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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  エピローグ〜

洞のカツラ、その見事な姿にしばらく見とれていたい気持ちはあるものの、心を急かせる理由は帰る為にもちろんながらも、再度来た道を戻らないといけないということ。

洞のカツラ 17

若干けもの道のようになっているように見えるとはいえ、昼薄暗い中一人で、クマに怯えながら(涙)草をかき分けて帰るのです。
普通は、苦労してたどり着くと「よっしゃ、来た道やから、怖くないぞ!」と少し思うんですけど、今日はちょっと違う。
クマじゃないんです。もう一つの理由です。
実は、この洞集落は既に住民全員移住し、現在は人がいないのです!(汗!!!)

うひょ〜!!!万が一なにかあったら叫ぼう、と思ってたのに、しかも民家があるから大丈夫!と言い聞かせてきた、小さな心臓はバクバクと脈打っています。

洞のカツラ 13

この連載の当初にも写真をだした石碑ですが、右側の「平成二十三年十二月 洞区民全員転居」の大きな字が見えていませんでした。
なんたることか。
事前情報の集会所と民家という言葉ばかりに気を取られ、目に入っていませんでした。
よく考えると、民家の前に立ち入り禁止看板があるのも見えていなかった・・・・

最初に鳥居にシートがされていたこと。
そして途中の社殿の燈籠にもブルーシートがかけてあったことから、なんとなく背中では人気のなさを感じてはいたものの、山の中に入る自分にそんな情報は必要なく、誰かいるもんだ・・・いや、居てほしい!と信じていました。

洞のカツラ 18

カツラとの出逢いも、別の意味での背中のゾクゾク感を感じていたのはやはり人気のなさゆえでした。
石碑にあるように、往時は富山県との交易でさかえたようですが、車があるとはいえ元々が多くはない住民の数からすると、奥飛騨のさらに奥山に位置する洞地区にとっては、生活という意味での基盤を保ちにくかったのかもしれません。
もちろんそれは、私の勝手な想像なのですが石碑を眺めていると、ものすごく淋しいといいますか、ふるさとを離れるということを思うと、目の前にある民家と集会所が今にも霧と消えるのではないかと感じるような儚い気持ちになってしまいます。

平家の時代から住んできた地をはなれるということは、この立派な石碑をみればどのようなものだったかを思うことができますし、今後も石碑によってその事実は無言に語り継がれていくことでしょう。
感動的な巨樹訪問のはずだったのですが、気がつけば少し物哀しいような、そんなエピローグになってしまいました。







って、まだ終わりじゃありません。
私にこんな大きな石碑を見落とさせた犯人を、この記事にさらさねばなりません!!!

通常であれば、先ずは周辺にて巨樹の位置や存在を知らせる案内を見つける為に、石碑や看板は読むのですが、今回はこいつのおかげで、こんなことになってしまいましたよ!


洞のカツラ 1


ミラーの左、見えますか?

おまわりさん、こいつです!!私に攻撃してくる奴は!!
早く捕まえてください!!!

人がいるなら頼みたい。そんな気持ち。

写真にはただ一匹ですが、実は車の周辺には数十匹?いや百以上?!という景色がかすみそうなくらいの数が飛んでいて、それも何が原因か知りませんけども、車に体当たりしてくるんです!!!
最初は走行中の小石の跳びはねの音かと思っていたのです。
そしたら違うんです。こいつ、走行中からずっとぶつかってきてたみたいで、停車してもずっと「バチン!・・・バチンバチン!!」と音がする。
ドアを開けると絶対車内に入ってくるし、開けないとカツラには行けない。
チクショー!!!


そんなこんなで、停車してから「体当たり」が納まるまでイライラとしていたので、あの石碑を見落としたのでした。

しかも、よく見たら集会所の壁にカツラへの道順が記してある・・・・(涙)

洞のカツラ 11

無意識のうちの道順は正解だったものの、これを見ておけば安心していたのに・・・
いや、住人不在をしっているとなると、そうでもなかったか・・・


しかしながら、以前に同じくビビり巨樹紀行をお伝えした「大古井の千本カツラ」も同じく岐阜県の山中。
巨樹も木材用の人工林も、そして豊かな混交林をも育む岐阜県ならではの、ドキドキ巨樹紀行ですが、もうカツラの場合はある程度の諦めで行くしかありません。

いつになったら慣れるのやら・・・

いつも以上に、巨樹の存在する場所と「ふるさと」について感慨深くなった、今回の洞のカツラへの訪問となったことをここに残しておくことにします。


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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)ぁ

山道を何キロ走った(通行できずにバックで下ることも含め、)のかもわからないほどに、「ここ以外に集落への道はあるのか?!地図にない道が!!?」と山道を何回往復したかわからない、前回までのやるせなさとは違い、開きかけた道の先は明るく、多少大雨での土砂が車道に流出してはいるものの、今までの事を考えるとドンドン車をすすめられます。

そして進んだその先、民家の様なものが見えてきた!!!!!
おぉ!!洞地区に違いない!!「誰か、だれかいませんかぁ〜・・・」
心の声で、実際は車で走っているのですが、山あいでは民家が見えるだけでも心強く、しかも今回は事前情報にて「集落の方にカツラへの道をたずねた」とあったので、私も訊くが一番!と住民を探しながら車をゆっくりと進めました。
すると、人を見つけるよりも先に目印となる集会所のある広場に到着。

洞のカツラ 21
 
おぉ、この地区の皆さんは、ふるさとを誇りに思ってらっしゃるんだなぁ・・・

この時は、やっとのことでたどり着けたことと、カツラに早く逢いたい一心でしたので、この写真から見きれている一つの石碑には目がいっていませんでした。
なので、後ろに見える集会所も、どの地域にもある「今はほとんど使われない集会所」になっているんだろう、と思っていただけでした。
いや、これも後に記しますが、降車しようとする私を阻む者の存在の為かも知れません。 
そう思い込んでいました。

情報によると、集会所近くの民家の裏手にそのカツラが存在するといいます。
とりあえず、鳥居があるところから廻り込んで、道がなければ民家にお声かけしてみよう!
そう思い、とりあえず待ちに待ったカツラの姿を探しに、昼少し暗い鳥居をくぐり裏山に入っていきました。

洞のカツラ 20

「あれ?!参道に草が・・・
それに鳥居にもカバーみたいなものがかぶせてある・・・
さらに進むと燈籠にもブルーシートのカバーが。
むむ?!
地区の人達が高齢でお世話ができないのか?!それとも?!・・・・・」

こんな山の中で、もし人がきいてたら変人かと思われるくらいの音量で、↑の言葉はしっかりと口から発しながら歩いています。
一つはクマが怖いから(涙)。もう一つは、反対に人がいてほしいから・・・・

いつもどおり、入り口でビビり乍も進んでいくとなにやら道の様な状態になっている。

洞のカツラ 19

方向的にこれに違いない!
これなら安心!、と自分に言い聞かせ歩を速めていくと、おぉ!!!!あの姿はまさしく!!

洞のカツラ b

あぁ・・・・やっと逢えた・・・
今回は、かなりの廻り道を要した上に、何度も諦めかけたので感嘆の声もひとしお・・・
このまみえた瞬間の姿を残そうと、遠目に一枚。
実は、近くに見えますが距離は結構離れているのです。のちほど、昌志メーターでお分かり頂けるでしょう。

その正式?!な姿がこちら。

洞のカツラ c


これぞ、私が抱く森の巨人のカツラです。
太いひこばえが入り乱れ、少し傾斜した沢沿いに、小さな祠を抱きながらたたずんでいる。

まさしく、森のカツラの理想の姿!!!

洞のカツラ 5


紅葉にはまだまだ早い初秋の訪問だったのですが、「新緑」とでも形容したいほどの緑の美しさが命の輝きをみせ、それに対してくすんだカツラの樹皮が、季節の移ろいや時間の経過すら意識させず、ただしずまった山の空気と共に私と「洞のカツラ」との間にありました。


一部を除くスギのような単幹の巨樹巨木であれば、樹高や幹回りの太さ、そしてインパクトのある表情などの「ポイント」を押さえておけば、素人である私が写真で切り取ったとしても、「ある程度」の説得力のあるものが取れると思うのですが、カツラの場合はその私の定石は通じません。
もちろん、出会ったときの姿もそうですが、どのように印象深く伝えるかということと、ある意味どのカツラの巨樹も「同じに見えてしまう」ために、近接写真では違いを伝えにくいというところに、素人泣かせのポイントがあるのです。

洞のカツラ e


特に写真のように主幹?!部分が失われていたりすると、巨樹を強調する太さの基準の○○mという単位では語れなくなってしまうので、いつもの私の好きな見上げるアングルもこのように、中央に青葉が光る!という形になってしまいます。

もちろん、それはそれで美しいのですが・・・

角度を変えてみましょう。

洞のカツラ d


あれ、おんなじだ・・・(汗)。
でも、カツラに出会った時には、こうやって近くにより添って上空を眺めるのが好きです。
葉っぱの青い時は光を受けて、また葉っぱの無い時には空に対比して一層「太い幹のない巨樹」としての存在感を表現してくれるように感じます。

しかし本当は、もうちょっと離れてじっくりとその全体像をお届したいところですが、この10数年でカツラの周辺の木々が成長しているようで、ネットで見た事前情報写真の様なアングルでは、カツラの前に数本の木々がかぶってしまい、うまく撮ることができない!

なんとかギリギリのところから、カツラの偉大さを伝える為に私を含めて一枚撮っておきたい!!というのがこの写真。

洞のカツラ a


単純な大きさが伝わるでしょうか。
本当はもっと離れたいところですが、限界。

しかし、巨樹の時間の流れの中では一瞬かもしれませんが、周囲の木々にとっての10年というのは確実に流れていて、当り前ではあるものの土壌や環境の変化というのは巨樹の廻りでも確実に進んでいるんだ、ということを改めて感じさせてくれました。

洞のカツラ f


もう数十年で、カツラの一部として取り込まれるのが先か、それとも朽ちていく方が先かという祠に手を合わせ、何度も何度も見上げては周囲を歩き、若いヒコバエと古い?ヒコバエそれぞれに触れながら、ようやく出逢えた感謝を伝えました。

本当はまだまだゆっくりと、時間の流れを感じながらカツラと一緒にいたかったのですが、実は私焦っていました・・・
写真を撮っている間も落ち着かず、記事ではゆっくりとしているようですが、相当焦っています。
その理由はいつもの通り、「一人山行きビビり」だからです。

それにもまして、民家の裏と思っていたここは実は、もう今は「民家だった建物の裏」になっていたからです。
エピローグは、岐路の車に戻って冷静になって気がついた、この集落とカツラについてを記しておきたいと思います。



洞のカツラ所在地

岐阜県飛騨市宮川町洞

おそらく、2018年現在からは、宮川町の打保駅北からの山道ルートは道路として通ることができないと思われます。宮川町菅沼から上る道がありますので、そちらから行くと沢の下方に菅沼のカツラを見ることができ、それを過ぎてそのまま上ると、前回写真に出していた林道の分岐T字路に出ます。それを左折(北)して下って行くと集落の先に集会所が見えます。

使われなくなった集会所の前に駐車可能。
集会所の壁に、カツラまでの案内看板あり。(次回参照。)


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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) 〜

ここは岐阜県飛騨市の北。
南北に細長い岐阜県においてももう少し北へ行けば富山県、というあたり。
観光上は「飛騨高山」と言われることが多いですが、市街地観光の高山市中心部からすると、車でも1時間・・・いや、今回の目的地までだと1時間30分以上はかかるほど、近くて遠い?!飛騨市の山の中です。

洞のカツラ 24

峠道にはところどころにこのような看板が見られるようなところなのですが、わかってはいるものの万が一クマに出会っても、ゆっくり後退なんてできないでしょうね、私。
絶対走ると思います。
この看板みるだけで、山の中の巨樹に逢いに行くヤル気を半分以上削がれるのですが、まぁそれくらいの山の中だという事です。

大阪から行くと、鉄道高山本線に沿って走る、国道360号線を富山県方面に北上していくと打保駅近くの宮川町に出る。
きりたった山あい、というほどではない川のせせらぎと山の緑が美しい地区だと感じるその宮川町から、今回の目的のカツラに逢いに洞谷という方面に上っていきます。
事前情報では、舗装はしっかりしているということだったので、いつものように愛車で行くには涙が出るような道ではないことが唯一の安心材料でしたが、やはり山あいの巨樹まではそう簡単には通してくれず・・・・・


今までの経験上、山道を上るということはいろいろと問題がある場合が多いです。
工事での通行止め、土砂崩れ、道が既に無い、道があっても到底乗用車では行く気になれない、または行けそうなのに草や枯れ木が数キロも続き「途中で車も人の心もボロボロ・・・」的な時など・・・
今回も、若干の懸念はあったものの穏やかな宮川町の風景を見ながら、意気揚々と車を走らせていたのですが、うぅ・・・・・やっぱり・・・・

洞のカツラ 2

この写真の先はご覧のように未舗装路で、しかもその土さえ見えないほどに草木が生い茂った状態・・・
あぁ、やっぱり・・・
そういえば、事前情報の訪問も優に10年以上前のこと。
どうも、最近はこの道が使われていない様子。このまま歩く?と考えるも、まだこの先数キロはある上に道が見えない状態ではどうしようもない。
その上に、冒頭のクマの看板です。
あぁ、やはり今回も山の巨人には逢えないのか・・・
そう嘆きながら、苦労して上ってきた車一台しか通れない道をひたすらバックして帰路へ。

ここはこの時の巨樹巡りの一番の目玉だっただけに、落胆しながらも「縁がなかったんだ・・・」と思い、一山向こうにいるお目当て巨樹に行くことにしました。
そしたらなんと、そこも・・・

洞のカツラ 3

先程のようではないものの、のぼり始めてすぐに斜面が崩れています。道路には大きな落石と台風で折れた枝が散乱し、こちらも道ではない状態。
とほほ・・・と思いながら、落石と折れ枝を度々降りては手で移動しながら行けるところまで行こうと上り、ようやくこちらは辿り着くもなんと!!
お目当ては道路より15m程下の沢沿い。
しかもお目当てまで降りられる予定の階段が、大雨の土砂崩れで崩壊・・・・

もう、今日は運もない・・・もう諦めて帰ろう。クマがでてきそうや(涙)・・・

と思いながら車に戻るも、「さっきの道(↑の写真)をバックで戻るんやったら、このまま山上ってみようか。もしかすると、山越えしてさっきの目的地にでられるかも・・・まぁ、無理やわな、地図でも道路ないんやから・・・」と独り言が出る。

どこか諦めきれない思いで、とりあえずそのまま車を走らせてみると、割合に進むことができる。

洞のカツラ 25


お?!わりとまともな分岐点!!
方角的に、このT字路を左折すると、先程諦めた目的地の洞地区方面!林道名もそうなっている!!
これはもしや、いけるのでは?!
急にヤル気が復活し、この先の洞集落にてカツラの居場所を尋ねればいいや!、と考えてはいたものの、実際私を待っていたのは、淋しい現実と車の外から襲い来る黒い集団だったのです・・・

次回、本編に続く・・・・

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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) ◆

海外、ことヨーロッパにおいて神様を代表する木といえばやはりオークでしょうか。
もちろん、ほかにも伝説の木はありますがゼウスの象徴であるといわれるオークは、木材としての価値や存在感も含めて立派な地位であるといえます。

それに比べて、というのも失礼ではありますが今回のカツラは木材としては、オークほどの価値は知られていません。

桂2

いや、その利用に地域性があるから、といった方がいいのかもしれません。
良質なカツラの材を産していた北海道では、アイヌ民族の丸木船、寒冷地での接触冷感の少なさからフローリング材など、私の周りではもっぱら彫刻材だったカツラが地域によって大きく用途が違っているのです。

そうです、前回京都の桂の地名を出しましたが、同じく京都の葵祭の使の冠にカツラをかざすとなっているらしく、これも用途を限った特別なものだと感じます。
伝承や古典に多く出てくるカツラですが、その時代の人たちはカツラのどのような姿を見ていたのでしょうか。
皆さんは想像できますか?


私はカツラのイメージは2種類で、一つは生業である木材としてのカツラでもう一つは、多くの株を立ち上げて生い茂る森の巨人であるカツラです。
古典に出てくるカツラは、上記のどちらでもないと思いますが、それでも古典の時代から伝えられたであろうその命を、今でもこの目で見ることができる(正確には、そのすべてがその時代からあったものではないけれど・・・)ものの一つがカツラです。

巨樹の多くは時代の流れとともに移り行く世界や、その時代に暮らした人々の営みを見つめ続けてきたはずですが、古典に出てくるカツラのように伝説的な存在ばかりだとは限りません。
むしろ、これから伝説・・・いや言い伝えによって数千年先に残るのだろうと思われるカツラの巨樹があります。

次回に紹介するカツラの巨樹は、平家の落ち武者が隠れ住んだとされる地であり、車では行くことが容易ではあるものの、人里離れた、と言わざるを得ない場所に生き続ける姿をお伝えしたいと思います。


洞のカツラ 21

 

 
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平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  

いきなりですが木材として考えたとき、カツラという樹種を簡単に想像できる人は、彫刻に携わる方くらいでしょうか。
山登りをされる方は、秋の紅葉で早くからその姿を見せる樹種ですし、なによりもその特徴的な香り(材の香りではなく)を好まれると思いますが、意外と一般的ではない樹木のような気がします。

 

 洞のカツラ 22 

 

カツラについての詳細は以前までの記事にありますが、その意外と知られていないカツラも、古典には多く登場し更には特定の祭事にも伝えられてきたということは、木材関係者には特に知られていないと思いますので、あえて取り上げたいと思います。

この年になっていつも恥ずかしく思うのは、やはり学生自分の学の無さ(汗)、です。
今回のように古典を取り上げたく、肝心の古典古語を理解しようにも、解説現代文を読まなければわからない。いや、読んだとしてもやはりその時代の人たちの気持ちを汲みながら理解するにはやはり古語そのままで読みたいもの。
今から勉強、と思っても知りたいことはほかにも山ほどあり、苦慮するところ・・・
基、そんな古典に登場するカツラはいつもどこか魅力的で幻想的です。
針葉樹のように、現実的な材としての用途などではなく、伝説や神様とともにある、といった感じ。

私の住む大阪府から少し東に行った京都府京都市には、その建築と庭園で有名な「桂離宮」があります。
この桂離宮のある地、「桂」も一説によると樹木のカツラの伝説によって命名されたようです。
「木の上に神が宿る」といわれる「ゆつかつらの木」に因み、月読命がその木の傍らにたち、桂と名付ける、というお話。
「ゆつかつら」自体は、それをカツラに見立てたものということになっているようですが、「ゆつ」は「神聖な、清浄な、葉が茂った」という意味を持っているということ。それにゆつかつらは宮殿の門の前に立っている木、ということで、皇室縁の離宮とカツラ(桂)というのは、伝説上も至極当然の組み合わせ、ということになってくるようです。


神様が宿る、といえばカツラは「たたらば」のあるところに植えられた、とも伝えられています。

洞のカツラ 23
(たたらば跡)

たたらば、とは有名な映画でおなじみの製鉄施設ですが、実はその「たたら」の神様が降りた木だという伝承から、たたらばの近くにはカツラの木がある、ということ。
伝承の一部ですし、広葉樹の森での「たたら」の場合はカツラももちろん近くにあったでしょうから、言い伝えなのかもしれませんが、どちらにせよ、「神が降りた木、宿る木」という点では「ゆつかつら」にも共通していますので、伝説伝承に彩られる木であることに変わりはありませんね。

 

 
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