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レクリエーション番外編 〜赤西の先代杉〜

今回の散策での大きな目的のうちの一つに、以前から名前は聞いていた数々の巨樹に逢うということがありました。
以前より所在は知っていたものの、渓谷沿いの森林の中にあること、そしてなにより国有林ということで、敷居が高いように感じていたのですが、そこは渡りに船。
もちろん、散策もしたかったのですがやはり、巨樹探訪家(?!)としては「そこに巨樹があるから!」的に遭いに行きたくなるものですから、今回誘っていただいた企画は本当にありがたかったのです。

そこで出逢ったのは、この森林セラピーロードの主役的存在になっている様子のこの姿。

赤西の先代杉1

赤西の先代杉。
小さく見えている看板に「天然スギ」とありますが、ここに来るまでの遊歩道(昔の森林軌道の跡らしい)には、スギの植林場所も多々あり、それらと区別するためにわざわざ表記しているのかと思いますが、言われなくても・・・的な姿を呈しています。

周囲が広く開けたところに、2本のスギが並んで立っているさまは、一目見た時に「杉の大杉」を連想しました。
スギの巨樹の場合は「三本杉」や「二本杉」ほか親子杉などのように、二本や三本が結合したようなものが少なくないですが、この二本は完全に別個体で存在しているものの、見事に並び立っているさまはとても立派です。

赤西の先代杉3


また、いつものような街中でもなく人工林の中にポツンと残った天狗杉のような存在でもなく、国有林の広葉樹の森の一部に縄張りを持っているかの如く残った姿は、単なる巨樹というだけではなく自然の中の摂理の流れの一部分を見ているような気分になります。

その理由は後程明らかになります。

実は、写真には写ってはいませんが先代杉の周りには立ち入りを制限するロープが張られています。
張られている、というか落ちてしまっていて地面にひかれている、という格好ですが、ここもやはり観光なのかパワースポット扱いなのかで、訪れる人が増えた時期があり人為的に縄をされたのだそうです。
一説には樹齢400年ほどという事ですが、それにしては少し樹幹に元気が無いように思いますが、環境の為か人の影響もあってか・・・?! 

道の駅などに出ている写真では、大勢で幹を囲む「お決まりポーズ」の写真があったので、いつもの「昌志スケール」を楽しみにしていたのですが、今回はお預け。

赤西の先代杉5


まだまだ元気!という姿ではないのかもしれませんが、風格は十分。

しかし、平坦なトレッキングにて訪れることができる見事な針葉樹と広葉樹の共存する森で風格を醸し出しているのは、もしかして先代杉そのものだけではなく、その周りに存在する広葉樹たちの緑と、そしてそれらに時代を譲った「先代の広葉樹」たちの姿でしょう。

赤西の先代杉2

私、このアングルがとても好きです。
向こうに見えているのが先代杉ですが、大きな倒木が数本折り重なって、そこに苔が生え、さらにその周辺に新しい生き物が生まれようとしている。

自然の縮図がとてもよく表れているような・・・

忘れてはいけないのは、国有林ではあるものの昔から人の関わってきた森だということ。
製鉄の跡や植林も行われた部分もあるなど、広葉樹と針葉樹の混交林であり人とのかかわりの大きな森の一部なのです。
そこで、こんな大自然のサイクルのようなものを感じることができたことに、とても喜びを感じました。

ただ先代杉の大きさをみて、「パワーだ!」というのではなく、大きく息を吸い水の流れや葉っぱの音をきき、草を踏みしめる。
それこそが、森が与えてくれるパワーだと思うのですが・・・
その縮図が上の写真の様な気がします。

まだ紅葉には早い、心地いい緑と黄色の森で貴重な天然杉に逢うことができました。
山と一言に言っても、やはりいろいろなタイプがあり、それぞれの営みがある。
それがとてもよく見えた、今回の散策となりました。
 

赤西の先代杉4

赤西の先代杉

兵庫県宍粟市波賀町原 赤西渓谷国有林 森林セラピーロード内

渓谷途中までは車両にて行くことができますが、途中より30分ほど徒歩
(立ち入り制限のある国有林内ですから、必ず事前に許可を得ての訪問をお勧めします。)


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個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

その社名と個人の偉業達成によって、今まで以上にファンの信心を募らせるであろう「諭鶴羽神社」。
そこにまた巨樹があるのだから、私とも少しはつながりがある(?!)・・・と勝手に思いこんで、親子杉を眺めた後の、早朝誰もいない社殿を歩いていました。

それは、最初に駐車場についた時に気になっていた「アカガシ群落」を探すためです。
木材としても珍しい存在になりつつあるアカガシ。
ましてや、それが淡路島という地で「群落」という形で存在するというのが、一体どのようなものかが気になり、不審者並みに歩きまわるのです。
*)たまにあることですが、本当に不審者に間違われますのでみなさんは、それなりの行動をとる様にしましょうね。

親子杉から少し奥、緑の映える場所にそこそこの大きさの広葉樹林が見えます。
境内から山中に続く道の様ですが、朝日を受けてとても美しく光っていました。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落26

広葉樹特有の太い腕をしならせる様な枝が、頭上に迫る様な高さにあり針葉樹林の社叢とは大きく異なった印象を与えます。
これは、この先に何かあるはず。
間違いなく、アカガシのニオイ・・・


そう思いながら歩をすすめると、来た!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落23

完全にミスショットです・・・
私、木の右側にいるのですが、隠れています。

それでも、その立派な大きさがわかるでしょうか。
この個体は裏側には洞が激しく、葉も殆ど確認できないのでアカガシと断定はできませんが、おそらくそのはず。
樹高は針葉樹程のものはありませんが、広葉樹でこの様に立派な太さの個体が見られるというのは、そうはありませんから、貴重な存在。

踏みしめる地面をみても、針葉樹の森とは違い落葉した枯れ葉の堆積した土になっていて、この先にもきっとまだアカガシが続いている!と確信させるに十分な一本目。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落24


実は、ココは社殿からはそう遠くは無いのですが、広葉樹の森の早朝です。
写真では明るいものの若干うす暗く、自分の足音と風が揺らす木々のざわめきがあるのみですので、山の独り歩きが大っきらい(つまり怖い。)な私にとっては、どこまで進めば「群落」があるのか、案内板が欲しい気分。
とはいえ、そんなに距離はないんですけど、上の写真の様な捩じりきった旋回木目に洞があると、もう吸い込まれていきそうな感覚で・・・・

そんな事を考えながらそのまま歩みをすすめると、期待通り「ぼっこぼこ」とありましたよ!!
お目当ての群落到着。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落25

先程から言うように、スギやヒノキの数百年生というと驚く様な大きさなのですが、広葉樹の場合はその太さや大きさよりも、年数を重ねた風格というか異形が目につくのです。

それも数本も並んで立っていると、そりゃもう迫力満点。
もしかしたら、私だけが「うぉ〜!」と萌えているために、感動が大きいのかもしれませんが、それでも、これだけ広葉樹がかたまって茂っている様は見事なものです。

先にも書いたように、木材としてのアカガシをはじめとした樫材の流通は殆ど無いのですが、この群落は植生がこれ以上大きく変化しないであろうと言われる「極相林」ですので、いずれはこの巨木達も枯死の時が来る。
その時、どの様な形になるのかはわかりませんが、珍しく「材として利用したい」と思ってしまう見事さでした。
実は、淡路島は以前に紹介した様に「ホルトノキ」という珍しい樹種を始めタブノキなどの広葉樹が見られるところです。
島に特殊な植生と樹種が生まれる浪漫。
それだけでワクワクしませんか?!

さて、ここまでは良いのです。楽しめます。
否、本当はここまで来るには大変なのです。
何が大変かって、諭鶴羽神社までの道程は巨樹探訪では稀にあることですが、「道が狭い!」のです。
それも中途半端ではなく、標高はさほどではないとはいえ山を登っていきますので、つづらおれの道。
そう、あの怖ろしい道のりの「切越の夫婦ヒノキ」を思いだします・・・・ワナワナ・・・・
自車のすぐ脇はこんな感じ。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落28

生易しいものではありません。
ガードレールなしです。
もちろん、退避場などほぼなし。
道幅は、広いところでもこれくらい。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落29

この道を、そうですねぇ・・・普通に走っていって15分?位登ります。
社の前には広い駐車場がありますが、おそらく通常は車の往来は殆ど無いと思われるものの、やはり運転に自身の無い方は自前の足で登山にての参拝をおすすめします。

タイヤ、はまらないかなぁ・・・・
そんな不安に駆られても、自車をみまもるのは薄暗い森に目を光らせるシカのみ・・・
特に、羽生選手ファンの女性の皆さま(男性も含む)は、気合いを入れて向かわれるますように。


諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落2




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個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

前回までの冬季五輪の備忘録は、かなり圧縮した部分があり書き切れない想いは多くあるのですが、最後に紹介しておきたいのが、多くの注目を集めたフィギュアスケートの羽生選手と、彼にゆかりのある場所と「木」の事です。


どうしても私、気になるんですね。テレビなど見てても。
木に関すること。
例えば、先日も実家を訪れた時に流れていた某国のドラマ。
日本の場合だと、サスペンスの終盤の「ネタばらし」の場面を除き背景に松が映ることは稀だと思う(あらぶる海岸で撮影しているシーンが多いから・・・)のですが、彼の国では松が多い事もあり、恋人たちの逢瀬の場面にも関わらず背景は松林でしたね。
もちろん、演技はいいんですけど、「あぁ、やっぱり彼の国では松林か!日本なら杉か桧林やろうなぁ・・・」と考えるのです。

基、そんな感じで気になるのでやはり、ゆかりのあるものや場所というのが樹木と結びついていたりすると、目に見えない何かと感じたりするのです。
それも、今回は怪我の末に五輪連覇を達成した羽生選手ゆかりの場所。今回とりあげないでどうするんだ!、ということでのご紹介です。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落11


その場所は、兵庫県の淡路島。
日本列島の国産み神話では、日本で最初に創造された島だとされていることから、以外にも神秘な流れがある島です。
実際、今回の舞台になる「諭鶴羽神社」のある諭鶴羽山にも、その言い伝えが残されているようですが、紙面の関係上そこは割愛・・・・

で、既にお分かりでしょうが肝心なのはこの山と神社の社名です。
「諭鶴羽」=「ゆづるは」!!!
羽生選手の名、「ゆづる」、社名も「ゆづる」!
そうです、漢字こそ違えど同名の神社なのです。そのため、羽生選手本人も参拝に見えたということですし、それ以上に羽生選手のファンの方にとってはある意味「聖地化」している様な場所。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落6


そんなゆかりの諭鶴羽神社に何があるのか。
もちろん、巨樹ですよ。

海岸沿いの道からその「ゆかり」を求めて山道を登っていくと、山頂にほど近い場所に諭鶴羽神社はあります。
そこにあるのは、「親子杉」と呼ばれるスギです。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落12

2本の幹が、太い方と細い方でつながっていて寄り添って立っている様から、親子杉と呼ばれる様です.
杉が特産である日本においては、二本杉や三本杉、八房杉など幹分かれや合体木による幹の本数が名称になっているものが多くありますが、数字ではなく「親子」となっているところに、親しみを感じるのはやはり言葉の印象が大きいですね。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落15

推定樹齢500年といいますが、その姿からはそれほどの年月は感じません。
というのも、そのサイズが巨樹というには若干スケールが小さい様に感じられるからです。
早計に、だから悪い、ということではないんですよ。
少しづつ少しづつ、ゆっくりと親子で成長したのかと思うと感慨深いところもありますし、穿った材木屋としての視点でいえば、樹齢の割にこれほどすらりとしているということは、どれほど木目が細かいんだろうか・・・!!と、ご神木に対して失礼なことを考えてしまうのです。

木材とするならば、一般的にはゆっくりと育った年輪の細かな材が良質とされますので、昔ながらの癖で、そんな事を考えてしまったふとどきモノな私。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落19

そんな話は抜きにしても、山の頂きにあり謂れも古く、さらに羽生選手も参拝しているとなれば、私の様な巨樹巡りよりもファンの方の「聖地」としての方が有名な様です。
実は、同じ神戸市にも字は違いますが「弓弦羽神社」が存在します。
というより、そちらの方が有名なようでメディアもそちらを取り上げることはありますが、由緒あるこちらの「ゆづるは」はクローズアップされることは稀なのでしょう。
とはいっても、同じ兵庫県に二つも「ゆづる」の名を冠する社があるというのは、とっても稀少ですね。

そこに巨樹があるから、わたしにとっては余計に特別なのはやはりこちらの方。
しかも、案内板にあるように元熊野ですからね。その由緒たるや推して知るべし!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落20


いつもの昌志メーターでみてみても、やはり迫力という点では少し足りないのですが、参拝の方々の信仰を一身に浴びたその姿は、ことのほか立派に見えました。

しかし、やはりそのサイズには巨樹の名前がついていないのか、インターネットの巨樹サイトでは、こちらを見ることはほぼありません。
殆どは地元のページか、羽生選手絡みのページです。
そう考えると、羽生選手の影響力はやはり大きいですね!
しかし、少なからず実際に同名の神社からのご加護を受けることによって、怪我をおしての金メダル獲得に結び付けた羽生選手。
己を追求しその道を進む個人の力と、それを支える神仏の加護。

それをはっきりと見ることが出来た、今回の冬季五輪だったのかもしれません。
ひとり、そんなことを考えながらテレビの中継を見ていた冬の一日でした。

さて、親子杉のお話はここまでですが、実はこの「ゆづるは」神社のすごいのはそれだけではないんです。
「ゆづる」と「親子杉」の他にも実は、大きな特徴を持っているこの場所。
次回はその特徴とともに、参拝の「ポイント」もおさえておくことにしましょう。


諭鶴羽神社の親子杉所在地

兵庫県南あわじ市灘黒岩4

広い駐車スペースありですが、車で行くには相当の決心が必要です。その理由は次回以降に・・・

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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ 〜

今回のハダカガヤの紹介は、きちんとストーリーを紹介したいこともあり、2回に分けて「鎖」のお話しとともにお伝えしましたが、もう一つお伝えしないといけないことがあり、今回までがハダカガヤシリーズとなりますので、もう少しお付き合いください。

ハダカガヤだけでも、十分に貴重ではあるのですが、実はハダカガヤのある磯宮八幡神社の見どころは、前回に少しお話しした「両脇を含めた3本の姿」であるのです。

日置のハダカガヤ14

写真の中央が、前回までにお話ししたハダカガヤ。
そして、写真奥と手前が通常のカヤの大木です。

これは、社の裏手の道路からの写真ですが、きれいに3本が並列で立っている姿がなんとも珍しくあるのです。
この並びだけでも、指定を受けそうな社叢を形成しているようにも思うのですが、通常は巨木の周りには普通の樹木はあっても、このように大木が並んで立っているというの珍しいもの。

長野県に行った際、境内や広い公園の中にあるケヤキの巨樹の周辺に「ボッコボッコ」と同じようなケヤキの大木がまさしく林立している、というような情景を見たことがありますが、それはそれで驚くのですが、それとの違いは、3本がきれいに並列しているということと、図ったかのように、ハダカガヤを中心として並んでいる姿は、木の神さまがおなりのような感じがして、とってもありがたい気分になります。

日置のハダカガヤ12

よく考えると、両脇の2本は通常のカヤであるといいますが、もしかするとこのハダカガヤの遺伝子を持ったものではあるまいか?!
そんなことを思うのですが、現地にてのお話では「鎖」の話と種子をまいても通常のカヤにしか育たないというお話に気を取られてしまい、両脇の2本の由来を確認することを失念しておりました。

ハダカガヤの樹齢を考えると、正式な記録は残っていないのか伝承されていないのか、それはわからないのですが・・・

境内には、このカヤたちのほかにも立派なヒノキがあり、私が訪れたときはちょうど寸前に「檜皮(ひわだ)」をむかれたところでした。
なんでもこのあたりの有望なヒノキの檜皮が集められて、近々どこかで葺き替える境内の屋根材とされるらしいです。
現在は茅葺きなどとともに、檜皮葺きも材料と人手の確保に苦労されているようですから、喫緊の状態を肌で感じたような気分でした。

カヤは基本的に常緑針葉樹なので、季節によって葉を落とし切る、ということはありませんが、新旧の葉の交代は常に起こります。
これだけの大木になると、このように裏の道路も役目を終えた葉っぱできれいに化粧されます。

日置のハダカガヤ13

民家や学校があるものの、比較的静かな環境ですのでこれからもハダカガヤたちはゆっくりと過ごすことができるでしょう。


次回はこの流れで、カヤの樹木のお話を少し続けたいと思います。


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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ ◆

世界唯一の存在であるハダカガヤ。

前回、その存在と他のカヤとの違いを書いていったわけですが、もう少しだけそれを取り巻いていた環境についてお話しすることが残っています。
それは不自然に並んでいる、ハダカガヤの周りの石柱。

日置のハダカガヤ5

前回は、背の高い石柱に刻まれる天然記念物の文字のことをお伝えしましたが、今回はハダカガヤを囲むように立つ背の低い不揃いの丸い石柱です。

巨樹巨木を訪ね歩いている人であれば、おそらくはすぐに推測はつくものだと思います。
私もそうでした。
最近特によく見かけるようになったように思いますが、巨樹や古木の周辺への立ち入りを規制するためのもの。
根への影響や幹を傷つけたりすることのないように、樹木の周りへの立ち入りを制限するために施され、たいていは鎖がついていたりするものですが、明らかにそれの雰囲気があるにも関わらず、ここには鎖はありません。
もちろん、鎖がなくともこの石柱の並びを見てなお、立ち入ろうとは思いませんが、必ずハダカガヤの周辺の保護のためにあるもののはずなのになぜ?!!

そんな疑問が膨らみながらも撮影していたところに、前回ハダカガヤの詳細をうかがった方がいらっしゃったのです。
最初は、初めて見るハダカガヤについて普通の質問と歴史のことをおたずねしたのですが、一通り伺った後にこの不自然な石柱のことをうかがってみました。

すると想像もしていなかった、大正時代に指定された天然記念物ならではの重い歴史を感じる事実があったのです。
地元の方のお話はこうでした。

「あぁ、昔はあそこには鎖がかかってましてんで。せやけど戦争の時に、鉄の供出で鎖、持っていかれてしまいましたんや。
せやもんでほれ、頭の方(石柱の上部)がきれいな形やのうて折れたみたいになってますやろ。」


まさか、巨樹探訪で戦時のお話を聞くとは思いませんでした。
そういわれれば、その不自然さは鎖がないこと以上に、割り、強制的に持っていかれた・・・いやお国のためにと勤しんで供出したのか、不揃いに残っている石柱の頂部だったのかもしれません。

日置のハダカガヤ15

近づいてよく見てみれば確かに、鎖なのか直線的に掘り込みが入っています。
おそらく、鎖がかけられていたところなのでしょう。

社寺の鐘すらも供出するような時代です。
ハダカガヤを守っていた鎖も例外ではなかったのですね。
自分の生まれた昭和という時代の、その時代の中の薄れてはいけないけども少しづつ薄れていきそうな部分が、突然目の前に鮮明に広がり、現実に存在する数百年の樹齢を数える巨樹とともに、今はその存在を見ることのできない「鎖」の跡が、今も絶えることなく流れる時間の重みをひしひしと頭と心に焼き付けられるような事実でした。

普段から、巨樹古木に出逢うことで自身の存在をはじめ、様々なことを想うのですが、ハダカガヤが教えてくれることはそれらとともに、いつも自分のそばにある時間の流れでした。

樹木にまつわるエピソードや逸話というものは各地様々ありますが、このようなケースはなかなかありません。

日置のハダカガヤ20

種をまいても通常のカヤしかできないものの、幾度かハダカガヤの上部に上り種をとったこと、そしてこの鎖のこと。詳しく聞くことができたのはやはり、その場でお話をさせてもらったから。

街の巨樹は人とともにある。

今回は境内の世界に唯一の存在でしたが、それもまた、地域の人たちと一緒に歩んできた歴史の中にあるんだと、しみじみと感じさせる、この小さな石柱なのでした。


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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ  

数か月前から組合誌の巨樹連載記事も始まり、拙ブログの中の記事との巨樹2本立て!になったわけですが、撮りためた巨樹の写真や当地に赴いた感想を、それぞれの媒体に合わせてお伝えしていきたいと思います。

さて、今日の巨樹はいつもとはちょっと違います。
何が違うかって。
巨樹古木を訪ねる、なんだけど確かに古木ではあるけども巨樹とまでのスケール感がないこと。しかし、それ以上に稀少性が高いことが理由です。
いや、稀少性という言葉すら適当ではありません。
だって、世界でただ一つ、この一本しか存在しないのだから・・・

日置のハダカガヤ3

国指定の天然記念物、「日置のハダカガヤ」です。
山の緑と畑の緑、そして空の青が美しい兵庫県篠山市に1本の超珍しい樹木が存在するのです。
名前から想像できる通りですが、「はだかのカヤの木」なのです。
で、超珍しいというのはなぜかというと、先に書いた通りなんと「世界にここだけ、1本しか存在しないから」です。
え?!1本だけ?!・・・そんなんなくなったら終わりやんか。
絶滅危惧種とか言った理由で取引が禁止されたり伐採が禁止されたりというのは、木材業界では聞く話ですが、そんなレベルではないのね・・・

日置のハダカガヤ5

磯宮八幡神社の境内敷地にあるハダカガヤ。
石碑の下の方に見える兵庫県の「縣」の字が、なんか妙にかっこえぇんですけど、それもそのはず。
天然記念物指定は大正時代。
巨樹巨木の多くは、昭和時代の調査によって指定されたものが多いと思われるのですが、このハダカガヤは植物学上大変貴重だということで、大正時代にはすでに天然記念物指定されたものなのです。
そりゃそうですよね。世界にただ一つだもの。
世界に1本しかないということは、自動的に世界一?!

日置のハダカガヤ11

カヤはスギやヒノキと同じく針葉樹の仲間。
通直な幹と緑に茂る葉は、どこか見慣れた樹形に感じますし、樹高や幹回りも驚くようなものではない為に、迫力には欠けるものの、「世界にただ一つ」という予備知識が、それを見る目を変えるのです。
知識がある方がいい場合もありますが、それがあることで観察眼が鈍ることもありますから要注意。
しかし、知らなければ「まぁまぁ大きなカヤの木やなぁ」で終わってしまいますから、ここは注意深く見なければ。

もともとカヤという木は、イチイ科カヤ属の樹木で鳥の大好物である甘い実をつけるイチイとは異なり、ある種イチョウの様なドングリのような、実をつける樹木です。
それは、カヤの木の学名は Torreya nucifera ですが、nucifera というのは「堅果を有する」という意味からも分かる通りです。

油気を有するその実は食用にもなり、また火が貴重なものだった時代には灯火油としても賞用されたというものですが、通常はその堅果は字のごとく堅い殻に包まれているものですが、このハダカガヤは殻がなく実が剥き出しであることから、裸=ハダカガヤと呼ばれています。
ゆえに、ハダカガヤは樹木の種名ではなくこの樹木の固有名詞、それも世界唯一の固有名詞なんですね。

日置のハダカガヤ19

右が通常のカヤの実。アーモンドの様ですが、右のハダカガヤは干しブドウのように殻がありません。
これが世界にただ一つのハダカガヤなのです。

もちろん、樹木それ自体の見た目には全く違いがないですから、初めに違いに気が付いた人は驚いたに違いありません。
いつも巨樹訪問をする際には、できるだけ地元の人とお話することにしていますが、この訪問の時もちょうどお話を聞くことが出来ましたので、その「昔話」を紹介しておきましょう。

日置のハダカガヤ10

いつからこれほどに立派な姿だったのかは定かではありませんが、少なくとも大正時代、天然記念物に指定される頃にはその稀少性は認識されていて、私が思う通り、この一本が枯れてしまえばハダカガヤは絶滅してしまうということから、様々な方がハダカガヤの種子を植えて子孫を増やそうとしたそうです。
しかし何度やっても、どうやってもハダカガヤの種子を用いているにもかかわらず、育つものは普通のカヤの木なんだそうです。
お話を聞いた方も、何人もがこのハダカガヤに上り直接とった種子をまいてもダメだった、と言っておられました。

不思議なものですが、今現在でもその実からハダカガヤを増やすことには成功しておらず、ただ一本が存在するのみである、と言われているのです。

ハダカガヤのもともとの来歴は案内板によると、天皇方に敗れた足利尊氏が都から九州に逃げ延びる際にこの地に立ち寄り、殻をむいたカヤの実を神前に捧げて武運長久を祈った時のものが成長し、ハダカガヤになったとされています。
という事は、樹齢約700年弱か?!

日置のハダカガヤ17

およそ700年間、唯一無二の存在であり続けているハダカガヤ。
成長が遅く、ゆえに長命と言われるカヤという樹種ですが、あとどれくらい元気で生き続けてくれるのかはわかりません。
その間にクローン技術などで、もしかしたら「第2のハダカガヤ」が芽生える日もくるかもしれませんが、私は生きていないかもしれません。

しかし、そうであってもなくてもきっと、ハダカガヤの命は消える事はないでしょう。
この地の人たちが大切に守り続ける限りは・・・・

日置のハダカガヤ9


日置のハダカガヤ所在地

兵庫県篠山市日置167

学校が近いので、児童には注意ですが駐車は可能です。

日置のハダカガヤ、今回はもう少し続きます。


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年始恒例!日本一を拝む! モミの木日本一〜追手神社のモミ〜

日本一。
巨樹巨木にとって、その響きは一層格別。
ただでさえ、巨樹巨木という「巨」の字が持つ荘厳偉大さの例えにさらに「一」という文字通り唯一という冠がつくのですから、探訪者にとってはおのずと必ず訪れなければならない場所にリストアップされるのです。

今回紹介する日本一も、有名且つ近畿に存在する、樹種別日本一の巨樹でありながら、近いからなかなか行かない巨樹でもあり、訪問のタイミングをうかがっていたものの一つでした。
さぁ、2017年の日本一はこの「追手神社のモミ」で始まります。

追手神社の千年モミ2

威勢のいい始まり方ながら、なかなかその大きさが伝わらなくてすみません。
いや、実際のところは私自身もいろいろな記事や写真を見ていた時も、「ほんまに日本一か?!そんなに大きさ感じひんけどなぁ・・・」と思っていたので、決して私の写真の構図が悪いだけではないと思うんですが・・・・・・・

ここは兵庫県篠山市。
実は少し前に紹介した医王寺のラッパイチョウや日置のハダカガヤなどの、珍樹が存在する街としても記憶に新しいはず。
そんな篠山市ですが、やはりもっとも誇るべきはこのモミでしょう。
日本一のモミのある追手神社は創建された時期ははっきりとはしていない様ですが、祀神は大山祇さんで周辺伝説によれば千年は経過しているという歴史ある神社。
その千年の歴史を歩んできたと思しきがこのモミなのでしょう。

追手神社の千年モミ5

その巨躯を写真に収めようとするのですが、針葉樹の日本一らしく樹高がそれなりの為、相当モミから離れなければ撮影することが出来ず、その距離を確保できる距離をとれる場所を探すも、ベストポイントでは逆光この上なく、仕方なしに選んだ場所もうまく表現できずでイマイチの迫力・・・
日本一をお伝えするには若干物足りませんが、その堂々とした幹はご理解いただけるでしょうか。
同じ針葉樹であり巨樹の多い杉とは違い、端正な幹といいますか物々しさがないといいますか、グラマラスな美女を見るような(失礼・・・)迫力の中の美しさを感じます。

しかし、「千年」を感じさせる部分は残っています。
それはやはり根廻り。

追手神社の千年モミ1

実はあまり良い撮影ポイントをつかめないもう一つの原因はこの無粋な工事用のバリケードにありました。
ちょうどこのような仮設バリケードが張り巡らされていたことで、どのアングルからいっても今一つ美しさがないのです。
うん、そういう言い訳にしておこうじゃありませんか!
いや、肝心の根廻りです。
その巨躯を支えるべく、しっかりと大地に根を張るその様は巨樹そのもの。
幹の端正さとはことなり太く、そして地中の水と養分を求めてさまようがごとく、しっかりと大地をつかんでいます。

追手神社の千年モミ3

そしてそこから延びる幹は、近づいてみるとわかるのですが、若干旋回しながら成長したことを見て取れます。
千年前?!はどのような周辺植生だったのでしょうか。
厳しい環境だったのか、それとも、外的要因があったのか。私では想像することができませんが素直に見える日本一のモミも、ねじれてもがいて生き抜いてきたのかもしれません。

今となっては境内のある程度の面積が与えられ、周辺には開けたスペースが存在するために、寿命を維持するための環境としては整っていると思われるのですが、昔はそうではなかったのかもしれませんね。

追手神社の千年モミ7

解説版による樹高は34mと、それほどではない様ですが実際は見上げるに十分な高さを持っています。
そしてやはり格を上げているのは「国指定」天然記念物の文字。
都道府県指定ではなく国であるところもやはり惹かれるポイントです。
しかし、この指定を受ける以前は「郷土記念物」という肩書があり、そこでは「千年モミ」と呼ばれていたのです。
神社の創建の歴史になぞらえるとともに、その巨躯に敬意を払ってのことでしょうが、今では正式名称に「千年」は含まれていないようで少し残念な気持ちです。

モミは、広葉樹の様に枝葉を広げたスケールの大きさではなく、直立し傘の様に枝を伸ばすさまは常緑針葉樹の典型。
頂部を破損しているとはいうものの、やはり「クリスマスツリーの木」を連想させるに申し分ない樹形です。

そう、本当はモミはクリスマスに向けての深い話題にしようと決めていたものの、よく考えると追手神社のモミは日本一の巨樹。
日本一はやはり新年営業開始のこの日の記事に、と取っておいた次第。
若干、このモミに電飾をしてクリスマス、というのはどんなもんだろう?!と想像するも、やはり着飾り過ぎてはせっかくのスマートさが無くなりそう。

しかしいかに端正、といえども実際の迫力は結構なもの。
それこそクスやケヤキのような横綱のような迫力とはいかないものの、単幹で伸びる樹高をともなった迫力は、針葉樹特有の楽しみ。

追手神社の千年モミ6

右側に立っているピンクの人物が私。
真横から眺めている様子ですが、実際もっと近寄れるのならば、写真では見えづらい根の張り具合によって巨木ぶりが強調されると思うのですが、千年の歴史をつないでいくため、入ってはいけないところには入らない。
もちろん、私のいる部分までは十分にモミの樹冠に入っていますので、根はもっと深く広範囲に伸びているはずなので、ステージでも組んで近づきたいような気持ちです。

写真では紹介しませんが、この追手神社にはこのモミの他にも樹齢350年で夫婦円満の木としてあがめられる夫婦イチョウと、とても珍しい「エゾエノキ」の大木が存在します。
それもあって、巨樹マニアから地元の人まで、広く愛されているのです。
そういえば、どの看板を見ても樹齢に関する記述がありません。
その名前から1000年という数字を創造しがちですが、杉などの特殊な場合を除き、針葉樹において1000年の樹齢を数えるというのは本当に稀です。
寿命なのです。
そのため正式な樹齢は分かりませんが、1000年という響きと日本一且つ国指定の天然記念物という冠をまとって、この先も1000年を数えられるようになるまで生きながらえてほしいと願ってやみません。

追手神社の千年モミ4


追手神社のモミ所在地

兵庫県篠山市大山町302

車通りが少ないので駐車可能


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訊きたくなるのはその形か音色か・・・ 〜医王寺のラッパイチョウ〜

またや、またですわ。

今年は寒波が来る!と見せかけて、割と温かい日が多くて黄葉(紅葉)が様々なところで、ゆっくりとみられるように感じます。
しかし、肌寒い中で「ほっこりとするような黄葉(紅葉)」を見るのとは違うので、少し感覚がおかしいところもありますが、楽しめる時期がながかったのは事実かな。

でも、この時期になると毎年「今年こそは綺麗な黄葉(紅葉)の巨樹を紹介するぞ!!」と思いきや、タイムリーに紹介できる写真がなくて時季外れのあおあおとした木々を紹介することになっているのですが、やはり今年もまたですわ。

でも!!今年は普通とは違いますぞよ。
あおあおとはしていますが、ちょっと特別なやつですよ!(もともとの黄葉(紅葉)の趣旨をはずれてますが・・・・)
紹介するのは黄葉が美しいはずの「イチョウ」です。
今まで「浄善寺のイチョウ」や西日本最大ともうわさされる「常瀧寺の大公孫樹」、「津島神社のイチョウ(と御旅所のイチョウ)」、そしてイチョウサイド(再度)ストーリーから続く「一言主神社の乳イチョウ」と「下城の大イチョウ」などなど、様々なイチョウを紹介してきました(結構紹介してるね・・・)が、今回のイチョウはちょっと違いますよ。

訪れているのは兵庫県篠山市。
このあたりだと、丹波の黒豆を想像する方も多いでしょうが、私の場合は紹介したい巨樹古木が多いことの方が先に立ってしまうのです。
その中でも、「ちょっと違う」のはこれなのです。

医王寺のラッパイチョウ3

その名は「医王寺のラッパイチョウ」。
県指定の天然記念物に指定されているそれは、その名の通り、通常はアヒルの脚のような形をしている葉っぱが、まるでラッパのような円筒状の形をしているのが大きな特徴です。

まずは見てみましょうか。

医王寺のラッパイチョウ2

わかるでしょうか?!
写真中央上部に、穴のように口が開いているように見える物や、中央株に「のっぽさんの帽子」のように円錐形をしている葉っぱがあるのが見えています。

これこそラッパイチョウ。
平たに広がる葉っぱの印象を覆し、まるで音を発するのではないかと唇に含みたくなるような円筒状の葉が各部に見られるのです。

医王寺のラッパイチョウ5

少し離れると見づらいかもしれませんが、実際の目線ではこんな感じ。
頭上に出ている葉をよくよく観察してみると、いたるところに「ラッパ」があるのがわかるはずです。
普通にイチョウだと思ってみているとまず気が付かないであろうその葉っぱですが、目を凝らすとうれしくなるくらいにたくさんのラッパがついています。

案内板にあるように、他にもラッパイチョウは存在するのですが、この木のような出現率の高さは珍しいようです。
ちょっと注意すれば容易に発見できるほどにたくさんあるのはやはり、貴重なんでしょう。

また、このラッパ上の葉は「イチョウの原始葉」と考えられているというのですが、生きている化石と称されるイチョウは、古代には多くはこのような葉の形をしていたのだろうか?!
イチョウには他にも「お葉つきイチョウ」という珍しいものもありますが、今では変種や奇形種であるこれらのイチョウも、古くは各地に存在していたのかもしれませんし、環境への適合の過程に現在の形に進化し落ち着いたのかもしれません。

医王寺のラッパイチョウ4

樹木そのものとしては、巨樹でも古木でもまったくなく風格があるわけではないのですが、稀少性という意味では県指定の天然記念物に値する価値があるものだと思います。
篠山市のホームページのよると、樹高は25m、幹回りは2.3mというデータです。
何もしらなければ通り過ぎてしまうような存在にみえますが、やはり人に知ってもらうというのは大事なこと。
様々な巨樹を紹介するサイトがありますが、これは紹介されていないように思います。
そりゃ、巨樹じゃないものね・・・

でも、これはこれで価値がある上に、訪れた最初はまぁ、正直たいしたことないなぁ・・・という感じであったものの、このラッパ状の葉を眺めていると、とても可愛らしく何とも言えない魅力を持っているように感じてくるのです。

医王寺のラッパイチョウ1

銀杏のできているところにラッパがあると、さらにかわいらしさアップです。
球形の実と円錐形のラッパの形がなじむんでしょうかね。
樹齢は不明ということですが、まだまだ若々しいのではないかと思いますので、これから100年?いや、もっと長く成長し、県指定どころか国指定の天然記念物に昇格し、訪れる人たちがラッパ状の葉だけではなくその大きさにも感動する時代が来ることを期待しています。

医王寺のラッパイチョウ6

ほらね。
やっぱりスケールとしてはもうちょっと頑張りましょう的な、小学生の子供の成長を見るような気になるのが親心?!
市や県の後押しで、後世に残る名樹になることを祈っています。


さて、今回は「ちょっと違う」イチョウでしたが、この篠山市には実は「全く違う」ものも存在するのです。
それはイチョウではありませんが、これこそ他に類を見ない世界で一つの存在。
日置のハダカガヤ、です。

ハダカガヤ


この木がどういった特徴を持っているのか。
その名前から想像はできるかもしれませんが、つまりは「裸」なのですよ。
こちらはあらゆるサイトで紹介されていますから、有名になっていますがいずれは私の記事でも紹介したいと思っていますので、その日まで期待して待っていてくださいね。


医王寺のラッパイチョウ所在地

兵庫県篠山市北169

境内に駐車可能です。

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民家に伝わる日本一 〜三日月の大ムク(久森家の大ムク)〜


いつかは行きたい場所、ありますよね?!
もちろん、私もあります。
ライフワーク(!?)である巨樹巡りの中でも、そんな場所はまだまだたくさんありますが、今回、年頭にお伝えする場所は、「いつかは行きたい」が「もう一度行かなければ」になった場所なのです。
そんな場所である日本一のここを、今年も恒例の年始一番の巨樹の記事として紹介していきましょう。

三日月の大ムク11

山肌に見える文字や象形としては、大文字で有名な送り火かと思いますが、ここでは、緑に映える三日月の文様になっています。
この地は兵庫県の西部に位置する佐用郡。
現在では佐用町下本郷という名になっていますが、旧三日月町という町名からのこの景色。
ちょうどJR三日月駅にほど近い場所がここです。
月というと、少し前に特集した桂(かつら)を思い浮かべてしまいますが、この旧三日月町には、日本一を有する樹種の大木が多く存在しています。

さて、私が冒頭もう一度行かなければ、と思っていたこの場所の理由が、日本一をはじめとして大木が多いことと、いつもながらの冬場の探訪だったために、初めて訪れた時には尋ねる順番の考慮不足で日本一に会うことができたものの、冬場独特の日没の早さのおかげで写真断念という事態に陥ってしまったためでした。

この三日月町に点在する樹種というのは「ムクノキ」です。
今回ご紹介するのは、日本一と言われる「三日月の大ムク」、森のように見えることから別名を森の木(または守の樹さん)。

三日月の大ムク8

今から紹介していく写真は全て、6月に再訪問した折の写真なのですが、前回の訪問では周辺にあるムクノキの古木(後述)に時間をかけてしまったことによる日没タイムアップという失敗をおかしてしまったために、今回は日本一の為だけに早朝から屋敷前にてスタンバイして撮影を開始しました。

どうしてスタンバイしていたかというと、この見事なムクノキ、所在は旧家のお屋敷の庭なのです。
もともとは、久森家が所有してきたものだったそうですが、樹勢の衰えと腐食空洞化の進行のために、保存が急務だった平成8年を機に三日月町への寄付申し出があり、現在では佐用町の所有となり、樹木医の治療の末に青葉を茂らせる美しさを維持されているようです。

三日月の大ムク6

しかし、いくら佐用町の所有であるとはいえ、その所在は今でも屋敷の中庭。
外からも十分にその大きさを確認することができますが、やっぱりその近くで全容を眺め対話してみたくなるもの。
そのために、早朝から時計をにらみ「お宅訪問」可能な時間になるのを見計らって、大ムクを尋ねたのでした。

三日月の大ムク1

いつもならばムクノキの樹種のお話を始めたいところなのですが、楽しみにしてくださっている皆様すみません。
話題が広がりすぎる恐れ(笑)がありますので、ムクノキの樹種についてのお話はまたの機会に譲っておき、今回は日本一に集中していきましょう。
実はこの大ムク、日本一といわれていますが、国の天然記念物!ではありません。
県指定の天然記念物になっています。その理由は定かではありませんが、幹回り990cmと立派で一説には以前に切り払った枝の年輪が800を数えたことから樹齢800年以上とされている十分な巨樹古木です。
ちなみに、ひょうごの巨樹巨木100選という書物によれば県下第2位は宍粟市の火魂神社のムクノキ、3位は日本一のすぐそばにある三日月のムクノキだそうです。
双方会いに行っていますが、それらと比べてもやはりスケールの大きさは特筆です。

三日月の大ムク4


6月に訪問した写真では、樹木医さんの治療によって勢いよく葉を茂らせているムクノキですが、宮大工棟梁の話をもとにするならば、葉を茂らせているものほど幹が空洞になっていたりするものが多い、という言葉通りと言っては何ですが、例外なくこの「日本一」も中は空洞の様で、前出のひょうごの巨樹巨木100選によれば昔は子供が空洞に潜り込んで遊んでいた、といいますから、衰えた樹勢のなかにも巨樹としての歴史と人との触れ合いを感じます。

三日月の大ムク2

ムクノキで多く語られるのは、黒く熟した甘い実をムクドリが好んで食すためにムクノキになった、というもので、確かに小さいために未熟な時には見落としやすいかもしれないその実はとってもたくさんの実りをもたらし、鳥による子孫を残す手段のなかではとても優秀な樹種ではなかろうかと思います。
いや、鳥ばかりではなく昔は子供たちのおやつにしていたとも書かれていますから、貴重な食料の一つでもあったのでしょう。
「日本一」も、800歳を超える今でも多くの実をつけていました。
しかしながら、樹木についての逸話は一つとは限らないのがまた面白いところ。
木材において「ムク」という発音は「無垢」という文字を連想させ、合板や貼り合わせではないもの、という意味合いを持ちますが、ムクノキの名の由来で言われる一説に「木工の木」があります。
読んで字のごとし、「木工(ムク)の木」からきている、というものです。

三日月の大ムク3

というのも、古くはサンドペーパーや研磨機などの無い時代。
ムクノキは、その葉の特性を活かし「研磨材」として重宝されていました。
ムクノキの葉にはザラザラした毛があることと、ケイ酸質の物質を含むことで研磨材として活用され、今でいうサンドペーパーのような使われ方をしていたといいます。
実際、以前に太田不動尊のムクノキのところで少しお話した、地元大阪府にある田中邸のムクノキは、鋳物師として1300年も続いたといわれる旧家のそばにある幹回り5.3mのムクの古木ですが、やはり鋳物製品を磨くためにその葉を活用していたといわれていますから、木工においても「削る」という工程においての役割が大きかったのも、その名の由来となっているのかもしれません。

話を日本一に戻しましょう。
訪問において声をかけさせていただいたときに対応をしてくださった奥様にいただいた、佐用町教育委員会発行のプリント冊子を片手に眺めていると、以前よりも土壌やムクノキの樹勢がよくなっていることが想像できます。

三日月の大ムク5

小冊子には映っていない下草がいろいろと彩を添えています。
とても古めかしく、ごつごつしているのも巨樹古木であり、岩のような年老いたゾウの足のような樹皮も、広葉樹巨木の見どころではあるのですが、やはりいつまでもこの姿を見ていたと思う者にとっては、この変化はムクノキにとっては良い方向なのだろうと思います。

三日月の大ムク9

もちろん、ムクノキいや、ニレ科のケヤキなどにもみられるグレーの樹皮がはがれるような幹も見られます。
たまに、ムクノキの巨樹がケヤキと間違われていて、スケールの大きな巨樹の多いケヤキにしては大したことはない、と見過ごされていたものが実はムクノキだったということで、のちにムクノキの巨樹指定を受けることがあります。
そういったことも考えながら、幹や葉っぱを眺めその木の事を考えるのも、立木の楽しみ。
そのあたりは、木材になってからではできないところですからね。
それに、木材になったムクノキはとっても影が薄くて、木目も色合いも決して特異なものではないために、特に建築装飾としての出番はほぼありませんね。
とはいえ、特殊な用途としては天秤棒やまさかりの柄、そして音の伝導性から三味線の胴にされたという記録が残っています。
やはりいずれも特殊用途ですね。

おっと、日本一の記事だった。
樹勢の衰えとは関係のないところでも、ずっと以前はさらに広い範囲に枝を伸ばしていたようで、主幹のうちの一部だけではなく屋敷の外側へも大きな枝が出ていたものは切り払われた(それが先の800歳の由来のよう)ということなので、ずっと以前には塀をまたいで大きな樹幹とともに緑の天蓋をなしていたのではなかろうかと推察すれば、一際巨樹の味わいも深くなってきます。

三日月の大ムク7

幹になすコブやごつごつとした割れ目に歴史を感じるのも魅力ですが、大ムクの歴史とともにある久森家の歴史を感じるのは、佐用町の小冊子から。
こんな大ムク、これほどの姿になる前は屋敷ってどうなっていたんだろうか?!それに、屋敷と蔵に囲まれたすこし巨樹には狭くさえ感じるその場所は、巨樹になる以前はどんなばしょだったんだろうか?!
そう考えると同時に、小冊子の地名に目がとまりました。
「佐用町下本郷湯浅其二1475-2番地」となっています。
目についたのは「湯浅」の二文字。
ある記事によると、久森家は遠い昔に紀州湯浅からこの地に移り住んだとありました。
地名にも湯浅の文字があるということは、ある程度の規模で紀州から移住してこられたのが久森家であったのか、それとも湯浅に由来する人々が地名に湯浅を残したのかは定かではありませんが、800年の歴史を生きてきた巨樹を要するお屋敷にふさわしい、歴史を感じる取り合わせだと思うと、巨樹を見るまなざしも一段と深くなります。

訪れた日は夜中に降り続いた小雨が上がった、冷たい湿気を含んだ水の香りのする日でしたが、大ムクを前にするとどこからともなく、もののけ姫にでてくる「こだま」が顔を出しそうな、そんな不思議な空気に包まれていました。
それもやっぱり歴史のある巨樹の醸し出す空気。

三日月の大ムク10


日本一とお別れする前にしておかないといけない記念撮影。
にょろにょろと石垣をぬって伸びてくる大ムクの根を踏まないように石段に上がります。
本当はもっと近くに行きたいところですが、カラーコーンを越えてはいけませんよ。
マナーは守らなければいけません。
ケヤキやクスに比べると若干スマートではありますが、屋敷内でひときわ存在感を表す巨躯は、これからも元気でいてほしい立派なムクノキの巨樹でした。

蛇足ながらも、日本一の三日月の大ムクを尋ねるとき気を付けないといけないのは、先に書いていた、点在するムクノキです。
大ムクにたどりつく手前約300mには「下本郷のムクノキ」(佐用郡佐用町下本郷1376)があり、さらにそこから1Kmほど南の線路から少し入ったところには後鳥羽上皇が弓をかけて休息を得たといわれる「弓の木(正式には三日月のムクノキの古木)」があります。
それらを、特に下本郷のムクノキを大ムクと勘違いしやすいので、ここばかりは事前に写真などでチェックしていないと、日本一の手前で納得して帰ってしまうことになりかねませんので注意が必要。
私はそれらを先に廻ってしまったために、冬場の巨樹巡りにて最も注意すべき日没タイムアップとなってしまったのでした。



三日月の大ムク所在地(2015年現在)

兵庫県佐用郡佐用町下本郷1475

周辺は集落のため、交通量も多くなく旧家の前は道幅も広いので、端に寄せれば駐車は可能。
個人宅なので、お声かけして入らせていただく必要がありますが、訪ねる人が多いからでしょう、とても親切に対応してくださいますので、ありがたいです。

また、近年ではシイと同じく大分県にてこれを上回る同樹種の巨樹が見つかっているということで、もしかすると日本一の冠は外れるかもしれませんが、印象深いムクノキであることには変わりありません。



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あちらへ行こうか行くまいか・・・ 木の根橋の大ケヤキ


昨年から縁あって、よく兵庫県に行くことがありました。
その中の主な機会は丹波市への訪問だったのですが、ずっと行きたかった場所のすごく近くまでは行くものの、他の用事優先でその行きたい場所にはなかなか行けない事ってありますよね?!
そのなかなか行けていなかった場所のうちの一つが、今回の記事のメインの場所。

丹波市周辺は、実は巨樹があちこちにあり、以前に紹介した常瀧寺の大イチョウを始め、日本一を誇るモミの木である「追手神社のモミ」(これは時期を見て又記事にします。)などがあり、とてもではないですが、一日では堪能しきれない魅力あふれる?!地です。
もちろん、巨樹だけではなく地元産品の魅力を発信されていたり、田舎暮らしで人気のある土地柄ということもあるのですが、やっぱり私にとっては巨樹の宝庫というイメージです。

今回のお話の舞台は、丹波市の柏原という駅にほど近い場所。
駅のすぐ前を、私の生活にも身近な国道176号線が走っていますが、ここまでくると馴染みの道路という印象はなく、山間をつなぐ一本道!というイメージ。
そんな道路から一筋入ると雰囲気はかわり、きれいに舗装された商店街(!?)が並び、一気に観光地っぽい雰囲気になります。
実は、訪問前の写真のイメージでは、結構雰囲気のある街並みなのかな?と思っていたのですが、やはり写真のイメージというのは実物とは違うもの。
ある意味、ギャップに納得し、街並みの撮影が無い分、目的に集中できたのですが・・・

その名で想像できる巨樹というと「夫婦杉」とか「三本杉」とかいうその姿を現す言葉が、そのまま名称になっている場合だと思いますが、今回はちょっと特別な「想像できる」名称です。
その名も「木の根橋(大けやき)」。

木の根橋1


これ以上に説明不要な巨樹も珍しいでしょう。
その名の通りですよ、木の根っこが橋になったように、川を渡って向こう岸(?)へ伸びているんです。
よっこらせ、ってなもんですな。

木の根橋2


はい、今回は樹種に注目というよりも、やはりその名称の由来となる「木の根」。
いや、樹種はケヤキで立派なその姿なのですが、実はこのケヤキは道路から普通に眺めるのではなく、違うアングルから楽しむのが一番です。

そう、下からのぞく!!

橋なんですよ、橋。
そう、橋だからこそ下が見える。というか、川にかかっている上に、いぃ感じに川面に飛び石があるもんだから、川の底の方からのアングルやケヤキの根が川に露出しているところなんかもばっちり見えます。

木の根橋4

よくここまで見事に跨いだもんだなぁ、と感心してしまうのですが、巨樹に「なぜそんな形になったのか?!」と問うのは愚問で、ただその存在を認めその木が過ごしてきた時間を味わうのみ。
丁度新緑を感じる(実際には夏)様な太陽に照らされて緑が映える樹体と、すぐそばに立つ洋館(丹波市役所の柏原支所らしい)の雰囲気がなんともいえずいい。

あぁ、そうか。
すごく雰囲気がいいと思った写真の要因は、どうしてもみなさんがこの洋館と一緒に木の根橋を撮影されているからで、どうしても双方の醸し出すイメージが頭に先入観を与えるんだということが理解できました。

木の根橋8


しかしながらやはり見事な跨ぎ方です。
人が作った橋が先か、木の根橋のケヤキが先かの解説はなかった様に思いますが、人が作ろうとしても、ここまでまっすぐにはいかないだろうというくらいに、見事な跨ぎ方。
生き物の生命のすごさか・・・
驚くばかりです。

木の根橋7


まぁしかし、木の根橋目当てかたまたま見つけて寄っていくのかは定かではありませんが、ここには結構な人数に人が訪れます。
私の居る間でも10人位は眺めたり写真を撮ったりしておられました。
超ド級の巨樹!というわけではないですが、やはりその独特の風体は人を惹きつけるに十分な魅力があり、ちょっとした観光名所の様な感じなのかもしれません。
もちろん、それだけ人が来ても、私の様に「根はどの様になっているのか見えるだろうか?!」と降りていく人はいませんでしたが・・・ふふふ・・・

木の根橋6

無理矢理に言うわけではありませんが、やはり物事全て、一つの方向からだけ眺めていたのでは、見えない部分というのは多く存在します。
別の立場、違うアングルから見てこそわかる事の多さというのは、とても大事。
巨樹もそうです。
勿論のことながら、写真映えするアングルというのもあるとは思いますが、自分の感性に響くところというと大袈裟かもしれませんが、気づきが多くある事も事実です。
その一つに、皆さんが川を跨いでいる根ばかりに気をとられているのに対し、川面まで降りてみると、ケヤキのしっかりとした根を見る事ができますし、そこから見上げる緑多きケヤキは、やはり木材として銘木たりえる風格を備えているのもうなづけると思う様な質実剛健な美しさです。

木の根橋5


そうか、もしかしたら向こうに行こうかというのではなく、向こう岸に恋しいもう一本のケヤキがあって、そこへ手を伸ばしていたとか・・・そんなことないのかな。
そうやって考えるのも一つロマンチックでいいなぁ・・・と一人考えながらの下からのアングル。
見上げた幹は・・・ご自身で見てみてください。
また違う印象があるはずです。
ただ「すごいモノを見に来た」というのではなく、そういう楽しみを持って接すると違う何かが見えてくると思います。

最後に昌志スケールで大きさを測っておきましょう。

木の根橋9

驚くほどの大きさではないことがお分かりかと思います。
しかしながら、橋の欄干が続いている後ろの建て物まで根が伸びているのを、ここからだと手に触れる距離で確認できるので、皆さんこちらに留まられますが、思いっきり車道ですので、車の往来には注意が必要。
気をつけてください。

それにしても、360度という角度を超えて、3次元的に根の下側からのアングルも楽しめるという木の根橋のケヤキ。
案内板に会った「樹齢1000年」というくらいのドデカさはないものの、その名の通りの風貌は、一度訪れておくべき巨樹であることに違いありません。

ぜひ、この機会に「魅惑の丹波巨樹ツアー」に詣でてみませんか?!
(あ、これいいな。そのうちやろうかな・・・・ほんとに。)




木の根橋3


大ケヤキ(木の根橋)所在地

兵庫県丹波市柏原町柏原5−1

おみやげ物屋さん前に駐車可能。すぐそばです。



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雪に埋もれて750m 常瀧寺の大公孫樹


さぁ、木の虫ブログ定番の「雪まみれの巨樹巨木ツアー」の始まりだよ!!


子供ならいざ知らず、大人になると「雪まみれ」なんてぜんぜんワクワクしないこのコーナー。といいますか、普通はそんなことしませんが、私の場合は雪まみれ確率が非常に高いという事で、私の記事は積雪の巨樹との2ショットが拝める珍しい巨樹巨木探訪記である、というのも、もしかすると一つの特徴かもしれませんね。


縦に長い兵庫県。
私のイメージでは北部といいたいところですが、地図上は中部位に位置している丹波市に青垣町というところがあります。
山あいの静かな町という勝手なイメージですが、その山中に今回目当てで訪れた巨樹が存在します。

その所在地は、山中とはいっても1時間の登山!とかそういったものではなく、750mほど登ればいい、という数字を単純にみるとそう苦でなさそうで、マップで見ても道のついている部分に近そうな位置であったことから、わりと気軽に「ちょっと登るか・・・」位で訪れたのでしたが・・・・

お目当ての巨樹はお寺にあるという。
それは、どこに行っても街中の巨樹はお寺や神社の敷地に保護されている場合が多いので、例にもれず、境内に入ると少し山手に「これかぁ!!!」の如く現れるのだと思っていたものの、駐車場に止めて入っていくとすぐに「大公孫樹登山道←」の看板が・・・・

常瀧寺の大公孫樹2


そう、お目当ては大公孫樹。
ん?!!?!、登山道?!!?!?!
まぁいいや、少し山登りする、といったことは事前調査で把握済み。山は好きだし、早く逢いたい。

そんな感じで看板の示す通りに進むと、トラックが登っていそうな広い登山道に出る。
おぉ、やっぱり。少しは登山道を歩くのか。仕方ない、早く行こう・・・・
そう自分に話しかけその道を登り始めたのです。

しかしながら、さきほどから「早く」とか「まぁ、いいや」とか若干後ろ向きで何かを気にしがちな雰囲気であるのには理由があって、実はここに到着の2時間後に大事な講座の受講が控えていて、現地からでも車で30分ほど移動しないといけなかったことがあり、時間を気にしていたことと、冒頭の「雪まみれ」が示すように訪問当日は朝から天気予報通りの雪。
丹波市でも道路にも積雪。スタッドレスタイヤでも若干滑るところが出るほどだったことから、例の「750m登山」という言葉に少しビビっていたことで、期待の巨樹への道が不安という霧に包まれ始めていたからでした。

そんな中、少しづつ「登山道」に入っていくと予想通りの積雪量。

常瀧寺の大公孫樹3

まさか登山靴など履いてきておらず、スニーカーで登り始めた足元はみるみる雪に埋もれ、振り返ると遭難者の様に私の足跡だけが新雪に残されている様な状態。
頭の中には、「今年は雪が多かったこともあって、雪山遭難結構出てたなぁ・・・」という風に考える自分が出てきて、行けども行けどもその姿の見えない巨樹への不安がつのるばかり。
そう、一番怖いのは遭難とか事故。
一人で山に入って、しかも雪の時期。場所によっては携帯電話など電波の入らないところが多いので、万が一あれば多くの人に迷惑をかけてしまいます。
だから、さえぎる物の無い登山道で猛吹雪を受けながらも全く寒いという感覚はなく、携帯電話の電波が入るかどうかを常にチェックし、足元の安全などを確認しながら登っていくのでした。

普通の感覚で言うと、750mは頑張っていけばさほどの距離でないと想像するのですが、それが登山の750mは違います。
そりゃそうですよね。勾配があるんだもん。しかも足元は新雪。滑るわ埋まるわ、途中には崖崩れしてるところもあるわで、普通に登れない!!
あぁ、しまった、完全にあかん(ダメ)パターンや。
そう思うまでには既に15分が経過していました。
もう少し早く気付けよ!、そう思うでしょう。
何故ここまで無理してきたのか?!それは、もちろん同じ場所に2度訪れる機会は非常に稀だということと、なにより冬場以外は「ヒル(蛭)」がたくさん出没するので、結構やられるという話を聞いていたので、この時期しかない!!と決めて入っていったことが最大の理由だったかもしれません。
それで万が一あれば大変ですが、気持ちの50%は「あの曲がり道で引き返そうか・・・次に吹雪いたら・・・」といつでも戻る心づもりで歩いていたことは報告しておきましょう。

非常に前置きが長くなってしまいましたが、「あかん、もう帰る時間が無い。あの曲がり角で最後!」と心折れそうな中決心し最後の曲がり角を曲がると、何やら大きな影が・・・・
あれか?!!・・・・いや、あれであってくれ!!
半ば祈る様に、疲労した足を引きずり雪の中を進むと、やっと見えてきた。あれや・・・

常瀧寺の大公孫樹11


まるで仙人が鎮座しているような、修行道をのぼりつめた私を待っていたかのように眼前にあるその姿には、「あぁ、逢えた・・・・」ただその言葉だけ。

これがお目当ての大公孫樹。すごい。
雪をかむるその姿に、しんどさを忘れしばし佇むのみ。

常瀧寺の大公孫樹5

立派であることはもちろんわかっていて訪れたものの、やはり雪の中で、しかも山中の巨樹に逢うというのは、自分がそこにいるということに違和感を感じるような、そんな感覚にとらわれます。

いや、現実そんなにゆっくりも出来ないんです。
既に予定の時間を大幅にオーバー。少し余裕を見ているとは言っても、ここまでの所要時間は28分。帰りの事を考えると、雪の中急いでも25分?!・・・
急がなきゃ!!

通常の様に、苦労せずとも逢える巨樹であったなら、このイチョウにはかなり驚きその異形に畏れ慄くところですが、気持ちの焦りと吹雪の28分登山の後の小刻みに上下する肩の当時の私には、「早く撮影を!」の一心しかなく、淡々とカメラアングルを探していたことに、帰宅後の画像確認でようやく気がつくのでした。

常瀧寺の大公孫樹7

それにしても大きい。
状況が状況だけに後で知ったことですが、この銀杏は西日本最大のイチョウと言われているそうで、立派なはずです。
異形の上に最大と来られると、おそれおののく以外にありません。
そしてもちろん、巨樹というのだから大きいのですが、周辺に他の樹木が無いこともあってか、その存在が強調されて神々しくも感じます。
吹雪の中なので、いつもの様に立て看板の由緒書きは既に雪で読むことができないことから、近くに建てられている休憩小屋の中にある由緒書きを読んでいると、実は山道に入る前の常瀧寺の境内は、古くは現在の境内よりも立派な伽藍で裏山に位置していたようで、後に現在の位置に移ったために、大公孫樹との距離が離れたしまったようです。

常瀧寺の大公孫樹4

そして急いでいるがあまりこの看板を熟読する暇がなく、帰宅後に調べていてわかったことですが、この大公孫樹が実は源実朝暗殺の折に、公暁がその身をひそめたことで有名な鶴岡八幡宮のイチョウ(現在は倒れてしまっている)の親木ではないかという説があるのです。
その理由は、なんと2つのイチョウのDNAが一致しているからだそうで詳しい事は調査中だといいますが、なんとも不思議かつ面白いお話ではないですか。
樹齢1300年と言われるこんな立派な巨樹です。そんな逸話や伝説がないとおかしいくらい。
興味は深まるばかりです。

しかし驚くのはその大きさだけではありません。
何も知識が無く訪れていると、「巨樹の手前にもう一つ大木があるやんか、2本あるなんてすごいなぁ。」そんな感想になるはずなんです。
そう、常瀧寺のイチョウは、この大きく枝を広げた異形であることは誰も疑うことはないと思いますが、その傍らにも普通に考えるとかなりの太さのイチョウがあり、子どもかそれとも新しく芽吹いたのか?!と思ってしまうのですが、よーく見てください。

常瀧寺の大公孫樹10

大銀杏の裏側に廻るとよくわかりますが、斜面下側に向かって大枝が垂れています。
そして、その枝の先を見るとそのもう一本の大木が見えます。(雪で見えにくいけど、現地ではみえます・・・)

常瀧寺の大公孫樹8

お分かりでしょうか。この大銀杏は、伏状更新という状態にあるのです。
伏状更新とは、日本海側に分布する杉の巨樹にも多く見られる現象ですが、垂れ下がり、地面についた枝から地中に根を張り新しい幹としてでてくるもので、イチョウでは果たして目撃したことがあったかどうか、記憶が出てこないほど珍しいです。

それに加えて、大きく太く伸びた枝にはイチョウ独特の「乳」が大きく垂れ下がっており、さながら空の下の鍾乳洞の様。
そのうちこの乳も地面まで垂れるのではと思われる位の迫力です。

常瀧寺の大公孫樹9

外見のこの迫力からは想像しにくいですが、解説版にあるように、落雷なのかそれとも火が燃え移ったのかは定かではないですが、主幹の内部は大きく黒焦げていて、痛々しく感じました。
もちろん、巨樹になると主幹が空洞になっていることはよくあることですから、だからと言って弱っているとは言いませんが、それでも立派な主幹を見たいと思うのが巨樹探訪者ではないでしょうか・・・

常瀧寺の大公孫樹6

すごい上に実に興味深い、そう考えたのは温かい部屋の中だからで、この日実際の現地では「湿った雪のために物凄く冷たい」ことに加え、寒さ対策のためにダウンのジャンパーの下には温かい起毛のベストを着て、更に毛糸のセーター、おまけにマフラーをぐりぐりと巻いていた状態で750mを息切れする様に登った事から来る「ジャンパーの下のみ汗びっしょり」の、両極端な状態だった為に全く冷静さを欠いていました。
山登りでの汗対策は必須ですが、朝の大阪は寒かったものの雪は降っていなかったことから、装備のアンバランスが招いた結果でした。
懸念していた「ヒル」は避けられたものの、時間に追われて寒いわ暑いわ、靴までぐしょぐしょやわで、写真には出ない苦労だらけの訪問となったのでした。

追い打ちをかけたのはカメラ。
上記の様に冷静さを欠いていた私は、イチョウの周りを歩きながらアングルを考えていた時、ずっと電源を入れっぱなしだったことに気がつかず、せっせと撮影を始めたところ、液晶画面に電池の赤いマークが!!!
「なにぃぃ~~~!?!もうないの?!!昨日充電したやん!」と誰もいない山中で一人驚く。
が、理由を理解した私。
「まぁ、いいや。予備の電池があるから・・・・」と鞄を探り始めるも見当たらず・・・・ただでさえ汗がびっしょりのジャンパーの下に、「もしかしたら、電池ないかも・・・」と焦りの冷や汗が伝い始める・・・
「やってもたぁー、講座で使うからそっちの鞄にわざわざいれたんやったぁー!!」
きちんと整理して荷づくりしたきっちり屋の吉五郎な性格が災いし、肝心な撮影に電池が足りなくなるかもしれないという失神寸前の私。
しかも、何度も言いますが、新雪の中時間に追われ、汗まみれ雪まみれの登山の末にたどり着いた巨樹やのに、今からやり直しでけへん!!、という後悔がどんどん溢れて来て、疲労もありもう倒れそう。

何とか開き直り、電池の続く限りデジカメでしか取れない写真を優先して撮影していった結果何とか、思うものは撮れたものの本当に自分の未熟さを感じてしまいました。

結論、講座にも間に合った(間に合わせた)ので、全て予定をこなせたのですが、やはり後で見る写真に映るイチョウの迫力は、冷静にその姿を肉眼に焼き付けておきたかったと思うもので、デジカメの画面越しに見る構図ばかりが頭に残っているのが少しばかり悔しいところでした。
本気になれば再度いくこともできますが、どうしてもヒルが気になって気になって・・・

もし、再度いくことになれば絶対もう一度記事として紹介しますので、その時は「あぁ、また行きよったんやな。」と笑ってやってください。
そんなこんなで、良くも悪くもとても忘れることのできない巨樹訪問記になり、苦労したとはいえ、雪に佇む巨大な命に逢えたことは大きな想い出になった事を報告して「雪まみれの巨樹巨木ツアー」を終了したいと思います。

常瀧寺の大公孫樹1


常瀧寺の大イチョウ所在地

兵庫県丹波市青垣町大名草481 常瀧寺の奥の山中

駐車場に車を停めあがっていくと、境内右手に小さな墓所があり、その脇から「登山道」に入っていきます。
私はあっていませんが、ヒルに注意することと冬場は特に雪で足場が悪かったり崖崩れしていたりして道幅が狭く通りにくい部分があったりする危険もありますので、油断せずに登られる事をお勧めします。

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別名多き名付け親と和製オリーブオイル 百面相ホルトノキ番外編


木材や樹木の話を始めると、どうしても派生してお伝えしたい事や本文が異様に長くなってしまうことがあったり、終わるつもりが思い出したことを書き足したくても文脈が定まらず、別段として次回に持ち越すことは多々あります。
毎日更新していないのだから、できる限りその回で完結させる様にはしている(最初から区切った方がいいものは別として)つもりですが、今回も少しスケールオーバーで、仕方なくもう一人の主役も引っ張りだして前回のホルトノキの補足を行いたいと思います。

鳥飼八幡宮のホルトノキ 2


補足、いや、実はこちらを先にお話するべきであろうということは容易に想像がつきます。
ホルトノキという耳慣れない樹木の事を、少しでも予備知識として頭に放り込んでから、前回の千草のホルトノキを見てもらえば良かったものの、ちょっと先走ってしまった感は否めません。
まぁいいです。
お金をとる書籍であるまいし、ましてや私の木材&巨木馬鹿っぷリを承知で見ていただくマニアックな方しか読者はいないと勝手に想像してお届けしているんですから、大丈夫の筈・・・

それでは、本題。
和名 ホルトノキ
別名 モガシ、その他(後述します。)
学名 Elaeocarpus sylvestris
この属の英名を oil fruit tree 又 pigeon plum

ホルトノキ科の植物で、千葉県以西の本州、四国、九州、沖縄に分布し、台湾や中国、インドシナにも同科の仲間のある常緑高木で、暖地の雑木林に生えている場合が多いといいます。
今回の様に大木が見られるのは佐賀県、高知県、香川県、静岡県にそれぞれ知られていますが、同じ県内でほど近い場所に2本他存在するというのは、やはり島国「ホルトアワジシマ」だからこそではないかと思います。

鳥飼八幡宮のホルトノキ 5


もともと、淡路島(兵庫県)においては、今回紹介する鳥飼八幡宮のホルトノキが最大とされていて、樹齢600年、幹回り4.24m、樹高25mというスケールでずんぐりむっくりのスタイルの足元は、根周り8.2mという重みのある巨体で、珍しく感じる方が多かったのでしょう。
前回の千草のホルトノキは、ムキムキの腕っ節ながらもとっても紳士的ゆえに、表舞台には出てこなかったのでしょうね。

鳥飼八幡宮のホルトノキ 9

ホルトノキの果実は食用となり、樹皮や葉は染料として大島紬の鼠色系統の染色につかわれているそうですが、材としては耐朽保存性は低く割れやすいため、薪用材や建築雑用材にするという用途が記載されていますが殊、しいたけの榾木には良材とされているそうで、通常は庭木として存在している場合が殆どなので、これらの様な巨樹にはなかなか出合えないはずです。

そしてここで聞き慣れない名前、ホルトノキの名称についてのお話に移りましょう。
前回のお話の締めに、私がしょうもないシャレを残した事に嘲笑したそこのあなた!まだまだ木材に対する愛情が足りないようですね、フフフ。
変った名前、「ホルトノキ」の由来というのは「ポルトガルの木」からきているのです!!信じられない様な本当のお話・・・私の面白くないシャレではなかったのですよ。
ホルトノキの由来については、かの有名な平賀源内の物類品隲から始まります。

鳥飼八幡宮のホルトノキ 4


当時、ポルトガルの油と言えばオリーブ油の事を指すほどに有名な時代。
源内は紀州にて見た方言「ズクノキ」(現在のホルトノキの和歌山での呼び名)の実が、本場のオリーブの実と同じと考え、さらには紅毛人に問いかけ「真物」という回答を得たのでこの木はポルトガルの木、すなわちオリーブであるとしたことに始まる。
しかしながらもちろんそれは別物であったのだが、それ以来一般的な名称として現在までホルトノキが用いられているという、真面目な間違いから発生した植物名がホルトノキの名称の正体。
平賀源内、エレキテル他で名をはせたのだと思っていたけれども、植物の命名まで首を突っ込んでいたとは意外や意外。
やはり一般人とは見ているところが違ったのでしょうね。

思いこみはやはり強く、ホルトノキからオリーブと同じように油が取れるということを信じていたそうです。
現在でも、源内が紀州から持参した種・苗から育ったと思われる大木が高松、栗林公園にあるといいます。

そんな由来を持つホルトノキは、怪人百面相ならぬ怪木百面相でもあります。
なぜかというと、やはりその名称に理由があります。
木材には別名や方言名、通称名や外国名など様々ある場合が多いですが、このホルトノキほど地方地方によって呼び名の異なる木も珍しいように思います。
まるで、その地ごとに名前を変えて忍びこむ怪盗の様・・・
一般的な別名の「モガシ」の他に先の和歌山では「ズクノキ、ツギノキ」、御蔵島の「アカツグ」、鹿児島の「クロツグ」、奄美大島の「ナリツグ・ツンギイ」など、ズクの意味は不明だそうですが、ツグはシュロの琉球方言で、ホルトノキの果実をシュロノ果実になぞらえたものだといいます。

その他も激しく多い地方名が存在し、九州「シラキ」、山口の「ミズノキ」、高知の「ミツガシロ」、大分の「イヌヤマモモ」、西表島の「ビーマツマヤ」などなど・・・・
この中で少し想像できるのは、ヤマモモに葉の形が似ている事からと推測される大分位です。
その他は、なんじゃそりゃ、です。

こんな百面相的なキャラは、名前の由来となっている平賀源内に通じます。彼も様々な別名を使い分けていたといいますから、似たものどうしなの?!
しかしながら、庭木にしろ雑木林の中にしろ、これだけの別名地方名を持っているということは、それだけ地方で愛されてきた証拠ではなかろうか?!

鳥飼八幡宮のホルトノキ 6


巨樹の記事で、その木の材質の事についてはあまり触れたくはないのですが、最後に材についてもう少し。
木材としてのホルトノキは、比重が0.57で中庸な重さを示す散孔材で、黄白色から淡黄色の材面を持っていますが、先の様に何かの用途に賞用されるというほどの知名度も供給量もありません。

せめて、シャレではない変った名前と変った風体を見て、平賀源内が勘違いした背景を想像してみてください。

鳥飼八幡宮の隣は鳥飼小学校です。
その境界の柵を越え、太い二の腕を伸ばすまるで「四股をふむ力士の様」な風貌は、この土地の守り神なのでしょう。
太いながらもやさしく手を差し伸べているようで、少し可愛く感じますね。
きっとこれからも子供たちとその風土を見守ってくれることでしょう。

鳥飼八幡宮のホルトノキ 7


鳥飼八幡宮のホルトノキ所在地

兵庫県洲本市五色町鳥飼中317−2
周りを見られなかったのですが、道路に駐車してもホルトノキはすぐそばです。

 鳥飼八幡宮のホルトノキ 1


ホルトノキより石段を登り、鳥飼八幡宮境内の門をくぐるとすぐ右手に見事にねじれたイブキもあります。
そのひねくれ様は、個性的こそ生き残り!と言わんばかりの迫力です。一カ所で二度美味しい鳥飼八幡宮です。

鳥飼八幡宮のホルトノキ 8



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ホントの木?! いやいや島国のホルトノキ


やっぱり人間、その目標に向かっていかないとなかなかたどり着けないもんですね。
いや、今回は目標というほどのものではないですが、私としたことがこんなに近くにある珍しい樹木に会いに行かずに10年以上そのままだったなんて・・・

今年の夏は、昨年までの永い永い缶詰状態を打破できたことから、強行スケジュールながら海水浴のために淡路島に家族で行ってきました。
以前はよく行っていたのですが、その「缶詰」になってからはすっかりご無沙汰でしたので、純粋な夏の遊びに絡めて近場の巨樹を廻ろうと欲張ったわけです。
今までは、夜に到着してから宴会(笑)をして、次の日は日暮れまで海で遊ぶ日々だったので行くことができていませんでしたが、今年は夏の日の出が早い事を良いことに、宴会をそこそこに控え早朝からの巨樹巡りを企んだのですが、欲ばってはみたものの、二兎は追えず・・・・


実は淡路島には冒頭の「珍しい樹種」の大木があるのです。
もちろん、スギやクスの巨樹のスケールと比べれば全く巨樹とは言えないのですが、その樹種自体が珍しいとなると会いに行かずにはいられません。
そうして向かったのがここ。

ホルトノキ 2

密林ではありません。
しかしながら、道路際であるにもかかわらずこの様に茂みになっている事から、このすぐ先にあるお目当てにはなかなか気がつきません。
淡路島は神戸と徳島を結ぶ高速道路も整備され、一般道もそんなに車が多いわけではなく走りやすいのですが、そこからそれて山道に入ると結構な酷道(車で茂みをかき分けないといけない様なところや、対向できないところ)もありますが、ここはその少し手前。この先は少し細くなりそうだ、という直前ですがまさか、ここにそんなに珍しい樹種があるとは夢にも思いません。

案内板や、天然記念物の指定板なども無い茂みの先にはこの様な姿が待っています。

ホルトノキ 3

見事な株立ちのこの樹木は「千草のホルトノキ」。
熱帯産の木材に多く見られる、木の根元が板状に広がる「板根」と呼ばれる状態に近い印象が興味深いものです。

ホルトノキ 4


ホルトノキ?!なんじゃそりゃ?!
普通はそんな第一印象でしょう。
スギやクス、ケヤキやイチョウなどは巨樹巡りを始めると頻繁に出会うのですが、ホルトノキというのは聞き覚えがありませんよね。
私も樹木の本では見るものの、このような成木でしかも立派なものには初めて出会いました。

文献によれば、このホルトノキは2004年に神戸大学の武田義明教授が発見するまで世に出ていなかったそうです。
十数年前は頻繁に遊びに行っていた淡路島でしたが、その時にはまだその存在が一般に知られていなかったということなので、私が訪れていなかったのも無理無いなぁ、と一人納得。
また、幹回り4.82mというのはその他の樹種に比べれば巨大さは無いものの、この個体はホルトノキとしては兵庫県下最大のものだそうです。
ホルトノキは兵庫県下では淡路島南部のみに分布しているそうで、中でも五色町には個人宅も含め数カ所に点在しているとのこと。

頭上の枝ぶりも太いという驚きではなく、その木肌が力強い男性の肉体美を思わせるかの様にムキムキっと伸びている様はまるでボディービル。
異形の巨樹というのは数多く存在しますが、凛々しくも力強い巨樹というのはなかなかありません。
巨樹!というスケールには若干不足感はありますが、上記の意味でも珍しい存在だと思います。

ホルトノキ 7


千草のホルトノキは、「山の神さんの木」と言われていたそうです。
日本各地には山の神さんと言われる神木や霊木が様々存在しますが、その多くは巨大さや神話の言い伝えに由るところが大きいですが、千草のホルトノキに関してはおそらく、異形であるわけでもなく巨大でもなく、また聞こえの高い伝説を持っているわけでもない中で、地域の住民の方に愛され古くから身近な守り神の様な存在として「神さん」と呼ばれてきたのではないか?!
私はそう想像しました。


ホルトノキ 9


この立派なホルトノキ、実はインターネットの他の写真を見た時はもっと大きく枝を広げて空を覆っていたように見受けられたので、少し圧倒的なのかと思っていましたが、訪れる前に刈り込みをされたのか、若しくは直前の大雨強風によって枝葉が落ちたのかは不明ですが、土にも日が入りこむ位に上空が開けていて、どちらかというと清々しい位でした。

しかしながら、大雨でしかも真夏の早朝、6時。さらに茂みな為にコンパクトデジカメのシャッタースピードがめちゃくちゃ遅いので、大粒の雨からカメラを守りながらアングルを決めるも殆どの写真がブレていたり、雨粒で見えなかったりで全くダメ。
しかも夏の茂みだけに大量の蚊!!
耳元ブンブン、足も腕もサワサワと近寄られて制止していることができません・・・
この状態でゆっくりと巨樹との対面に感動せよ、といわれても流石の私も四苦八苦。

なんとか三脚を設置し撮影したうちの一番良い写真がこれ。

ホルトノキ 8


私の格好が少しだらしないですが、真夏の海水浴に期待していた気持ちの現れとご理解ください(恥)
前日が曇りだった為に、この日もなんとか雨が止んでくれることを期待して早朝5時起きたてで朝食もとらずに走ってきていますので、期待を裏切りそうな雨粒にうたれて元気が無く少し猫背気味・・・・
実際、この日も雨はやむことなく、どころか四国に大雨による大きな被害を残すことになるほどの雨量のため、海どころか外に出ることもままならずで何のための旅行だったのか・・・

やはり海水浴と巨樹巡りという2兎を追うことに対する期待が大きかったのか、この旅行ではずっと大雨で外には出られず、メインイベントの海水浴をせずに、早朝に巨樹を巡るのみという本末転倒な旅行になってしまいました。
2つの楽しみを同時に味わおうという欲張りは実りませんでしたが、近いうちに島内の他の木々も巡ってみたいと思いました。

ホルトノキ 5


島国というと、大陸から離れて独自の文化や種が存在する場合が多く、地域を問わずに注目される場合が多いですが、ここ淡路島はどうしても「玉ねぎ」が念頭に先んじるために、その他の印象がかすんでしまっているのは私だけでしょうか?!
テーマパークや海水浴で賑わいがあり、高速道路が整備されるまではフェリーの発着場まで伸びるサンセットロードと呼ばれる海岸線沿いの道をよく走ったものです。
そんな時分でも、耳目を集める巨樹や今回の様な珍しい樹木ならば立ち寄っていたかもしれないのですが、そのあたりの情報は島からはあまり発信されていないように感じます。

実は、淡路島にはこの木の他にももう一つホルトノキが存在します。
鳥飼八幡宮(洲本市五色町鳥飼中317)の参道にあるそちらは、今回紹介したような株立ちではなく、ずんぐりむっくりのマッチョさんですが、通常の幹回りが1.8メートル程の所が八幡宮のホルトノキは4.1m、樹齢600年を数えると言われる巨樹です。
また門の右手にはイブキもありますから、一か所で2度美味しい場所です。

珍しい樹種のホルトノキ、しかも立派に成長している個体を観察できる淡路島はテーマパークで言うところのポルトヨーロッパならぬ、樹木観察のテーマアイランド、ホルトアワジシマやぁぁ〜!!・・・・おあとがよろしいようで・・・



おっとっと、待って下さい。しょうもないシャレで締められない理由があるのです。
もう少し深いホルトノキのお話と、今回の千草のホルトノキに抜かれるまでは「県内一」を誇った上記の鳥飼八幡宮のホルトノキを交え、もう少しホルトノキのお話を次回に持ち越させてください。

ホルトノキ 6


千草のホルトノキ所在地

兵庫県洲本市千草丙

正確な地番というものがでないので言葉になってしまいますが、洲本市の国道28号線の南に洲本ゴルフクラブがあり、その東に県道481号線が猪鼻第2ダムに向けて伸びています。ゴルフクラブとダムとの中間より少し北の県道沿いに下写真の公会堂がありますので、その端です。
インターネットのマップで上記住所検索すれば公会堂近くが表示されると思います。

ホルトノキ 1

茂みの脇に2014年現在新築すぐだと思われる猪鼻公会堂なる建物があり、その前は広い駐車スペースになっていましたが、道路に駐車しても対向は可能な道幅があります。

因みに淡路島には他にも色々と見どころがあります。見事な株立ちのイブキや、自称?!日本一のソテツもあります。そのうち紹介できるかなぁ?!



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福を呼ぶ?! 厄神さんの巨樹の根


お正月の三が日も過ぎ、ちょっとリラックスし始めた頃合いでしょうか。
皆さんのお正月は帰省ですか?はたまた旅行?!
私の住む町は、近くに吹田インターという交通の要所中の要所があるため、この時期とお盆はどこへ行くにもその吹田インターの長蛇の渋滞の列目の当たりにすることと、ラジオから聞こえる「○●インターを先頭に渋滞が50キロ・・・」という言葉を耳にするため、どうしても外出する意欲を無くしてしまいます。

ですから、私のお正月は専らお参りです。
三社参りといいますが、近くの神社から始まりいろいろと社寺を参詣して廻るわけですが、そんな参詣コースの中に皆が驚く巨樹があったのです。

その所在地は以外にも兵庫県西宮市の超有名どころ、門戸厄神(東光寺)です。
実は、そこに存在するのは巨樹といっても立木ではなく、巨樹だった部分、です。

巨樹の根 4














大きさが伝わるでしょうか?
流石にお正月ですから参拝が多く、ゆっくりと撮影というわけにもいかずまた、御利益を授かろうと撫でる方や謂れをじっくりと眺める方がたくさんいらっしゃるので、いろんなアングルから撮影!ということができないので、ご容赦いただきたいところです。

巨樹の根 2














この根は「延命魂(根)」といい、元々は高野山奥の院、弘法大師御廟近くの参道に聳えていた高さ60m、樹齢800年といわれる立派な杉の木のものだそうです。
その樹が天寿を全うした後に、門戸さんに来られたとあります。
延命、病気平癒の願いをかけて根に触れくださいとあります。

巨樹の根 3














普段、巨樹巨木に触れたりその存在をあまり認識されていない方にはかなり驚きでしょう。
それも、根っこですから立木の姿を想像すること自体が夢に溢れていていいものです。

巨樹の根 8














そしてその隣には、もうひとつ巨大な切り株があります。

巨樹の根 6














こちらは宝輪杉とあります。
縁起の良い名前ですね。

巨樹の根 5














解説板にある様に、やはり輪は宝物。
人と人の間にある輪を大切にして、その中に皆の幸福があるということでしょうか。
何か宗教の様になってきてしまいますが、とても重要な事と思います。

巨樹の根 7














年表には806年から年代が刻まれています。
改めて、木々の生命力と偉大さを感じますね。

私もこの根のように木材界に深く根を張り、皆さんに撫で撫でしてもらえるような(笑)貴重な存在?!になるべく、今年も木の虫に励む所存です。
参拝を兼ねて会いに行ってみてください。
御利益を頂けるかもしれませんよ。

巨樹の根 1
















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