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仰げば恐ろし・・・ 〜島根県浜田市 常盤山の杉〜


私は夏が苦手である。
暑いから?いや、そうではないのです。
暑さには比較的強い(むしろ寒さの方が強いけど・・・)方なのですが、夏に山に入るのが苦手です。

すがすがしくてとても良い、と思うのですがそれだけではなく、人間が心地いい季節は他の生き物にも心地いいわけで、蜂やヒルなどのお友達になりたくないものがたくさんでてきますから、苦手です。
しかし、もっとも苦手・・・いや、会いたくないものがいるであろうことも、非常に大きな苦手ポイント・・・


冬に巨樹を訪れる苦労は、今までの雪にまみれる記事を見て頂ければご理解いただけるでしょう。
何気なしに雪化粧に佇む私と巨樹、という構図になっているものの、その場に立つまでは携帯電話の電波の届かない山道をひたすら登る、つづら折れの山道を四輪ドリフト状態(FF車ですけど〜)の横滑りで駆け上がったりなどしながら辿りついているわけです。
寒そうに見えるダウンジャケットの下が汗だく、ということも珍しくありません(汗)。

それからすれば、夏に訪れる巨樹など心地の良いもの・・・と思うなかれ。
今回訪れたのは日本海側に細長く続く島根県。
高速道路がつながっていないために、東西に長い県の両端への行き来に数時間かかってしまうという、侮りがたい県なのですが、県民性はとってもフレンドリー且つ嘘偽りのない人たちばかりで、私の中での「癒し県」の一つでもあります
(笑)。

そんな島根県の西部、山間の金城(かなぎ)町に常盤山の八幡宮があります。
金城は、地元の水を販売するほどに自然の豊かなところ。
好き嫌いはあるものの、少し甘さと柔らかさのある「金城町の水」はお気に入りです。

巨樹巨木の事前情報によると、幹回り8mを超える杉が存在し、他にも杉の巨木があるとのこと。
幹回り10mを超えると相当なスケールですので、その姿に期待が高まります。

到着後の社殿迄にはすでに一本の太い杉がお出迎え。

常盤山のスギ 3

なかなか立派な杉!!とここで時間をとられてはいけません。
なにせ、この社殿の奥にはさらに大きな杉がいるのです。
早々にお参りを済ませて、どの「奥」にお目当てがあるのかを確かめます。

常盤山のスギ 10

もしや、あの社殿右後ろの??
いや、たぶんそうだ。
針葉樹の濃い緑の新緑!
あそこにめがけていくぞ!!、の前にありがたい事前情報。
これがないと、背が低いものは結構探すことになる場合もあるんですね〜。
ありがたや。


常盤山のスギ 2

掲示によると、社殿前を含む5本の杉巨樹があるとのこと。
巨樹や樹木に明るい方は、表記の「アシオスギ」に注目されることと思いますが、ここではその表記については、掲示板に倣うことにします。

もちろん、目指すはA株。

案内図通りに進むと、境内左奥に裏山へと昇るけものみちらしきものが・・・

常盤山のスギ 9

まぁ、道なんだろうけど普通に竹やら雑木やらで通れない・・・

うぅ〜・・・どれくらい進むのか。見る限り近いけど・・・と思いながらも進み始めると早速Cの杉に。
なかなか立派ではあるものの、意外と傾斜のきついけものみちで、しかも三脚を立てるにも良いアングルが取りにくい・・・ということで、写真なしで通過。
後で気が付くのですが、ここでもし「その痕跡」に気が付いていれば、もしかするとここで引き返していたかもしれません。


歩を進めると、気負う心とは全く異なり意外とあっさりとお目当ての杉に到着。

常盤山のスギ 4

手前と奥。
2本が適度なスペースを維持しながら立っています。
広葉樹の若木もちょろちょろと芽を見せる中、「一時代」を主張するような2本の杉。

ご丁寧に足元には「アシオスギ」の表記。

確かに、西日本とはいえ島根県の山間部は非常に豪雪。
数メートルの積雪も珍しくありません。
その地で生き抜くには、やはりアシオスギでないといけないのでしょう。

常盤山のスギ 1

アシオスギの例に倣って、異様な樹形か?!と思いきや意外とスラッとしていて礼儀正しい(笑)。
素直に伸びた、という印象を受けるそのままに、とても優等生的なアシオスギと感じます。

常盤山のスギ 6

人工林施業の上で、まず淘汰するべき対象として「暴れ木」があげられます。
詳細は割愛しますが、まっすぐ伸びているとはいえ、枝のつき方や成長度合いを見ると、巨木の多くは暴れ木であることが多いです。
失礼な話、巨木を木材にするならば樹齢を重ねているために、成長による癖は非常にマイルドではあると思いますが、林業で言うところの優等生ではありません。

しかし、その個性がまた、人を引き付けるのかもしれません。

この常盤山の杉も、想像よりもやはりスケール感はないものの、その立地であったりその姿のみせる雰囲気は、巨樹そのものです。

常盤山のスギ 5


写真映りを考えると、開けた場所にドカーンと構えているのが望ましいものの、「裏山に主」よろしく仲間とともにひっそりとたたずんでいるその姿は、応援したくなるような気持にさせます。

期待より大きくない、といっても実はこれくらいはありますよ。

常盤山のスギ 7


はい、十分大きい。太い(笑)。
足元の「アシウスギ」ではない「アシオスギ」看板がほんと、妙に気になる(笑)。

杉の巨樹、と考えるとまだまだその称号を得るには若造である、と言えるかもしれません。
それでも、ある程度まとまって生えていることや鎮守の森であることなどを考えると、非常に価値があると思います。

いつもなら、いろんな角度から撮影するものを、雑木と竹に阻まれて、一定のアングルしかありません。
ちょっと物足りなさを感じつつも、別れの挨拶を済ませ杉を後にします。

先程来た道を戻りながら、もう一度巨木たちの写真をとっていると、先程の杉への曲がり道に立っている看板表記Cの杉の幹に、なにやらキズが付いている。

常盤山のスギ 12

むむー!
なかなか人が入っていないのかと思いきや、こんな傷をつける人間がきてるのかしら?!
鎮守の森の樹木を傷つけるとは何事か!!っと、思いながらもう一度Cの大木を眺めました。

そしてそのまま無事帰路についたわけですが、その後にこのキズについて聞いてみると「あぁ、クマでしょうね。クマ。上にいませんでしたかね?!」との返事・・・
ん?クマ?!
熊?!

よく聞いてみると、クマは木のぼりし「クマ棚」を作るとのこと。
その際に登った跡であろうというお話で、聞いてすぐビックリ!
山の野生動物苦手な身にとっては、クマやイノシシは本当に会いたくないものたち。
それも、もしかすると頭上いたかもしれないとは・・・・・

ひえぇ〜。
思い出すだけでも恐ろしい。
見上げる恐ろしさを覚えた杉探訪。忘れられない場所になりました。


常盤山の杉所在地

島根県浜田市金城町波佐545付近 常盤山八幡宮の裏山内

駐車可能



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令和彩る紫の蝶 〜藤(フジ) 第六話 壮麗極まる九尺ふじ〜

意外にも第六話までつづくことととなったフジの物語。

最後を飾るのは、壮大なスケール、とでも形容したくなるようなフジをご紹介しておきましょう。
数々の巨樹を擁する丹波市。以前に紹介した木の根橋もここ丹波市です。
最近話題になった、お隣の丹波篠山市とは異なるので、近畿圏以外の方は要注意。

街を形成している部分もあれば山間部もあり、そして大阪や神戸から程よく山間部な為に、移住してくる方や古い物件を探しておられる方も多くあると聞きます。
確かに、とってもいいところ。
ドライブコースとしても、私はよく走らせてもらっています。

そんな丹波市に見事に咲くフジを見ることができます。

九尺ふじ 6

どうです!!
この見事な枝垂れ具合。

これが有名な白毫寺の九尺フジ!
開基は慶雲2年(705年!)という歴史ある寺で、石仏やお堂、太鼓橋など見どころも多く、このフジの花の季節には混雑するそうですが、いつものごとく、私は早朝一番訪れています。

九尺ふじ 5

それにしても、もちろんこんな見事に咲き誇るフジを見るのは初めて。
藤棚というものも各地で見ることはあるのですが、ここはスケールが違うのです。
それもそのはず、この藤棚の総延長距離(笑)はなんと120m!!
なんということでしょう!!

なので、全体を撮影しようとするとあまりにも遠景になりすぎて、紫一色の写真になってしまうのがもったいない。
これは、やはり人間の目で見るべき光景であると感じます。

九尺ふじ 2

これはL寺になった藤棚を奥側から撮影したアングルですが、一番奥はまだ後ろ。
あんまり離れると、本当に迫力がなくなる・・・
そのため、早朝にもかかわらず訪れる人も完全に2パターンに分かれていて、仰々しいカメラの重装備で固めておられる人は結構離れたアングルから・・・そしてご夫婦やコンパクトデジカメを片手の方は花に近づいたり、藤棚の下に入ったりして撮影をしています。

やっぱり、こういった圧倒的な迫力を撮影するには、きちんとしたカメラとウデが必要ですね。実感。

で、ちょっと悔しいのでスマホのパノラマ機能で対抗(?!)するとこんな感じ。

九尺ふじ 7


ちょっとおかしな感じですが、写真中央少し右の飛び出ているような部分が私の立っているところに一番近い藤棚。
こんなに長い距離で、どの部分も途切れることなく咲いているこのスケール、やはりパノラマでも伝えきれません。

寺のホームページによると、正式名称は「野田長ふじ」。
この枝垂れが今までで最長のものは、その長さが180cm!にもなったそうです。
完全に藤棚の暖簾をくぐる、的な長さだと思います(笑)。
しかし、実は私が期待していたのは180cmではありません。
このフジの通称はなんでしたっけ?

そう、「九尺フジ」です。
九尺、です。
つまり、簡単にいうと270cmです。
えぇ?!そんなに長く枝垂れてるの?!と期待してきたものの、上記の180cmもないような長さ。
仮に180cmだとしても六尺フジ、です。
これには訪れた老夫婦も、「こりゃ九尺は大袈裟やな・・・」とおっしゃってました。私だけではなかったのね。


九尺ふじ 4


いや、しかしそれでも十分な迫力であることには変わりありません。
嬉し恥ずかし、オッサンが一人早朝からカメラを抱えてフジの下にいる・・・私の事ですが、こんな年になって巨樹ではなく花に萌えるなんてちょっと意外。
このフジの下に入って見上げてみると、大瀑布の内側に潜り込んだような、フジのパープルシャワーを浴びているような感覚。
滝の豊かな水量の様に、多くの花を枝垂れ咲かせる九尺フジ。
本当に見事です。

九尺ふじ 1

昼間ならば、後ろに見える人工林との対比が何ともいえずいい感じ。
針葉樹の幹の通直さとフジのまっすぐな枝垂れ。
何とも言えない縦ラインです。

夜はライトアップもあるようなので、できることならナイトドライブででも訪れたいものです。

白毫寺自体は、ここともう一つ有名なのが奈良県。
そちらも名木「五色椿」を有する白毫寺。
同じ名前ですが、白毫自体が仏さまの眉間の上に渦を巻くように生えている白い毛を意味すると聞いていますから、お寺の名前にあってもおかしくないですものね。


山門脇には、毒蛇をも食べることから仏教の守り神とされているクジャクが参拝者を出迎えてくれます。

白毫寺の九尺フジ 15

その美しい羽根をみていると、何かの暗示にかかったかのように吸い込まれそうな感じがしますが、これも仏教の世界のうちの一つ?なのかもしれません。


ある部分では疎まれるフジをお伝えしてきたシリーズですが、このように人の目を楽しませてくれる存在でもある。
前回に提案した「森の藤棚」も悪い案ではないと思います。
山に人を呼び、関心を持ってもらう。
美しい景色も両立する。雇用も生まれる、満足感もある・・・
そんなこと実現できないでしょうか・・・・



令和の時代には、あらゆる動植物や環境が共生し発展する時代であってほしい、新紙幣のデザイン案にそんな思いを持って、フジを見つめなおしたシリーズになりました。


九尺ふじ 8


白毫寺の九尺ふじ所在地

兵庫県丹波市市島町白毫寺709

駐車場有


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千年の命の具現化?! 〜堂庭(山)のスギ(千年杉)〜


ここのところ出張で、とても真摯に取り組んでおられる山に行かせてもらう機会が多く、いろいろな山と木材を見せて頂いていましたが、それとともにいろいろなセミナーや講義にも出席していると、こと私のいる木材業界は「木をどんどん使うべき!」というイメージが先行で、とにかく山の木を伐る事が大切、というところがクローズアップされがちで少し疑問を抱くことが多い。(植林もセットで語られるものの、ただ植えればいいという単純なことでもないでしょうし・・・・)

植林をされた山の中でも杉が話題にあがることも多いうえ、60年ほどで成熟して収穫期!というようなお話を聞くことがあるので、うぅ〜ん・・・と考えさせられたりもします。
いつも巨樹巨木を巡っているからなのか、1000年を超える樹齢のものや、まざまざと生き様を見せつけるようなものと対峙すると、利用ばかりではなく考えることってないのかなぁ・・・と思うこともあり・・・・

そんなことを考えていて、久しぶりに思い出したのが「千年杉」ともいわれる「堂庭(山)のスギ」です。

堂庭のスギ(千年杉) 7


複雑に絡み合っているような根。
そしてその傍に並ぶ石仏。
この巨杉自体が信仰対象だったのでしょうか、どのような経緯か定かではありませんが、どちらにせよ拝みたくなるような見事な杉です。

愛知県の豊田市中心部からくると、国道420号を東に進み足助町あたりで脇道へ。
ちょうどのその分岐あたりに、「千年杉」という大きな文字が目に入る。(下の写真とは異なります。)
実は、私がこの巨杉に訪れた時の目的地は別にあり、たまたま通りかかった分岐の「千年杉」が目に入ったことでの訪問でした。
最初に看板を見た時には、「なぬ?!千年杉?!千年?!」と、もし後続車が来ていれば追突でもされそうなほどに驚いて進路を変更したのです。

堂庭のスギ(千年杉) 1

もしや、千年も生き続けているということはよほどの山中にあるのか?!・・・と気にしながら進んでいった先には、急傾斜に前のめりになるように立っている「堂庭(山)のスギ」の姿がありました。
あ、早くも私登場。

堂庭のスギ(千年杉) 9

少し様子を見ている雰囲気。

枯れて折れたのか、途中でなくなってしまったような枝や、枯れているのかそれとも触手であるために葉が無いのか(そんなことはないけれど・・・)、異様な伸び方の枝を伸ばしています。
樹高はおよそ34mほどなので、それほど大きくはないものの、まるで荒れ狂う波をまとっているかのようだ、とでも形容すればいいのか、荒々しさを発揮しています。
露出気味の根、大きな割れ目のある幹、大きく枝垂れながら伸ばす枝、そのどれもが迫力十分。

堂庭のスギ(千年杉) 13


この瘤にまみれた姿の理由は一体?!
日本海側に多くみられるスギには、これに近い異形のものが少なからずありますが、どう考えても太平洋側である豊田市の山中で、この形容しづらいような姿を呈しているのは、やはり1000年の樹齢のなせるものなのでしょうか。
実は千年杉というのは推定樹齢か伝承樹齢かのようで、はっきりとはしていないようです。
それに、豊田市の「名木」には指定されているものの、希少なものの代名詞である「天然記念物」の指定がないのが不思議なくらい。

堂庭のスギ(千年杉) 2


もしかすると、意外と若いのかもしれません。

堂庭のスギ(千年杉) 3

このように、「房」といった印象をうける葉の茂り具合は若さを象徴している、と思ってしまいます。
樹木は、若いときにも多くの葉を茂らせるものでしょうが、反対に老齢になっても茂らせることがあると聞いたことがあります。
自身の最後の力を振り絞るために光合成をする、もしくは多くの種子を残すために葉を出す、といったものだったように記憶しています。
そうすると、あながち推定1000年もあり得るのかもしれないその姿。

しかし、しかしです。
正面から眺めて圧倒されながらも、後姿を拝見してみると、なんとまぁ・・・
とってもすっきり。

堂庭のスギ(千年杉) 5


え?さっきまでの荒ぶる形相はどこへ行ったの?!
もしかして、数歩歩いただけで他の樹についてしまったのか?!
少し襞のような縮模様があるものの、すらっとしたその姿は本当に同一樹種とは思えない!

まさか正面からはこんなことするような気にならないけども、後ろ姿ならば・・・

堂庭のスギ(千年杉) 4

といっても、私と比べるとそのしっかりとした大きさがわかっていただけるでしょう。
スケール感としては十分に巨木であるのですが、まるで阿修羅の面のように表情を変える堂庭のスギ。
一粒で二度美味しい、ともいう?!

いや、失礼。
表面(?!)に戻りましょう。
この巨象の膝、と申しましょうか・・・年老いた生き物の、ひび割れたその皮膚のように思わせる幹の下部。

堂庭のスギ(千年杉) 12


実際にこの場に訪れてまじまじと、この「足」の部分を観察すればするほど、「本当に足だ・・・」と納得されることでしょう。
となれば、胴体がこうなってこの辺が腕で・・・
といった感じに見えてくる、その理由は実際に正面に立ってもらうと分かると思います。
もし、スギに雌雄があるのであれば十中八九、この個体は雄株であるはず。間違いないです。

雄ならではの猛々しさと、その後ろ姿にはさわやかさすら感じさせる堂庭(山)のスギ。


堂庭のスギ(千年杉) 14


電動機械や重機で山も樹木も簡単に伐りだすことができる時代。
植林木の存在とは比することはできないものの、伐って使うだけが山の役割でもなく木々の存在理由ではありません。
伐るために植えられたものであったとしても、山の為や周辺環境のため、他の動植物の為、そして今から100年後や1000年後の山の事を考える時、チップや燃やすために伐りだすこともないし、単に量を求めて価格競争に入っていく必要もないとも思います。

一度の施業で量を確保できるからこそ業として続けられる材木屋でありながらも、とっても複雑ではありますが、使わせてもらうものもあるけれども残す場合もある。
植林地でも積極的に残す選択肢もあるかも知れない。
それを実行されている山があるのは、少し前の出張で目の当たりにした山でお伝えした通り。

最初から人がかかわった山はそのまま放置できないのかもしれない。
なら、関わりを最小限にしてもいいかもしれない。

伐る事だけが林業でもないし、施業でもないんじゃないかな・・・
そんな自分の商売とは矛盾するようなことを考えている時、この千年杉である堂庭(山)のスギを思いました。


しかし威風堂々、「前のめり」にすら思えるその姿は、悩んでも悔やむことがあっても、進むことが大切で行動することが答えを見つける一つの方法である、と言ってくれているようです。
これからも山にかかわり続ける材木屋として、1000年先を見据える力(笑)つくといいなぁ・・・・・・・
もちろん、商売の行き先も・・・・・・・・



堂庭のスギ(千年杉) 8


堂庭(山)のスギ(千年杉)所在地
(豊田市の名木としては、スギとしか登録されていない模様。地名は堂庭山のようですが、一般的には山は付けずに呼ばれている模様です。)

愛知県豊田市葛沢町中本郷66-1

周囲の邪魔にならないように駐車しましょう。
近くには、有洞のサワラなど巨木が数カ所存在します。


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穏やかな一年をその樹に祈る 航海安全の日本一 〜熊野速玉大社のナギ〜

恒例記事として続けてきた、年始の巨木日本一の記事ですが、そろそろ今年でひと段落になりそうです。
いろいろと結び付けて語りたいものもあれば、すでにお正月以外で紹介しているものもあり、次はもう少しネタをためてから再開したいと思います。

さて、そんな区切りの日本一紹介ですが、今年はこれしかないでしょう!というタイミングでの紹介になりました。
というのも昨年は、私の周りでは大阪府北部地震、そして2つの大型台風が猛威をふるい、現在でも被害は収束していないこと。全国的には西日本豪雨と北海道での地震被害など、大きな自然災害が続きすぎたこと。
毎日が当たり前のように過ぎていくことに違和感なく過ごしていることの大切さを、痛感した出来事でした。

本年はそのような災害が起きないように、この樹種の日本一を拝むことにしたいのです。
その樹種は「ナギ・梛」。」
ナギについての詳しくは5年ほど前の記事にて書いていますので、そちらに譲ることにしますが、その名が、穏やかで波のない海の「凪」に例えられることから、漁師さんや航海に出る人の安全や海難除けの木として、古くから大切にされてきた樹です。
また、難を逃れると同時にその葉を断ち切ることが容易ではないために、縁が切れないということで縁起物とされています。

そんな縁起物の日本一で始める2019年。安全な一年になるはずです。そう信じていきましょう。

那智速玉大社のナギ(梛) 3


正面に見えるのが、日本一のナギ・梛である「熊野速玉大社のナギ」です。
ナギという樹種をご存じなければ、巨樹で紹介するにはスケールが足りないのでは?!と思われるかもしれませんが、ナギ自体は成長が遅いため必要以上に大きく太くはならない樹種なので、このようなアングルで撮影して「一本の太い樹」として映っていること自体が珍しいのです。

那智速玉大社のナギ(梛) 2

周辺には柵があるために近づくことはできませんが、それでもナギという樹種特有のキハダの感じや枝の姿、そして葉っぱは確認することができます。
なにより、こう見えても樹齢1000年!!、そして幹周り5m。
ナギ自身は幹周り3mで樹齢400年というお話もありますし、他に存在するナギの巨樹のほとんどが幹周り3m台から4m前半であることを考えれば、堂々たる日本一!なのであります。

樹高は17mほどなので、スギの巨樹のように見上げる迫力はないものの、樹齢を見せつけるような幹の様子や枝ぶりが、巨樹としての風格を十分に感じさせます。
葉っぱは小さいので、離れているところからは認識しづらいですが、周辺に多くの枯れ葉が落ちているので手に取ることができます。

那智速玉大社のナギ(梛) 7

ナギの葉は、同一方向に多くの繊維が並んでいるために、非常に切れづらいことから夫婦円満にもたとえられ、嫁入り道具にも入れられていたとか・・・
もちろん、私の財布にはナギの葉が入っています(笑)。言わずもがな、金縁をいただくために・・・
まぁ、私の場合は話のタネですが、縁起のよいものというのはもっていたいものではありますよね。

那智速玉大社のナギ(梛) 9


那智速玉大社のナギ(梛) 5

案内板にも、ナギの葉は霊威ある熊野詣でのお守りである、とあります。

巨樹、という言葉で印象を与えるのはやはり特徴的な姿や、その幹の太さだと思いますが、ナギに限ってはその「ありがたい縁起」、そしてスギの一部にみられるような乱れ伸びる枝でしょうか。
小さな葉が密生しているような樹形なので、正面からは少し見えにくいものの、裏に回ってみれば1000年の命と風雪が過ぎてきた風格を感じる幹と枝を見ることができます。

那智速玉大社のナギ(梛) 1

スギはスギでも、日本海側や多雪地域に多い「ウラスギ」と称される枝垂れるスギのように、触手を伸ばしているかのよう・・・
これは、1000年の昔から単独で生きてきたからなのか、それとも周辺に競争相手が育つことができなかったのか。
ナギが動物を寄せ付けない「ナギラクトン」(すごく危険な爆薬みたいですが・・・)を分泌しているからなのか・・・

どちらにせよ、唯一存在する幹周り5m超えの巨樹として、単独で存在する姿を印象付けるように見えます。

那智速玉大社のナギ(梛) 6

樹皮があるのかないのか、いや永い年月で樹皮がはがれたのでは、と思わせるような姿。
この特徴的な樹皮がナギの特徴ではありますが、すでにそこも風格に感じます。

どうか本年は、このナギの風格をもって災害なく「凪」の一年になりますように。
そして、木が好きな皆様との縁がつながり一層途切れることのない、無垢の木材の活動が続けられますように。

そう祈りたいものです。

祈りの私に、ナギが縁深い枝を差し伸べてくれているようです!
今年も一年、木にまみれていきますよ!!

那智速玉大社のナギ(梛) 8


熊野速玉大社のナギ(梛)所在地

和歌山県新宮市新宮1丁目1

境内にはオガタマノキもあり。駐車場有。

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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  エピローグ〜

洞のカツラ、その見事な姿にしばらく見とれていたい気持ちはあるものの、心を急かせる理由は帰る為にもちろんながらも、再度来た道を戻らないといけないということ。

洞のカツラ 17

若干けもの道のようになっているように見えるとはいえ、昼薄暗い中一人で、クマに怯えながら(涙)草をかき分けて帰るのです。
普通は、苦労してたどり着くと「よっしゃ、来た道やから、怖くないぞ!」と少し思うんですけど、今日はちょっと違う。
クマじゃないんです。もう一つの理由です。
実は、この洞集落は既に住民全員移住し、現在は人がいないのです!(汗!!!)

うひょ〜!!!万が一なにかあったら叫ぼう、と思ってたのに、しかも民家があるから大丈夫!と言い聞かせてきた、小さな心臓はバクバクと脈打っています。

洞のカツラ 13

この連載の当初にも写真をだした石碑ですが、右側の「平成二十三年十二月 洞区民全員転居」の大きな字が見えていませんでした。
なんたることか。
事前情報の集会所と民家という言葉ばかりに気を取られ、目に入っていませんでした。
よく考えると、民家の前に立ち入り禁止看板があるのも見えていなかった・・・・

最初に鳥居にシートがされていたこと。
そして途中の社殿の燈籠にもブルーシートがかけてあったことから、なんとなく背中では人気のなさを感じてはいたものの、山の中に入る自分にそんな情報は必要なく、誰かいるもんだ・・・いや、居てほしい!と信じていました。

洞のカツラ 18

カツラとの出逢いも、別の意味での背中のゾクゾク感を感じていたのはやはり人気のなさゆえでした。
石碑にあるように、往時は富山県との交易でさかえたようですが、車があるとはいえ元々が多くはない住民の数からすると、奥飛騨のさらに奥山に位置する洞地区にとっては、生活という意味での基盤を保ちにくかったのかもしれません。
もちろんそれは、私の勝手な想像なのですが石碑を眺めていると、ものすごく淋しいといいますか、ふるさとを離れるということを思うと、目の前にある民家と集会所が今にも霧と消えるのではないかと感じるような儚い気持ちになってしまいます。

平家の時代から住んできた地をはなれるということは、この立派な石碑をみればどのようなものだったかを思うことができますし、今後も石碑によってその事実は無言に語り継がれていくことでしょう。
感動的な巨樹訪問のはずだったのですが、気がつけば少し物哀しいような、そんなエピローグになってしまいました。







って、まだ終わりじゃありません。
私にこんな大きな石碑を見落とさせた犯人を、この記事にさらさねばなりません!!!

通常であれば、先ずは周辺にて巨樹の位置や存在を知らせる案内を見つける為に、石碑や看板は読むのですが、今回はこいつのおかげで、こんなことになってしまいましたよ!


洞のカツラ 1


ミラーの左、見えますか?

おまわりさん、こいつです!!私に攻撃してくる奴は!!
早く捕まえてください!!!

人がいるなら頼みたい。そんな気持ち。

写真にはただ一匹ですが、実は車の周辺には数十匹?いや百以上?!という景色がかすみそうなくらいの数が飛んでいて、それも何が原因か知りませんけども、車に体当たりしてくるんです!!!
最初は走行中の小石の跳びはねの音かと思っていたのです。
そしたら違うんです。こいつ、走行中からずっとぶつかってきてたみたいで、停車してもずっと「バチン!・・・バチンバチン!!」と音がする。
ドアを開けると絶対車内に入ってくるし、開けないとカツラには行けない。
チクショー!!!


そんなこんなで、停車してから「体当たり」が納まるまでイライラとしていたので、あの石碑を見落としたのでした。

しかも、よく見たら集会所の壁にカツラへの道順が記してある・・・・(涙)

洞のカツラ 11

無意識のうちの道順は正解だったものの、これを見ておけば安心していたのに・・・
いや、住人不在をしっているとなると、そうでもなかったか・・・


しかしながら、以前に同じくビビり巨樹紀行をお伝えした「大古井の千本カツラ」も同じく岐阜県の山中。
巨樹も木材用の人工林も、そして豊かな混交林をも育む岐阜県ならではの、ドキドキ巨樹紀行ですが、もうカツラの場合はある程度の諦めで行くしかありません。

いつになったら慣れるのやら・・・

いつも以上に、巨樹の存在する場所と「ふるさと」について感慨深くなった、今回の洞のカツラへの訪問となったことをここに残しておくことにします。


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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)ぁ

山道を何キロ走った(通行できずにバックで下ることも含め、)のかもわからないほどに、「ここ以外に集落への道はあるのか?!地図にない道が!!?」と山道を何回往復したかわからない、前回までのやるせなさとは違い、開きかけた道の先は明るく、多少大雨での土砂が車道に流出してはいるものの、今までの事を考えるとドンドン車をすすめられます。

そして進んだその先、民家の様なものが見えてきた!!!!!
おぉ!!洞地区に違いない!!「誰か、だれかいませんかぁ〜・・・」
心の声で、実際は車で走っているのですが、山あいでは民家が見えるだけでも心強く、しかも今回は事前情報にて「集落の方にカツラへの道をたずねた」とあったので、私も訊くが一番!と住民を探しながら車をゆっくりと進めました。
すると、人を見つけるよりも先に目印となる集会所のある広場に到着。

洞のカツラ 21
 
おぉ、この地区の皆さんは、ふるさとを誇りに思ってらっしゃるんだなぁ・・・

この時は、やっとのことでたどり着けたことと、カツラに早く逢いたい一心でしたので、この写真から見きれている一つの石碑には目がいっていませんでした。
なので、後ろに見える集会所も、どの地域にもある「今はほとんど使われない集会所」になっているんだろう、と思っていただけでした。
いや、これも後に記しますが、降車しようとする私を阻む者の存在の為かも知れません。 
そう思い込んでいました。

情報によると、集会所近くの民家の裏手にそのカツラが存在するといいます。
とりあえず、鳥居があるところから廻り込んで、道がなければ民家にお声かけしてみよう!
そう思い、とりあえず待ちに待ったカツラの姿を探しに、昼少し暗い鳥居をくぐり裏山に入っていきました。

洞のカツラ 20

「あれ?!参道に草が・・・
それに鳥居にもカバーみたいなものがかぶせてある・・・
さらに進むと燈籠にもブルーシートのカバーが。
むむ?!
地区の人達が高齢でお世話ができないのか?!それとも?!・・・・・」

こんな山の中で、もし人がきいてたら変人かと思われるくらいの音量で、↑の言葉はしっかりと口から発しながら歩いています。
一つはクマが怖いから(涙)。もう一つは、反対に人がいてほしいから・・・・

いつもどおり、入り口でビビり乍も進んでいくとなにやら道の様な状態になっている。

洞のカツラ 19

方向的にこれに違いない!
これなら安心!、と自分に言い聞かせ歩を速めていくと、おぉ!!!!あの姿はまさしく!!

洞のカツラ b

あぁ・・・・やっと逢えた・・・
今回は、かなりの廻り道を要した上に、何度も諦めかけたので感嘆の声もひとしお・・・
このまみえた瞬間の姿を残そうと、遠目に一枚。
実は、近くに見えますが距離は結構離れているのです。のちほど、昌志メーターでお分かり頂けるでしょう。

その正式?!な姿がこちら。

洞のカツラ c


これぞ、私が抱く森の巨人のカツラです。
太いひこばえが入り乱れ、少し傾斜した沢沿いに、小さな祠を抱きながらたたずんでいる。

まさしく、森のカツラの理想の姿!!!

洞のカツラ 5


紅葉にはまだまだ早い初秋の訪問だったのですが、「新緑」とでも形容したいほどの緑の美しさが命の輝きをみせ、それに対してくすんだカツラの樹皮が、季節の移ろいや時間の経過すら意識させず、ただしずまった山の空気と共に私と「洞のカツラ」との間にありました。


一部を除くスギのような単幹の巨樹巨木であれば、樹高や幹回りの太さ、そしてインパクトのある表情などの「ポイント」を押さえておけば、素人である私が写真で切り取ったとしても、「ある程度」の説得力のあるものが取れると思うのですが、カツラの場合はその私の定石は通じません。
もちろん、出会ったときの姿もそうですが、どのように印象深く伝えるかということと、ある意味どのカツラの巨樹も「同じに見えてしまう」ために、近接写真では違いを伝えにくいというところに、素人泣かせのポイントがあるのです。

洞のカツラ e


特に写真のように主幹?!部分が失われていたりすると、巨樹を強調する太さの基準の○○mという単位では語れなくなってしまうので、いつもの私の好きな見上げるアングルもこのように、中央に青葉が光る!という形になってしまいます。

もちろん、それはそれで美しいのですが・・・

角度を変えてみましょう。

洞のカツラ d


あれ、おんなじだ・・・(汗)。
でも、カツラに出会った時には、こうやって近くにより添って上空を眺めるのが好きです。
葉っぱの青い時は光を受けて、また葉っぱの無い時には空に対比して一層「太い幹のない巨樹」としての存在感を表現してくれるように感じます。

しかし本当は、もうちょっと離れてじっくりとその全体像をお届したいところですが、この10数年でカツラの周辺の木々が成長しているようで、ネットで見た事前情報写真の様なアングルでは、カツラの前に数本の木々がかぶってしまい、うまく撮ることができない!

なんとかギリギリのところから、カツラの偉大さを伝える為に私を含めて一枚撮っておきたい!!というのがこの写真。

洞のカツラ a


単純な大きさが伝わるでしょうか。
本当はもっと離れたいところですが、限界。

しかし、巨樹の時間の流れの中では一瞬かもしれませんが、周囲の木々にとっての10年というのは確実に流れていて、当り前ではあるものの土壌や環境の変化というのは巨樹の廻りでも確実に進んでいるんだ、ということを改めて感じさせてくれました。

洞のカツラ f


もう数十年で、カツラの一部として取り込まれるのが先か、それとも朽ちていく方が先かという祠に手を合わせ、何度も何度も見上げては周囲を歩き、若いヒコバエと古い?ヒコバエそれぞれに触れながら、ようやく出逢えた感謝を伝えました。

本当はまだまだゆっくりと、時間の流れを感じながらカツラと一緒にいたかったのですが、実は私焦っていました・・・
写真を撮っている間も落ち着かず、記事ではゆっくりとしているようですが、相当焦っています。
その理由はいつもの通り、「一人山行きビビり」だからです。

それにもまして、民家の裏と思っていたここは実は、もう今は「民家だった建物の裏」になっていたからです。
エピローグは、岐路の車に戻って冷静になって気がついた、この集落とカツラについてを記しておきたいと思います。



洞のカツラ所在地

岐阜県飛騨市宮川町洞

おそらく、2018年現在からは、宮川町の打保駅北からの山道ルートは道路として通ることができないと思われます。宮川町菅沼から上る道がありますので、そちらから行くと沢の下方に菅沼のカツラを見ることができ、それを過ぎてそのまま上ると、前回写真に出していた林道の分岐T字路に出ます。それを左折(北)して下って行くと集落の先に集会所が見えます。

使われなくなった集会所の前に駐車可能。
集会所の壁に、カツラまでの案内看板あり。(次回参照。)


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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) 〜

ここは岐阜県飛騨市の北。
南北に細長い岐阜県においてももう少し北へ行けば富山県、というあたり。
観光上は「飛騨高山」と言われることが多いですが、市街地観光の高山市中心部からすると、車でも1時間・・・いや、今回の目的地までだと1時間30分以上はかかるほど、近くて遠い?!飛騨市の山の中です。

洞のカツラ 24

峠道にはところどころにこのような看板が見られるようなところなのですが、わかってはいるものの万が一クマに出会っても、ゆっくり後退なんてできないでしょうね、私。
絶対走ると思います。
この看板みるだけで、山の中の巨樹に逢いに行くヤル気を半分以上削がれるのですが、まぁそれくらいの山の中だという事です。

大阪から行くと、鉄道高山本線に沿って走る、国道360号線を富山県方面に北上していくと打保駅近くの宮川町に出る。
きりたった山あい、というほどではない川のせせらぎと山の緑が美しい地区だと感じるその宮川町から、今回の目的のカツラに逢いに洞谷という方面に上っていきます。
事前情報では、舗装はしっかりしているということだったので、いつものように愛車で行くには涙が出るような道ではないことが唯一の安心材料でしたが、やはり山あいの巨樹まではそう簡単には通してくれず・・・・・


今までの経験上、山道を上るということはいろいろと問題がある場合が多いです。
工事での通行止め、土砂崩れ、道が既に無い、道があっても到底乗用車では行く気になれない、または行けそうなのに草や枯れ木が数キロも続き「途中で車も人の心もボロボロ・・・」的な時など・・・
今回も、若干の懸念はあったものの穏やかな宮川町の風景を見ながら、意気揚々と車を走らせていたのですが、うぅ・・・・・やっぱり・・・・

洞のカツラ 2

この写真の先はご覧のように未舗装路で、しかもその土さえ見えないほどに草木が生い茂った状態・・・
あぁ、やっぱり・・・
そういえば、事前情報の訪問も優に10年以上前のこと。
どうも、最近はこの道が使われていない様子。このまま歩く?と考えるも、まだこの先数キロはある上に道が見えない状態ではどうしようもない。
その上に、冒頭のクマの看板です。
あぁ、やはり今回も山の巨人には逢えないのか・・・
そう嘆きながら、苦労して上ってきた車一台しか通れない道をひたすらバックして帰路へ。

ここはこの時の巨樹巡りの一番の目玉だっただけに、落胆しながらも「縁がなかったんだ・・・」と思い、一山向こうにいるお目当て巨樹に行くことにしました。
そしたらなんと、そこも・・・

洞のカツラ 3

先程のようではないものの、のぼり始めてすぐに斜面が崩れています。道路には大きな落石と台風で折れた枝が散乱し、こちらも道ではない状態。
とほほ・・・と思いながら、落石と折れ枝を度々降りては手で移動しながら行けるところまで行こうと上り、ようやくこちらは辿り着くもなんと!!
お目当ては道路より15m程下の沢沿い。
しかもお目当てまで降りられる予定の階段が、大雨の土砂崩れで崩壊・・・・

もう、今日は運もない・・・もう諦めて帰ろう。クマがでてきそうや(涙)・・・

と思いながら車に戻るも、「さっきの道(↑の写真)をバックで戻るんやったら、このまま山上ってみようか。もしかすると、山越えしてさっきの目的地にでられるかも・・・まぁ、無理やわな、地図でも道路ないんやから・・・」と独り言が出る。

どこか諦めきれない思いで、とりあえずそのまま車を走らせてみると、割合に進むことができる。

洞のカツラ 25


お?!わりとまともな分岐点!!
方角的に、このT字路を左折すると、先程諦めた目的地の洞地区方面!林道名もそうなっている!!
これはもしや、いけるのでは?!
急にヤル気が復活し、この先の洞集落にてカツラの居場所を尋ねればいいや!、と考えてはいたものの、実際私を待っていたのは、淋しい現実と車の外から襲い来る黒い集団だったのです・・・

次回、本編に続く・・・・

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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) ◆

海外、ことヨーロッパにおいて神様を代表する木といえばやはりオークでしょうか。
もちろん、ほかにも伝説の木はありますがゼウスの象徴であるといわれるオークは、木材としての価値や存在感も含めて立派な地位であるといえます。

それに比べて、というのも失礼ではありますが今回のカツラは木材としては、オークほどの価値は知られていません。

桂2

いや、その利用に地域性があるから、といった方がいいのかもしれません。
良質なカツラの材を産していた北海道では、アイヌ民族の丸木船、寒冷地での接触冷感の少なさからフローリング材など、私の周りではもっぱら彫刻材だったカツラが地域によって大きく用途が違っているのです。

そうです、前回京都の桂の地名を出しましたが、同じく京都の葵祭の使の冠にカツラをかざすとなっているらしく、これも用途を限った特別なものだと感じます。
伝承や古典に多く出てくるカツラですが、その時代の人たちはカツラのどのような姿を見ていたのでしょうか。
皆さんは想像できますか?


私はカツラのイメージは2種類で、一つは生業である木材としてのカツラでもう一つは、多くの株を立ち上げて生い茂る森の巨人であるカツラです。
古典に出てくるカツラは、上記のどちらでもないと思いますが、それでも古典の時代から伝えられたであろうその命を、今でもこの目で見ることができる(正確には、そのすべてがその時代からあったものではないけれど・・・)ものの一つがカツラです。

巨樹の多くは時代の流れとともに移り行く世界や、その時代に暮らした人々の営みを見つめ続けてきたはずですが、古典に出てくるカツラのように伝説的な存在ばかりだとは限りません。
むしろ、これから伝説・・・いや言い伝えによって数千年先に残るのだろうと思われるカツラの巨樹があります。

次回に紹介するカツラの巨樹は、平家の落ち武者が隠れ住んだとされる地であり、車では行くことが容易ではあるものの、人里離れた、と言わざるを得ない場所に生き続ける姿をお伝えしたいと思います。


洞のカツラ 21

 

 
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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  

いきなりですが木材として考えたとき、カツラという樹種を簡単に想像できる人は、彫刻に携わる方くらいでしょうか。
山登りをされる方は、秋の紅葉で早くからその姿を見せる樹種ですし、なによりもその特徴的な香り(材の香りではなく)を好まれると思いますが、意外と一般的ではない樹木のような気がします。

 

 洞のカツラ 22 

 

カツラについての詳細は以前までの記事にありますが、その意外と知られていないカツラも、古典には多く登場し更には特定の祭事にも伝えられてきたということは、木材関係者には特に知られていないと思いますので、あえて取り上げたいと思います。

この年になっていつも恥ずかしく思うのは、やはり学生自分の学の無さ(汗)、です。
今回のように古典を取り上げたく、肝心の古典古語を理解しようにも、解説現代文を読まなければわからない。いや、読んだとしてもやはりその時代の人たちの気持ちを汲みながら理解するにはやはり古語そのままで読みたいもの。
今から勉強、と思っても知りたいことはほかにも山ほどあり、苦慮するところ・・・
基、そんな古典に登場するカツラはいつもどこか魅力的で幻想的です。
針葉樹のように、現実的な材としての用途などではなく、伝説や神様とともにある、といった感じ。

私の住む大阪府から少し東に行った京都府京都市には、その建築と庭園で有名な「桂離宮」があります。
この桂離宮のある地、「桂」も一説によると樹木のカツラの伝説によって命名されたようです。
「木の上に神が宿る」といわれる「ゆつかつらの木」に因み、月読命がその木の傍らにたち、桂と名付ける、というお話。
「ゆつかつら」自体は、それをカツラに見立てたものということになっているようですが、「ゆつ」は「神聖な、清浄な、葉が茂った」という意味を持っているということ。それにゆつかつらは宮殿の門の前に立っている木、ということで、皇室縁の離宮とカツラ(桂)というのは、伝説上も至極当然の組み合わせ、ということになってくるようです。


神様が宿る、といえばカツラは「たたらば」のあるところに植えられた、とも伝えられています。

洞のカツラ 23
(たたらば跡)

たたらば、とは有名な映画でおなじみの製鉄施設ですが、実はその「たたら」の神様が降りた木だという伝承から、たたらばの近くにはカツラの木がある、ということ。
伝承の一部ですし、広葉樹の森での「たたら」の場合はカツラももちろん近くにあったでしょうから、言い伝えなのかもしれませんが、どちらにせよ、「神が降りた木、宿る木」という点では「ゆつかつら」にも共通していますので、伝説伝承に彩られる木であることに変わりはありませんね。

 

 
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レクリエーション番外編 〜赤西の先代杉〜

今回の散策での大きな目的のうちの一つに、以前から名前は聞いていた数々の巨樹に逢うということがありました。
以前より所在は知っていたものの、渓谷沿いの森林の中にあること、そしてなにより国有林ということで、敷居が高いように感じていたのですが、そこは渡りに船。
もちろん、散策もしたかったのですがやはり、巨樹探訪家(?!)としては「そこに巨樹があるから!」的に遭いに行きたくなるものですから、今回誘っていただいた企画は本当にありがたかったのです。

そこで出逢ったのは、この森林セラピーロードの主役的存在になっている様子のこの姿。

赤西の先代杉1

赤西の先代杉。
小さく見えている看板に「天然スギ」とありますが、ここに来るまでの遊歩道(昔の森林軌道の跡らしい)には、スギの植林場所も多々あり、それらと区別するためにわざわざ表記しているのかと思いますが、言われなくても・・・的な姿を呈しています。

周囲が広く開けたところに、2本のスギが並んで立っているさまは、一目見た時に「杉の大杉」を連想しました。
スギの巨樹の場合は「三本杉」や「二本杉」ほか親子杉などのように、二本や三本が結合したようなものが少なくないですが、この二本は完全に別個体で存在しているものの、見事に並び立っているさまはとても立派です。

赤西の先代杉3


また、いつものような街中でもなく人工林の中にポツンと残った天狗杉のような存在でもなく、国有林の広葉樹の森の一部に縄張りを持っているかの如く残った姿は、単なる巨樹というだけではなく自然の中の摂理の流れの一部分を見ているような気分になります。

その理由は後程明らかになります。

実は、写真には写ってはいませんが先代杉の周りには立ち入りを制限するロープが張られています。
張られている、というか落ちてしまっていて地面にひかれている、という格好ですが、ここもやはり観光なのかパワースポット扱いなのかで、訪れる人が増えた時期があり人為的に縄をされたのだそうです。
一説には樹齢400年ほどという事ですが、それにしては少し樹幹に元気が無いように思いますが、環境の為か人の影響もあってか・・・?! 

道の駅などに出ている写真では、大勢で幹を囲む「お決まりポーズ」の写真があったので、いつもの「昌志スケール」を楽しみにしていたのですが、今回はお預け。

赤西の先代杉5


まだまだ元気!という姿ではないのかもしれませんが、風格は十分。

しかし、平坦なトレッキングにて訪れることができる見事な針葉樹と広葉樹の共存する森で風格を醸し出しているのは、もしかして先代杉そのものだけではなく、その周りに存在する広葉樹たちの緑と、そしてそれらに時代を譲った「先代の広葉樹」たちの姿でしょう。

赤西の先代杉2

私、このアングルがとても好きです。
向こうに見えているのが先代杉ですが、大きな倒木が数本折り重なって、そこに苔が生え、さらにその周辺に新しい生き物が生まれようとしている。

自然の縮図がとてもよく表れているような・・・

忘れてはいけないのは、国有林ではあるものの昔から人の関わってきた森だということ。
製鉄の跡や植林も行われた部分もあるなど、広葉樹と針葉樹の混交林であり人とのかかわりの大きな森の一部なのです。
そこで、こんな大自然のサイクルのようなものを感じることができたことに、とても喜びを感じました。

ただ先代杉の大きさをみて、「パワーだ!」というのではなく、大きく息を吸い水の流れや葉っぱの音をきき、草を踏みしめる。
それこそが、森が与えてくれるパワーだと思うのですが・・・
その縮図が上の写真の様な気がします。

まだ紅葉には早い、心地いい緑と黄色の森で貴重な天然杉に逢うことができました。
山と一言に言っても、やはりいろいろなタイプがあり、それぞれの営みがある。
それがとてもよく見えた、今回の散策となりました。
 

赤西の先代杉4

赤西の先代杉

兵庫県宍粟市波賀町原 赤西渓谷国有林 森林セラピーロード内

渓谷途中までは車両にて行くことができますが、途中より30分ほど徒歩
(立ち入り制限のある国有林内ですから、必ず事前に許可を得ての訪問をお勧めします。)


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無礼な想いもその躯ゆえ 〜伊丹のケヤキ〜

前回までのケヤキ特集を締めくくるのは、ケヤキ特有の大きさを主張するのではなく、少し失礼な想像を膨らませてしまうほどの特徴を持ったケヤキの巨樹、伊丹のケヤキです。

私がいる西日本では、ケヤキといってもそんなに巨樹のイメージは強くないと思われます。
もちろん、建築に精通している方は社寺においてのケヤキの用途を見ていると、大きな木であることは想像できるでしょうが、巨樹というイメージではありません。
もちろん、大阪府にはケヤキ巨樹の西の横綱である「野間の大けやき」が存在するんですけどもね。
訪れたことのある方は、その大きさを想像するかもしれませんが、それ以外ではそんなに大きい印象はないはずです。

そんな理由からも、ケヤキと聞いても巨大な印象をもって逢いに行くことはないのですが、この伊丹のケヤキはそんなサイズの事ではなく、材木屋としての視点で眺めてしまうケヤキでした。
その理由は一目瞭然。

伊丹のケヤキ2


見よ!この大きな瘤を!

前回の最後で、ケヤキの大きな特徴である「玉杢」を紹介しましたが、その玉杢がうまれるのは、こういったこぶの部分やそれに似た皮のふっくらと膨らんだ部分なのです。

そのため、もしやこのケヤキを製材して板や盤にしようものなら…というような想像をしてしまうのは、ケヤキの美しい杢を知っている方なら当然のこと・・・?!

もちろん、専門家から見ればこれくらい大きな瘤の場合は、前回の写真のような美しい杢は出ないかもしれないことを懸念されるでしょう。

伊丹のケヤキ3


板などの木材にした場合に、きれいな杢がでるものの多くは表面には大きな瘤はなくとも、皮の下側にひっそりと膨らみがあるものに、美しいものが多いと聞きます。

以前に自分で製材したものもそうでした。
ふくらみが大きすぎて大味な木目になったことと、外側、つまり木部のほうではなく皮の方が膨らんでいるために、板のほうにきれいな模様が出にくかったのだと思います。

必ずそんな法則ではくくれないでしょうから、一概には言えないでしょうがそんな目でも見てしまいますね・・・
罰があたるような気がします。
視点を変えましょう(汗)。


今回のケヤキシリーズでも触れた様に、現在のケヤキは街中に近いところで街路樹や公園木として見られる事が多いですが、元々は水辺に近いところを好む樹種。
そう考えると、この伊丹のケヤキは自分の生育環境にピッタリの場所に降り立った、稀有な巨樹なのかもしれません。
もちろん、その後の成長に関しては、さきほどの瘤が語るとおり、苦難があったのでしょう。

伊丹のケヤキ7


すくすくとまっすぐに育つというよりは、気候なのか虫害なのか、若しくは人の手によってもたらされた外傷によるものか?!
理由はわかりませんが、素直な通直なケヤキとは全く異なっているのは確かです。

ケヤキは建築材として優秀な理由のうち、幅広な木材を産出するという点もありますが、それに関してはスギクスノキなど他の樹種でも見られないことはありません。
しかし、それよりも広葉樹にとっては難しい条件となる「枝下が長く、通直な材がとれる」ということがとても優秀な点でしょう。
タモも同じく。
タモアッシュ)は神話で語られるほどの樹高の持ち主ですが、枝下が長いので昔から長尺用途の建築に使われる広葉樹としては、とても重宝されました。

またまた建築用途の木材としての見方に戻ってしまいますが、やはり木材として優秀であってこそ、樹種の中で冠たる扱いをうけるわけで、確固たる地位と名誉を得てきた理由となっているはずです。
旧家や日本家屋の民家などでは、300mmを超える様なケヤキの節なし大黒柱が6mを超える長さで家の中心にすわっている。
そんなところがまだ各所で見られるはず。

それが広葉樹の雄、ケヤキの姿です。

ですが、今回の伊丹のケヤキはそうではありません。

伊丹のケヤキ6


幹はボコボコ、枝葉旺盛に広がり、枝下はお世辞にも長いとは言えません。
訪問時は冬だったために、その葉を全て落としていたので姿がはっきりと見えていますが、もし葉がついていたらもう少し全体のボリューム感があり、余計と「低い傘」形状を感じたのではないかと思います。

当然、樹木は成長に余計なコストはかけないだろうし、余計なことはしないはずなので、写真の様に開けた場所で川もすぐそばであれば、上長成長は必要最小限で良かったのかもしれません。


伊丹のケヤキ8


そういえば、以前に紹介している独特な形?を持つ「木の根橋」も川べりでしたね。
同じ様な条件で成長出来たのかもしれません。
あちらも樹高はそれほどでもありません。
むしろ、その特異な根を維持するのに栄養を消費しているのかもしれません。
なにせ、土中ではなく川の上に「露出」しているんですものね。

この伊丹のケヤキの根は一体どうなっているのか。
そんな興味もわいてきます。

しかし、民家が近いとはいえ大枝や枝先が伐りとられているのは若干残念。
迫力も少し和らいでいる様に感じます。

そしてその影響かと思われる、新たな細い小枝が吹きだしています。

伊丹のケヤキ1


あぁ、そうか。
だから少し変な感じなんだ。
迫力を感じる幹にもかかわらず、どこか足りない様に感じるのは大枝が少なかったり、途中で失われていて若干不自然だから。

病木や枯れた影響かもしれませんが、全盛期?にはどの様な姿だったのか、想像してみると立派な姿も浮かんできます。
今後の成長がどの様になるものか、静かに見守れるような環境だといいのですが・・・


さて、ここでいつもの背比べ。

伊丹のケヤキ4

逆光、お許しくださいませ・・・(汗)。

やはり、こうして見ると葉っぱがほしい淋しさは否めませんが、独特の瘤をさすりさすりとしながらご満悦。
地表から湧き出そうになっているマグマだまりのような、エネルギーの塊の様なきがするその瘤に触れ、少し語り合った様な気になりました。


最後にここの地名、大阪に住むものとしてはとっても親しみを感じます。
それはお隣の兵庫県にも、その地名があるからです。
昔は大阪国際空港であった、通称「伊丹空港」のある伊丹市です。
どうしてもそれと重なり、関係の無い場所と思えないのは私だけでしょうかね・・・


伊丹のケヤキ9



伊丹のケヤキ所在地

茨城県つくばみらい市伊丹55近辺(小貝川対岸)

車通りの少ない道ですが、路上駐車になりますので邪魔にならない様に。



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夏なのに、春の杉?! 〜信仰と山と植林と 神々しい巨躯 春埜杉〜

夏になると、暑いというのは勿論ながらも7月の時点で気温40度を記録するところもあり、酷暑の年となりましたがそんな夏にお届する巨樹は「春の杉」なのです。
夏なのに、春の杉・・・これいかに・・・・


杉の巨樹は全国いたるところに存在しますから、単純な太さや樹高ではなく、出会った時の出で立ちや樹形などが見どころになる場合が多いのですが、今回の「春の杉」はそれら以外の存在感も見どころではないかと思う杉の巨樹です。

早速ですが名前のネタばれをしますと、巨樹の所在地が静岡県の春埜山ですので、「春埜杉」というのが正式名称です。
銘木によくみられる「杢(もく)」という字に似ているために、無意識に目をひく漢字でもある「埜」が使われていることもあってか、訪れてみたかった巨樹でした。
場所を調べてみると、結構な山あいに位置している様子だったので、時間に余裕を見て早朝から出向くことにしました。


しかしながら、そんなパターンの時はいつもとっても道が細いところや、行けども行けどもたどり着けなさそうな道の場合が多いのですが、今回は全く逆。
物凄く走りやすい!
静岡県(天竜区)で驚いた事は、急峻な山から想像する以上に林道が整備されていて、道幅が広く綺麗でとっても走りやすいということ。(私にとっては・・・)
今回はお目当てに行くまでも、いつも以上にリラックスして向かうことが出来ました。

とはいえ、曲がりくねった山道を走り続けて春埜山の山頂へ。
大光寺の広い敷地内の駐車上に到着し、目的地へと少し歩いて下ります。
境内に入るも、それらしき姿が無い・・・ときょろきょろしていると山門の向こうにそれらしき姿が・・・・・

春埜杉 10


おぉ、あれこそまさしく・・・


山門の先に見える堂々とした姿で立っているこれこそ春埜杉。

春埜杉 2


境内からだと山門から階段を下りて行った場所が丁度、春埜杉と対峙出来る場所になるのですが、おこがましくも少しの間は高いところから眺めさせてもらいます。
というのも、階段を下りていくと春埜杉との距離は近くなるものの、全体像を見るには近すぎるからです。
迫力は、離れていても十分に伝わりますし、枝を力強く伸ばしていることで、離れている事を感じさせないということもあります。


春埜杉 12


本当は写真にもその全体を写し込みたいところですが、春埜杉の周囲には立ち入ることができないこと、それに登山道になっている様な部分にも柵があるので、無理に山の斜面の方へは出ていけませんので、カメラアングルとしては不満が残るのは仕方の無いところ。

とはいえど、やはりスケール感を出すためには少し離れた部分からの様子をおつたえしないといけません。
ココまでの写真でも、実際に訪問した本人としてはとてもスケール感がつたわるものの、写真単体として見るとなると、比較物がないからなのか、どこかすこし大人しく見えてしまいます。
ということで、少しづつ近づいてみましょう。
山門をくぐり、いざ春埜杉の膝元へ。

春埜杉 1

山門からの階段を降り切ると「御神木」の石碑と共に、御賽銭箱のあるお社。
そしてその向こうに春埜杉を見上げる格好になります。
先も書いている通り、本当はこの写真の向かって右手にもう少し廻り込みたいところなのですが、いくことができず、全体を移そうにも微妙にお社がかぶってしまい、肝心の根元の部分が途切れてしまう・・・

うーん、贅沢は言えませんが立派なだけに、ちょっと残念。
柵を乗り越えて近くへいきたい思いにかられながらも、ベストポジションを探すのですが・・・
結局、近寄れないために今回は大きさ比べの「昌志スケール」はおあずけです。


春埜杉 4

どうしても、石段から全体像、という構図になってしまう。
それもいいんですが、やはり迫力が伝わらない。

どうしてそう思うかというと、私は難なく自動車で訪問し汗をかくことなく、この有難い姿を見上げているものの、交通手段が整備されていない時代には、1000mに満たない山とはいえども麓から相当な覚悟で登ってきた末に、この春埜杉の姿を見上げたことだと思います。
そう考えると、今自分がたっている場所と眺める景色とはまた違う景色がある様に感じられ、写真では伝わりきらない迫力を、なんとか少しでも伝えたいという気持ちにさせていたのかもしれません。

静岡県、天竜区は以前にも研修でお世話になっている位に、林業が有名な土地柄ですので、古くから人が山に入っていたことが伝えられています。
しかし、それは私たちが想像する現代の林業の為の山との関わりとは、少し事情が異なる様です。

春埜山の西に位置する秋葉神社の巨樹群である「秋葉杉」によれば、天竜区においての植林は、単なる林業としての植林ではなく、信仰の対象として植えられていたと伝えられていることと、春埜杉と同じように急峻な山の山頂付近にも関わらず、巨杉がボンボンと聳え立っている様は、山を見る尺度が、単なる「木材生産を目指す」林業という言葉だけではない人と山とのかかわりを、意識せざるを得ない様に感じました。

春埜杉 11


植林の正式な記録としては、そうは古いものは残ってはいない様ですが、この地域の人々は相当古くから、この急峻な山々の「巨人たち」に信仰の心を抱いていたことは確かでしょう。

春埜杉は樹齢およそ1300年といわれ、大光寺開山の際に「植えられた」杉だそうですが、それにしても、人がこの山あいにまで足を延ばすことが出来るようになった時代に出会ったこの姿は、その人の目にどう映ったのか・・・
今の私では、その衝撃を推測することはできません。


春埜杉 8

それにしても、迫力はすごい、本当に神様みたい。

苔を抱いたその巨躯と、不規則につきだした大きな枝、遠目では整っている様に見えるものの、実際はゴツゴツとしたその幹。
見れば見るほど、特別な存在に思えてくる。

それは、おそらく訪問時の早朝は少し肌寒く感じる季節で、気温差によって少し靄の様なものがかかっている中、のぼりはじめた朝日をあびる姿から、どこか神々しさを感じたからなのかもしれません。
下界を離れ、自分と春埜杉意外には何もない様に感じる空気。

いや、実際は春埜杉が従える杉達が茂っているものの、冷たく張りつめた空気が春埜杉の神聖さを私の肌に刻みこんでくるようでした。


そうです、朝焼けに輝きだすその姿は、まさに春埜山を納める山の主、いや山の神。
刻々とその姿を朝日に赤く染めていく様は、まるで天孫降臨。
目の前の神木に、神様が降りてこられている様に感じるのは、おそらく私だけではないはずです。



春埜杉 



春埜杉所在地

静岡県浜松市天竜区春野町花島22-1 大光寺山門下

駐車場、御手洗いあり


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人工の天然美 〜花脊の天然伏条台杉〜

千年の都、京都。

自身が隣の大阪にいても、やはり京都は少し特別な場所。
もちろん、奈良も歴史をみれば特別なのですが、京都の文化や特有の土地柄などは他の地域とは少し異なったものがあると思うのです。

その京都市街から北、鞍馬寺の更に北にある花背地区に今回お目当ての杉が生きています。
今まで紹介してきた杉の巨木の中には、まっすぐに美しく聳えるもの、特異な樹形をしているもの、根に特徴のあるもの、最大・最高のものなどなど、色々とありましたが、今回紹介する「天然伏条台杉」は以前に紹介した「21世紀の森の巨大株杉群」以来の衝撃でした。


台杉や株杉といわれる、地面から立ちあがる1本の主幹に対して、多くの細い幹が伸びているものがあることは御存じでしょうか?
現在でも、日本庭園の中などでは見る事が出来る見事な仕立ての杉ですが、以前から「磨き丸太」と称される、綺麗に皮をはいで表面を磨いて丸太のまま使用する木材が生産されてきましたが、特にその生産が活発だった京都の地域ではより効率的に磨き丸太を生産出来る様に「台杉(株杉)」と呼ばれる手法を用いていたと言われます。

実際にその姿を見た私は、なるほど効率的!と納得するとともにとても人工的な形に、少し違和感を覚えてしまいました。

しかし、現在では丸太を使用する建築が少なくなるとともに用途が減少したこともあってか、おそらく台杉は精力的には生産されてはいないのではなかろうかと思います。
そんな中、人里の奥の山中に想像を超える台杉が存在しています。

偶然か必然か。
実は、見事な天然伏条台杉は個人の方の所有物です。
その為なかなかお目にかかる機会はないだろうなぁ・・・と思っていた矢先に、丁度その台杉に逢いに行くという山登りツアーを発見。
これはやはり必然だ!とすぐに申し込み、当日駆け付けたわけです。

するとどうでしょう。
目的地の遥か手前でこんなものが・・・

花脊の天然伏条台杉 7

まだまだ歩いていません。
入り口です。
出迎えてくれているかのように、腕を広げて、まるで太陽の塔の様です!
一体どうなるのやら?
これを素通りするということは、相当すごいのか・・・

と思ってブツクサと独り言を言いながら歩いていると、またこんなのが・・・

花脊の天然伏条台杉 8
 

あきません。
もう、いちいち反応しているとキリがない位に、これくらいの大木奇木がそこかしこに・・・
これらを見ないふり(一応見るんだけど)をしながら、少しずつ勾配のきつくなるけものみちを登っていきます。
もう少し楽なハイクかと思っていたのですが、予想以上に険しいし距離がある。
デスクワークですっかりとなまった体には厳しい・・・
縄文杉に逢いに行った健脚はどこへやら・・・・
そんなことを思いながら小1時間ほどか歩き、茂みを分け入った先にやっと出逢えました!!

花脊の天然伏条台杉 1

どのような状態か、写真から想像できるでしょうか?!

燃え立つ炎が静止画になったような、登山中に見てきた今までの奇木が普通の樹木のようにでも思える様な、異形がそこにありました。

花脊の天然伏条台杉 10

かなり傾斜のある場所にある為、眺める角度によってその姿は大きく変わります。
そのため、様々な角度で撮影を!と思うものの、実際の現場は台杉保護の為ロープ柵がめぐらされている(当然)ことと、下草が繁茂しているために思ったよりも写真に収めづらいのです。

また、全体像を捉えようとして引き気味に構えると、今度は周囲の樹木が映りこんできてうまくいきません。
そのため、広範囲にわたるロープ柵の周囲を歩きながら少しづつアングルを探っていきます。

花脊の天然伏条台杉 11

そう、下側からはこんな感じです。
道にロープがあるのがお判りでしょうか。
これを手繰ってもぼるくらいにきつい傾斜!
本当は、このアングルから撮影したいのですが、ここも繁茂に邪魔されてしまってうまくいきません。
いや、これが自然。

この天然伏条台杉、このような姿になるには数百年の時間は必要だと想像しますが、周辺の杉を伐採した時の年輪から推定された樹齢はおよそ1000年だそうです。
その数字を聞いても特段驚きませんよね。
だって、この姿だもの。

しかし、いつからこのような姿になったのかは、とても興味深いところです。
人間が関わった記録が残る植林はおよそ400年〜500年前。
もちろん、それ以前にも様々な理由で植林や森林利用があったとは思いますが、もし現在知られているような人工的利用の台杉として生き延びてきたのなら、過去の人たちはどのようにしてこの台杉と付き合ってきたのか、不思議なところです。

花脊の天然伏条台杉 2

解説板などがないので、市の指定の文言から引っ張ってきた数値を参考にすると、樹高は20m程で、さほどの高さではないものの、胸高幹周が18,35m!ということで、単純にどこまでが主幹(?!)なのかと思わせる様な幅広さが印象的な個体です。

こんな状態の樹木を指して、胸高幹周というのもおかしな気がしますので、参考程度に。
しかしながら、もし名前の通りの伏条杉ならば、どの幹(枝?!)をとっても自分自身なわけで、それこそ桂や公孫樹の巨木に見られるようなヒコバエと考えれば、目撃した本人の感覚的な印象だけで、公表数値はどうでもいいようにも思えてきます。
(もちろん、文献保存的には価値があるのですが。)

しかし、本当に迫力がありますね。
巨大株杉群もそうですが、この姿はどう考えても自然の造り出した迫力としか言いようがありません。
株杉群との違いを強いていうのであれば、株杉群は立ちあがる主幹がある程度はっきりとしていること。
それに対してこの台杉は地上からの主幹が余り目立ちません。

花脊の天然伏条台杉 3

それがおそらく伏条更新(枝が地につき分身を作る手法)だからなのだと邪推するのですが、通常台杉というのは(この姿で通常、というのもおかしいけど)主幹の上の部分を切り取ることを繰り返していくものなので、主幹が残っているはずですが、この伏条台杉はやはりそういった傾向が見えづらいので、伏条更新にて大きくなっていったのでしょう。

いろいろな記事の中には、主幹上部が伐り取られることで萌芽更新したものだ、という見解もあります。
しかし、主幹がなくなっても幹から芽吹くその手法は、針葉樹では一部の例外種以外ないはずですから、もし上部がなくなった影響を受けて自然がこの造形美を生んでいるとしたら、針葉樹に多い「頂芽優勢」という性質が働き、成長点を失った時にもっとも優位な幹(枝)が伸びることが続き、このような樹形になったのでは?!と素人ながらに夢見ているのです。

花脊の天然伏条台杉 4


伏条更新を見せるこの台杉は言うまでもなく「芦生杉」と思われますが、この姿を見るとつくづく植物の生き抜く力やその品種の特性の優位点というものを思い知らされるような気がします。

とにかく素晴らしい自然の造形美を見せてもらいました。
もし、これが人々の生活とともにあった木々で、その手を離れて数百年以上生き続けているのだとしたら、今というほんの一瞬を生きる自分とは一体?・・・と自身に問いかけたくなる、そんな空気の中に居ました。

そんな禅問答のようなことを心の中で繰り返しながら、伏条台杉を後にしたのですが、どうも出口はすぐにあったようです。


花脊の天然伏条台杉 13

あぁ、問答の出口はここか!

否、冗談です。
しかし、思わずここをくぐると先の問答の答えがあるようで、いや、きっと自分の進む道の入り口に差し掛かったかのようで、自分の目の前に現れた異次元への扉をくぐって下界へ戻っていくのでした。

花脊の天然伏条台杉所在地

京都市左京区花脊原地町 個人所有の山中

*必ず守っていただきたい事

文中でも書いている通り、今回紹介している天然伏条台杉は個人所有の森林の中に位置しています。
そのため、所有者の許可なく立ちることはできませんので、所有者主催のイベントなどの機会が設けられているときに、許可を得ての入山をお願いします。
記事についても、なかなか訪れることのできない台杉を少しでも多くの方にお伝えする趣旨ですので、無許可の訪問は控えてくださいませ。



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天竜林業 弾丸珍道中 〜森の大聖堂 吉沢の田高杉〜

天竜珍道中の最後を締めくくるのは、植林文化のある土地なのに珍しく、端正な一本木ではありません。
おそらく、植林が始まる以前からもうその場所に立っていたからなんだろうと想像するのですが、それでもなかなかこんな形にはならないと思われる巨樹をとりあげたいと思います。

国道151号線から、道の駅くんま水車の里方面に抜ける県道9号線。
(私にとっては)比較的走りやすい山道(対向しにくいところもあるが・・・)をしばらく登っていくと、集落なのか建物が見えて道路も一段と広くなります。
視界が開けてしばらくすると見落とすことの無い場所に、その珍しい杉が立っています。

吉沢の田高杉7

丁度道が分岐するところに、目印の様にたっているのが「吉沢の田高杉」です。
現在では、町村合併によりその名称が変更されているということですが、「田高」というのが所有者さんのお名前に由来するらしく、現在でもインターネットのマップにもそのままの名前で掲載されています。


遠くから見えている雰囲気では、樹齢100年強の育ちの良い杉が林立しているのかなぁ、という印象を受けるその姿ですが、前回に稀樹という言葉を使っているのは、正面からの姿に対してです。

吉沢の田高杉2


言葉でいうと、確かに林立しているとも言えますが、この田高杉は根元?!で融合している様子で、正面から?みる横幅がなんとも迫力です。

巨樹のスケールを計測するために、胸高直径という様な形の言葉を使ったりしますが、この場合は斜面の上部分で幹が分岐しているので、単木のデータと比較することはできないものの、個人的にその大きさを楽しむにはとってもワクワクとさせてくれる樹形をしています。

車で到着する時に眺めている横からの姿が「薄っぺらく」感じてしまう様な、そんな正面からのスケール感。
この違和感が何とも言えません。

吉沢の田高杉4


根元では石を抱き込んでいますので、まだまだ成長旺盛なのでしょうね。どんどん、この迫力の部分が大きくなっていくんだろうか・・・

近接では、こんなに迫力を醸し出しているスケール感ですが、いざ横に廻って見ると、そのスケール感の違いに逆に驚き。
普段なら、巨樹の周囲をぐるっと回りながら様々な角度でその大きさを捉えようとするのですが、田高杉は自身でベストショットを決めてくれているようで、「撮影しやすい向きに向いてるんだから、道路正面から撮るべし!」と言われている様。
目の前が道路で、離れた位置からも容易にその全体像を捉える事が出来ます。

巨樹の容姿をお伝えする時に困るのが、「ひき」のポジションがとれない時。
大きすぎるその躯体をカメラに収めるには、被写体とある程度の距離が必要ですが、周囲に障害物があるとか塀があるなどで、全体を収められない場合はどうしても迫力を伝えきれません。

しかし、ここは広い車道であり分岐点であるにもかかわらず、滞在中の1時間強の間に車が来ることは皆無でしたので、思う存分、車道に三脚をセッティング出来るというわけです(笑。)

もちろん、車注意です!(汗)・・・


吉沢の田高杉8


右側に立つ、ちっぽけな私が見えるでしょうか?!
周囲が伐り払われているために、その姿が一段と目立つアングル。

斜め45°からのアングルは、幹(枝)の分岐がよくわかります。

植物、特に巨樹に対しては「何故、こんな形に?!」というのは愚問以外の何物でもないですが、どうしても、私の中の「天竜」という言葉にひっついてくる「通直で美しい植林文化」というものが離れず、前回までの天竜林業の経緯を聞いていたとしても、田高杉には「なんで、こんなになったの?!」と思わず見上げながらに語りかけてしまうのです。


吉沢の田高杉1


これだけ密集して太くなったからなのか、それとも上長成長を優先したからなのか、はたまた昔は周囲に競争相手がいてこの様にしか成長できなかったのか・・・

見上げる枝葉のつき方も独特で、どうしても何らかの理由を見つけたくなるのは、材木屋だからでしょうか・・・

しかし、私がその姿を見て受けた第一印象は西洋の、それも中世のヨーロッパの城などで使われていた様な「燭台」でした。
あくまでも印象ですが、左右に数本ずつ長い蝋燭の火をともしながら、石積みの壁を仄かに照らしている、そんな燭台のイメージ。

そう思えば、連想的にヨーロッパにおける大聖堂その物の外観に似たような印象も受けます。
腰下がっしりと、そしてその上に細長く塔が並び立つ様な大聖堂です。
キリストのステンドグラスから光が漏れる・・・・

吉沢の田高杉10


大聖堂の代わりに、その根元には小さな祠。

確認は出来てはいませんが、この田高杉のすぐ隣に民家があります。
もしかすると、そこが所有者の田高さんなのだろうか?!と邪推するのですが、詳細は不明。
周囲には数軒ほどしか民家はないので、おそらくそうではないかと思うのですが、夕方だということもありなんせ人も歩いていないので、尋ねる事も出来ずじまい。

なんとか日が暮れる前に一通りのアングルから写真を撮り終えて、安心して最終の正面からのベストアングルショット。


吉沢の田高杉9


やはり、この形は正面がいい様ですね。

しっくりと来る撮影を終え、暮れていく山に映る日の光と、追いかけるように見えてくる月の双方を眺めながら、田高杉の前で天竜弾丸珍道中を振り返ります。

よく考えれば、当日の通行止め一発目に引っかかってから昼食も抜き(因みに朝食は早朝5時・・・)での移動だったので、最終目的を遂げる事が出来てホッと空を眺めると、とっても空腹!
しかし、太陽と月のバトンタッチがグラデーションの様に進んでいく空を眺めていると、さっきまでの忙しい時間が嘘の様。

次の日が出勤、しかも空腹、それに帰宅まで所要約4時間・・・
すぐ出発しても帰宅は夜の10時すぎ。
本来ならいそいそと帰路に着くところですが、こんな時間に巨樹と居ることもめずらしいので、その姿が夜に覆われるまで、その場所にいることとしました。

少しづつ、その輪郭しか見えなくなってくる田高杉。
それと対照的に光を放ち始める月。

風の音しかしないその場所で、ずっと空のグラデーションと田高杉の傍に見える月を眺めながら、時間の流れを贅沢に過ごしました。

最終目的地のくれる夕闇に、今季最初の弾丸珍道中は終わりを告げるのでした。


吉沢の田高杉6

吉沢の田高杉所在地

静岡県浜松市天竜区佐久間町浦川

車はほとんど来ません。路上駐車(笑)。


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個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

その社名と個人の偉業達成によって、今まで以上にファンの信心を募らせるであろう「諭鶴羽神社」。
そこにまた巨樹があるのだから、私とも少しはつながりがある(?!)・・・と勝手に思いこんで、親子杉を眺めた後の、早朝誰もいない社殿を歩いていました。

それは、最初に駐車場についた時に気になっていた「アカガシ群落」を探すためです。
木材としても珍しい存在になりつつあるアカガシ。
ましてや、それが淡路島という地で「群落」という形で存在するというのが、一体どのようなものかが気になり、不審者並みに歩きまわるのです。
*)たまにあることですが、本当に不審者に間違われますのでみなさんは、それなりの行動をとる様にしましょうね。

親子杉から少し奥、緑の映える場所にそこそこの大きさの広葉樹林が見えます。
境内から山中に続く道の様ですが、朝日を受けてとても美しく光っていました。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落26

広葉樹特有の太い腕をしならせる様な枝が、頭上に迫る様な高さにあり針葉樹林の社叢とは大きく異なった印象を与えます。
これは、この先に何かあるはず。
間違いなく、アカガシのニオイ・・・


そう思いながら歩をすすめると、来た!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落23

完全にミスショットです・・・
私、木の右側にいるのですが、隠れています。

それでも、その立派な大きさがわかるでしょうか。
この個体は裏側には洞が激しく、葉も殆ど確認できないのでアカガシと断定はできませんが、おそらくそのはず。
樹高は針葉樹程のものはありませんが、広葉樹でこの様に立派な太さの個体が見られるというのは、そうはありませんから、貴重な存在。

踏みしめる地面をみても、針葉樹の森とは違い落葉した枯れ葉の堆積した土になっていて、この先にもきっとまだアカガシが続いている!と確信させるに十分な一本目。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落24


実は、ココは社殿からはそう遠くは無いのですが、広葉樹の森の早朝です。
写真では明るいものの若干うす暗く、自分の足音と風が揺らす木々のざわめきがあるのみですので、山の独り歩きが大っきらい(つまり怖い。)な私にとっては、どこまで進めば「群落」があるのか、案内板が欲しい気分。
とはいえ、そんなに距離はないんですけど、上の写真の様な捩じりきった旋回木目に洞があると、もう吸い込まれていきそうな感覚で・・・・

そんな事を考えながらそのまま歩みをすすめると、期待通り「ぼっこぼこ」とありましたよ!!
お目当ての群落到着。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落25

先程から言うように、スギやヒノキの数百年生というと驚く様な大きさなのですが、広葉樹の場合はその太さや大きさよりも、年数を重ねた風格というか異形が目につくのです。

それも数本も並んで立っていると、そりゃもう迫力満点。
もしかしたら、私だけが「うぉ〜!」と萌えているために、感動が大きいのかもしれませんが、それでも、これだけ広葉樹がかたまって茂っている様は見事なものです。

先にも書いたように、木材としてのアカガシをはじめとした樫材の流通は殆ど無いのですが、この群落は植生がこれ以上大きく変化しないであろうと言われる「極相林」ですので、いずれはこの巨木達も枯死の時が来る。
その時、どの様な形になるのかはわかりませんが、珍しく「材として利用したい」と思ってしまう見事さでした。
実は、淡路島は以前に紹介した様に「ホルトノキ」という珍しい樹種を始めタブノキなどの広葉樹が見られるところです。
島に特殊な植生と樹種が生まれる浪漫。
それだけでワクワクしませんか?!

さて、ここまでは良いのです。楽しめます。
否、本当はここまで来るには大変なのです。
何が大変かって、諭鶴羽神社までの道程は巨樹探訪では稀にあることですが、「道が狭い!」のです。
それも中途半端ではなく、標高はさほどではないとはいえ山を登っていきますので、つづらおれの道。
そう、あの怖ろしい道のりの「切越の夫婦ヒノキ」を思いだします・・・・ワナワナ・・・・
自車のすぐ脇はこんな感じ。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落28

生易しいものではありません。
ガードレールなしです。
もちろん、退避場などほぼなし。
道幅は、広いところでもこれくらい。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落29

この道を、そうですねぇ・・・普通に走っていって15分?位登ります。
社の前には広い駐車場がありますが、おそらく通常は車の往来は殆ど無いと思われるものの、やはり運転に自身の無い方は自前の足で登山にての参拝をおすすめします。

タイヤ、はまらないかなぁ・・・・
そんな不安に駆られても、自車をみまもるのは薄暗い森に目を光らせるシカのみ・・・
特に、羽生選手ファンの女性の皆さま(男性も含む)は、気合いを入れて向かわれるますように。


諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落2




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