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その存在は何を物語る?! 〜川上村 歴史の証人の森〜


いつも様々な樹種や大きさ、姿かたちの巨樹巨木を紹介していますが今回は、少しいつもとは違います。
いつも訪れているのは、たいていが天然林の中の巨木や社寺にある巨樹などですが、今回は「人が植えた巨木」です。
つまりは「人工林」だということです。

その言葉を聞くと、どうしても天然林と比べて劣る様なイメージを持つかもしれませんが、ここは違うのです。
その場所は日本の林業の歴史においては必ずと言っていいほど登場する「川上村」。
いわゆる「吉野」です。
その吉野地方の山の中に、まさしく歴史を物語る巨木が存在します。

豊かな水を蓄えるダム沿いに通る車道を離れて山中の道を登った途中に車を停め、目的地の場所へ30分ほど森の中をトレッキング。

歴史の証人1

さすがに30分も歩くとなると、全く位置がわからない状態で森の中を行くことができませんので、今回は一人ではなく案内をしてもらいながらの道中。
様々な森の形態を見ながら登っていくと、あるところで景色の色が少し変るところに出ます。
山中に看板が立てられているためにすぐに気がつきます。
景色が変るのは、鬱蒼と茂っておらず頭上が開けている上に、一つ一つの木々の間隔がかなり広い為に、森の中というよりもむしろ「広場に大きな木がたくさん生えている」と言った感覚に近いと感じるほど、感覚的に森の様子が変ります。

その場所こそ、日本で最古の人工林と考えられる「歴史の証人の森」です。

歴史の証人10

ココに立つと、冒頭の「人工林」という言葉が示す意味を再度問われる様な気分になります。
言葉のイメージがあることも否めませんが、どうしても天然林との比較対象の言葉のように感じるのは材木屋である私だけではないと思うのですが、そういった概念で見る意識が無くなる、そんなところです。


そもそも日本の人工林の歴史は、今から500年ほど前に川上郡で杉の植林が始まったのが最初ではないかと言われているようです。
それも、ただ単に植えるというのではなく「密植・多間伐・長伐期」というゴロの良い組み合わせで言い表される代表的な方法によって、通直で年輪が細かく揃っていて丸太の切り口の両端の太さの違いが殆ど無い、という手をかけた人工林だからこそ出来る特徴を持った良質の原木を生産出来る植林を行ってきた、それをしめすのがこの場所。

川上村の事やその林業のことは、下の動画で見れば一目瞭然なのでそちらに譲りましょう。


 

そんな歴史ある林業の地で、樹齢400年とも言われる巨木「歴史の証人」が残っていることは必然だったのか偶然なのか・・・
現在は展望デッキも整備されて、あたりを見渡しながらくつろぐことができる様なスペースになっていますが、400年前は、いや、100年前はどんな森だったのだろうかと想像するだけでもその名の通り「歴史」を垣間見る様な気分になります。

歴史の証人5


鳥取県は智頭にも「慶長杉」なる樹齢300年以上400年とも言われる人工林の杉があるそうですが、町の資料によると吉野等の林業技術を参考にし、人工林を形成した様な記述があるため、やはり川上村が最古なんでしょうね。

そして、そこにそびえる「歴史の証人」なる巨木は、川上村によると、胸高直径164cm高さ50mとされていますので、人が植えたとは思えない十分な巨木です。

歴史の証人6


それに、杉の巨樹はまっすぐに伸びるものもあれば、巨樹として有名な物の殆どが触手を広げた様な異形を成していたり、猛烈に幹分かれ、若しくは合体木だったりするのですが、歴史の証人は流石の佇まい。
本当に「天を射抜くかのように」屹立しています。
これこそ、通直で完満(木の径の太さの差が少ない)なお手本の様なものです。

それに、あたりが開けていることもあり、普通に納まっている写真ではその大きさがわかりにくいのですが、そばに立つとこの大きさです。

歴史の証人3

またこの森がすごいのは、その一本のみが大きいのではなくその廻りの木々も十分に大きいということ。
先の川上村の動画にもある様に、杉だけではなく近年樹齢100年を超す桧が少なくなってきた、と言われる中でも200年以上の桧も残る川上村。
天然林とか人工林という言葉だけでは語れない森のことや、森と人が関わってきた歴史、そして森が生み出してきた恩恵やその後の現状、そしてそれと照らし合わせた現在の木材業界、そして木や森だけではない土や空や水と私たちの関係。
川上村に来ると、いろんなことを考えます。

歴史の証人8


もし、この歴史の証人を木材として購入したいのなら、巨額の富で可能になるのかもしれません。
しかしそれは、400年も前からずっと先人達が林業に、森に関わり続け守ってきたからこそできるかもしれない話。
今すぐに400年生の木材を作れ、と言われてもできない、それが時間というお金では測れない尺度と絶え間ない、人と森との関わりの中で生まれてくる自然の産物である木材というものの価値を、改めて教えてくれる物ではないかと思います。
それが歴史の証人のメッセージの一つかもしれません。

歴史の証人7


たまに尋ねられる、1000年以上という時間を経て出てくる神代木や、数百年という樹齢を重ねた木材でも、「え?そんなにする(高価な)んですか?!」と価格に驚かれることがありますが、それらの木材が歴史の証人の様な立木の状態で出会ったとしたら、と想像してみてください。
決して驚くほどの価格ではないはずだと思います。
また、そこにあるからお金という対価で入手できますが、1000年前という時間や400年という年輪は今お金で生みだすということはできません。

素晴らしい巨木を見てお金の話というのもおかしなものですが、それ位に木々が育ってきた環境や時間に対しての想いを深めてほしい、ということです。

歴史の証人9


証人には失礼ながら、木材という物差しで話をさせてもらいましたが、人が関わった時間というものを確実に教えてくれる存在であるそれは、ただ偶然そこにあるのではなく、やはり、見るものに何かを伝える存在として残るべくして残っている、生きた証人なんですね。

そばに来てその樹皮に触れて想いにふけるもよし、デッキに腰掛けてその巨木の空気に包まれ自分の時間のリセットをするもよし、人が維持してきた森がもたらしてくれる恩恵を感じられる森として、これからも多くの人を導いてくれるであろう歴史の証人との出会いでした。

歴史の証人4


歴史の証人所在地

奈良県吉野郡川上村下多古 山中

車で入れるところは駐車出来ますが、正確な位置を示すものがないので案内をしてもらえる土地の方に同行してもらいましょう。


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魅惑の杉ワールド 第二話〜巨樹・巨木〜


さぁ、シリーズ第二話はお待ちかね(私が・・)の、日本の杉の巨樹・巨木を紹介します。
杉の圧倒的な存在感、近寄りがたいほどの様相、そして古くから守られてきた杉と地域の人との深い絆などなど。
「桧舞台」といった言葉がありますが、桧に比べて少し陰の薄い感のある杉ですが、巨樹巨木に会うとそんなこと吹っ飛んでしまうくらいに、木々の命と神々しさにただ立ち尽くすのみです。

杉の巨樹はこれまでにも「杉の大杉」「高井の千本杉」「ひぜんや大杉」、「大杵社の大杉」などを紹介してきました。
今回はそんな中で、私が今まで会ってきたその他の存在感あふれる巨樹達をいくつかご紹介します。(記事の都合上、各杉の謂れなどは割愛しています。申し訳ありません。)

まず一番手はうっすらと暗く静かな境内にその存在感をあふれさせている朝倉神社の大杉です。

朝倉神社 1
























ここ、実はあんまり「ひいて」写真が撮れません。
正面から写そうにも逆行と社殿がかぶさり、さらに他の樹木の葉があるためにどうも全景が撮りづらい。
にしても、上のアングルでわかる様に背が高い。
太さも当然のことながら真っ二つに裂けた幹を並列で天へと押し出すその様はまさしく杉なのですが、それにしても枝ぶりなどは出方や伸び方などが少し日本海側の杉に近い様な印象を受けるところがあり、もしかすると、このあたりの地域がウラスギとオモテスギの中間地点か?!などと邪推をしてしまいます。

朝倉神社 2
























大きさがわかりにくいかもしれませんが、それでも太平洋側にお住まいの皆さんの想像する杉とは少し趣が異なっているのではないでしょうか?!
社殿をひっくり返しそうなほどに聳えるその姿は、まさしく見上げるしかない様な、そんな気分になる杉の巨木です。

所在地:京都府南丹市園部町千妻岡崎7

京都府指定天然記念物
駐車場なし


さて、次は異形といってもいいでしょう。
近寄りがたい雰囲気満点の八つ房杉です。

八つ房杉 1














拝んでいる私を見てもらえば、根元の太さがわかるでしょう。
しかし、この八つ房杉は単純な幹の太さというよりも四方八方に幹を伸ばしている様が、今にも襲いかかってきそうな様相なのです。
どうすればこのような姿になるのかと思いますが、これも自然のなす姿。

八つ房杉 2














幹の中心部を見るともう、一本の木であるというよりも上に伸びずに横に枝を張る事で、自身の場所を確保したといったところでしょうか。
枝張りが大きすぎて、八つ房杉の周りにはワイヤーがいたるところに張りめぐらされています。
そりゃ、これだけの垂れた大きさの枝(?!)を支えることはできないでしょう。
この異様なくらいに枝を伸ばしているのがこの八つ房杉です。

所在地:奈良県宇陀市菟田野佐倉76

国指定天然記念物
駐車場あり

さぁ、次もまさしく「正統派杉」と呼びたくなるくらいに見事に伸びた杉。
それも2本並んでいるのは杉の大杉かと思いたくなるのは私だけではないはずです。

栢野の大杉 1
























境内にかけられた歩道を挟んで林立する巨木。
栢野の大杉です。
ここは周りに大きな植栽もなく、鳥居をくぐるまでもなく巨大に聳える杉を眺める事が出来ます。

栢野の大杉 3
























二股に分かれている部分がありますが八つ房杉の様に、異様な枝ぶりや幹の状態はなく、通直に育つ針葉樹のイメージを保持しているといったところでしょう。
幹に触れると、厚い杉皮がとても温かく弾力性がある事がわかります。
住宅の屋根を見ていただければわかるとおり、私のいつも通りのパターンで冬の巨樹めぐりですので雪がありますが、雪の降る地域にも関わらずに枝があまり垂れていないのも、なにか親近感を感じたところなのかもしれません。

栢野の大杉 2














当然、柵を乗り越えて抱きつきに行きたい!ところですがグッと我慢し、ギリギリのところでその背丈を眺めます。
こう見るとしだれていますね・・・(汗)
こうやって見上げるというのは、やはり偉大な先輩の大きさを感じる瞬間でもあります。
まだまだ元気そうな幹ですから、これからもその雄姿を拝ませてくれることでしょう。
蛇足ながら、何かのツアーバスも停まっていました。
パワースポットツアーだったのか、若い女の子たちが「すごーーーいぃ」とかいいながら記念撮影していました。

所在地:石川県加賀市山中温泉栢野町ト49

国指定天然記念物
駐車スペースあり

さて、最後はこれまた怖ろしい杉の巨樹。

西光寺 1
























うひゃー、でたぁー・・・
こわいこわい。
膝上まで雪に埋もれながら、誰も踏みしめていない雪の参道を通り抜けてたどり着いた先には、接近を拒むかのような異形の巨躯が待ち構えていました。
西光寺白山神社の杉です。

これが山中だったら、もしかすると近寄ることはできなかったかもしれません。
明るい日中の町はずれだったからこそたどり着いたような場所。
それ位の存在感であり、これこそがウラスギか!!?と思わせるような枝垂れ方をと枝ぶりを呈しています。

西光寺 2














もう、あっちゃこっちゃにグニャグニャと枝を伸ばし、今にも伸びてきて捉えられそうです。
ハ○ー・ポッ●ーに登場していれば、必ず動いていたことでしょう。
もう、この鞭の様な枝で一撃です。
いや、ご神木ですからそんな事は無いのですが、近寄るのに数分、もっとかかったのは私がビビりだったからなのと、やはり畏敬の念を抱かざるを得ない見事な巨杉だったからです。

西光寺 3














やっとお近づきになれました。
上を眺めると枝を広げた傘に包まれている様で、さっきまでとは反対に何か守ってくれているような気になります。
不思議なものです。
もちろん、考え方次第ではありますが、巨樹に会う人が悩んでいたり病んでいたり考えるところがあったり、迷っていたり、若しくは幸せな時であっても、やはり如何に異形の神でも拒むことなく受け入れてくれるということが、偉大な木々の前で人が心を開き、またパワースポットなどといわれる所以の一つなのではないかとも思います。

所在地:福井県勝山市鹿谷町西光寺5−17

市指定天然記念物
駐車スペースあり


以前の記事にも書きましたが、「身を美しくする」と書いて躾(しつけ)、「立木を見せる」と書いて親(おや)と読みます。
物があふれ、木の重要性や道具などとなり身近にある大切さをしみじみと感じ、時には親子で山に入り立木を眺めていた時代はとうの昔。
これは仕方のない時間の流れですが、今も現存する巨樹巨木達は、自身の存在を通じて、親子の意味やそこから生まれる躾られた人間性を説いているのかもしれません。

パワースポットと言われるのもよいかもしれませんが、パワーをもらうと同時に数百年数千年間動かずに生き続けているその姿に、違う何かを感じられるといいなぁ、と想っています。

さて、次回は世界に目を向けましょう。
世界で最ものっぽなスギ属のお話。



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イチョウ サイド(再度)ストーリー・・・ 一言主神社の乳イチョウ


つい最近の記事で、太古より続くイチョウのお話に「いちおう」区切りをつけたところなのに、イチョウが私を呼んでいるとしか思えないくらいに、また引き寄せられてしまいましたので、仕方なく(喜んで!)イチョウのお話を再度始めたいと思います。

イチョウ(銀杏・鴨脚樹・公孫樹・いちょう)のことは、先日の生きていた化石の其の壱からその参までの記事を参照していただきたいのですが、歴史が古く生きている化石などといわれる割には、街路樹やギンナンとしていつも身近にある存在のイチョウの木。

そしてそれとは別に、社寺にはイチョウの大木が多く存在しています。中には樹齢1000年というものもあり、黄葉とともに人々の注目を集めています。
前回、イチョウには「お乳」があるというお話をしました。
男性諸君は喜び勇んで乳のあるイチョウを探すかもしれませんが、(そんなことないか・・)その乳があるということを理由に昔から「母乳の出が良くなる」として乳イチョウに会いに来る方が多くあったとか…

その乳イチョウ、前回の写真は少し見えづらかったなぁ・・・と思っていた矢先、仕事で出かけた先の奈良県御所市にて、まさしくの乳イチョウを激写する事に成功しました。
というか、現場のほんのすぐ近くで出会えるなんて想像もしなかったですが、場所を見て寄らないわけにはいきませんよね!!
ということで行ってきました、葛城一言主神社の乳イチョウです。

一言さんの乳イチョウ 19














一言さんには並木道を通って向かいます。
やはり、こういった雰囲気を味わってから境内に入るというのは、何か儀式の様な感じがして、お参りするんだというような木になりますね。

一言さんの乳イチョウ 1














そして並木道を抜けて石段を登ります。
木々の覆いかぶさり様がまた何ともいえず気持ち良いものがあります。

一言さんの乳イチョウ 2



 石段を上からみたところ。










一言主神社の一言さんとは、「願い事を一言だけ叶えてくれる神様」で、「いちごんさん」と呼ばれているそうです。
さて、イチョウのお話なんですが、この一言さんにはイチョウに会う前に目に入るだろう、もう一つの樹木があります。
それがこちら。

一言さんの乳イチョウ 14














怪しい人物が一人いますが、私ですので比較スケールとしてください。
これはムクロジだそうです。
案内板はありませんし、聞いてみても由緒の様なものが見つからないそうで、立派な木なのに勿体ないなぁ・・・と思ってしまいます。

一言さんの乳イチョウ 15






 あと100年くらいすると、もしかすると、「樹齢や由緒は不明」という看板がたっているかもしれませんね。














このムクロジを見た後には当然お待ちかねの乳イチョウの登場なのですが、ここでちょっと後悔する出来事が判明しました。
そのお話は後ほどするとして、先に紹介を・・・

一言さんの乳イチョウ 4














大樹にはよくいわれることですが、この乳イチョウの説明版にも書いてあります。みぃさんがすんでいる、と。
はて、みぃさんとは・・・・
これは大阪の方言なのかな?!昔から聞きますが一般的には同年代の人はあまり使っていない様な気がしますが、みぃさん=巳さん、つまりへびさんのことです。
白い巳ぃさんは神さんの使い。昔どこいらで赤鳥居と白い巳ぃさんの絵が描かれているのを見て強烈に記憶していますが、いろいろなところで言い伝えがあるようですね。

一言さんの乳イチョウ 3














ふむふむ、樹齢1200年!!すごい。
どんな歴史を見てきたのか。イチョウの生命恐るべし。精子も乳も持っている(乳は哺乳類のものとは違いますけどね・・・)ものが、1200年も生きるとは想像もできません。
さすがは「化石」。

一言さんの乳イチョウ 7




 さぁ、これが乳イチョウです。







しかし、イチョウに縁があるあると言っておきながら、いつも見られないのが黄葉。
テレビ中継があったり、話題になるほど有名なこの乳イチョウの黄葉だそうですが、当然今回も黄葉には会えず。
それどころか、上の写真の更に上がショッキングな事になっていました。

一言さんの乳イチョウ 9




 一礼して上を見上げると少し淋しい・・・んん?!








一言さんの乳イチョウ 5














ガビーン!お知らせ板に書いてあります。
内部の腐朽が激しく、空洞部分が倒伏の危険性があるので枝を切除した・・・と。
しかも、今年の4月の中旬のこと・・・おぉ、約2週間前・・・どうしてもう少し早く来られなかったのか・・・・・・

いまさらどうする事もできませんが、やはりその立派な枝ぶりを見たかった気持ちは強く残ります。
そういえば、駐車場にえらく新しい切り株がたくさんあるなぁ・・・と思っていたんです。

一言さんの乳イチョウ 16





 ほらね。








で、好きモノな私は当然近づくわけです。そこで気がつかない私もアホですがちゃんとこれを見て「イチョウやん・・」とかおもっているわけですが、まさかこれが乳イチョウの幹の一部だとは想像もしませんでした。

一言さんの乳イチョウ 17




 わかりにくいですが、中央に突出していますね。一目瞭然。







気を取り直して撮影です。

一言さんの乳イチョウ 8














どうだ、これでもか!!
これで「どれが乳だ?」と思う方はいらっしゃらないでしょう。垂れまくっています!

一言さんの乳イチョウ 10














しかし、昔の人は想像力が素晴らしいというか、敬虔だというかこれをみて乳イチョウとしたのでしょうか?
それとも、本当に乳が良く出たのか?
日本人は樹木とともに生きてきた事を如実に表している事例の一つが、これら巨樹とともに語り継がれるお話です。
それに、乳イチョウは全国的に見られますし、語られていますからやはりそれだけの御利益があったのでしょうね。
人間は生きて100年、しかし巨樹たちはその10倍、20倍以上生きるのです。
それくらいの神秘があってもおかしくないのが普通なのでしょうか・・・

一言さんの乳イチョウ 12






 主幹上部です。垂れた枝とともに切りおとされています。緑は多いですが、やはり淋しいですね。














そして主幹の株は痛々しいと思わせるくらいにえぐり取られた様に支えに寄りかかっている様に見えます。
治療で墨を塗っているそうですが、枝を落とした分の栄養で主幹を維持してくれるとよいのですが・・・

一言さんの乳イチョウ 13














参拝と撮影を済ませて帰路につく為に駐車場へ。
先程は気にならなかったのに、この枝がある頃は・・・などと想像しながら眺めていると・・・・

一言さんの乳イチョウ 18














・・・・・ミッキーマウスか!!!
とつっこみたくなってしまうのは私だけでしょうか?!
でも、ちょっと柔らかな気持ちになって帰路につきました。
今度こそ、黄葉のイチョウを見るぞ!!と心に決めて帰ったのに、こんなにすぐにさらに次の出会いがあるなんて・・・・
イチョウサイド(再度)ストーリー、もう少し続きます。

葛城一言主神社の乳イチョウ所在地

奈良県御所市森脇432
駐車場あり


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生きていた(?!)化石 「イチョウ」 其の参


さすがにはるか昔より続く歴史を持つ「生きた化石」イチョウ。
なかなか語り尽くすことができませんね。

第三回目は樹木としてのイチョウそのものについてです。

前回の記事にある様に、イチョウは社寺仏閣にも多くの巨樹を残しています。
ご神木として残っている物が多く、樹齢も高く見事なものを見る事が出来ますね。

薬師の大イチョウ







 あしからず、いつものごとく冬の巨樹めぐりですので、葉はありません。

 福井県勝山市の薬師の大イチョウです。











元々イチョウは、仏教僧により神聖な木として見られていたことも理由の一つだと思いますが、それと共に長寿や希望、統一のシンボルとして見られていた事も大切にされてきた理由でしょう。
それに伴ってかどうかは定かではありませんが、花言葉も「長寿・鎮魂」ということなのでやはり社寺に多いのは納得のできるところでしょうかね。

長寿や希望という言葉を用いる時、イチョウに関しては戦争時の広島への原爆投下爆心地から、一番近かったもので1130mのところにあった木が、翌年に咲いたそうです。他にも近くに合計4本残っていたそうですが、この事からも前回から続くイチョウの生命力を見てとれるものであると言われています。(爆心地近くの樹木ではたしか、桜もあり元気に咲いたといわれていたと記憶しています。)
当然、木が残っていてもあれほどの甚大な傷をもたらした爆撃には、それらの言葉を引用するのも不謹慎かもしれませんが・・・

さて、生活のなかでも銀杏は実用的に用いられています。
ぜんそくや咳、膀胱炎にきき生色でがんに効く(*)とされ、加熱したものは消化を助けると言われています。
毛細血管の血流を良くしてくれるので、記憶や集中力の停滞を防止しアルツハイマーや片頭痛の改善に期待されているそうです。
(*)医学的根拠の元での結果ではありません。あくまでも伝承としてのお話です。

ある程度、イチョウについて知ってらっしゃる方や植物に興味のある方ならば御存じでしょうが、イチョウの木にはオスとメスがあるのです。
男の子と女の子がいるということですね。
えーーっ!!、と思われる方も意外にいらっしゃるでしょうね。木にオスとメスがあるなんて。実際、私も無知なうちはそんなこと真剣に考えもしていませんでした。
さらに驚きなのは1896年(明治29年)、平瀬作五郎氏が「イチョウは精子を持っている」ということを発見されたことです。
花粉管が破れて精子が飛び出し、花粉室の液体の中を泳いで造卵器の中に入り受精する、というシステムだそうですが、とてもリアルな説明も、「イチョウの木がそんな活動しているのか?!」と訝しくなってしまいますが、それがシダ植物から裸子植物への進化の途中の状態といわれるイチョウの特徴かもしれません。

そして実を造るべく所(林内)では意図的に「ほとんどがメスの木」だそうです。その方が実がたくさんできるからだと思われそうですが、そうではなく、オスがたくさんいると実が出来過ぎて小さくなってしまう為に、わざとオスの数を減らしているそうです。
人間で言うともう、ハーレム状態ですね。なんとも羨ましいイチョウめ!!

基・・・

もうここまでくると、イチョウを木だとは思わなくなってきたのではないですか(笑)?!
さらにさらにイチョウにはもう一つ、人間の様な所があります。
さて、どこでしょう・・・

答えは「乳」です。

宗英寺のイチョウ
 少し垂れているのがわかるでしょうか。(画像クリックで拡大してみてください。)

 三重県亀山市の宗英寺のイチョウです。
 右側の彼も巨漢ですが(笑)イチョウは負けていませんね。(因みに私の友人。無理矢理連行!あんまり感動なし、私がっかり。)


一度でも老樹に会われた方ならなんとなくご存じか、もしくは異様に見えるかもしれないその「乳」を目撃されていることと思います。
正しくは内部に大量のでんぷんを含んだ「気根」というものですが、老木になると枝から地面に向かって垂れ下がってくるものがあります。
特に雄の老木の乳を煎じて飲むと、母乳の出が良くなるといわれその事から全国に、銀杏の大木のある「子安神社」が各地にあるのです。
そういえば巨樹めぐりをしていると、結構みかけますよ子安神社。

*乳の写真は後日の記事 「イチョウサイド(再度)ストーリー」も参照してくださいね。

とっても人間ぽい(?!)イチョウの話はここまでで、少しロマンチックなお話をしましょう。
前回、ケンペル博士がイチョウを日本に発見し欧州へ持ち帰ったことを書きましたが、実はかの文豪ゲーテさえも、そのイチョウをフランクフルトにて鑑賞し黄葉の美しさに魅せられたそうです。
そしてそのイチョウの葉を恋人に送っているそうです。
ゲーテが知ってか知らずか、イチョウの葉はしおりにすると「紙魚(しみ。本などの紙を食害する銀色っぽい体のすばしっこい虫)がつかない」といわれています。もしかすると、銀杏の葉を受け取った恋人は、そのイチョウの葉を好きな書物にはさんでは、ゲーテの事を想い浮かべたのでしょうか・・・・
そうかんがえると、あの葉がハートに見えてこなくもない・・・かな。

最後に、ほぼ日本中の街路にて目にすることのできるイチョウ。
それは、公害に強く病虫害に会うことも少ないことと、成長がある程度早いことが街路樹としての資質に合う事から用いられているものです。
とはいえ、成長が早い事によって大きくなりすぎたり、黄葉は美しいですが、その落ち葉がごみになる(私からするとけしからん考えですが、それでも近隣の方は迷惑なのでしょうか・・・)ということから早々と伐採されたり、これから黄葉という時に無残にも枝を「ぶった切って」しまっているのを各地で見かけます。
そのままにしておくと銀杏の潰れた時のなんともいえないあの匂いがあることも避けられない事情なのはわかります。
が、こういうときはやはり、木が生き物であることを忘れた人間の手前勝手で植えられた木々のことを想わずにはいられません。
また、古くは防火のためにも植えられたイチョウ。
生活に深く関わっていたんですねぇ。お寺などにも、本来はそういった目的で植えられたものも少なくないそうです。

本当の最後に、これだけ珍しくすごい特徴をもつ銀杏の中でも、特に珍しい種類が全国に数本あるのです。
それは「オハツキイチョウ」。

オハツキイチョウ 1













これは説明版のとおり種子が葉の上にできるもので、植物学上もとても貴重なものだそうです。

オハツキイチョウ 2




 巨樹というわけではないですが、会っておかないわけにはいきませんよね。








オハツキイチョウ 3



 ただ、結構葉が上に位置するため普通のデジカメではとらえづらかったのが残念なところ。







と、もうどこまで何を語ったかわからんようになるくらいに歴史のある木イチョウ。
結構近くにある木が、こんなに永い歴史をもっているということはなかなか語られないのではないでしょうか。
今年の秋は、是非これらの蘊蓄をかみしめながら(笑)、美しい黄葉をたのしんでくださいね。


追:後日談の「イチョウサイド(再度)ストーリー」も是非ご覧くださいね。



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