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北の大地は松に非ず 神迎える楡


ついこの前、お正月気分を吹き飛ばす「とんど焼き」が地域の神社にある公園で行われました。

とんど

近年は住宅街の中に、とんど焼き出来るほどの広い場所が無くなったりしたことで、見る機会も減っているといいますが、我が家も会社もご存知の通り毎年年末に注連縄をする習慣が残っていますので、以前から年明け15日にはそれを私自らが焼くことになっています。
そしてその焼いた灰をとり、敷地に盛る事で年末から続く注連縄行事の一つが終わるわけですが、そもそも注連縄を焼くのは、お正月に迎えた神様を、天に昇る炎の煙に乗せて戻って頂くと言う意味もあるそうですが、とんど焼の行われる公園では、その後に配られる焼き餅を待っている人が殆どで、子どもなどは家から持参のおしること合わせて楽しんでいるのですから、神様というよりは地域の一行事、といった位置づけになっているようです。

そもそも神様が帰られるということは、一度お迎えしているわけですがそんな事を意識されることありますか?!
注連縄や門松を殆ど見かけないことから、残念ながらそういった事を考える機会も無くなっていくのかもしれません。
門松も、ただのお正月飾りと思われているかもしれませんが、という樹種は神様の拠りどころになる木である為に用いられているもので、いわばそれをもって神様を迎え入れる様になっているのですよね。

門松に限らずそんな神様を迎える木も、ところによっては様々でその土地に根差した木が、そうなっている場合も珍しくなくて、北の国では実は「ニレ」でした。

神迎える楡 4

この雪をかぶったニレの木は、「神迎える楡」と呼ばれるハルニレという木の古巨木です。
樹齢は300〜400年。
ちょっと数字に開きが大きい様な気がしますが、そんな事はちょっとした驚きの種だけの話で、こういった樹木はその言い伝えや由緒、そしてその存在に有難みを感じるものですから、気にしない気にしない。

神迎える楡 1


解説板の由緒によれば、明治25年に発見されたとあります。
屯田兵の練兵場開設のため密林を伐採中との事ですが、屯田兵の言葉も小学校?で習った事を思い出すと同時に、その時に用いられる「開拓」という言葉が頭に浮かびます。
「密林」という文字のある由緒書きを見ると、開拓という言葉が当てはまるような状況が明治時代の北海道には残っていたのだと言う事を、改めて実感します。

しかしながら、北の広大な大地を「開拓」に来ているわけですから、大切に残そうと思う様な心があっては、作業という意味では進まない筈ですが、このニレを禁伐木として残したという名の知れぬ中隊長の行動には有難さを感じます。
明治時代の北海道庁植民課により編集された「北海道移住問答」なる入植者向けの手引書があったそうですがそこには、「水辺の開墾適地の簡易判定にハルニレやヤマグワが育ち、林床にコゴミやイラクサ(ニレもイラクサ目)の生えているところがよい」とされていたそうなので、この場所の開拓は必至だったのでしょう。
その中の禁伐木です。しかと拝みましょう。

神迎える楡 5

ただ、訪れた時はご覧の通り一面雪化粧だったので、もちろん葉がないために余計に巨大さというものは感じられませんし、ケヤキやクスノキの著名な巨木ほどの大きさもないのですが、ニレという樹種は北海道らしくアイヌの人々との関係が深い樹種であり、もしかすると先の中隊長もそのあたりの事情を知っていたか聞いていたかしたために、わざわざ禁伐木にしたのではないかと邪推してしまいます。

また、北海道大学の寮歌の一節「雄々しく聳える楡の梢・・・」というのは有名ですし、更に有名な、かのクラーク博士も「後々の開発の世になっても、このハルニレだけは残してほしい」と言い残して去ったといいますから、北海道においてのニレのポジションは、もしかすると同じニレ科の看板樹種である本州でのケヤキとはまた違った意味で大きな存在なのかもしれません。

そして洋の東西や時代を問わず、樹木はいつも精霊の宿るものや神の拠りどころ、または神そのものとして考えられてきましたが、北海道においても同じでここではニレがそうなのです。
特に大木になるニレはアイヌの伝説と関係が深く、いくつかの伝説がありますが、そのうちの一つはこの様に語られています。

伝説ではエルムは美しい女神で、エルムの女神に恋した雷神が、足を踏み外して女神の上におちうまれたのが人間の祖であるアイヌラックルである。
しかもそのアイヌラックルは、後述するニレの樹皮の繊維を利用して作られる「厚司(あつし)」を来ていた、と言われますから驚きです。

神迎える楡 6

さて、この「神迎える楡」以外にも北海道には開拓記念木というものが存在します。
それはやはりこの広大な大地が木々に覆われていた時代、切り拓かれていく中で何かを残そうと考えられたのではないかと思います。
どんどんと進む開拓の中で、神社やその当時からのご神木以外のところで、それに携わった人たちは何かを感じたのでしょう。
そしてそこに立つ1本の木を記念木とした。これも神様ではないにしろやはり心の拠りどころの一つだったのかもしれません。

さて、最後に神様を迎えるニレと有難く記念撮影。
足元が埋まる様な雪の為に、なかなかよいアングルで撮影することができなかったのは、雪国の巨樹を冬尋ねるという無謀な試みに慣れている身とはいえやっぱり冷たい。

神迎える楡 2


ニレはケヤキと同じ科目に属する樹木ですが、銘木の一級品として扱われるケヤキに比べ、その扱いや認知度は非常に低いように感じます。
関西圏に限ったことなのかどうかはわかりませんが、私が初めてニレという樹種を知った時に、ケヤキとの違いがわからず実物を見比べてみたくて周りを探してみたものの、ニレの木材を扱っているところがなく挙句には「そんなんもってるところないでぇ。つこてる(使ってる)とこ無いんちゃう。」と言われる始末。
同じ様に「タモとシオジ」、「モミとツガ」の違いなどにぶつかっていた時分だったので、「ニレとケヤキ」が入る事で疑問の袋ははじけてしまい、それ以来「木材探しの沼」に入り込んでしまうことになるのでした・・・・

次回以降は、その「沼」の入り口となったニレについてのお話をしていきたいと思います。

神迎える楡 3


神迎える楡(ハルニレ)所在地

北海道旭川市東旭川南1条6丁目3-26

旭川神社の参道にあります。境内も広いので駐車可能。(といっても、雪の為駐車表示も見えないのですが、おそらく大丈夫です。)

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3人並んで親子の木


黄金の連休終盤、いかがお過ごしでしょうか?

私はというと、ショールームご来店のお客様で出勤の時以外は、ここぞとばかりにたまっている巨樹の資料と訪問メモを整理し(結構正確な場所の記録や現地で聞いた話のメモは大切で、まとめに時間がかかります・・・)、日頃とれない睡眠をとり、好きな本を読んで元気になっては子供に振り回され疲れる、という日々をエンジョイしています。
昨年までの4年間は年末にお伝えした資格試験の為に、黄金週間であれお盆であれ、カレンダーの赤い日は明け方の5時半からずっと机に向かい続けていたので、こんな清々しい時期に外に出て家族と遊べるというのは、これ以上にない喜びに感じます。

昔はこの時期には、親が子供の背を測って大黒柱に印をつけたり、鯉のぼりや兜を用意したりして子供の成長を喜び、また親は我が子が大きく成長する事が出来た喜びもひとしおに感じていたことでしょう。

そう思うと、やっぱり日頃はヤイヤイと叱りとばしていても、親子というのはいいもんだ、と感じるこの連休。

実は木にも有名な親子がいるんですよ。

親子の木 2


綺麗な景色です。

ここは北海道。
スケールが違いますね・・・

これは美瑛にある「親子の木」と称されるカシワの木です。

親子の木 1


少し遠くからの写真ですが、このあたりから見るのがベストポイントだと思います。と同時に、この雪の時期には近くまではいけません。
別に、本当の親子!というわけではないのですが、こうやって見る景色が親子仲良く3人でいる姿の様に写る事からそう呼ばれています。


少し暑くなってくるこの季節。
心温まりながらの雪景色は最高に感じます。
残りの休日も家族と有意義に過ごしたいものです。
皆さんもリフレッシュして、連休明けのさらなる活躍にそなえましょう!


親子の木所在地

北海道上川郡美瑛町北瑛

地図にも親子の木の表記があります。
また近くには、コマーシャルで有名になった「セブンスターの木」や「ケンとメリーの木」があり、幹線道路が近いとは思えない景色に「イメージ通りの北海道」を感じることと思います。



木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ!