嘘のように美しい水玉が・・・・

中国の方を含めて多くの観光客がおられたのですが、ほとんどの人は、降り積もる黄色い絨毯に光る露の輝きまでは、目に留まらなかったようです。

さて、最後にいつもの大きさ比べをしておきましょう。
幹に観光客が被らないタイミングを見計らって・・・・

飛騨国分寺の大イチョウ8

本当は真横に立ちたいのですが、そんなに悠長にセッティングしている余裕がないほどに人がいることをお察しくださいませ。

いや、ぜひ青葉の時期と紅葉の時期に訪れてください。
広々とした境内に塔まで収める飛騨国分寺。(塔はあえて出しません。笑)
駅からも徒歩圏内。近くにはホテルも多数ありますので、高山にお出かけの際はお手を合わせにおいでください。


普段はその巨躯ばかりに気を取られがちな巨樹訪問ですが、今回ばかりは、観光客に交じってアングルを探して撮影です。
灯篭を傘のように包む苔の緑越しに見る大イチョウは、いつまでもそこでの時間の変化を楽しんでいたくなるに十分な対比となりました。
ありがたや、黄葉・・・

飛騨国分寺の大イチョウ12

飛騨国分寺の大イチョウ所在地

岐阜県高山市総和町1丁目83

境内が十分に広いので駐車可能。ただし黄葉時期は込み合うこともあるので、周辺の駐車場へ。


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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ 〜

今回のハダカガヤの紹介は、きちんとストーリーを紹介したいこともあり、2回に分けて「鎖」のお話しとともにお伝えしましたが、もう一つお伝えしないといけないことがあり、今回までがハダカガヤシリーズとなりますので、もう少しお付き合いください。

ハダカガヤだけでも、十分に貴重ではあるのですが、実はハダカガヤのある磯宮八幡神社の見どころは、前回に少しお話しした「両脇を含めた3本の姿」であるのです。

日置のハダカガヤ14

写真の中央が、前回までにお話ししたハダカガヤ。
そして、写真奥と手前が通常のカヤの大木です。

これは、社の裏手の道路からの写真ですが、きれいに3本が並列で立っている姿がなんとも珍しくあるのです。
この並びだけでも、指定を受けそうな社叢を形成しているようにも思うのですが、通常は巨木の周りには普通の樹木はあっても、このように大木が並んで立っているというの珍しいもの。

長野県に行った際、境内や広い公園の中にあるケヤキの巨樹の周辺に「ボッコボッコ」と同じようなケヤキの大木がまさしく林立している、というような情景を見たことがありますが、それはそれで驚くのですが、それとの違いは、3本がきれいに並列しているということと、図ったかのように、ハダカガヤを中心として並んでいる姿は、木の神さまがおなりのような感じがして、とってもありがたい気分になります。

日置のハダカガヤ12

よく考えると、両脇の2本は通常のカヤであるといいますが、もしかするとこのハダカガヤの遺伝子を持ったものではあるまいか?!
そんなことを思うのですが、現地にてのお話では「鎖」の話と種子をまいても通常のカヤにしか育たないというお話に気を取られてしまい、両脇の2本の由来を確認することを失念しておりました。

ハダカガヤの樹齢を考えると、正式な記録は残っていないのか伝承されていないのか、それはわからないのですが・・・

境内には、このカヤたちのほかにも立派なヒノキがあり、私が訪れたときはちょうど寸前に「檜皮(ひわだ)」をむかれたところでした。
なんでもこのあたりの有望なヒノキの檜皮が集められて、近々どこかで葺き替える境内の屋根材とされるらしいです。
現在は茅葺きなどとともに、檜皮葺きも材料と人手の確保に苦労されているようですから、喫緊の状態を肌で感じたような気分でした。

カヤは基本的に常緑針葉樹なので、季節によって葉を落とし切る、ということはありませんが、新旧の葉の交代は常に起こります。
これだけの大木になると、このように裏の道路も役目を終えた葉っぱできれいに化粧されます。

日置のハダカガヤ13

民家や学校があるものの、比較的静かな環境ですのでこれからもハダカガヤたちはゆっくりと過ごすことができるでしょう。


次回はこの流れで、カヤの樹木のお話を少し続けたいと思います。


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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ ◆

世界唯一の存在であるハダカガヤ。

前回、その存在と他のカヤとの違いを書いていったわけですが、もう少しだけそれを取り巻いていた環境についてお話しすることが残っています。
それは不自然に並んでいる、ハダカガヤの周りの石柱。

日置のハダカガヤ5

前回は、背の高い石柱に刻まれる天然記念物の文字のことをお伝えしましたが、今回はハダカガヤを囲むように立つ背の低い不揃いの丸い石柱です。

巨樹巨木を訪ね歩いている人であれば、おそらくはすぐに推測はつくものだと思います。
私もそうでした。
最近特によく見かけるようになったように思いますが、巨樹や古木の周辺への立ち入りを規制するためのもの。
根への影響や幹を傷つけたりすることのないように、樹木の周りへの立ち入りを制限するために施され、たいていは鎖がついていたりするものですが、明らかにそれの雰囲気があるにも関わらず、ここには鎖はありません。
もちろん、鎖がなくともこの石柱の並びを見てなお、立ち入ろうとは思いませんが、必ずハダカガヤの周辺の保護のためにあるもののはずなのになぜ?!!

そんな疑問が膨らみながらも撮影していたところに、前回ハダカガヤの詳細をうかがった方がいらっしゃったのです。
最初は、初めて見るハダカガヤについて普通の質問と歴史のことをおたずねしたのですが、一通り伺った後にこの不自然な石柱のことをうかがってみました。

すると想像もしていなかった、大正時代に指定された天然記念物ならではの重い歴史を感じる事実があったのです。
地元の方のお話はこうでした。

「あぁ、昔はあそこには鎖がかかってましてんで。せやけど戦争の時に、鉄の供出で鎖、持っていかれてしまいましたんや。
せやもんでほれ、頭の方(石柱の上部)がきれいな形やのうて折れたみたいになってますやろ。」


まさか、巨樹探訪で戦時のお話を聞くとは思いませんでした。
そういわれれば、その不自然さは鎖がないこと以上に、割り、強制的に持っていかれた・・・いやお国のためにと勤しんで供出したのか、不揃いに残っている石柱の頂部だったのかもしれません。

日置のハダカガヤ15

近づいてよく見てみれば確かに、鎖なのか直線的に掘り込みが入っています。
おそらく、鎖がかけられていたところなのでしょう。

社寺の鐘すらも供出するような時代です。
ハダカガヤを守っていた鎖も例外ではなかったのですね。
自分の生まれた昭和という時代の、その時代の中の薄れてはいけないけども少しづつ薄れていきそうな部分が、突然目の前に鮮明に広がり、現実に存在する数百年の樹齢を数える巨樹とともに、今はその存在を見ることのできない「鎖」の跡が、今も絶えることなく流れる時間の重みをひしひしと頭と心に焼き付けられるような事実でした。

普段から、巨樹古木に出逢うことで自身の存在をはじめ、様々なことを想うのですが、ハダカガヤが教えてくれることはそれらとともに、いつも自分のそばにある時間の流れでした。

樹木にまつわるエピソードや逸話というものは各地様々ありますが、このようなケースはなかなかありません。

日置のハダカガヤ20

種をまいても通常のカヤしかできないものの、幾度かハダカガヤの上部に上り種をとったこと、そしてこの鎖のこと。詳しく聞くことができたのはやはり、その場でお話をさせてもらったから。

街の巨樹は人とともにある。

今回は境内の世界に唯一の存在でしたが、それもまた、地域の人たちと一緒に歩んできた歴史の中にあるんだと、しみじみと感じさせる、この小さな石柱なのでした。


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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ  

数か月前から組合誌の巨樹連載記事も始まり、拙ブログの中の記事との巨樹2本立て!になったわけですが、撮りためた巨樹の写真や当地に赴いた感想を、それぞれの媒体に合わせてお伝えしていきたいと思います。

さて、今日の巨樹はいつもとはちょっと違います。
何が違うかって。
巨樹古木を訪ねる、なんだけど確かに古木ではあるけども巨樹とまでのスケール感がないこと。しかし、それ以上に稀少性が高いことが理由です。
いや、稀少性という言葉すら適当ではありません。
だって、世界でただ一つ、この一本しか存在しないのだから・・・

日置のハダカガヤ3

国指定の天然記念物、「日置のハダカガヤ」です。
山の緑と畑の緑、そして空の青が美しい兵庫県篠山市に1本の超珍しい樹木が存在するのです。
名前から想像できる通りですが、「はだかのカヤの木」なのです。
で、超珍しいというのはなぜかというと、先に書いた通りなんと「世界にここだけ、1本しか存在しないから」です。
え?!1本だけ?!・・・そんなんなくなったら終わりやんか。
絶滅危惧種とか言った理由で取引が禁止されたり伐採が禁止されたりというのは、木材業界では聞く話ですが、そんなレベルではないのね・・・

日置のハダカガヤ5

磯宮八幡神社の境内敷地にあるハダカガヤ。
石碑の下の方に見える兵庫県の「縣」の字が、なんか妙にかっこえぇんですけど、それもそのはず。
天然記念物指定は大正時代。
巨樹巨木の多くは、昭和時代の調査によって指定されたものが多いと思われるのですが、このハダカガヤは植物学上大変貴重だということで、大正時代にはすでに天然記念物指定されたものなのです。
そりゃそうですよね。世界にただ一つだもの。
世界に1本しかないということは、自動的に世界一?!

日置のハダカガヤ11

カヤはスギやヒノキと同じく針葉樹の仲間。
通直な幹と緑に茂る葉は、どこか見慣れた樹形に感じますし、樹高や幹回りも驚くようなものではない為に、迫力には欠けるものの、「世界にただ一つ」という予備知識が、それを見る目を変えるのです。
知識がある方がいい場合もありますが、それがあることで観察眼が鈍ることもありますから要注意。
しかし、知らなければ「まぁまぁ大きなカヤの木やなぁ」で終わってしまいますから、ここは注意深く見なければ。

もともとカヤという木は、イチイ科カヤ属の樹木で鳥の大好物である甘い実をつけるイチイとは異なり、ある種イチョウの様なドングリのような、実をつける樹木です。
それは、カヤの木の学名は Torreya nucifera ですが、nucifera というのは「堅果を有する」という意味からも分かる通りです。

油気を有するその実は食用にもなり、また火が貴重なものだった時代には灯火油としても賞用されたというものですが、通常はその堅果は字のごとく堅い殻に包まれているものですが、このハダカガヤは殻がなく実が剥き出しであることから、裸=ハダカガヤと呼ばれています。
ゆえに、ハダカガヤは樹木の種名ではなくこの樹木の固有名詞、それも世界唯一の固有名詞なんですね。

日置のハダカガヤ19

右が通常のカヤの実。アーモンドの様ですが、右のハダカガヤは干しブドウのように殻がありません。
これが世界にただ一つのハダカガヤなのです。

もちろん、樹木それ自体の見た目には全く違いがないですから、初めに違いに気が付いた人は驚いたに違いありません。
いつも巨樹訪問をする際には、できるだけ地元の人とお話することにしていますが、この訪問の時もちょうどお話を聞くことが出来ましたので、その「昔話」を紹介しておきましょう。

日置のハダカガヤ10

いつからこれほどに立派な姿だったのかは定かではありませんが、少なくとも大正時代、天然記念物に指定される頃にはその稀少性は認識されていて、私が思う通り、この一本が枯れてしまえばハダカガヤは絶滅してしまうということから、様々な方がハダカガヤの種子を植えて子孫を増やそうとしたそうです。
しかし何度やっても、どうやってもハダカガヤの種子を用いているにもかかわらず、育つものは普通のカヤの木なんだそうです。
お話を聞いた方も、何人もがこのハダカガヤに上り直接とった種子をまいてもダメだった、と言っておられました。

不思議なものですが、今現在でもその実からハダカガヤを増やすことには成功しておらず、ただ一本が存在するのみである、と言われているのです。

ハダカガヤのもともとの来歴は案内板によると、天皇方に敗れた足利尊氏が都から九州に逃げ延びる際にこの地に立ち寄り、殻をむいたカヤの実を神前に捧げて武運長久を祈った時のものが成長し、ハダカガヤになったとされています。
という事は、樹齢約700年弱か?!

日置のハダカガヤ17

およそ700年間、唯一無二の存在であり続けているハダカガヤ。
成長が遅く、ゆえに長命と言われるカヤという樹種ですが、あとどれくらい元気で生き続けてくれるのかはわかりません。
その間にクローン技術などで、もしかしたら「第2のハダカガヤ」が芽生える日もくるかもしれませんが、私は生きていないかもしれません。

しかし、そうであってもなくてもきっと、ハダカガヤの命は消える事はないでしょう。
この地の人たちが大切に守り続ける限りは・・・・

日置のハダカガヤ9


日置のハダカガヤ所在地

兵庫県篠山市日置167

学校が近いので、児童には注意ですが駐車は可能です。

日置のハダカガヤ、今回はもう少し続きます。


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趣味から連載へ 〜巨樹巨木でみる、夢への一歩〜

ひとつ前の巨樹古木紹介記事の「岩倉の乳房杉」の冒頭にて、弊社の所属する木材組合の組合誌で、巨樹などを紹介するコラムを持たせてもらい始めた事をお伝えしました。

仲買たより


まだまだ始まったところですし、如何に木材の組合といえども全ての人が私くらいに異常に木材や巨樹が好きではないことはわかりきっていますので(汗)、いったいどの様な反応や意見があるのか、実際は少しビビっている様な所があります。
もちろん、楽しんで書かせていただいてはいるのですが、どのようなテンションで続けていくかは、まだ試行錯誤しているところなんです。
記事の中には、今まで拙ブログでも紹介していないものもあり、ブログを見ていただいている方にも新しい情報をお伝えできているのではないかと思っています。

中学校の英語の教科書に出てきました。


I have a dream.


あまりにも有名な、キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏)の言葉です。
中学校のころですから、そのまま「私には、夢がある」と訳されていたと記憶しています。

簡単な日本語訳を知っていくにつれてグイグイと、いや静かに胸に沁みとおっていくその言葉と共に、キング牧師の存在が刻まれていきました。
彼ほどに崇高なものではないですが、私にも少しばかり夢があります。
その夢のうちの一つが、紙媒体で自身の木に関する情報若しくは巨樹の情報をまとめたものを出版する、ということ。
現在では、インターネットの普及とブログというシステムのおかげで、日々このように自身の想いを綴る事が出来ますが、ふた昔ほどまえであれば、そういったこともできず、やはり紙媒体での発信でありました。

弊社創業者の祖父は、その「想い」を伝えるために自身で小冊子「古木のたわごとー木造住宅のすすめー」を製作し印刷にかけて製本され、お客様などに配布していました。

古木のたわごと


すごい行動力だと思います。
どのくらいの冊数を印刷したのかを聞いてはいませんが、一度に印刷する部数は相当なものであるにもかかわらず、初版から半年後には2版目を出しているのですから、頭が下がります。
それを思うと、自身の発信力はまだまだ足りないところが多いです。

脱線しましたが、ここにきて私もインターネットではなく紙の媒体で、様々な人の目に触れる機会を持てるようになったのは少しの前進で、祖父の様に純粋に木材業の事を案じてのものではないのですが、趣味から連載を持たせていただけるという、ある意味のありがたさを感じながら少しづつ続けさせていただく予定です。

とはいえ、木材業界の組合誌ですから一般の方への発信とは言えませんが、一歩踏み出せたように思います。

ということで、次回は久しぶりに巨樹巨木記事でいきたいと思いますので、ちょっと力を入れてとっても珍しい「世界に1本」をお届けしますので、ご期待くださいませ〜。


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鳥居は神域への門なのか?!  岩倉の乳房杉(ちちすぎ)

わたくしごとながら、先月より不定期で木材組合の紙面をお借りして、巨樹巨木に関するコラムを持たせていただいています。
木材や樹種についてもそうですが、いつかは「紙の媒体」で、インターネットの画面からは見ることができない様々な人の目に、私の訪れた巨樹の存在が知られる機会を持つことが、夢の一つであったのですが小さな一歩を踏み出した、という感じです。
もう、このブログの中での巨樹巨木の記事は、完全に業務ではなくただ皆さんに、私が訪れた木々達から受けた印象をお届したいという想いだけで続いていますので、仕事の事を話のタネにしなくてもいい分、自由に書かせてもらっています。

さて、今回登場の巨樹は日本の代表的な樹種である「杉」なのですが、およそ杉とは思えない様な姿であるそれをお届します。


日本の杉巨木の中でもっとも有名なのはなんでしょう?!
おそらく縄文杉でしょうね。
屋久島の事を語る時には、必ずと言っていいほど登場する縄文杉ですが、実は当記事には未だ登場していません。
皆さんご存じだから、とか私がしょうかいしなくても、とか色々と理由はあるのですが、太さや大きさでは譲るものの、ある意味縄文杉よりも「パワースポット」めいているのがこの、「乳房杉(ちちすぎ)」です。

乳房杉5


茂る下草、他の追従を許さないかの如くの異形、開けた空の輝きを受けて後光のさしているかのような存在感、そして天を射抜いてしまうかの如くの枝々。
様々な巨樹巨木を目にしてきましたが、驚くものや圧倒されるもの、または絵になるようなものなど特徴を持ったものの中で、「神々しい空気をまとったもの」というのはなかなかありません。
その「神々しい空気」を感じることができるのが、この岩倉の乳房杉です。

隠岐の島の中心よりやや西、大満寺山を横断する林道の途中に位置するこの杉は、「隠岐の三大杉」といわれる「八百杉、かぶら杉、乳房杉」の一つです。
島を紹介するガイドブックや情報誌にも必ず登場する(と感じる)ほど、島を代表する存在でもあります。
気になる人のためにお伝えしておきますが、ほかの2本の巨杉のうちの八百杉は「伝承と人との身近さ」を感じる境内にそびえる杉。
かぶら杉は、以前に私を大いにビビらせた「高井の千本杉」と同じように、根元で別れた太い枝が天に伸びる「沢沿いの杉」。
もちろん、それらも見ごたえがあるのですが、一線を画すのが乳房杉。

乳房杉1

私が訪れたときは日光の加減で空は明るいものの、山肌が薄暗く感じ幽玄さを感じるような佇まいでした。
観光ガイドの写真などには、霧のかかった様子や雪を抱いた姿などが紹介されていますが、それが違和感なく認められてしまうのは俗にいう「パワースポット」だからでしょう。

人それぞれの感じ方ではあるものの、近年のパワースポットブームもあり、なにか特別なものを感じることができる場所。
それは巨木であったり、伝説の地であったりするわけですが、私自身はそこで何かが得られるから、という理由ではなく自分の中の何かが目覚めるきっかけにできるかどうか、自分次第だと考えているので、正直場所にこだわったり巨樹からパワーをもらうというようなことは考えていません。
しかし、この乳房杉をパワースポットと紹介したくなるのには理由があり、その理由こそ、ここを「神域」に感じさせる理由でもあるのですが、とりあえず乳房杉の詳細をまず・・・


乳房杉10


乳房杉の樹齢はおよそ800年。大満寺山の崩落岩に根を下ろす異形は、日本の杉を大きく3グループに分けたうちの一つ「ウラスギ」に入ると解説されていますが、納得のその姿。
横に張り出す枝は力こぶのようでもあり、銛(もり)の鋭さのようでもある。
そして乳房杉の大きな特徴の一つであるのがその名の通りの「乳房」。

乳房杉8


当ページの記事では「常瀧寺の大イチョウ」などに代表されるような大きな「乳」が垂れているのがそれです。
通常であれば、樹木の枝などは上空に向かって伸びるもの。
それが正反対の地上に向かって垂れるように伸びている。
銀杏(イチョウ)のそれを含め一般的には「気根」と呼ばれています。乳房杉の解説板にもあるように、空気中の水分を取り込む役目を果たしたり、樹木の幹の支持を助けたりするものといわれていますが、この乳房杉もこの「乳」をつかって空気中の水分を得ているといわれます。

しかし実際、この気根と呼ばれる下垂状の乳は「根」ではなく、葉っぱのない「枝」だと言われています。
下方向に伸び、根を出して新しい枝を形成するためのものだという定義がされています。
ストーリーとしては、「乳の出をよくするために煎じて飲んだ」というお話や、「空気中の水分を補給する」といったほうが夢があるものの、実際の植物たちの事情はもっとシンプルで、生き抜くためのまっすぐな理由だけなのかもしれません。
興味深い世界です。


乳房杉6


どうしても今回の写真はこのアングルに固定されてしまうのが、少し見どころを欠くところかもしれませんが、それには理由があって、近頃の巨樹所在地と同じく、乳房杉には近づくことができません。
縄がはってあり、また入り込んでいけないからこそ下草も繁茂し幻想的な空間を維持しています。
そのため、もう正面のこのアングルしかないのです。
もちろん、現地にいれば光の具合や感じる風、鳥のさえずりや木々の揺れる音などで無限にその世界は広がりを感じるのですが、写真下手の私にはそれを伝えることもできないのが未熟なところ・・・

しかし、このアングルしかないからこそそこにおのずと人が集まるのですが、ここに立つからこそ、乳房杉を訪れた人々はこの場所が世で言われるところの「パワースポット」であることを「確信する」ことになるのです。

そのパワースポットたる場所はこの鳥居をくぐることで、「神域」への到達を感じさせるのです。

乳房杉9


決してたいそうな鳥居ではないものの、登山することなく自家用車の窓からも眺めることのできるこの乳房杉を特別なものとせしめているのが、この鳥居とその先の「神域」なのです。
ここを訪れた観光客はまず、目に慣れない大きさとその姿にまずは驚かされます。
しかし、本当に驚くのは鳥居をくぐったその瞬間。


「え?何?!!なんかすごい涼しい・・・というか冷気が・・・!!」
「うわぁ!!!パワースポット!マジで!!」

私が滞在していた間にも、7組ほどのカップルや家族が来られましたがすべての皆さんがその得体のしれぬ「神の気」にさらされた驚きを口にします。
本当にここは神の世界、神域。その神の依り代があの乳房杉か・・・・


そう信じたくなるほど、鳥居の先は別世界なのです。
しかし、そこにあるのは不思議な世界や霊の力ではないのです。
皆が感じる冷気(霊気?)の正体は実は「風穴」です。
最初の解説板を見ていただくと表記がありますが、実はここは岩石が崩れてできた場所。

乳房杉4

そしてその岩石の間を、年中大気よりも冷たい空気が噴き出していることにより、真夏であれば驚くほどの「冷気」を感じるのですが、風穴と言われる仕組みをしらなければ、スポットクーラーの強烈な冷気に似た風が自分の足元近辺に流れてくるのを感じた瞬間、目の前の巨躯に畏敬の念と神の存在を感じずにはいられない空間になります。

乳房杉6


神の冷気を感じた後に眺める乳房杉は、鳥居をくぐる前の数倍のありがたみを帯び、より一層大きく感じるのです。
言わずもがな、島の宝。


全国に巨樹の杉かずあれど、数少ない「神域」を想わせる岩倉の乳房杉。
ここで感じるのはパワースポットではなく、紛れもない命の宿る世界と自然の仕組み。


乳房杉7


岩倉の乳房杉所在地

島根県隠岐郡隠岐の島町布施

各地図にも観光案内にも場所が記載されています。山道ですが十分に道幅があり、乳房杉前には大きな退避場(駐車場?!)があり、数台駐車可能です。道路沿いから眺めることができます。


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地松シリーズの締めは海沿いにあり・・・ 〜南志見住吉神社の松〜

さぁ、超ロングラン企画となった地松シリーズも惜しまれながらも(!?)今回で一区切り(って、長すぎっ!!とおしかりをうける・・・)。

終わりを告げるのはやはり巨樹。
地松が少なくなっているとはいえ、全国には巨樹に数えられる地松ものこっているもので、以前に紹介の地蔵大松もそうですが、海岸沿いの黒松林を初めとして荘厳なその姿を現在に受け継いでいるものがあります。
前回、超幅広無垢一枚物フローリングとして紹介したのは赤松でしたが、今回紹介するものは海沿いの街に力強く生き続ける黒松の巨樹です。

樹木の違いを知るにつれて、昔の人はよく言ったものだ(現在では憚られることもありますが…)と感じるほどに、赤松の美しさと黒松の荘厳さにはやはり見入ってしまいます。
今回の黒松の巨樹である南志見神社の松は、本当に納得の力強さを感じさせるシンボルのような樹木でした。

南志見住吉神社の松1

ここは石川県。それも北の北、能登半島。
以前にも能登半島に所在する「高照寺の倒さスギ」をお伝えしていますが、石川ワンダーランドは奥深し!!
ヒノキの陰に隠れがちな秀逸材である「能登あて」を産するだけではなく、日本海側・太平洋側というありがちな概念にとらわれない(そういう自分が一番とらわれてる・・・)樹木をはぐくんでいる土地である能登半島において、荒波激しい北側に位置するこの「南志見住吉神社の松」は、残していきたい日本の風景、それを彷彿とさせるにふさわしい佇まいを持っていました。

いや、写真ではその迫力は伝わらないでしょう。
むしろ、いつもの巨樹という範疇にないようにすら感じるかもしれません。
巨樹というのは大きすぎる存在であったり、圧倒されるような存在感を感じるものですが、今回の黒松は圧倒というものではなく、「そこにあって欲しい」と思うようなそんな存在でした。

南志見住吉神社の松4

輪島市の指定天然記念物に指定されているこの黒松。
もとは2本あり、夫婦松と称されたそうですが1本が枯死し現在の姿になったそうです。
なんとも残念で仕方ないのですが、だからこそ、石川県随一の黒松であるというその存在を後世にも伝えていくべく、生き抜いてほしいのです。
黒松という樹種自体が、マツクイムシや海岸線の減少などにより減っていく中で、これほどの個体が残っていることが貴重であると感じるのは、マニアックすぎるとか言わないで下さいよ。
特別に樹高があるわけでもなく、異形を呈しているわけでもありませんが、もう地松としてそこにある雄姿だけで感動してしまうのは、贔屓目すぎるといわれても仕方ありません。

南志見住吉神社の松10

写真ではイマイチわかりづらいと思うのですが、樹高は数字上はそれほどでもないものの、松の力強さを体現したような「反りくりかえり」具合や、そののたうつ様な枝先までを収めようと思うとどうしても、アングルは縦方向になってしまうのでご勘弁を。
もともとが針葉樹でありながらも、スギやヒノキのように通直に育ちにくい樹種である松ですが、特に黒松はその生育環境からでしょうか、あらぬ方向へ向いているものも少なくありません。
時には、まるで大蛇の様に地を這うかの如く、地平に水平に幹を伸ばすものもあるくらいですから、その生育状況には興味がつきません。
それを鑑みると、この松はまだ大人しい方?かもしれません。

とはいえ、迫力十分に感じるのはやはりその反り具合でしょうか。

南志見住吉神社の松5

様々な環境を生き抜く植物に対して、「通常は」という一般常識は通用しないと思ってはいるものの、やはり通常はこんなにならないであろう、という様な想像をしてしまうのはやはり凡人だからでしょうね。
太い幹が、空に向かって伸びる先に見える枝は、本当にとぐろをまく蛇の様で一体どのような状況でこんな形になるのかと思わざるをえません。

南志見住吉神社の松8

幹に出来ているコブもそうであるものの、クモの巣かと思わせるように縦横無尽に走る枝ぶりが、何かを求めているのか、それとも唯一無二の存在になった証なのか、何とも言えない存在感を醸し出しています。
本来はおそらく、もっと根元の方まで大きな枝があったのかもしれませんが、折れてしまったのか除伐されたのか、失われているようでした。
もし、それがあったならば、周囲に大きな傘を広げる様な巨体として、さらなる存在感をもたらしたのかもしれないと思うと、少し残念な気もします。

どうしても見上げたくなる樹形ですが、松本来の姿も忘れられません。

南志見住吉神社の松6


角ばった亀の甲羅の様に割れる樹皮。
他の樹木とは少し違う存在感は、もしかするとこの特有の樹皮の存在も一役買っているのかもしれません。
ひだの様に裂け目が入るのではなく、四角や五角、時には六角模様の様に割れ、そしてその割れた樹皮自体の肉厚がコルク層の様にしっかりとしている事から、まるで鎧を纏った武者の様な、そんな印象を受けるのです。
どこか勇壮でありながら荘厳、そしてあらぶるだけではなく端正でもある。
西洋の騎士ではなく、大和武士です。
義をもって生きる、綺麗事かもしれませんが稀に樹皮の間を流れる樹脂が発する、「少し暑苦しく感じるも爽やか」な「アツい男」というような印象は、私の勝手な想像です。

でも、そんな印象を受けるからこそ、どこか憧れてしまうのはやはり本当のところ。


恒例の昌志スケールも、松の雄姿全体をとらえたいがために、私の姿がわかりにくいのはご勘弁。

南志見住吉神社の松9

今改めて見ると、樹幹に灯篭がかぶってるやん(-_-;)・・・
とは思いつつも、灯篭の右にいる私と比べると、この松の立派な佇まいがわかることでしょう。
これだけの存在感を持ち、そして高く伸びる樹高を誇るのはやはり貴重な存在。
見上げたくなる気持ち、わかってもらえるでしょうか。

もう一本の「伴侶」が居た頃は、さぞかし壮観だったんだろうなぁ・・・と今さらながらに思ってはいけないのだけれど、やはりこれだけ立派な存在が、もう一つあったのだということを考えると、余計な欲もでるというもの・・・


色々と想いを馳せながら、松枯れや黒松自体の減少が気がかりな中、やはりいついつまでも、そのあおあおとした枝葉を天の青空に向かって伸ばしていてほしい・・・
そう願って、秋の寒空を見上げる松道中となったのでした・・・

南志見住吉神社の松3


南志見住吉神社の松所在地

石川県輪島市里町9-6付近

社前は道幅が広いので路上に駐車可能ですが、邪魔にならない様に注意しましょう。

同じ境内左奥に、徳利型のケヤキもあります。
また、道路を少し進むと茂みの奥に、立派な椎の木「里の与兵衛の椎の木」があります。(里町9-60手前付近。案内板がありますが私有地と思われるので、立ち入りに注意してください。)


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支えが欲しくなる気もわかる?! 〜高照寺の倒スギ(さかさすぎ)〜


さて、前回は完全に前置きを力説してしまいましたが、ようやく到着。
ここが高照寺の倒スギ(さかさすぎ)。

高照寺の倒スギ1

むむ?!さかさ?!どこが?!
という感じの遠景なので、ちょっと遠くからだとそんなに立派な巨樹に見えないのが残念ではありますが、近づいてみましょう。

高照寺の倒スギ3

はい、全体をとらえるとこのような感じですね。
これでも結構離れていますから、大きいのは大きいんですがやはり樹高がない分、上からの圧迫感がないことと、周囲が田んぼなので全く大きさを比較するものがないおかげで、余計に大きさを感じないのです。
しかし、この倒スギの見どころは、単なる大きさ比べではありません。
さらに近寄るとみることのできる枝垂れぶりと、幹の傾斜具合です。

高照寺の倒スギ9


正式名称「倒スギ」。
もうちょっと凄い冠をつけてあげたい様な、立派な倒れ方をしているものの、読み方は「さかさスギ」。
この容姿をみれば、まぁ十中八九「倒=たおれ」と読みたくなるに違いありません。

それに、「逆さ杉」とよぶ巨樹巨木は様々な場所に存在しますので、音の響きだけでは判断しにくいですが、漢字のインパクトとしては抜群ですね。
ただ、私がいつもお世話になっているサイトの表記が、このスギの所有者の名前を冠しておられたので、それが相応しいと思い倣って「高照寺の倒スギ」とします。

スギの場合は一般的に、日本海側に分布するものを「ウラスギ」とよび、太平洋側のものは「オモテスギ」と呼んだりしていますが、それに倣うのであれば、まず間違いなく「ウラスギ」の部類ですね。
ウラスギの外見は、多くは枝が一度根の方に垂れ下がってから上に出る、もしくは、そのまま枝垂れて地表に着き、そこからまた新たに自分のクローンとなる主幹を作る、という性質を持っていますので、まさしくこの枝垂れ具合はその通りですよね?!

高照寺の倒スギ7

しかし、そういった特異な性質を持っている為に、同じスギの巨樹であっても異形を呈しているものも少なくありません。
そう、魔法使いSF映画に出てくるような、暗闇で人を絡め取る触手を這わせているような、そんな印象。
いやいや、そういうと可哀想ですが今までの経験上はそのようなものにも逢ってきました。
それでも、ここでは「おそろしさ」よりも、どちらかというと「包まれる優しさ」の様なものを感じます。
例えるならば・・・う〜ん。そう、風の谷のナウシカにおいて、主人公のナウシカが王蟲の黄金の触手に包まれるかのような、人の力ではない大きなものに包まれる感じ、そんなイメージでした。


高照寺の倒スギ8

一般論をいえば、スギは通直に天を目指して伸びる樹種だという認識です。
各地の植林用の種取り木などになると、そりゃまぁ見事なほどに節が無く通直で、皮の欠点も見当たらない「スカーっとした」ものもあります。
それに対してこちらではやはり、北側よりは穏やかなのかもしれませんが、風の影響や雪の影響をうけやすいのでしょう。
山中とはまた異なった、厳しい環境があったのかもしれません。
ここで設置されている看板を参照しましょう。

高照寺の倒スギ11


おぉ、なんと英語表記もある。NATURAL MONUMENT っていうのね。
外国からの観光に対応しているのか、それとも県指定の天然記念物だからなのか。
なんか目新しくすら感じるのは気のせいかな。

樹齢は850年と表記されていますから、4桁の大台にはもう少し頑張ってもらわないといけませんが、それでも存在感はとても感じられます。
どうしても枝や遠目からの形に目がいきがちですが、樹皮を見てください。
ところどころに油が出ているのは、他のスギでも見られますが部分的に見るとあたかも松にも見える様なゴツゴツとした大きな粗い皮をしている部分があります。

高照寺の倒スギ6

さて、今の今まで倒スギの周りを普通に撮影してきましたが、写真を見てもわかるように、自由に近づくことができるのですよね。
だから「とぐろを巻くような」うねった枝の枝垂れを視界近くに収めることもできれば、その特徴的な樹皮や傾斜の具合を肌に近く感じることができるのです。
これは、本当にありがたいことです。

近頃は、樹木保護の観点から巨樹古木に近寄れないように、柵があったりする場合が多いので、真下から見上げたり、ましてや樹皮に触るということはできません。
もちろん、まだまだそうではないところもありますが、とてもありがたいことです。

名前の由来となっている高照寺さんは、倒スギよりももう少し北側に位置しますが、もともとはこのあたり一帯が寺の境内か所有地だったのでしょうね。
今現在がどうなのかまでは不明ですが、こののどかな田園とともに寺の一部として、これからもずっとその姿を維持し続けてほしいものです。

高照寺の倒スギ5

幹の太さもしっかりしているでしょう。
さぁ、倒れすぎている倒スギ。
実際の大きさ比べです。いつもどおり昌志といきましょう。
実はこれも、近くまで寄ることができるからこそ、迫力のある対比ができるのです。

高照寺の倒スギ12


どうですか。
右側が私です。またもや同化するようなグレーのシャツという失態を犯してはいますが、真横に立つとこんな具合です。
いかに見事かがわかるでしょう。
晴天の中、大きく太い触手の傘の中にいると、850歳につつまれてとても心地いいのです。
周囲を何周も回ってみて、違う見え方を探したり元気な青葉を眺めたり。
本当に巨樹の手の中に抱かれているような感覚。そんな体験でした。

平地の、それも田んぼのど真ん中でよくぞここまで生き残ってくれたものです。
田んぼでは、水分が多いので成長は早くなる傾向にあると思いますが、自分が大きくなるにつれて根の張りも小さく堅固な地盤がないために、倒木となることも少なくありませんが、850年の間にどのような変遷があったのか、立派に育ってくれていました。

もし、倒スギに抱かれに行くのであれば、皮を傷つけたり枝を折ったり、ましてや根に悪影響の少ないような歩き方でいきましょうね。
ずっとこのまま、だれでも抱擁してくれるようなあたたかな倒スギを維持できるように。



高照寺の倒スギ2



高照寺の倒スギ所在地

石川県珠洲市上戸町寺社6-9 (インターネットマップにも記名されています。)

交通量がないので、道路に停車可能です。


あ、もし私と同じように北側から回ってこられる方は、ぜひ、波の花とともに?!名物である「塩」をお買い求めください。
海岸沿いの道の駅・・・というか塩の駅?にて販売されています。
今はこのあたりでしか入手できない、しかも一人3袋までです。
お土産にどうぞ・・・・・・・

shio


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まだ見ぬ巨樹 高照寺の倒スギまでのみちのり

少数かもしれませんが、待っている人もいるのです。
何を?!って、拙記事で紹介される巨樹達の姿を、です。

もちろん、写真の構図や迫力、そして情報量というものは、巨樹巨木専門のホームページに譲りますが、ちょっと変わった材木屋が見る視点というものを、楽しんでくださる人もいらっしゃるのです。

ということで、今回も紹介していきましょう。各地の巨樹達をっ・・・


ココは大阪から意外と遠い場所、能登半島。
デッキ材や土台、柱や浴室内装枠など湿気のある場所に使っていただく機会の多い「能登あて」を産する場所。
石川県でありながらも、金沢市から更に1時間は北上してたどり着く場所。
まぁ、知っている限り兵庫県や岐阜県、長野県や岩手県も相当南北移動に時間がかかるので同じ様なものかもしれませんが、私の地図上のイメージではもう少し近い様に思うのですが、意外と遠い・・・(でも人も温かくて好きですよ!)


そんな能登半島に、杉の見事な巨樹が存在するのですよ。

能登半島、と一口にいってもその表情は千差万別。
能登半島素人な私ですが、1日で北西に位置する輪島市をスタートしほぼ半島の東の端をかすめて珠洲市に入り、そしてひたすら南西の穴水町を目指して周遊(仕事です!!!)するというコースを実践したのですが、まぁ驚いた。

日本海側、というような表現が正しいのかどうかわからないので、半島の「北側」と呼ぶことにしましょう。
その北側と、反対に南側ではおそらく直線距離で20Km少々のはずなのに、天気も海の様子も全く違う!!!
まさしく日本海!といわんがばかりの強風と荒波!!

高照寺の倒スギ15


輪島市を出発した時は曇りだった天気が、見る見るうちに暗くなり雨とともに海からの強風を伴って嵐の様に車の車体を押してくる!!
そんな道中、だんだんと道路に白いものが現れる・・・
むむ?!まだ11月に突入したばかり、しかも暖冬!まさかノーマルタイヤなのにいきなり積雪?!!?
あまりに荒れる天候に、正しい判断ができなかったのでしょうかね。
良く見るとその正体は日本海名物、波の花でした。

高照寺の倒スギ14


実物は私も始めてみました。いつも見られるものではないらしいのですが、その量が中途半端じゃなく、相当な量が悶絶するような強風とともに吹き飛ばされてくるので、本当に雪山での吹雪スキーの様なのです!
この光景、きっと巨樹の記事に使うぞ!!と調子に乗ってカメラを手に車を降りて撮影しようと、ドアノブに手をかけた瞬間!!!!

「ブワッ!!!!!」うぉおーーーーーー」

能登半島の風、なめてました(汗)。
もう少しで車のドアヒンジやられるところでした。
余りの強風で、ドアがもげるかと思うほどの勢いで開いてしまったものの、なんとか指がかかっていたのでセーフでしたが、調子のったらあきませんね・・・

そんなこんなで記念写真をなんとか取り終えて、ビックリマーク一杯の「北側」を抜けやっとこさ珠洲市へ。
するとどうでしょうか。
むちゃむちゃ穏やかな天気。

高照寺の倒スギ13

直線距離20Kmほどとは思えない違いに唖然。
こんなもんなんだろうか?!わたしには知りえないもののとても貴重な体験をした一日になりました。
田舎者ばりに地域性豊かな土地にひとしきり驚き、さて、いよいよお目当ての巨樹へ!と思ったらやたらと前置きが長くなりすぎました・・・
長文になってしまいますので、お楽しみは次回に持ち越しいたします。

観光案内みたいになってすみません・・・
いよいよ次回が本番ですぞよ。

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