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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  エピローグ〜

洞のカツラ、その見事な姿にしばらく見とれていたい気持ちはあるものの、心を急かせる理由は帰る為にもちろんながらも、再度来た道を戻らないといけないということ。

洞のカツラ 17

若干けもの道のようになっているように見えるとはいえ、昼薄暗い中一人で、クマに怯えながら(涙)草をかき分けて帰るのです。
普通は、苦労してたどり着くと「よっしゃ、来た道やから、怖くないぞ!」と少し思うんですけど、今日はちょっと違う。
クマじゃないんです。もう一つの理由です。
実は、この洞集落は既に住民全員移住し、現在は人がいないのです!(汗!!!)

うひょ〜!!!万が一なにかあったら叫ぼう、と思ってたのに、しかも民家があるから大丈夫!と言い聞かせてきた、小さな心臓はバクバクと脈打っています。

洞のカツラ 13

この連載の当初にも写真をだした石碑ですが、右側の「平成二十三年十二月 洞区民全員転居」の大きな字が見えていませんでした。
なんたることか。
事前情報の集会所と民家という言葉ばかりに気を取られ、目に入っていませんでした。
よく考えると、民家の前に立ち入り禁止看板があるのも見えていなかった・・・・

最初に鳥居にシートがされていたこと。
そして途中の社殿の燈籠にもブルーシートがかけてあったことから、なんとなく背中では人気のなさを感じてはいたものの、山の中に入る自分にそんな情報は必要なく、誰かいるもんだ・・・いや、居てほしい!と信じていました。

洞のカツラ 18

カツラとの出逢いも、別の意味での背中のゾクゾク感を感じていたのはやはり人気のなさゆえでした。
石碑にあるように、往時は富山県との交易でさかえたようですが、車があるとはいえ元々が多くはない住民の数からすると、奥飛騨のさらに奥山に位置する洞地区にとっては、生活という意味での基盤を保ちにくかったのかもしれません。
もちろんそれは、私の勝手な想像なのですが石碑を眺めていると、ものすごく淋しいといいますか、ふるさとを離れるということを思うと、目の前にある民家と集会所が今にも霧と消えるのではないかと感じるような儚い気持ちになってしまいます。

平家の時代から住んできた地をはなれるということは、この立派な石碑をみればどのようなものだったかを思うことができますし、今後も石碑によってその事実は無言に語り継がれていくことでしょう。
感動的な巨樹訪問のはずだったのですが、気がつけば少し物哀しいような、そんなエピローグになってしまいました。







って、まだ終わりじゃありません。
私にこんな大きな石碑を見落とさせた犯人を、この記事にさらさねばなりません!!!

通常であれば、先ずは周辺にて巨樹の位置や存在を知らせる案内を見つける為に、石碑や看板は読むのですが、今回はこいつのおかげで、こんなことになってしまいましたよ!


洞のカツラ 1


ミラーの左、見えますか?

おまわりさん、こいつです!!私に攻撃してくる奴は!!
早く捕まえてください!!!

人がいるなら頼みたい。そんな気持ち。

写真にはただ一匹ですが、実は車の周辺には数十匹?いや百以上?!という景色がかすみそうなくらいの数が飛んでいて、それも何が原因か知りませんけども、車に体当たりしてくるんです!!!
最初は走行中の小石の跳びはねの音かと思っていたのです。
そしたら違うんです。こいつ、走行中からずっとぶつかってきてたみたいで、停車してもずっと「バチン!・・・バチンバチン!!」と音がする。
ドアを開けると絶対車内に入ってくるし、開けないとカツラには行けない。
チクショー!!!


そんなこんなで、停車してから「体当たり」が納まるまでイライラとしていたので、あの石碑を見落としたのでした。

しかも、よく見たら集会所の壁にカツラへの道順が記してある・・・・(涙)

洞のカツラ 11

無意識のうちの道順は正解だったものの、これを見ておけば安心していたのに・・・
いや、住人不在をしっているとなると、そうでもなかったか・・・


しかしながら、以前に同じくビビり巨樹紀行をお伝えした「大古井の千本カツラ」も同じく岐阜県の山中。
巨樹も木材用の人工林も、そして豊かな混交林をも育む岐阜県ならではの、ドキドキ巨樹紀行ですが、もうカツラの場合はある程度の諦めで行くしかありません。

いつになったら慣れるのやら・・・

いつも以上に、巨樹の存在する場所と「ふるさと」について感慨深くなった、今回の洞のカツラへの訪問となったことをここに残しておくことにします。


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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)ぁ

山道を何キロ走った(通行できずにバックで下ることも含め、)のかもわからないほどに、「ここ以外に集落への道はあるのか?!地図にない道が!!?」と山道を何回往復したかわからない、前回までのやるせなさとは違い、開きかけた道の先は明るく、多少大雨での土砂が車道に流出してはいるものの、今までの事を考えるとドンドン車をすすめられます。

そして進んだその先、民家の様なものが見えてきた!!!!!
おぉ!!洞地区に違いない!!「誰か、だれかいませんかぁ〜・・・」
心の声で、実際は車で走っているのですが、山あいでは民家が見えるだけでも心強く、しかも今回は事前情報にて「集落の方にカツラへの道をたずねた」とあったので、私も訊くが一番!と住民を探しながら車をゆっくりと進めました。
すると、人を見つけるよりも先に目印となる集会所のある広場に到着。

洞のカツラ 21
 
おぉ、この地区の皆さんは、ふるさとを誇りに思ってらっしゃるんだなぁ・・・

この時は、やっとのことでたどり着けたことと、カツラに早く逢いたい一心でしたので、この写真から見きれている一つの石碑には目がいっていませんでした。
なので、後ろに見える集会所も、どの地域にもある「今はほとんど使われない集会所」になっているんだろう、と思っていただけでした。
いや、これも後に記しますが、降車しようとする私を阻む者の存在の為かも知れません。 
そう思い込んでいました。

情報によると、集会所近くの民家の裏手にそのカツラが存在するといいます。
とりあえず、鳥居があるところから廻り込んで、道がなければ民家にお声かけしてみよう!
そう思い、とりあえず待ちに待ったカツラの姿を探しに、昼少し暗い鳥居をくぐり裏山に入っていきました。

洞のカツラ 20

「あれ?!参道に草が・・・
それに鳥居にもカバーみたいなものがかぶせてある・・・
さらに進むと燈籠にもブルーシートのカバーが。
むむ?!
地区の人達が高齢でお世話ができないのか?!それとも?!・・・・・」

こんな山の中で、もし人がきいてたら変人かと思われるくらいの音量で、↑の言葉はしっかりと口から発しながら歩いています。
一つはクマが怖いから(涙)。もう一つは、反対に人がいてほしいから・・・・

いつもどおり、入り口でビビり乍も進んでいくとなにやら道の様な状態になっている。

洞のカツラ 19

方向的にこれに違いない!
これなら安心!、と自分に言い聞かせ歩を速めていくと、おぉ!!!!あの姿はまさしく!!

洞のカツラ b

あぁ・・・・やっと逢えた・・・
今回は、かなりの廻り道を要した上に、何度も諦めかけたので感嘆の声もひとしお・・・
このまみえた瞬間の姿を残そうと、遠目に一枚。
実は、近くに見えますが距離は結構離れているのです。のちほど、昌志メーターでお分かり頂けるでしょう。

その正式?!な姿がこちら。

洞のカツラ c


これぞ、私が抱く森の巨人のカツラです。
太いひこばえが入り乱れ、少し傾斜した沢沿いに、小さな祠を抱きながらたたずんでいる。

まさしく、森のカツラの理想の姿!!!

洞のカツラ 5


紅葉にはまだまだ早い初秋の訪問だったのですが、「新緑」とでも形容したいほどの緑の美しさが命の輝きをみせ、それに対してくすんだカツラの樹皮が、季節の移ろいや時間の経過すら意識させず、ただしずまった山の空気と共に私と「洞のカツラ」との間にありました。


一部を除くスギのような単幹の巨樹巨木であれば、樹高や幹回りの太さ、そしてインパクトのある表情などの「ポイント」を押さえておけば、素人である私が写真で切り取ったとしても、「ある程度」の説得力のあるものが取れると思うのですが、カツラの場合はその私の定石は通じません。
もちろん、出会ったときの姿もそうですが、どのように印象深く伝えるかということと、ある意味どのカツラの巨樹も「同じに見えてしまう」ために、近接写真では違いを伝えにくいというところに、素人泣かせのポイントがあるのです。

洞のカツラ e


特に写真のように主幹?!部分が失われていたりすると、巨樹を強調する太さの基準の○○mという単位では語れなくなってしまうので、いつもの私の好きな見上げるアングルもこのように、中央に青葉が光る!という形になってしまいます。

もちろん、それはそれで美しいのですが・・・

角度を変えてみましょう。

洞のカツラ d


あれ、おんなじだ・・・(汗)。
でも、カツラに出会った時には、こうやって近くにより添って上空を眺めるのが好きです。
葉っぱの青い時は光を受けて、また葉っぱの無い時には空に対比して一層「太い幹のない巨樹」としての存在感を表現してくれるように感じます。

しかし本当は、もうちょっと離れてじっくりとその全体像をお届したいところですが、この10数年でカツラの周辺の木々が成長しているようで、ネットで見た事前情報写真の様なアングルでは、カツラの前に数本の木々がかぶってしまい、うまく撮ることができない!

なんとかギリギリのところから、カツラの偉大さを伝える為に私を含めて一枚撮っておきたい!!というのがこの写真。

洞のカツラ a


単純な大きさが伝わるでしょうか。
本当はもっと離れたいところですが、限界。

しかし、巨樹の時間の流れの中では一瞬かもしれませんが、周囲の木々にとっての10年というのは確実に流れていて、当り前ではあるものの土壌や環境の変化というのは巨樹の廻りでも確実に進んでいるんだ、ということを改めて感じさせてくれました。

洞のカツラ f


もう数十年で、カツラの一部として取り込まれるのが先か、それとも朽ちていく方が先かという祠に手を合わせ、何度も何度も見上げては周囲を歩き、若いヒコバエと古い?ヒコバエそれぞれに触れながら、ようやく出逢えた感謝を伝えました。

本当はまだまだゆっくりと、時間の流れを感じながらカツラと一緒にいたかったのですが、実は私焦っていました・・・
写真を撮っている間も落ち着かず、記事ではゆっくりとしているようですが、相当焦っています。
その理由はいつもの通り、「一人山行きビビり」だからです。

それにもまして、民家の裏と思っていたここは実は、もう今は「民家だった建物の裏」になっていたからです。
エピローグは、岐路の車に戻って冷静になって気がついた、この集落とカツラについてを記しておきたいと思います。



洞のカツラ所在地

岐阜県飛騨市宮川町洞

おそらく、2018年現在からは、宮川町の打保駅北からの山道ルートは道路として通ることができないと思われます。宮川町菅沼から上る道がありますので、そちらから行くと沢の下方に菅沼のカツラを見ることができ、それを過ぎてそのまま上ると、前回写真に出していた林道の分岐T字路に出ます。それを左折(北)して下って行くと集落の先に集会所が見えます。

使われなくなった集会所の前に駐車可能。
集会所の壁に、カツラまでの案内看板あり。(次回参照。)


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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) 〜

ここは岐阜県飛騨市の北。
南北に細長い岐阜県においてももう少し北へ行けば富山県、というあたり。
観光上は「飛騨高山」と言われることが多いですが、市街地観光の高山市中心部からすると、車でも1時間・・・いや、今回の目的地までだと1時間30分以上はかかるほど、近くて遠い?!飛騨市の山の中です。

洞のカツラ 24

峠道にはところどころにこのような看板が見られるようなところなのですが、わかってはいるものの万が一クマに出会っても、ゆっくり後退なんてできないでしょうね、私。
絶対走ると思います。
この看板みるだけで、山の中の巨樹に逢いに行くヤル気を半分以上削がれるのですが、まぁそれくらいの山の中だという事です。

大阪から行くと、鉄道高山本線に沿って走る、国道360号線を富山県方面に北上していくと打保駅近くの宮川町に出る。
きりたった山あい、というほどではない川のせせらぎと山の緑が美しい地区だと感じるその宮川町から、今回の目的のカツラに逢いに洞谷という方面に上っていきます。
事前情報では、舗装はしっかりしているということだったので、いつものように愛車で行くには涙が出るような道ではないことが唯一の安心材料でしたが、やはり山あいの巨樹まではそう簡単には通してくれず・・・・・


今までの経験上、山道を上るということはいろいろと問題がある場合が多いです。
工事での通行止め、土砂崩れ、道が既に無い、道があっても到底乗用車では行く気になれない、または行けそうなのに草や枯れ木が数キロも続き「途中で車も人の心もボロボロ・・・」的な時など・・・
今回も、若干の懸念はあったものの穏やかな宮川町の風景を見ながら、意気揚々と車を走らせていたのですが、うぅ・・・・・やっぱり・・・・

洞のカツラ 2

この写真の先はご覧のように未舗装路で、しかもその土さえ見えないほどに草木が生い茂った状態・・・
あぁ、やっぱり・・・
そういえば、事前情報の訪問も優に10年以上前のこと。
どうも、最近はこの道が使われていない様子。このまま歩く?と考えるも、まだこの先数キロはある上に道が見えない状態ではどうしようもない。
その上に、冒頭のクマの看板です。
あぁ、やはり今回も山の巨人には逢えないのか・・・
そう嘆きながら、苦労して上ってきた車一台しか通れない道をひたすらバックして帰路へ。

ここはこの時の巨樹巡りの一番の目玉だっただけに、落胆しながらも「縁がなかったんだ・・・」と思い、一山向こうにいるお目当て巨樹に行くことにしました。
そしたらなんと、そこも・・・

洞のカツラ 3

先程のようではないものの、のぼり始めてすぐに斜面が崩れています。道路には大きな落石と台風で折れた枝が散乱し、こちらも道ではない状態。
とほほ・・・と思いながら、落石と折れ枝を度々降りては手で移動しながら行けるところまで行こうと上り、ようやくこちらは辿り着くもなんと!!
お目当ては道路より15m程下の沢沿い。
しかもお目当てまで降りられる予定の階段が、大雨の土砂崩れで崩壊・・・・

もう、今日は運もない・・・もう諦めて帰ろう。クマがでてきそうや(涙)・・・

と思いながら車に戻るも、「さっきの道(↑の写真)をバックで戻るんやったら、このまま山上ってみようか。もしかすると、山越えしてさっきの目的地にでられるかも・・・まぁ、無理やわな、地図でも道路ないんやから・・・」と独り言が出る。

どこか諦めきれない思いで、とりあえずそのまま車を走らせてみると、割合に進むことができる。

洞のカツラ 25


お?!わりとまともな分岐点!!
方角的に、このT字路を左折すると、先程諦めた目的地の洞地区方面!林道名もそうなっている!!
これはもしや、いけるのでは?!
急にヤル気が復活し、この先の洞集落にてカツラの居場所を尋ねればいいや!、と考えてはいたものの、実際私を待っていたのは、淋しい現実と車の外から襲い来る黒い集団だったのです・・・

次回、本編に続く・・・・

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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) ◆

海外、ことヨーロッパにおいて神様を代表する木といえばやはりオークでしょうか。
もちろん、ほかにも伝説の木はありますがゼウスの象徴であるといわれるオークは、木材としての価値や存在感も含めて立派な地位であるといえます。

それに比べて、というのも失礼ではありますが今回のカツラは木材としては、オークほどの価値は知られていません。

桂2

いや、その利用に地域性があるから、といった方がいいのかもしれません。
良質なカツラの材を産していた北海道では、アイヌ民族の丸木船、寒冷地での接触冷感の少なさからフローリング材など、私の周りではもっぱら彫刻材だったカツラが地域によって大きく用途が違っているのです。

そうです、前回京都の桂の地名を出しましたが、同じく京都の葵祭の使の冠にカツラをかざすとなっているらしく、これも用途を限った特別なものだと感じます。
伝承や古典に多く出てくるカツラですが、その時代の人たちはカツラのどのような姿を見ていたのでしょうか。
皆さんは想像できますか?


私はカツラのイメージは2種類で、一つは生業である木材としてのカツラでもう一つは、多くの株を立ち上げて生い茂る森の巨人であるカツラです。
古典に出てくるカツラは、上記のどちらでもないと思いますが、それでも古典の時代から伝えられたであろうその命を、今でもこの目で見ることができる(正確には、そのすべてがその時代からあったものではないけれど・・・)ものの一つがカツラです。

巨樹の多くは時代の流れとともに移り行く世界や、その時代に暮らした人々の営みを見つめ続けてきたはずですが、古典に出てくるカツラのように伝説的な存在ばかりだとは限りません。
むしろ、これから伝説・・・いや言い伝えによって数千年先に残るのだろうと思われるカツラの巨樹があります。

次回に紹介するカツラの巨樹は、平家の落ち武者が隠れ住んだとされる地であり、車では行くことが容易ではあるものの、人里離れた、と言わざるを得ない場所に生き続ける姿をお伝えしたいと思います。


洞のカツラ 21

 

 
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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  

いきなりですが木材として考えたとき、カツラという樹種を簡単に想像できる人は、彫刻に携わる方くらいでしょうか。
山登りをされる方は、秋の紅葉で早くからその姿を見せる樹種ですし、なによりもその特徴的な香り(材の香りではなく)を好まれると思いますが、意外と一般的ではない樹木のような気がします。

 

 洞のカツラ 22 

 

カツラについての詳細は以前までの記事にありますが、その意外と知られていないカツラも、古典には多く登場し更には特定の祭事にも伝えられてきたということは、木材関係者には特に知られていないと思いますので、あえて取り上げたいと思います。

この年になっていつも恥ずかしく思うのは、やはり学生自分の学の無さ(汗)、です。
今回のように古典を取り上げたく、肝心の古典古語を理解しようにも、解説現代文を読まなければわからない。いや、読んだとしてもやはりその時代の人たちの気持ちを汲みながら理解するにはやはり古語そのままで読みたいもの。
今から勉強、と思っても知りたいことはほかにも山ほどあり、苦慮するところ・・・
基、そんな古典に登場するカツラはいつもどこか魅力的で幻想的です。
針葉樹のように、現実的な材としての用途などではなく、伝説や神様とともにある、といった感じ。

私の住む大阪府から少し東に行った京都府京都市には、その建築と庭園で有名な「桂離宮」があります。
この桂離宮のある地、「桂」も一説によると樹木のカツラの伝説によって命名されたようです。
「木の上に神が宿る」といわれる「ゆつかつらの木」に因み、月読命がその木の傍らにたち、桂と名付ける、というお話。
「ゆつかつら」自体は、それをカツラに見立てたものということになっているようですが、「ゆつ」は「神聖な、清浄な、葉が茂った」という意味を持っているということ。それにゆつかつらは宮殿の門の前に立っている木、ということで、皇室縁の離宮とカツラ(桂)というのは、伝説上も至極当然の組み合わせ、ということになってくるようです。


神様が宿る、といえばカツラは「たたらば」のあるところに植えられた、とも伝えられています。

洞のカツラ 23
(たたらば跡)

たたらば、とは有名な映画でおなじみの製鉄施設ですが、実はその「たたら」の神様が降りた木だという伝承から、たたらばの近くにはカツラの木がある、ということ。
伝承の一部ですし、広葉樹の森での「たたら」の場合はカツラももちろん近くにあったでしょうから、言い伝えなのかもしれませんが、どちらにせよ、「神が降りた木、宿る木」という点では「ゆつかつら」にも共通していますので、伝説伝承に彩られる木であることに変わりはありませんね。

 

 
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今回こそは・・・念願のタイミング 〜飛騨国分寺の大イチョウ〜

待ちに待った、いや満を持して公開します。
季節感たっぷりに、タイムリー(大阪近辺では)にお届けできる初めての黄葉巨樹記事かもしれません。

地元大阪でも黄葉(紅葉)が始まっていた先日、もしかするともう遅いかもしれない・・・と若干諦めもありながらも向かった目的地、それは「飛騨国分寺」。
あ、もちろん仕事で物凄く近くに行くもので、寄らない手はない!ということで寄っているのですが、巨樹を目的にしている私とは違って普通の観光客の皆さんは、飛騨国分寺その物を目当てに来られた時に、そこにある「大イチョウ」に驚かれるという構図なわけですが、もう今回は飛騨国分寺の蘊蓄は抜きです(笑)。

今まで多くの黄葉(紅葉)巨樹巨木をめがけて、秋の道を走ってきたわけですが、いかんせん、仕事の都合や思うようにその時期に合わせて動けないこともあり(基本、巨樹探訪は木材の旬にあわせて冬なので・・・・・)、その美しい色彩の妙を味わうことは稀でした。
いつもなら、常瀧寺の大公孫樹の様に黄色い葉っぱではなく、真っ白な雪に包まれたりしていましたし・・・・(汗)。
しかし、今回は違いました!
散っているかもしれないと思いながらも訪れた私を待っていてくれたのは、黄色い吹雪舞う、飛騨国分寺の大イチョウでした。

飛騨国分寺の大イチョウ1

手前に写る紅葉もきれいですねぇ。

いつも通り、写真のウデのない私にとっては、この美しい姿を十分にお伝えすることはできないまでも、興奮した私の気持ちだけでも実況しておきましょう。
飛騨国分寺の大イチョウは、イチョウの巨樹としても十分な大きさを持っていますし、観光地である飛騨高山の街中に存在する巨樹としては、立派なものです。

しかし、今回のポイントは幹回りではなく黄葉。

飛騨国分寺の大イチョウ10


イチョウに限った話ではないですが、イチョウは特に黄葉のあとのその葉を落とすスピードが早く、一度散り始めると風が吹こうものなら、まるで金色の雪が舞っている様な美しさで舞い散るのです。
動きの無い写真では、私にはこの散り吹雪を伝えきることができませんが、当日は時折強めの風が吹き、散ったかと思うと急に晴天になり、黄金に輝く様な色彩を見せる場面があると思えば、急に陰っていき若干残る緑の葉の色が強調される部分があったりで、多彩な表情の変化に、いつまでたってもカメラをしまうことができずに困ってしまいました。

丁度以前にお伝えした「延命寺の夕照もみじ」もそうで、黄葉(紅葉)の美しさの一つは、時間の経過とともに変わりゆくその色合いと、木々の表情の変化だと思います。

山吹色に近い黄色かとおもえば・・・

飛騨国分寺の大イチョウ3

太陽光ひとつで一瞬にして・・・

飛騨国分寺の大イチョウ4

レモンイエローに若干の新緑かと思うほどの緑が入る変わりよう。
本当は、これ以前の青葉の時期にも二度訪れたことがあり、その時はやはり見事な大きさに魅了されたのですが、この黄葉というマジックの中では、さすがに色彩に目を奪われてしまいます。

何度も言いますが、もしこれが黄昏時や早朝の陽が昇り始めたころであれば、時間変化とともに感じる風景の移り変わりの素晴らしさに、言葉がなかっただろうなぁ・・・と推察するのです。

樹木そのものの持つ美しさもありますが、写真というその一コマではなく、その場にいることによる時間という軸が加わることで、単なる二次元から三次元への体感の違いではない、四次元といってもいいような、不思議な空間にいる感覚ではなかろうかと想像するのです。

飛騨国分寺の大イチョウ9

そういうことを考えていると、人が持つ五感というものはなんという素晴らし器官なのかと感心してしまいます。
一つの感覚器官である「目」で見て美しいと感じるものが、さらに増す情報として、「耳」があります。

これも写真ではどうしようもないですが、秋の「木枯らし」と感じる突風めいたものが吹いた瞬間・・・
「カサカサ・・・サァー、カラカラカラ・・・・・」と乾いていながらもどこか大イチョウの息吹を感じるような「散る音」が聞こえるのです。

そう、黄金の散り吹雪の中で。

飛騨国分寺の大イチョウ5

その音を聞いていると、目を閉じていても十分に散りゆく美しさを感じることができますし、目を開けていれば尚更のこと・・・
その散り方は、ソメイヨシノのそれとは異なり儚さではない、次の息吹への序章のような、続いていく一連の物語のように感じます。

本当のところは、この「黄色い葉の黄葉」を写真に収めることができれば十分!と思っていたものの、五感を刺激する大イチョウの黄葉は、改めて、その時その場に居合わせてこその感覚的美しさなんだなぁ、と実感。
もちろん、有名写真家さんなんかは、その時間さえも切り取って映してしまうような方もいらっしゃいますが、自分にはできないというもどかしさも、なぜかその場にいる時間を尊いものと感じさせてくれる材料にさえ思えます。

飛騨国分寺の大イチョウ6

まだまだ散りはじめではあるものの、大イチョウの足元はこのような感じ。
枝ぶりが見事なだけに、この根の周りにはそれほどの葉は積もらないかもしれないけれども、それでも「イエローカーペット」とでも言いたくなるほどの、いや、黄色いビロードというようななまめかしい厚みをもった絨毯の様相を見せ始めています。

撮影日は11/15。

朝は結構冷えるものの、日中は暖かさの残る寒暖の差がある日々。
木々の命のリズムは太陽光とともに寒暖の差が大きく関係するのですが、今年はとてもいいリズムだったのかもしれないなぁ、と一人満足。

飛騨国分寺の大イチョウ11


訪問より少し前に雨が降ったこともあり、足元をよく見るとまるで嘘のように美しい水玉が・・・・

中国の方を含めて多くの観光客がおられたのですが、ほとんどの人は、降り積もる黄色い絨毯に光る露の輝きまでは、目に留まらなかったようです。

さて、最後にいつもの大きさ比べをしておきましょう。
幹に観光客が被らないタイミングを見計らって・・・・

飛騨国分寺の大イチョウ8

本当は真横に立ちたいのですが、そんなに悠長にセッティングしている余裕がないほどに人がいることをお察しくださいませ。

いや、ぜひ青葉の時期と紅葉の時期に訪れてください。
広々とした境内に塔まで収める飛騨国分寺。(塔はあえて出しません。笑)
駅からも徒歩圏内。近くにはホテルも多数ありますので、高山にお出かけの際はお手を合わせにおいでください。


普段はその巨躯ばかりに気を取られがちな巨樹訪問ですが、今回ばかりは、観光客に交じってアングルを探して撮影です。
灯篭を傘のように包む苔の緑越しに見る大イチョウは、いつまでもそこでの時間の変化を楽しんでいたくなるに十分な対比となりました。
ありがたや、黄葉・・・

飛騨国分寺の大イチョウ12

飛騨国分寺の大イチョウ所在地

岐阜県高山市総和町1丁目83

境内が十分に広いので駐車可能。ただし黄葉時期は込み合うこともあるので、周辺の駐車場へ。


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さぁ勇気を振り絞れ、俺! 280mの恐怖 〜大古井の千本桂 ビビりのエピローグ編〜


さぁ、恐怖心と闘いながら上がってきた大古井の千本カツラ(桂)ともお別れ。
名残は惜しいものの、ココにたどり着いたということは帰らないといけない(当たり前!)訳で、再度来た道を戻らなければならないわけです!!

来たときは大丈夫だったけど、帰りにもしかしたら出るのでは?!!?
なんていうことを考えながら、ひたひたと・・・いやホーホーといつもの奇声をあげながら、下っていくわけですが忘れかけてたあいつが襲ってきます。

大古井の千本桂2

いててててててて・・・・
登りほど不注意では無かったものの、ガードしていても容赦なく襲ってくる針の力恐るべし!
まるで鉄条網のジャングルをくぐるかのように、急ぐ体にガリガリと牙をむいてくるのです!
季節的にダメだったのか、若しくは仕方ないのか。
私の様に秋口に訪問する方はくれぐれも、防針対策をお忘れなく・・・

とはいえ、先に目を向ければこんな景色です。

大古井の千本桂1

前日が雨で、早朝も少し小雨が残っていた為にダム湖の対岸の山には霧がかったような風景が見られます。
(まぁ、そんな余裕無く写真撮っている間もホーホー言ってるのが現実ですけどね・・・)

そんな景色も少しは見ながらそそくさと下山です。
帰りはやっぱり凄いもので、下りであることと一度来た道であることが手伝って、グングンと国道へ近づいていきます。
「あぁ、今日も無事に戻る事が出来た・・・」と大袈裟に安心するのは、入山の試練編を見ていただくとわかるとおりですが、その入山の試練を乗り越えられた(?!)のも、あの登山口の木製看板のおかげかもしれません。

大古井の千本桂5

当然のことながら、地元の地理や道路、ましてや山に入っていく場所などわかるはずの無い状況で、くねくねとした山道を車で走りながら目的地を探している為に、「その場所」を通り過ぎるということはよくあることです。
運転には集中しないといけないし、車での探索は遅くても30〜40Km/hは出ているので、前方の交通事情に注意している間に過ぎてしまうのです。
ましてや、登山口などよほどの事が無いと気がつきません。

ここも当たり前の様に一度通り過ぎてしまいました。
もちろん、神社には気がついたのですが、社殿を見ている間に看板を通り過ぎたのです。
車はそんなもんです。
だからこそ、再度戻った時にはお手製の看板の有難さを実感したのです。
いや、それだけではありません。
「ココからで、間違いないよね・・・?!!?」と車を停めて、「入り口」とされる登山道を覗くも、既に草が生い茂って先が見えない!!
そんな状況にビビっている私の脚を、山中に向けてくれたのはやはりこの看板に他なりません。

もしこれが、味気の無い行政の造る看板であれば、「ちょっと危ないかも・・・」と躊躇していたかもしれませんが、やはり人の手を感じられるものはすごいですね。
登ってみようという気になるのです。
で、別サイトの記事によるとこの看板は、高根中学校の卒業生の手によって設置されたものらしい(後報する事情で近接写真なし)ので、どおりで温かみがあるわけだ。
これを見たから、前方に道が確認できなくなろうがトゲトゲに襲われようが進むことができたのです!!

そういう意味でいえば、やはり人の手が加わったものって良いですね。
金属だと長持ちするのかもしれませんが、ちょっと冷やっとするので怖じ気づいてしまいそうです(私だけか・・・)。

そんな看板効果もあり、無事に往復を果たすことができた今回の訪問。
やれやれ、大きな達成感だぁ!!・・・と緊張で硬くなった背筋を伸ばしながら車に乗り込もうと汚れたであろうズボンのすそを上げかけた瞬間!!

なんじゃこりゃ!!!

大古井の千本桂17

写真で見ると大したことない様に見えますが、両足と首下の上半身に無数についている種子?!と見られる物体。
はっきり言って、気持ち悪いです。

すぐにジャンパーについているものを手で払いのけるものの、絶妙に「返し」のきいた引っかかり構造で、払った位ではとれません。
それゆえ一つ一つ、手作業でとっていくことになったのですが、何せ全身なので、取った尻からつまんだ指に引っかかったものが別の衣服についてしまったりで、取り去るのに15分ほどかかる始末。
念の為付け加えておくと、靴ひもの一本一本まで絡みつくしぶとさでして、さすがに安心した体に受けたダメージは大きく・・・・
(そのため、看板の接写も失念する始末・・・)

まぁ、それでも無事に降りてこれたんだから、と針に刺されてひっつき虫だらけになっても、安全に感謝する訪問エピローグなのでした。

秋口に訪れる方、長袖長ズボンは厚手をお勧めします(汗)。
怖い怖いビビり巨樹訪問記、今回はこれにて終了です。


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さぁ勇気を振り絞れ、俺! 280mの恐怖 〜大古井の千本カツラ(桂) 邂逅編〜

これや、これこそ桂(カツラ)や。
それも山の中のカツラや。


体の緊張感を一瞬忘れさせる様な、そんな姿が目の前に・・・・

ヒコバエと呼ばれる分身を茂らせながらも生き永らえる、樹木では一般的な「太っていく主幹」に頼らない生き方を選んだアウトサイダー・・・
いや、目前にすると「山の主」とでも言いたくなる雰囲気。
それが大古井の千本桂。

大古井の千本桂7


各地に「千本カツラ(桂)」の名は日本にいくつもあるので、ここは他と区別するべく地名が冠して掲載されているページが多いので、私もそれに倣うことにしました。

巨樹に多少興味のある方ならば説明しなくてもいいでしょうが、カツラに関しては、他の樹種の様に一本の幹が「ドカーン!!!」と天に向かっているのとは、様子が全く異なります。
写真の様にヒコバエと言われるいわば「自身の分身」を次々と生み出し、例え中心の幹が無くなってもヒコバエ達が成長を続ける「クローン方式」を導入している、人間よりも進んだ?!?種の保存方法をとっている樹種ですね。

イチョウの巨樹に「乳」が出るように、カツラの巨樹は一部の例外を除きほぼ、この外観を呈します。
ただ、神社や街中で出会うことはあったものの、今回の様に山の中に位置するカツラの巨樹は初めてで、周りにいくらでも見えている木々と同じ植物とはいえ、カツラしか目に入らないほどの存在感です。

大古井の千本桂11

いや存在感はもとより、このカツラが際だって見えるのは、もしかすると周囲が開けているせいかもしれません。
開けている、というのはもちろん空もそうですが、それよりも本当の意味での「周囲」です。
おそらくは、訪れる人も多いのでしょう。
皆が歩くからなのか、まるでカツラを取り囲む円の様に、周囲には殆ど草が無く地表が見えている事から、余計にその存在を際立たせている様に思います。

巨樹の中には、周囲に立ち入りできない様に囲われているところや、展望デッキが設けられているところがありますが、なにもないにも関わらず、ある意味「結界」の様になっていることに、おそらく脳が反応したんでしょうね。

大古井の千本桂8


さて、このカツラの名称については先程少し触れましたが、現地の案内板は「千本カツラ」表記で、どこか淋しげに地面に置かれていました。
その隣には、私としてはこちらの方がおなじみの標柱がありますが、やはりこちらも立ってはおらず、横たえられています。
そして看板には、「幹を傷つけたり枝を折ってはいけません」とあります。

そんな人いるんやろか?!
いるんやろなぁ。人気(ひとけ)が無いだけに・・・
なんかむなしくなる看板で、マナーもそうですが当たり前の事を言わなくても皆ができるようになればなぁ、と思ったりしました。

因みにこの大古井のカツラのデータを紹介しておきましょう。
樹齢は300年以上、樹高約35m、目通り幹回りが16,2mとのこと。

大古井の千本桂12

日本には他にも、ゆうに300年を超える樹齢の巨樹巨木があり、中には「ホンマに300年かいな?!」というような、まだまだ青年のようなものもありますが、千本カツラに関しては300年とかどうでもいいのです。
この「生への執念」とでもいいますか、ガンガン?!と周囲を覆うヒコバエと、その異形とはにつかない控えめで可愛い青葉を見ていると、眺めているうちに溜息が出る様な美しさを感じます。

「美しさ」というのは、何も杉の様に「通直」というような意味ではなくこの場合は「線の細さ」からきているものです。
つまりは、幹の太さは剛、ヒコバエを始めとするその集合体が柔、そんなイメージ。
巨樹でありながら、どこかやさしい印象を受けます。


といいつつも、千本カツラが見事なのはヒコバエを出しながらも、主幹(どれかわからないけども・・・・)を始めとして太い幹が多く残っていることです。

大古井の千本桂10

いや、残っているというよりもこちらの方がまだまだ元気で、その名の通り「千本あるかのような」比較的まっすぐに伸びた幹がみてとれます。
もちろん、かなり見えづらい状態になっている真ん中近辺が主幹であろうとは思いますが、不用意に近づくことはしませんよ!

何故かって?!そりゃ、入山前の注意ですよ。
ハチです。
安心してはいけません。思わず顔を覗きこませたくなるカツラの幹ですが、比較的隙間が見えていても暗いところや、スペースのあることろなどには、ハチの巣がある場合があります。

そんなん、めったにないわ!、と言われるかもしれません。

しかぁーーーーーーし!!!
痛い目にあいかかった経験のある私としては、注意を促さなければならないのです。
以前の、そう、それもカツラの巨樹の訪問時。
丁度今くらいの秋にかかる、冷涼で清々しい朝の訪問でした。

大古井の千本桂14


山中ではなく、民家も近くに見える様な立地にあるカツラの巨樹。
そこには、主幹の下側にまるで「大仏っぁんの鼻の穴」ほどの空洞があり、現地の案内板には、「この空洞をくぐりぬけると、願い事が成就する」なる書き込みがあり、人の通っているような跡もある。

むうぅ〜・・・・
別にたいそうな願い事もないのである。彼女が欲しいとか、幸せになりたいとか、一攫千金とか・・・そんなのはないのであるが、書かれている以上は一期一会!
くぐってみるか?!
と思ったものの、実は泊まりがけの研修の2日目の早朝での訪問だったので、服が汚れてしまうと困ったことになる、そう考えくぐるのをやめたのです。

しかし、未練たらしくカツラを写真に収めながら周囲を回って、丁度穴の反対側についた時ビックリ!!

「ハチの巣あり、注意!!はいるな!!」の看板。

んな、アホな!!!
案内板訂正しとかんかいな!危うくくぐるとこやったわ(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
エライ事になるところでした。

だから、無茶は禁物、油断は禁物。

大古井の千本桂15

ってなことで、あまり不用意に巨樹には近づかない様にしましょうね!

で、どこまで話したか・・・

そうそう、この見事な千本カツラですが所有は個人さんだそうです。
代々守られてきたものなんでしょうか。
これほどになるものはなかなか無い中で、後世に生き残って欲しいという想いがあったのでしょうか。
そうやって見ていると、山の中とはいえ、人との関わりの見えてくる巨樹で、神様のようなこころもちだった距離が、一気に近くなったような気がします。

しかしながら、訪問時は相当感激したものですが帰宅後の写真では、イマイチその迫力は感じられない。
もちろん、私のウデのなさと簡易なデジカメだからだということもあるのですが、あの存在感を写真で伝えることの難しさを実感しました。

だって、自分は「奇声」をあげながら写真に収めているんですから、そこまで綺麗にいくわけない。(言い訳・・・)
実際、撮った写真の1/5位はピンボケ・・・・
ぬうぅ・・・オートフォーカスやのにボケさせるとは、逆に難しいぞ、俺。
どんなけ手が震えとんねん。

そんなこともあり、今回は危うく昌志スケールを披露出来なくなるかもしれない=自分との比較写真を撮影忘れる、という事態に陥りかけて、帰り道に向かいかけて踵を返す、という馬鹿さ加減も報告しておきましょう(汗)。


大古井の千本桂16


なんとか撮影成功。
右端のわかりにくいのが私。
カメラとともに、簡易な三脚の為にポジションが微妙に調整できない勾配地なので、これも言い写真とは言いにくいですが、ご勘弁を。

なんとか千本カツラのスケールが伝わるでしょうか…

最後に、千本カツラの存在感を感じるものの一つ。
これも、カツラの巨樹を巡ったことのある方にとっては当たり前ではありますが、カツラは谷や沢を好む樹種です。
そのため、山中でも谷地にあるものや、今回の様に水の流れのすぐそばにあったりします。
中には、幹の真下から和泉の如く水が湧き出ているものもあります。

今回の千本カツラも例にもれず、向かって左側をこんこんと水が流れています。
それに気がつくと、静かな山に鳥の声と水の流れのリズムが現れて、少しだけ「クマ、ハチ恐怖症」から解放されるのです。(少しだけ、ね。)


大古井の千本桂9


見るからにまだまだ元気がありそうな千本カツラ。
これから数百年以上、この地域の神様であってほしいものです。
来る時の焦りとは反対に、落ち着いた清々しい気持ちで合掌し、千本カツラに別れを告げるのでした。

あ、シリーズはエピローグに続きます。


大古井の千本カツラ所在地

岐阜県高山市高根町大古井

岐阜県側より、国道361号線を長野方面に向かい、高根第2ダムを超えて700m位行くと左手に道後神社がある。(車だと行きすぎるので注意。ガソリンスタンド跡地に出ると行き過ぎ。)

大古井の千本桂4

その神社のすぐそばに、丁寧な「280m先 千本桂」の立て看板があるので、そこを登っていきます。

駐車は比較的車通りの少ないお社まえの道路端に・・・

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さぁ勇気を振り絞れ、俺! 280mの恐怖 〜大古井の千本カツラ(桂) 道程編〜

はぁはぁ・・・・・


流れる汗と、荒げる息遣いを皆さんにお届けできないのが残念で仕方ありません。
山と野生動物を怖れるビビりと、縄文杉を訪れた十数年前からして6キロほど肥えた(太った)体を、ぬかるんだ足元で先の見えない草むらを進めるには、文字であらわせないほどの呼吸を要するのです。

先に調べておいたサイトによると、案内板もあり迷うことはない、とありますが何のことない、途中から道が見えない!!!!

大古井の千本桂3

というか、道なんか無い!!!!!!!

うわぁ〜・・・出たでぇ、情報と違うパターン。
これが一番困る。
みんな行けるのに、なんで俺だけ・・・勇気振り絞ってんのに・・・
ビビりまくって帰りたい一心やのに、ここまで来たのにひきかえすんかぁ・・・

まぁ、後で思うと夏の雨や日照で元気に伸びた草木のためだと感じるので、時期的なものかと諦めるものの前回の「ビビり全開」で、クマよけに「ホーホー」奇声をあげている私には、引き返したくなるには十分の茂りようです(涙)
それに、この茂みには不届きな訪問者を跳ね返すがごとく、罠が仕掛けられているのです!!(笑)
いや、笑ってられない。
200%くらいの勇気振り絞ってるのに、草むらを進む体に刺すような痛みが走ってくる・・・

痛い、痛っ・・・うわ、痛っっ!!

連続で襲ってくるその痛み。
正体はこれでした。

大古井の千本桂2

やめてぇ〜!!!!!
なんやの、このトゲトゲ。
写真撮るのにつかむのも痛い。
(こちとら、いつ遭遇するかもしれないクマとハチとヘビと・・・うーん、それらにビビりまくってんのに・・・)
こいつらが群生しているおかげで、もう腕も足も針のむしろ・・・?!

実はここで、ハチに遭遇したらなんとか長袖で防ごうと思い着用してきたジャンパーが役に立ちました。
こんなの、半袖やったらもう無理です。めげてます。
意外なところでジャンパーに助けられながら、なんとか手に持った三脚の脚で針をよけながら歩をすすめていくのです。
こんなん、聞いてないけどなぁ・・・


いつもどおり、目的地がわからないとものすごく時間がかかっているように思うもの。
もうそろそろついても・・・280mくらいはきてるやろ、絶対・・・
そんな思いばかりが頭をよぎり、次の草むらを抜けて無理なら帰ろう、この次のこの先になかったら・・・・・
そんな思いを繰り返し繰り返したどり着いたのが圧巻。


大古井の千本桂6

人けがなく、ただただ水の流れる音と私の息遣いのみが、木々の間を行き来する空間に「それ」は存在していたのです。


やっと、やっとついたぁ・・・・(実際は15分もないくらい・・・)
はぁはぁはぁ・・・・・・


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さぁ勇気を振り絞れ、俺! 280mの恐怖 〜大古井の千本カツラ(桂) 入山の試練編〜

おそろしい、本当に怖ろしい・・・

以前に記事にて紹介した「胎金寺山口の天狗杉奥の天狗杉」を見てもらうとわかるように、巨樹に会いに行くにはしばしばそこそこ、人のいない山中に足を踏み入れる必要があります。

胎金寺山口の天狗杉9

皆さんのイメージでは、木というものは山に生えているので当然、木を見に行くには山の中!という概念でしょうが、巨樹というのは実は山中より町中のほうが多く存在しています。
社寺の境内で大切にされている場合や個人の所有物で伐採をまぬかれた場合、伝承によって受け継がれている場合、いろいろありますが巨樹巡りで会うことのできる多くは、町中やもしくは人里の近くに位置しているために、車で行く若しくは人の気配を感じることができる場所にあるものです。

しかぁ〜し!!!!!!

中には、近世に巨樹巨木の詳細調査の折に発見された、もしくは昔から守られている山の神様のような存在の巨樹が山中にあります。
それらに出会うには少々、もしくはかなりの登山を要する場合があります。

常瀧寺の大公孫樹3
(雪道を登り、この先のがけ崩れにおそれおののくこともあるのです・・・)

むぅう〜・・・前置きが長くなりましたが、兎に角「山」へ入る必要があるのです。
そして、材木屋で木が好きで、もちろん山も好きな私ですが一人で山へ入るのは、メッチャクチャ嫌です。
その理由は、前出の「胎金寺山口の・・・」と「巨大株杉群」の記事をご覧になれば一目瞭然ですが、もう一度言いましょう!

フフフ・・・
クマとハチとヘビとそのほか、野生動物全般が怖い!!!のです。

こいつ、ビビりやなぁ。( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。
笑いたければ笑うがいいさ(汗)。
そんなの、少し山に入るくらいわけないかもしれない。でも、自然は決して侮ってはいけません。
自分が軽率な行動をとったことによって、家族にもその他にも迷惑をかけることもある。
だから、ビビりと言われようが怖いんです(まぁ、ちょっといいわけか・・・)

株杉 13


しかし、しかし!!
280m先(ちゃんと明示されている)には、お目当てとなる堂々たる巨樹が存在する。
しかもネットの時代(その表現すら時代遅れ・・・)、ほかの巨樹探訪者の方が写真を掲載されているのを見れば、逢いに行きたくなるにきまってる!!!

そんな衝動とビビる体の相反する状態を何とか行動に移し、今回は山中の桂に逢いに行くのです。
いや、山に従事されている方には「山中」というにはおこがましいくらいの、「これより280m」という文字通りの道路からの距離なので、ただのビビりの弱音なのですが、事前検索した巨木サイトに「ハチ・クマとの遭遇に要注意!」と、ハチは黄色、クマは黒色で注意書きをされると、もう卒倒寸前。

万が一、ハチに遭遇したら!と夏にも関わらず薄手の長袖を着込み(これが後に功を奏することになる・・・)、もしもクマに遭遇したらこれを投げ込もう!と、自身の昼食用に購入していたサンドイッチをポシェットに差し込み(これはちゃんと自分の胃におさまった・・・)、いざ、たかだか280m先の巨樹を目指す腰抜け巨樹マニア材木屋。
たどり着けるのか、いや、クマには遭遇しないのか?!
怖いですねぇ、緊張しますねぇ・・・

それでは、続きは次回ですよぉ〜。

大古井の千本桂5


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自然を超越した?人工の自然美 〜巨大株杉群 動画編〜

前回紹介の株杉の森、どうでしたか?!

株杉 1


行ってみたくなりましたか?森の雰囲気が少しでも伝わったでしょうか?!
さて、今回はお待ちかね。
視覚でお伝えするにも静止画と動画では、目から入ってくる情報に格段の差があるのはもちろんのこと。
先日紹介のあの空間にいると、写真では伝えきれないことが嫌というほど実感できるので、あえて、今回は動画公開に踏み切りましたぞよ。

これで、少しでも皆さんに興味を持っていただいて、その先にそれぞれ何を感じるかわかりませんが、樹木の神秘と人間のかかわりを想像するいい機会になればと思います。





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自然を超越した?人工の自然美 〜巨大株杉群 静止画編〜

今年は本当に雪が少なかった・・・
何回も繰り返したくなるけども、本当に雪が無かった。
スタッドレスタイヤを早々に装着して冬自宅するも、まぁスキー場の急勾配で1回つるっとしたのみで、いつもならスキー場への登り坂道が「ドリフト大会」になるほどに滑らせて行っていたのも嘘のような冬でした。
これは、本当に異常気象に対する愚痴以外の何物でもなく、楽しみにしていたスキーシーズンのパフパフな雪を楽しむことないまま、今シーズンは終わってしまうようです(涙)。

まぁ、趣味の話では雪乞いしまくっていたわけですが、実は雪が無い方がいい趣味もあったんですわ。
久々登場、ライフワークである冬の巨樹巡り!!
あんまり自慢出来たものでもなく、もっといいシーズンに行けばいいのですが、どうしても季節を選べないこともあったりして、雪に埋もれながらの巨樹巨木巡りを紹介してきたことはご存知の通り。
しかし、それも今年は例外!!
上記のとおり、雪が無い!!
そこへ、良いタイミングでお目当ての近くへ行く用事が出来たもんだから、「この日は大雪なんてくるなよぉ・・・」と、念じて目的地へのルートを定めたのは1月の事。

その日に行きたかった場所、それは岐阜県の「施設」に所在する森なのです。
え?!森?!、どこかの神社の神木ではないの?!
そう思ってしまいますが、今回は一本の巨樹ではなく、なかなかのスケールの「巨樹群」を擁する森が、目的地なのです。
その施設の名は「21世紀の森」といいます。

そう、森だからあんまりの雪では行くことができません(行くまでの想像)。
たどり着いても雪の山は一人で入るには危険。そう思っていても行きたくなるものですが、今回はスキー場ですら雪がないんだから何の心配もなく計画を立てられたのです。

その施設の詳しい内容は専門に譲りますが、ここがすごいのです。まぁ、みてみましょう。
この施設がある岐阜県板取地区というところは、市町村合併により現在は関市となっていますが、以前はもうひと山で福井県にはいる立地にある、面積の99%を山林が占める!という、村です。
北部には特徴的な形状の湖である九頭竜湖が位置します。

そんな山村である板取に「21世紀の森」という20世紀からのメッセージの様な施設があるのを知ったのはつい最近。
関市を調べている途中に施設の名前が目につきました。

株杉16


今は、少しさみしくなってしまうのは私だけだろうか・・・

この様な風体の看板ながら、事前調査において詳しく見ると「株杉」なる活字があるのです。
むむ?!これはにおうぞ・・・・・、と調べてみるとなんと「巨大株杉」なる文言がうたわれているではありませんか!!
さらに驚いたのはこの後で、天下のグー○ルマ○プにも「株杉の森」という表記がある。
「株杉の森って?!森?!!」となぞは深まるばかり。
もしかしてボコボコと「株杉」の並ぶ森になっているんではないよね?!、と本当はそうであったら楽しいだろうなぁ、という期待も込めて天邪鬼的にありえないという見方をしていたものの、ものの見事に期待を超えてくれましたね。

株杉15


施設の駐車場から実は車で直前まで行くことのできる「株杉の森」。
こんな楽チンでいいのか、と思ってしまいますが、理由は後ほど。
大きな期待を胸にその「森」の入り口まで行くと、やっぱり山。注意書きに少しビビる。

株杉 13

私としては、自分だけではなく他の人にも迷惑をかけるので安易に「大丈夫だろう」では進みたくないので、こういった「森の住人」への注意喚起にはホントにビビります。
時にはしょっちゅう「クマ出没注意!!危険!」なんて書かれた森にある巨樹をたずねる場合がありますが、「どない注意せぇっちゅうねん!!」と心でぼやきながら、もう変質者か発狂したか?というくらいに奇声と掛け声で歩いて行くのですが、今回もその「住人たち」とともに、これから出会う「彼ら」に襲いかかられるような気配を感じながら「いつもの奇声」を上げていざ森へ・・・

実は「森」と称されているものの、きちんと階段が整備されトレッキングや登山道としても活用されているので、事前のビビりほどの危険性は無いのですが、それでもいざ期待しているはずの「株杉」に対面すると、急に冬を実感する冷たい風と、視覚から飛び込んでくるその異形に思わずブルっと来てしまうのです。

株杉 7

昼なお暗い・・・と言いたいところですが、季節的なことと天候が良かったこともあり予想よりは明るかった森の中ではあるものの、人っ子一人いない、駐車場には車もない、もちろん葉っぱの揺れる音と自身の息遣い以外は静かそのものの森の中。
こんな姿を見てしまえば、ついぞ後ろを振り返りたくなるのは私だけではないはず・・・

株杉 1


そもそも株杉とは、太い幹の途中から何本もの幹が伸びているもので、何百年もの間、幹を伐採して収穫してはその上に萌芽更新を繰り返すことによってできた結果が株杉だといわれています。

京都にも台杉というものがあり、ほぼそれと同じと認識していいと思いますが、それよりもこちらの方が上部の幹が通直に、それこそ杉のイメージにそぐわぬ形で「天を衝く槍の如く」伸びている姿には感激を覚えます。

株杉 9

社寺仏閣でたまに目にする「2本杉」や「3本杉」、などある程度の太さの幹が並んでいるものはありますが、太い幹の上に槍を立てたように若い幹が伸びている姿が、集まった状態でみられるというのが、21世紀の森のすごいところです。

そして階段を上るごとに次々と出てくる株杉たち。
SF映画よろしく、いきなりその枝を私の体に絡ませてその巨躯の割れ目にとりこんでいきそうな、そんなイメージが頭から離れないまま、一人「奇声」をあげながら歩をすすめていくのです。
分かりますか、この畏怖の重圧・・・

株杉 8


一通り歩きながら、木々の隣で記念撮影できる場所を探します。
実際はロープの中に入らず、遊歩道からの散策という決まりになっている様ですが、ここでは普段から皆さん普通に入っているのでしょう。
ロープの無いところや、明らかに人の道であろう跡が残っているので、そこだけは入らせていただきました。
しかしながら、良い位置からの撮影ができないのが残念です。
タイマーの加減や簡易な三脚なので、傾斜と段差のある斜面に立てることは容易ではなく、何度も三脚がこける始末。
こんなにバタバタしてハチでもでてきたらどないすんねん・・・。そんな焦りも感じながら一緒に写真に収まる私。

21世紀の森、というよりも21世紀のエイリアンとの遭遇!!。
そんな気分にもなる様な不思議な造形。

株杉 5

今見ても、体がこわばってるぞ・・・(汗)

ただ、なんとなくいつもの畏怖の想いとは少し違う感覚を感じ始めるのは少し経ってから。
普段なら、じっと対峙し息を吐き、自然と頭の下がる想いが湧いてくる巨樹の多い中、ここは少し違う。
それこそ、自然の産物を超越した「人工の自然美」だからだと、一人で結論付けた。
そう、ここは自然の生んだ樹形の森ではなく、いわば人の手で作られた「人工的な自然」が既に自然に溶け込んでいる空間なんだ、と感じるのです。

株杉 6

美しさで典型的な森は、以前にも紹介している「歴史の証人」がありますが、あそこの森も
自然の山と人間の関わりが数百年続く人工の自然美。
自然の山にある樹木に人が関わり、自然の力だけではない人間が関わることによって生まれる美しさがある森。
そう感じます。
それも自然の一つの形。

この森の入り口まで車で行くことができるのは、人が関わってきたからでしょう。
人が出入りし続けるから道が必要だった。
そこに後から施設整備をした。そのためでしょう。

そしてこれほどまでに株杉が揃っているものの、各巨樹のページに掲載されていないのは、天然のものではないからなのか、若しくは大きさが不足なのか?!環境省のデータベースに無いからなのか?!理由はわかりませんが、巨樹巨木を掲載しているインターネット記事にもあまり掲載がないのです。
もちろん、こんなに立派に朽ち果てそうになっている巨躯もあり・・・

株杉 12


さて、雪が無い冬の巨樹巡りで安心できるのは、先の注意喚起のハチやヘビ、そしてなにより出会いたくないクマに会うことが無いから。
そして冬でもそれなりに楽しめる樹種が杉。
葉を落として如何にも寒そう!!、という広葉樹とは違いある程度の存在感を感じる事ができますし、事前の下調べの写真と比較すると、なんか上部がスケスケの状態で拍子抜け・・・ということもあまりありませんしね。

様々な想いを抱きながら、ゆっくりと1周するのに約1時間。
様々な角度から見たつもりながらも、振り返る景色はまた一味違っていて、1周した道のりを今度は逆回りで降りていくということを2回繰り返したっぷり堪能してきました。
ここはぜひ、トレッキングもかねて山で一日過ごす気分で訪れたい場所です。
そして皆さんに見てもらわないともったいないくらいの見事な株杉の森です。

さて、次々と出てくる株杉群は、写真だけでは収まりきらず、今回ついに動画撮影に踏み切りましたっ。
次回、その動画を掲載したいと思います。
いつもは動かぬ巨樹写真ですが、少しは森の臨場感を感じてもらえるかと思いますので、そちらも是非ご覧ください。

株杉 14


21世紀の森 巨大株杉群所在地

岐阜県関市板取2340(21世紀の森)の駐車場を更に上に上がると株杉の森入口へ行くことができます。
おそらくそこまで来る人はそうそういないので、森の入口直前に駐車出来ます。

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眼下にうつるは雪か畏敬の眼差しか・・・ 石徹白のスギ


やっと逢えたね・・・

大阪の普通の男である私にとって、そんな綺麗なセリフは毛頭似合いませんが、この前でだけはそう言わせていただきたい。

その存在を知ってかれこれ10年以上。
意外と昔からほど近くまで行っていたにもかかわらず、逢いに行く機会がなかったのですが、今年になって一念発起!、というかやっと時間ができたので訪れる事ができたのが、超有名なこちら・・・

石徹白 5


巨樹の本はもちろん、巨樹巨木巡りを趣味とされる方の中には、この樹に出会ってから巨樹巡りに目覚めたという方も少なからずいらっしゃるほどの影響力?をもつこの巨樹は「石徹白のスギ」。
縄文杉発見までは、日本有数の杉の巨樹として注目を集めていたそうですが、「屋久島」というブランドと世界遺産登録の影響か、どうしても屋久杉の方に目がいきがちになってしまう傾向がありますが、それでもご覧の通り巨樹を見慣れている人間でも、その「力の限り生きてきた!!」と言わんがばかりの存在感には一目置くことでしょう。

石徹白 4


おそらく巨樹の写真集や関係本を少しでもみられていればご存知であろうか、と思ってしまうくらいに有名、と想像します。
何せ樹齢1800年です。
そして国の「特別天然記念物」に指定されている上に、白山国立公園に所在することも特別感を大きくしている一因でしょう。
有名にならないはずはない、と言ったところです。
特別天然記念物は、特別とつくだけあって通常よりも更に価値の高いものに用いられる称号。
大きいだけではもらえない「冠」です。

私が今まで紹介してきた中では、蒲生のクス杉の大スギがそれにあたります。
どれも存在感あふれる巨樹でしたが、今回も勝るとも劣りません。

石徹白 7

私の訪れた時は目前に現れたと思った途端にどしゃ降りの雨で、なかなかうまく撮影することが出来なかったことと、光の具合により目視とは違った印象の写真になっている部分もありますが、雨がなければもう少し樹皮が白骨化している様な印象を受けることでしょう。
それが余計に風格を感じさせている所以ではありますが、果たしてどれくらいの生命力を保っているものか・・・
木挽きさん(大きな鋸で、丸太などを人力で製材する職人さん)や有名な西岡棟梁などは、あおあおと葉が茂っている巨樹程、芯の部分が無かったりしている場合が多いといいますので、私は葉は元気がないようでも、樹皮が白くても、内部ははつらつとして、力をセーブしているのではないかという、明るい目測を勝手に決め付けてみていました。

石徹白 2


その存在感は巨きさもさることながら、おそらくその姿と自生地に由来するのだろうと思います。
一目見た瞬間に、白く聳える塔のように伸び、着生樹木が葉を茂らせているものの、本体の杉自体はどこか風化していく美しさの様なものをたたえているとすら思えてくるような、その佇まい。
そして、富山県、石川県、岐阜県、福井県をまたにかける「白山」信仰の歴史とともに、山中の巨樹とはいえ、アクセスし易い登山道の途中に位置することもあり、昔は険しい白山を超えていく際の祈りの神様として見られていたか、また現在では登山者を見守る存在としての山中での存在が、「特別」なのかもしれません。

私も余りにも「石徹白のスギ」として有名で、由緒を知らなかったのですが、この大杉は、ここへたどりつく手前(登山道に行く道の途中)に存在する「白山中居神社」という神社のご神木であり、その敷地内に位置するらしいということを予備知識を得ている途中にて知りました。
そういったところから、この杉にたどり着くための道も巨樹への道というよりも、古くから、それこそ命がけで白山登山していた時代から続く登山道の一部が、車の利用によって便利に整備された、といういきさつの理解になるのだろうと推察しました。

石徹白 3


脱線しますが、その白山中居神社はスギの巨木がボコボコ存在する驚きの神社で、しかもその裏山には浄安杉なる巨樹と、現世では珍しいブナの原生林がありますので、登山とまではいかずとも、石徹白のスギに会いに行くならばこちらもお勧め・・・といいたいところですが、浄安杉は境内から15分?!位は登山しますので、気を引き締めて・・・

白山中居神社


また、巨樹では良くあるエピソードにはなりますが、この石徹白のスギは、白山を開帳した泰澄上人が使っていた杖が大杉になったという背景を持っています。
この様なお話は真偽云々ではなく、巨樹を見上げながらゆっくりとその時代の事に想いを馳せる「きっかけ」として頭に入れる様にしています。
そんな伝説が残るくらいの大物だということです。

石徹白 6


私にとってこの石徹白方面は、毎年必ず4回は訪れている地域。
なのに、何故今まで逢いに行けなかったかというと、訪れるのはいつも冬。
そう、趣味のスキーのホームグラウンドがほど近い場所のために、毎回毎回いつかいつかと思いながらの日々でした。
なにせ冬季は雪がどっさり積り、道中の峠では冬用タイヤでもチェーンが必要になるくらいですから、スギまでの道のりは重機などで塞がれ通行止めになってしまいます。
そうでなければ、私の様な「病木」のものが無視して進んでいきそうなところですから、岐阜県さんは賢明です。
3月の末でも通行止めは続いているので、春に訪れる方は道路状況を確認してから向かわれた方がいいでしょう。

とはいえ、この石徹白のスギが白銀の世界に仁王立ちしている様を見てみたいものです。
緑多き時期は多くの人々を見下ろしているスギも、冬には静かに佇んでいることでしょう。
紅葉(黄葉)の巨樹や新緑の巨樹もいいものですが、冬の雪に囲まれる巨樹もとっても美しいものです。
冬の巨樹専門(その時期しか行けなかっただけ・・・)の私としては、白銀の世界の逞しく、または耐え忍んで立つ巨躯を見上げるのは、それこそ身が引き締まります。

柵の中には入らない決まり。
守りながら一緒に記念撮影。

石徹白 8



冬の時期の石徹白のスギはおそらく「白銀の王様」よろしく孤高の存在なのかもしれません。
目の前の広場に降り積もる雪の世界の白い巨塔。そんなイメージ。
今まで清内路のミズナラなど、雪景色の巨樹も多く訪れていますが、石徹白のスギも雪の中での美しさを見てみたいものだと感じてしまいました。

これからの季節は、登山者と巨樹信仰者の眼差しを多く受けることと思いますが、じきに冬になり、また神秘の銀世界に一人聳える様になりますね。
白銀の巨塔が少しでも永く、その存在に感動出来る時間を与え続けてくれるように祈って、さようならの一礼をする私でした。

石徹白 1



石徹白のスギ所在地

岐阜県郡上市石徹白160河ウレ山2

白山登山道入り口に駐車場、トイレあり。台数に限りがありますが、そこそこ広いです。そこから420段をあがる事になります。
頑張って登りましょう。

石徹白 9





木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ!