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イチョウ

今回こそは・・・念願のタイミング 〜飛騨国分寺の大イチョウ〜

待ちに待った、いや満を持して公開します。
季節感たっぷりに、タイムリー(大阪近辺では)にお届けできる初めての黄葉巨樹記事かもしれません。

地元大阪でも黄葉(紅葉)が始まっていた先日、もしかするともう遅いかもしれない・・・と若干諦めもありながらも向かった目的地、それは「飛騨国分寺」。
あ、もちろん仕事で物凄く近くに行くもので、寄らない手はない!ということで寄っているのですが、巨樹を目的にしている私とは違って普通の観光客の皆さんは、飛騨国分寺その物を目当てに来られた時に、そこにある「大イチョウ」に驚かれるという構図なわけですが、もう今回は飛騨国分寺の蘊蓄は抜きです(笑)。

今まで多くの黄葉(紅葉)巨樹巨木をめがけて、秋の道を走ってきたわけですが、いかんせん、仕事の都合や思うようにその時期に合わせて動けないこともあり(基本、巨樹探訪は木材の旬にあわせて冬なので・・・・・)、その美しい色彩の妙を味わうことは稀でした。
いつもなら、常瀧寺の大公孫樹の様に黄色い葉っぱではなく、真っ白な雪に包まれたりしていましたし・・・・(汗)。
しかし、今回は違いました!
散っているかもしれないと思いながらも訪れた私を待っていてくれたのは、黄色い吹雪舞う、飛騨国分寺の大イチョウでした。

飛騨国分寺の大イチョウ1

手前に写る紅葉もきれいですねぇ。

いつも通り、写真のウデのない私にとっては、この美しい姿を十分にお伝えすることはできないまでも、興奮した私の気持ちだけでも実況しておきましょう。
飛騨国分寺の大イチョウは、イチョウの巨樹としても十分な大きさを持っていますし、観光地である飛騨高山の街中に存在する巨樹としては、立派なものです。

しかし、今回のポイントは幹回りではなく黄葉。

飛騨国分寺の大イチョウ10


イチョウに限った話ではないですが、イチョウは特に黄葉のあとのその葉を落とすスピードが早く、一度散り始めると風が吹こうものなら、まるで金色の雪が舞っている様な美しさで舞い散るのです。
動きの無い写真では、私にはこの散り吹雪を伝えきることができませんが、当日は時折強めの風が吹き、散ったかと思うと急に晴天になり、黄金に輝く様な色彩を見せる場面があると思えば、急に陰っていき若干残る緑の葉の色が強調される部分があったりで、多彩な表情の変化に、いつまでたってもカメラをしまうことができずに困ってしまいました。

丁度以前にお伝えした「延命寺の夕照もみじ」もそうで、黄葉(紅葉)の美しさの一つは、時間の経過とともに変わりゆくその色合いと、木々の表情の変化だと思います。

山吹色に近い黄色かとおもえば・・・

飛騨国分寺の大イチョウ3

太陽光ひとつで一瞬にして・・・

飛騨国分寺の大イチョウ4

レモンイエローに若干の新緑かと思うほどの緑が入る変わりよう。
本当は、これ以前の青葉の時期にも二度訪れたことがあり、その時はやはり見事な大きさに魅了されたのですが、この黄葉というマジックの中では、さすがに色彩に目を奪われてしまいます。

何度も言いますが、もしこれが黄昏時や早朝の陽が昇り始めたころであれば、時間変化とともに感じる風景の移り変わりの素晴らしさに、言葉がなかっただろうなぁ・・・と推察するのです。

樹木そのものの持つ美しさもありますが、写真というその一コマではなく、その場にいることによる時間という軸が加わることで、単なる二次元から三次元への体感の違いではない、四次元といってもいいような、不思議な空間にいる感覚ではなかろうかと想像するのです。

飛騨国分寺の大イチョウ9

そういうことを考えていると、人が持つ五感というものはなんという素晴らし器官なのかと感心してしまいます。
一つの感覚器官である「目」で見て美しいと感じるものが、さらに増す情報として、「耳」があります。

これも写真ではどうしようもないですが、秋の「木枯らし」と感じる突風めいたものが吹いた瞬間・・・
「カサカサ・・・サァー、カラカラカラ・・・・・」と乾いていながらもどこか大イチョウの息吹を感じるような「散る音」が聞こえるのです。

そう、黄金の散り吹雪の中で。

飛騨国分寺の大イチョウ5

その音を聞いていると、目を閉じていても十分に散りゆく美しさを感じることができますし、目を開けていれば尚更のこと・・・
その散り方は、ソメイヨシノのそれとは異なり儚さではない、次の息吹への序章のような、続いていく一連の物語のように感じます。

本当のところは、この「黄色い葉の黄葉」を写真に収めることができれば十分!と思っていたものの、五感を刺激する大イチョウの黄葉は、改めて、その時その場に居合わせてこその感覚的美しさなんだなぁ、と実感。
もちろん、有名写真家さんなんかは、その時間さえも切り取って映してしまうような方もいらっしゃいますが、自分にはできないというもどかしさも、なぜかその場にいる時間を尊いものと感じさせてくれる材料にさえ思えます。

飛騨国分寺の大イチョウ6

まだまだ散りはじめではあるものの、大イチョウの足元はこのような感じ。
枝ぶりが見事なだけに、この根の周りにはそれほどの葉は積もらないかもしれないけれども、それでも「イエローカーペット」とでも言いたくなるほどの、いや、黄色いビロードというようななまめかしい厚みをもった絨毯の様相を見せ始めています。

撮影日は11/15。

朝は結構冷えるものの、日中は暖かさの残る寒暖の差がある日々。
木々の命のリズムは太陽光とともに寒暖の差が大きく関係するのですが、今年はとてもいいリズムだったのかもしれないなぁ、と一人満足。

飛騨国分寺の大イチョウ11


訪問より少し前に雨が降ったこともあり、足元をよく見るとまるで嘘のように美しい水玉が・・・・

中国の方を含めて多くの観光客がおられたのですが、ほとんどの人は、降り積もる黄色い絨毯に光る露の輝きまでは、目に留まらなかったようです。

さて、最後にいつもの大きさ比べをしておきましょう。
幹に観光客が被らないタイミングを見計らって・・・・

飛騨国分寺の大イチョウ8

本当は真横に立ちたいのですが、そんなに悠長にセッティングしている余裕がないほどに人がいることをお察しくださいませ。

いや、ぜひ青葉の時期と紅葉の時期に訪れてください。
広々とした境内に塔まで収める飛騨国分寺。(塔はあえて出しません。笑)
駅からも徒歩圏内。近くにはホテルも多数ありますので、高山にお出かけの際はお手を合わせにおいでください。


普段はその巨躯ばかりに気を取られがちな巨樹訪問ですが、今回ばかりは、観光客に交じってアングルを探して撮影です。
灯篭を傘のように包む苔の緑越しに見る大イチョウは、いつまでもそこでの時間の変化を楽しんでいたくなるに十分な対比となりました。
ありがたや、黄葉・・・

飛騨国分寺の大イチョウ12

飛騨国分寺の大イチョウ所在地

岐阜県高山市総和町1丁目83

境内が十分に広いので駐車可能。ただし黄葉時期は込み合うこともあるので、周辺の駐車場へ。


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訊きたくなるのはその形か音色か・・・ 〜医王寺のラッパイチョウ〜

またや、またですわ。

今年は寒波が来る!と見せかけて、割と温かい日が多くて黄葉(紅葉)が様々なところで、ゆっくりとみられるように感じます。
しかし、肌寒い中で「ほっこりとするような黄葉(紅葉)」を見るのとは違うので、少し感覚がおかしいところもありますが、楽しめる時期がながかったのは事実かな。

でも、この時期になると毎年「今年こそは綺麗な黄葉(紅葉)の巨樹を紹介するぞ!!」と思いきや、タイムリーに紹介できる写真がなくて時季外れのあおあおとした木々を紹介することになっているのですが、やはり今年もまたですわ。

でも!!今年は普通とは違いますぞよ。
あおあおとはしていますが、ちょっと特別なやつですよ!(もともとの黄葉(紅葉)の趣旨をはずれてますが・・・・)
紹介するのは黄葉が美しいはずの「イチョウ」です。
今まで「浄善寺のイチョウ」や西日本最大ともうわさされる「常瀧寺の大公孫樹」、「津島神社のイチョウ(と御旅所のイチョウ)」、そしてイチョウサイド(再度)ストーリーから続く「一言主神社の乳イチョウ」と「下城の大イチョウ」などなど、様々なイチョウを紹介してきました(結構紹介してるね・・・)が、今回のイチョウはちょっと違いますよ。

訪れているのは兵庫県篠山市。
このあたりだと、丹波の黒豆を想像する方も多いでしょうが、私の場合は紹介したい巨樹古木が多いことの方が先に立ってしまうのです。
その中でも、「ちょっと違う」のはこれなのです。

医王寺のラッパイチョウ3

その名は「医王寺のラッパイチョウ」。
県指定の天然記念物に指定されているそれは、その名の通り、通常はアヒルの脚のような形をしている葉っぱが、まるでラッパのような円筒状の形をしているのが大きな特徴です。

まずは見てみましょうか。

医王寺のラッパイチョウ2

わかるでしょうか?!
写真中央上部に、穴のように口が開いているように見える物や、中央株に「のっぽさんの帽子」のように円錐形をしている葉っぱがあるのが見えています。

これこそラッパイチョウ。
平たに広がる葉っぱの印象を覆し、まるで音を発するのではないかと唇に含みたくなるような円筒状の葉が各部に見られるのです。

医王寺のラッパイチョウ5

少し離れると見づらいかもしれませんが、実際の目線ではこんな感じ。
頭上に出ている葉をよくよく観察してみると、いたるところに「ラッパ」があるのがわかるはずです。
普通にイチョウだと思ってみているとまず気が付かないであろうその葉っぱですが、目を凝らすとうれしくなるくらいにたくさんのラッパがついています。

案内板にあるように、他にもラッパイチョウは存在するのですが、この木のような出現率の高さは珍しいようです。
ちょっと注意すれば容易に発見できるほどにたくさんあるのはやはり、貴重なんでしょう。

また、このラッパ上の葉は「イチョウの原始葉」と考えられているというのですが、生きている化石と称されるイチョウは、古代には多くはこのような葉の形をしていたのだろうか?!
イチョウには他にも「お葉つきイチョウ」という珍しいものもありますが、今では変種や奇形種であるこれらのイチョウも、古くは各地に存在していたのかもしれませんし、環境への適合の過程に現在の形に進化し落ち着いたのかもしれません。

医王寺のラッパイチョウ4

樹木そのものとしては、巨樹でも古木でもまったくなく風格があるわけではないのですが、稀少性という意味では県指定の天然記念物に値する価値があるものだと思います。
篠山市のホームページのよると、樹高は25m、幹回りは2.3mというデータです。
何もしらなければ通り過ぎてしまうような存在にみえますが、やはり人に知ってもらうというのは大事なこと。
様々な巨樹を紹介するサイトがありますが、これは紹介されていないように思います。
そりゃ、巨樹じゃないものね・・・

でも、これはこれで価値がある上に、訪れた最初はまぁ、正直たいしたことないなぁ・・・という感じであったものの、このラッパ状の葉を眺めていると、とても可愛らしく何とも言えない魅力を持っているように感じてくるのです。

医王寺のラッパイチョウ1

銀杏のできているところにラッパがあると、さらにかわいらしさアップです。
球形の実と円錐形のラッパの形がなじむんでしょうかね。
樹齢は不明ということですが、まだまだ若々しいのではないかと思いますので、これから100年?いや、もっと長く成長し、県指定どころか国指定の天然記念物に昇格し、訪れる人たちがラッパ状の葉だけではなくその大きさにも感動する時代が来ることを期待しています。

医王寺のラッパイチョウ6

ほらね。
やっぱりスケールとしてはもうちょっと頑張りましょう的な、小学生の子供の成長を見るような気になるのが親心?!
市や県の後押しで、後世に残る名樹になることを祈っています。


さて、今回は「ちょっと違う」イチョウでしたが、この篠山市には実は「全く違う」ものも存在するのです。
それはイチョウではありませんが、これこそ他に類を見ない世界で一つの存在。
日置のハダカガヤ、です。

ハダカガヤ


この木がどういった特徴を持っているのか。
その名前から想像はできるかもしれませんが、つまりは「裸」なのですよ。
こちらはあらゆるサイトで紹介されていますから、有名になっていますがいずれは私の記事でも紹介したいと思っていますので、その日まで期待して待っていてくださいね。


医王寺のラッパイチョウ所在地

兵庫県篠山市北169

境内に駐車可能です。

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雪に埋もれて750m 常瀧寺の大公孫樹


さぁ、木の虫ブログ定番の「雪まみれの巨樹巨木ツアー」の始まりだよ!!


子供ならいざ知らず、大人になると「雪まみれ」なんてぜんぜんワクワクしないこのコーナー。といいますか、普通はそんなことしませんが、私の場合は雪まみれ確率が非常に高いという事で、私の記事は積雪の巨樹との2ショットが拝める珍しい巨樹巨木探訪記である、というのも、もしかすると一つの特徴かもしれませんね。


縦に長い兵庫県。
私のイメージでは北部といいたいところですが、地図上は中部位に位置している丹波市に青垣町というところがあります。
山あいの静かな町という勝手なイメージですが、その山中に今回目当てで訪れた巨樹が存在します。

その所在地は、山中とはいっても1時間の登山!とかそういったものではなく、750mほど登ればいい、という数字を単純にみるとそう苦でなさそうで、マップで見ても道のついている部分に近そうな位置であったことから、わりと気軽に「ちょっと登るか・・・」位で訪れたのでしたが・・・・

お目当ての巨樹はお寺にあるという。
それは、どこに行っても街中の巨樹はお寺や神社の敷地に保護されている場合が多いので、例にもれず、境内に入ると少し山手に「これかぁ!!!」の如く現れるのだと思っていたものの、駐車場に止めて入っていくとすぐに「大公孫樹登山道←」の看板が・・・・

常瀧寺の大公孫樹2


そう、お目当ては大公孫樹。
ん?!!?!、登山道?!!?!?!
まぁいいや、少し山登りする、といったことは事前調査で把握済み。山は好きだし、早く逢いたい。

そんな感じで看板の示す通りに進むと、トラックが登っていそうな広い登山道に出る。
おぉ、やっぱり。少しは登山道を歩くのか。仕方ない、早く行こう・・・・
そう自分に話しかけその道を登り始めたのです。

しかしながら、さきほどから「早く」とか「まぁ、いいや」とか若干後ろ向きで何かを気にしがちな雰囲気であるのには理由があって、実はここに到着の2時間後に大事な講座の受講が控えていて、現地からでも車で30分ほど移動しないといけなかったことがあり、時間を気にしていたことと、冒頭の「雪まみれ」が示すように訪問当日は朝から天気予報通りの雪。
丹波市でも道路にも積雪。スタッドレスタイヤでも若干滑るところが出るほどだったことから、例の「750m登山」という言葉に少しビビっていたことで、期待の巨樹への道が不安という霧に包まれ始めていたからでした。

そんな中、少しづつ「登山道」に入っていくと予想通りの積雪量。

常瀧寺の大公孫樹3

まさか登山靴など履いてきておらず、スニーカーで登り始めた足元はみるみる雪に埋もれ、振り返ると遭難者の様に私の足跡だけが新雪に残されている様な状態。
頭の中には、「今年は雪が多かったこともあって、雪山遭難結構出てたなぁ・・・」という風に考える自分が出てきて、行けども行けどもその姿の見えない巨樹への不安がつのるばかり。
そう、一番怖いのは遭難とか事故。
一人で山に入って、しかも雪の時期。場所によっては携帯電話など電波の入らないところが多いので、万が一あれば多くの人に迷惑をかけてしまいます。
だから、さえぎる物の無い登山道で猛吹雪を受けながらも全く寒いという感覚はなく、携帯電話の電波が入るかどうかを常にチェックし、足元の安全などを確認しながら登っていくのでした。

普通の感覚で言うと、750mは頑張っていけばさほどの距離でないと想像するのですが、それが登山の750mは違います。
そりゃそうですよね。勾配があるんだもん。しかも足元は新雪。滑るわ埋まるわ、途中には崖崩れしてるところもあるわで、普通に登れない!!
あぁ、しまった、完全にあかん(ダメ)パターンや。
そう思うまでには既に15分が経過していました。
もう少し早く気付けよ!、そう思うでしょう。
何故ここまで無理してきたのか?!それは、もちろん同じ場所に2度訪れる機会は非常に稀だということと、なにより冬場以外は「ヒル(蛭)」がたくさん出没するので、結構やられるという話を聞いていたので、この時期しかない!!と決めて入っていったことが最大の理由だったかもしれません。
それで万が一あれば大変ですが、気持ちの50%は「あの曲がり道で引き返そうか・・・次に吹雪いたら・・・」といつでも戻る心づもりで歩いていたことは報告しておきましょう。

非常に前置きが長くなってしまいましたが、「あかん、もう帰る時間が無い。あの曲がり角で最後!」と心折れそうな中決心し最後の曲がり角を曲がると、何やら大きな影が・・・・
あれか?!!・・・・いや、あれであってくれ!!
半ば祈る様に、疲労した足を引きずり雪の中を進むと、やっと見えてきた。あれや・・・

常瀧寺の大公孫樹11


まるで仙人が鎮座しているような、修行道をのぼりつめた私を待っていたかのように眼前にあるその姿には、「あぁ、逢えた・・・・」ただその言葉だけ。

これがお目当ての大公孫樹。すごい。
雪をかむるその姿に、しんどさを忘れしばし佇むのみ。

常瀧寺の大公孫樹5

立派であることはもちろんわかっていて訪れたものの、やはり雪の中で、しかも山中の巨樹に逢うというのは、自分がそこにいるということに違和感を感じるような、そんな感覚にとらわれます。

いや、現実そんなにゆっくりも出来ないんです。
既に予定の時間を大幅にオーバー。少し余裕を見ているとは言っても、ここまでの所要時間は28分。帰りの事を考えると、雪の中急いでも25分?!・・・
急がなきゃ!!

通常の様に、苦労せずとも逢える巨樹であったなら、このイチョウにはかなり驚きその異形に畏れ慄くところですが、気持ちの焦りと吹雪の28分登山の後の小刻みに上下する肩の当時の私には、「早く撮影を!」の一心しかなく、淡々とカメラアングルを探していたことに、帰宅後の画像確認でようやく気がつくのでした。

常瀧寺の大公孫樹7

それにしても大きい。
状況が状況だけに後で知ったことですが、この銀杏は西日本最大のイチョウと言われているそうで、立派なはずです。
異形の上に最大と来られると、おそれおののく以外にありません。
そしてもちろん、巨樹というのだから大きいのですが、周辺に他の樹木が無いこともあってか、その存在が強調されて神々しくも感じます。
吹雪の中なので、いつもの様に立て看板の由緒書きは既に雪で読むことができないことから、近くに建てられている休憩小屋の中にある由緒書きを読んでいると、実は山道に入る前の常瀧寺の境内は、古くは現在の境内よりも立派な伽藍で裏山に位置していたようで、後に現在の位置に移ったために、大公孫樹との距離が離れたしまったようです。

常瀧寺の大公孫樹4

そして急いでいるがあまりこの看板を熟読する暇がなく、帰宅後に調べていてわかったことですが、この大公孫樹が実は源実朝暗殺の折に、公暁がその身をひそめたことで有名な鶴岡八幡宮のイチョウ(現在は倒れてしまっている)の親木ではないかという説があるのです。
その理由は、なんと2つのイチョウのDNAが一致しているからだそうで詳しい事は調査中だといいますが、なんとも不思議かつ面白いお話ではないですか。
樹齢1300年と言われるこんな立派な巨樹です。そんな逸話や伝説がないとおかしいくらい。
興味は深まるばかりです。

しかし驚くのはその大きさだけではありません。
何も知識が無く訪れていると、「巨樹の手前にもう一つ大木があるやんか、2本あるなんてすごいなぁ。」そんな感想になるはずなんです。
そう、常瀧寺のイチョウは、この大きく枝を広げた異形であることは誰も疑うことはないと思いますが、その傍らにも普通に考えるとかなりの太さのイチョウがあり、子どもかそれとも新しく芽吹いたのか?!と思ってしまうのですが、よーく見てください。

常瀧寺の大公孫樹10

大銀杏の裏側に廻るとよくわかりますが、斜面下側に向かって大枝が垂れています。
そして、その枝の先を見るとそのもう一本の大木が見えます。(雪で見えにくいけど、現地ではみえます・・・)

常瀧寺の大公孫樹8

お分かりでしょうか。この大銀杏は、伏状更新という状態にあるのです。
伏状更新とは、日本海側に分布する杉の巨樹にも多く見られる現象ですが、垂れ下がり、地面についた枝から地中に根を張り新しい幹としてでてくるもので、イチョウでは果たして目撃したことがあったかどうか、記憶が出てこないほど珍しいです。

それに加えて、大きく太く伸びた枝にはイチョウ独特の「乳」が大きく垂れ下がっており、さながら空の下の鍾乳洞の様。
そのうちこの乳も地面まで垂れるのではと思われる位の迫力です。

常瀧寺の大公孫樹9

外見のこの迫力からは想像しにくいですが、解説版にあるように、落雷なのかそれとも火が燃え移ったのかは定かではないですが、主幹の内部は大きく黒焦げていて、痛々しく感じました。
もちろん、巨樹になると主幹が空洞になっていることはよくあることですから、だからと言って弱っているとは言いませんが、それでも立派な主幹を見たいと思うのが巨樹探訪者ではないでしょうか・・・

常瀧寺の大公孫樹6

すごい上に実に興味深い、そう考えたのは温かい部屋の中だからで、この日実際の現地では「湿った雪のために物凄く冷たい」ことに加え、寒さ対策のためにダウンのジャンパーの下には温かい起毛のベストを着て、更に毛糸のセーター、おまけにマフラーをぐりぐりと巻いていた状態で750mを息切れする様に登った事から来る「ジャンパーの下のみ汗びっしょり」の、両極端な状態だった為に全く冷静さを欠いていました。
山登りでの汗対策は必須ですが、朝の大阪は寒かったものの雪は降っていなかったことから、装備のアンバランスが招いた結果でした。
懸念していた「ヒル」は避けられたものの、時間に追われて寒いわ暑いわ、靴までぐしょぐしょやわで、写真には出ない苦労だらけの訪問となったのでした。

追い打ちをかけたのはカメラ。
上記の様に冷静さを欠いていた私は、イチョウの周りを歩きながらアングルを考えていた時、ずっと電源を入れっぱなしだったことに気がつかず、せっせと撮影を始めたところ、液晶画面に電池の赤いマークが!!!
「なにぃぃ~~~!?!もうないの?!!昨日充電したやん!」と誰もいない山中で一人驚く。
が、理由を理解した私。
「まぁ、いいや。予備の電池があるから・・・・」と鞄を探り始めるも見当たらず・・・・ただでさえ汗がびっしょりのジャンパーの下に、「もしかしたら、電池ないかも・・・」と焦りの冷や汗が伝い始める・・・
「やってもたぁー、講座で使うからそっちの鞄にわざわざいれたんやったぁー!!」
きちんと整理して荷づくりしたきっちり屋の吉五郎な性格が災いし、肝心な撮影に電池が足りなくなるかもしれないという失神寸前の私。
しかも、何度も言いますが、新雪の中時間に追われ、汗まみれ雪まみれの登山の末にたどり着いた巨樹やのに、今からやり直しでけへん!!、という後悔がどんどん溢れて来て、疲労もありもう倒れそう。

何とか開き直り、電池の続く限りデジカメでしか取れない写真を優先して撮影していった結果何とか、思うものは撮れたものの本当に自分の未熟さを感じてしまいました。

結論、講座にも間に合った(間に合わせた)ので、全て予定をこなせたのですが、やはり後で見る写真に映るイチョウの迫力は、冷静にその姿を肉眼に焼き付けておきたかったと思うもので、デジカメの画面越しに見る構図ばかりが頭に残っているのが少しばかり悔しいところでした。
本気になれば再度いくこともできますが、どうしてもヒルが気になって気になって・・・

もし、再度いくことになれば絶対もう一度記事として紹介しますので、その時は「あぁ、また行きよったんやな。」と笑ってやってください。
そんなこんなで、良くも悪くもとても忘れることのできない巨樹訪問記になり、苦労したとはいえ、雪に佇む巨大な命に逢えたことは大きな想い出になった事を報告して「雪まみれの巨樹巨木ツアー」を終了したいと思います。

常瀧寺の大公孫樹1


常瀧寺の大イチョウ所在地

兵庫県丹波市青垣町大名草481 常瀧寺の奥の山中

駐車場に車を停めあがっていくと、境内右手に小さな墓所があり、その脇から「登山道」に入っていきます。
私はあっていませんが、ヒルに注意することと冬場は特に雪で足場が悪かったり崖崩れしていたりして道幅が狭く通りにくい部分があったりする危険もありますので、油断せずに登られる事をお勧めします。

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ご神木に無事を祈願して・・・ 北口本宮冨士浅間神社


誰かの巨樹巡りの記事で見たような覚えがあるのが、「記憶が薄れる」っていうこと。
訪れたその時は鮮明に記憶に残っていても、人間というのは忘れる生き物。少しづつその記憶は薄れていきます。
実際のところ、とても探究心旺盛であったと記憶する学生時代の心理学の先生曰くは、「人間は忘れる事ができる、生き物よ」との事。
イヤなことも怖かったことも心配事も、忘れる事ができるから生きていける、と言われた覚えがあります。結構私には衝撃的な言葉で、とても印象に残っていますが、忘れないとすると反対にどんどんと記憶の脚色が色濃くなるのではなかろうかと思います。
特に男性諸氏は、「あの時の」彼女との想い出などはとても美しくデコレーションされているのではなかろうかと思います・・・邪推。

さて、何故そんな事を思うかというと、いつも思うんですが巨樹をたずねた時に感じる独特の雰囲気や匂い、感覚というものは写真では表現できませんし持って帰ることはもちろん、かないません。
だからこそ、その瞬間を大切にするようになるのだろうとも思うのですが、やはり良い記憶は出来るだけ鮮明にのこしておきたいもの。
どうしてそう感じたかは後で触れるとしましょう。

先日、取引先の2年に一度の懇親旅行に参加してきました。
場所は山梨県。
実は私、日本人ながら今まで一度も富士山に訪れたことがありませんでした。目的地が富士山という場合は、まぁ例外なく御来光を拝みに行く時だと思うのですが、5合目すらも訪れたことが無かっただけに、山梨方面周遊富士山5合目観光に喜んで参加してきたわけです。

それで、です。いままでそちらの方面にはおりたったことが無い、ということはその周辺の木々にもまだ会った事が無いということ。この機会に会いに行かずにおくべきか!!という事で向かったのは、富士山登山の入り口の一つであるとともに、昔は入山する前に登山の無事を祈ったとされる神社のうちの一つである、「北口本宮冨士浅間神社」に行ってきました。

北口本宮さんの森 1


バスのガイドさんに念の為聞いてみました。

  私   :北口本宮と東口本宮とあるけど、南口とか西口もあるの?!

ガイドさん:いやぁー、それはきいたことないねぇ・・・・

あ、そんなもんなのね。富士山を起点に東西南北にそれぞれの浅間神社があるのかと想像していましたが、どうもそうでもないようです。
実際のところの回答は、北口本宮冨士浅間神社のホームページのよくあるご質問(やっぱりね・・・)に掲載されています。思想的にもとっても見ごたえありますので、是非読んでみてください。

ただ、訪れたい木々のある浅間神社だけでも「小室浅間神社」や「忍草浅間神社」などが周囲に点在していますから、えぇーっとぉ次は何浅間神社やったかな・・・・・ということになりますので、注意が必要。
因みに、河口湖近くにある七本杉で有名な「河口浅間神社」は”せんげん”ではなく「あさま」と読む、と早朝に巨樹巡りする私を載せたタクシーの運転手さんは教えてくれました。
ホンマにややこしい。
余談ながら、同じ様な名前のある神社の代表と言えば「白山神社」!!これは外せません!もちろん、「○●稲荷」も相当数存在しますが、白山神社だけはもう、ホントに各地にあるどころか村となり位の距離に点々とあったりするもんだから、正確な住所や場所の不明な「市町村指定」クラスの樹木や指定外(または未指定)の樹木が白山神社にある場合はぞっとします。

それはもちろん、以前に迷いに迷って周辺にいながらたどり着くまでに2時間ほどかかった覚えがあるから・・・
皆さんも名称や所在地はしっかりと調べて向かいましょうね。

さて、本題の北口本宮さんです。

車道に面した参道には見事な並木が立ち並び、道路際から眺めても「これも巨樹のうちの一つか?!」と思う位のサイズのものがあり、歴史の永さを感じさせます。

北口本宮さんの森 2


その参道を抜けると新しい朱塗りの鳥居が出現します。
私の訪れる少し前(平成26年4月頃?)に鳥居の式年大修理がおこなわれたらしく、色鮮やかで、しかも木の香りがプンプンしていました。
(写真は参道入り口に向かって撮影しています。)

北口本宮さんの森 18


ガイドさんは最大の木製鳥居です、というようなことをおっしゃっていたように記憶しているのですが、うーん、確か記憶では明治神宮がタイワンヒノキ製でもっとも大きかった様に思うのですが、ここはガイドさんのお話に耳を傾けてじっくりと見てみることにしましょう。

いや、見る前に匂いで感じますよ。
プンプンと香るこの材はおそら米ヒバですねぇ。
私の鼻が間違っていなければ、風にのってくる香りがそっくりです。

また、いつものように社寺仏閣のこの様な大型の建造物に使われる桧というのは、日本には潤沢に存在しません。
もちろん、全部伐ってしまえば無いとは言えませんが、通常は供出できません。
だから、針葉樹で大径木で目が細かく加工のし易い材料で、しかもあたりまえですが屋外ですから、水湿に耐えることのできる樹種として白羽の矢が立つのは、やはり桧の仲間である米ヒバでしょう。

その材の色合いや、発する特有の香りが日本のひば(あて)のようであることから、日本での流通名は米ヒバ(べいひば)と言っていますが、紛いものとバカにするなかれ。
樹齢が高く大径木である事から、通直で木目の詰まった美しい材がとれる上に耐久性も高いとなると、木曽ヒノキの代用と言われるよりも、使われて当然のことなのです。

よく見ると、柱には鉋(かんな)の跡が見えますし、木目もはっきりと確認する事が出来ます。

北口本宮さんの森 19


さて、鳥居のまわりをグルグルと回って匂いを嗅いでいるおかしな材木屋を尻目に参拝の方が通り過ぎて行かれますから、写真スポットを確保すべく足早に境内へ向かいます。

一歩足を踏み入れると、境内の広さが感覚的に伝わってきます。
大きな社殿とその左右前後に広がる緑の存在感と境内独特の「音」。それらが私に境内の奥行と豊かな緑に包まれた厳かな空気を伝えてくれます。

私がこの北口本宮さんに訪れたかったのはもちろん、巨樹が存在するからですが、境内の空気と雰囲気だけでもとてもこころ落ち着くものがあります。
また、杉並木以外でも手水舎の傍にそこそこの大きさと樹高のイチョウもあります。

北口本宮さんの森 3

一本の株立ちで、そこそこ立派な太さです。
それにしっかりと背を伸ばしています。
これから何十年、百年後には立派なご神木に成長していることでしょう。
そういう意味で言えば、今この写真は「かぐや姫」のようなもの。私がおじぃさんになった時に、立派に成長したイチョウをまた愛でる事ができるかどうか・・・それまで頑張らないと・・・


さて、この後が本題の巨樹ですが、続きは次回におとどけしましょう。
だって、ここを訪れた時は珍しく時間に余裕があったので、90分ほど写真撮影をする事が出来たため、記憶を鮮明に残しておくために少しゆっくりと進めたいのです。
しばしお待ちを。

シリーズになってしまいそうですが、それ位に見どころのある北口本宮さん。
次回もゆっくりと見てくださいよ。




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巨樹巡りでも一休み 津島神社 御旅所のイチョウ


前回、立派な社殿を持つ津島神社の大イチョウを紹介しましたが、ここまで行って忘れてはならないのが社外にあるもう一本のイチョウ。
その名も「津島神社 御旅所のイチョウ」。
なんか響きがカッコよく感じるのは私だけでしょうか・・・

津島神社御旅所の銀杏 8

恥ずかしながら告白いたしますが、私、ここを知るまで御旅所を理解していませんでした。
御旅所とは、祭礼の時御神輿を一時安置する仮の建物、という意味だそうです。
御神輿=神様の乗り物(ちょっとおかしいですが・・)が休憩とどまる場所、ということの様です。

津島神社御旅所の銀杏 1


このイチョウのあるところは昔は天王川の西堤防にあたる場所だったということですが、今はT字路の角で車の往来も多い為想像もできません。
丁度、津島神社の大イチョウがある鳥居から東へ少し歩いたところにあるのですが、まさか川があったなんて、時代とともに大きく変わる風景を、どの巨樹も見てきたことでしょう。

津島神社御旅所の銀杏 2

根周り10m(目まわりではない。)、枝張り四方に約20mというその姿は確かに立派ではありますが、まわりには住宅と背後にマンションが見えるその景色は、何度考えても月日の移ろいで変わっていく風景の中でここまで大きくなったんだ、という想いになります。
樹齢は約400年ということですから、社殿の大イチョウの200年ほど後に誕生したことになりますね。
そう考えると、社殿のイチョウはその頃はもう立派な大木だったんでしょう。

津島神社御旅所の銀杏 5

さて、イチョウと言えば黄葉の美しさ。
前回も初めてのイチョウの巨樹の黄葉をお伝えするべく記事にしたわけですが、イチョウと言うと黄葉と乳と、その他にもう一つありますよね・・・
なんだったか・・・

そう、これだ!

津島神社御旅所の銀杏 4

私にとって、イチョウというとこの印象が強いです。
根上がり、と言っていいんでしょう。地を這うように意思を持ってどこかに進んでいくかのように這いまわる根っこ。
イチョウでは流谷八幡宮のイチョウの印象が強く残っているので、やっぱりかぁ・・・と感じるのですが、実はイチョウに限ったことではなく、切越の夫婦ヒノキ夏山の大スギの様な例もあるので、慣れてしまえば驚くこともないのですが、はっきりいって私は少し苦手です。
大人しく土の中におってよ、と言いたくなります。

津島神社御旅所の銀杏 3


ただ、もしかすると、このイチョウのある部分のみ道路面から一段上がった石垣になっているため、もしかすると道路整備の際に道路面の高さの調整をするために、この部分のみ元の高さに残されたのかもしれません。
ということは、解説板にあったように、他の部分より高い堤防の上が現在のイチョウの地面で、もしかすると川に面して育っていたのかもしれません。
いつも想いますが、400年前は無理にしても巨樹がまだ普通の木々だった頃の写真というものが見れればなぁ・・・と欲が出てしまいます。
いや、知ることが出来ないからこそ敬虔な気持ちになるのですが、やっぱり見てみたい気にもなります。

昔に移設された巨樹や、伐採されかけた巨樹などは写真が残っていたりしますが、そう奥は無いと思います。
現在は私の様に巨樹に会いに行き、撮影した画像を公開していらっしゃる方が多くありますので、100年後でも現在の姿と簡単に比較できるようになるんでしょうね。
そう考えると、巨樹に会いその場で想像してみる喜びというものが少しうすれるのかなぁ・・・と感じることもしばしば。
どちらにせよ、エゴですが・・・

津島神社御旅所の銀杏 7

結構車が通ります。
右に写るのが私ですが、ご覧のような高さに位置しています。
根を踏まないように道路に立っての記念撮影。

もうひとつ、このイチョウの見どころは「雄木である」ということ。

ギンナンのならない雄の木は、大抵こんなに大きくなる前に伐採されてしまうそうですが、ここが御旅所だったということで伐採をまぬがれて今日まで400年残る事が出来たのではないか、と言われています。
しかしながら、街路樹においてはその反対なんですね。
大阪では御堂筋に代表されるイチョウ並木。
本当に今のシーズンは美しいものです。
でも、その街路樹のイチョウが雌木だと、舗装された道路にたくさんのギンナンが落ちてきます。
そしてそれを車や自転車、通行人が踏むと何とも言えない香りがたちます。
香りというか、匂い・・・
悪臭として嫌がられ、街路樹には雄木を植えるようにしたいそうですが、初めは雄と雌の区別がつかないそうなので、そううまくはいかないそうです。

ただ木を見る、大きさに驚く、ということだけではなく、そういったことを考えながら見ていると、木々も生き物なんだという想いと、そこから来る先輩への畏敬の想いが重なると思います。

欲をいえば、この御旅所も綺麗な黄葉であるということなかったんだけどなぁ・・・
黄葉巨樹はまた次年度・・・できるかな。
その時まで御期待ください。


津島神社御旅所の銀杏 6


津島神社 御旅所のイチョウ所在地

愛知県津島市馬場町16前

駐車場無し(津島神社から徒歩すぐ) 


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愛知 津島神社のイチョウ


ここ2週間ほどで一気に気温が下がり、猛烈に冬を感じる季節になりました。
誰に会っても、秋はどこいってん!!、というような話ばかり。
そのうち日本も四季改め二期(冬季・夏季みたいな)になってしまうんだろうか・・・そう思ってしまうほどです。
楽しみにしている紅葉も、みるみる間に進んでいって、え?さっきまであおあおとしてたやん、とありえないようなことを感じてしまうほどに季節感を感じる余裕が無いような気がします。

さて、今まで紅葉・黄葉のシーズンに向けてバッチリとその色の移ろいの美しさのわかる写真で巨木をお伝えできればなぁ・・・と思いながらも、落葉樹にはいつもシーズンオフに対面でしたので、ことごとくその機会を失っていました。
ですが、今回はやっと始まったばかりの状態ですが黄葉する過程の葉っぱとともに、巨樹をお伝えできる事になりました。

紹介の樹種は今回も、先日の浄善寺と同じイチョウです。
そういえば、巨樹ページではイチョウが多いですね・・・イチョウの特集記事も書きましたが、今年は特にまな板用のイチョウの幅広材が店舗用に旅立って行きましたし、イチョウに関わる一年だったようにも思います。

その黄葉イチョウは愛知県にある津島神社のイチョウです。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 8

真っ青な空にまるで花束のようなイチョウの黄色がかってきた葉が映えます。
なんだ、そんなに黄葉していないじゃないか、ってそんなこと言わないでくださいね。私にとっては最大限の黄葉巨樹写真です(汗)。

さて、ここ津島神社は戦国時代、津島に隣接の勝幡城の出身である織田信長は、ここを氏神と仰いで造営その他に協力し、秀吉を始め豊臣一門は信長に引き続き、秀吉は西暦1591年楼門(重要文化財)を寄進し、西暦1598年には秀頼が秀吉の病気平癒を祈願して南門(県文化財)を寄進した他、社領等を寄進造営し尊信した、とホームページにある、由緒のある神社。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 2

朱の門が立派です。
駐車場もとても広く、参詣の方も驚くほどの数でした。正直ここまで立派だとは思っていなかった(失礼)ので、御参りするのに少し時間がかかってしまいました。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 6

その立派な境内の東鳥居の傍に大イチョウは聳えています。
「大いちょう」のたて板によれば、樹齢は600年とあります。
ということは、信長や秀吉の時代には既に鎮座し、成長盛りだったのでしょう。
今となっては歴史上の人物ですが、社の由来とともに目にすると、そんな様々な歴史上の人物にあってきたんだろうなぁ・・・と思い、信長って怖そうだった?!とか、秀吉はやり手だったのかな?!とか色々と質問したくなります。

実は境内奥にもイチョウがあります。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 1

巨木には程遠い太さですが、いずれ赤鳥居を覆うような高さになることでしょう。
そう、信長や秀吉が見た大イチョウもこれくらいだったのかもしれません。
そう思うと、巨樹になった姿を見てみたくなる気持ちが膨らみます。

さて、本題の大イチョウですが、例に漏れず、やはり乳が垂れています。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 10


たくさんではないですが、細長く、枝から滴る様に伸びています。
それにしても本当に不思議な光景です。
もちろん、樹木も生き物ですから何も不思議ではなく、人間の目で「木を者のように見ている」から不思議に見えるのかもしれませんが、イチョウサイド(再度)ストーリーでもお伝えした通り、イチョウは精子を持っているくらいですから、乳が垂れていたって何も不思議ではないのかも・・・・

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 5

しかし見れば見るほど立派で・・・いや、イチョウもですが社殿も規模もとても立派な津島神社。
結婚式場としての需要も多いのでしょう。
広い駐車場にはその案内板も架かっています。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 7

ここで結婚式を挙げた御夫婦の子供はお乳には事欠かず元気に育つのではなかろうか、とも想いたくなるのですが、そんな縁起担ぎはどうでしょう?!
木が結ぶ縁、というのもいいもんですよ。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 9

あちらこちらのアングルから撮影していると、地元の人でしょうか?やはり眺める人がいる。
他にもやはり御参りの人達も立ち止まって眺めたり、幹に手を伸ばしたしていました。
昔からたくさんの人たちの往来を見てきたんでしょうね。
もしかすると、私たちの方が見られているのかもしれませんね。

津島神社の大イチョウと奥のイチョウ

さて、素晴らしい社殿といつになく駐車しやすい駐車場に満足して帰ってはいけませんよ。
ここ津島神社にはもう一つ、社殿のイチョウではないイチョウが存在します。
巨樹に会いに回っていると、通る道により稀にすぐ近くに生きている彼らに会うことが出来ずにすぎ去ってしまうこともあります。
ここでも、駐車場からそのまま帰路に着くとなると会えないかもしれないもう一つのイチョウ。
見逃すといけませんから、特別に2話連続でお届けしておきましょう。
次回は津島神社 御旅所のイチョウです。
お楽しみに。

津島神社の大イチョウと奥の銀杏 3


津島神社の大イチョウ 所在地

愛知県津島市神明町1番地

駐車場、広々とあり



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ゆらゆら揺られてなに想う 浄善寺のイチョウ


私が住む大阪府の街中にある樹木で一番目につくもの、といえばやっぱりイチョウでしょうね。
堺市の方まで行くとクスノキの巨樹が街中にポツポツあって驚きますが、こと街路樹ということでいくと、大阪のメインストリートである御堂筋にならぶイチョウ並木は見事なもので、某大阪の信用金庫のシンボルマークに採用されるのも頷けるほどの認知度だと思います。

しかしながら、イチョウが注目されるといえばやっぱりこの季節から・・・
綺麗な黄葉を見せる姿はとても心地がいいものですし、見慣れた風景が全く違った印象に変わる瞬間で、時間に追われながらも季節感を感じさせてくれる、ほっこりとした風景です。
また、季節の料理に活かされる銀杏も日本ならではの様に思います。

しかし、そんなイチョウもところ変われば巨樹巨木がわんさかあるもんです。
といいましょうか、一時は絶滅したとまで言われていたこの樹種が、こんなに日本で巨木になっているなんて、と驚く事がある位にいろんなイチョウの巨樹がいます。
今まで紹介した中では河内の流谷八幡宮のイチョウ小国の下城の大イチョウ一言主神社の乳イチョウ亀山市宗英寺のイチョウなどがありますが、どれも個性的であり立派です。

イチョウの巨樹の見どころは「乳」と呼ばれるものです。
一言主神社のイチョウは乳イチョウと言われる位たれているのですが、これは気根という内部にでんぷんのたまっている部分です。
そしてそこには必ず、この乳を削り取って煎じて飲むと、乳の出が良くなった・・・という言い伝えが残っているのです。
事の真偽はともかく、そういった言い伝えが残るほど、人々に愛されてきた木である証拠ですよね。
だからこそ、街中に巨樹が残るのかもしれません。
因みに、イチョウのあれこれについては今までのイチョウの記事や一言主神社や下城の大イチョウを紹介した「イチョウ サイド(再度)ストーリーシリーズ」を参照ください。

さて、今回は本当はイチョウの見どころである、綺麗な黄葉をお伝えするはずだったのですが、残念ながら、今回も(!)葉っぱ無しです。あしからず・・・
訪れたのはシーズンオフでして・・・
それでも紹介したくなったのは、その場の雰囲気がすごくのんびりとしていたことが忘れられないから、です。

浄善寺の銀杏 2


巨樹巨木によくあるような、うねるような幹や先に挙げた目立った「乳」はないのですが、天にむかってまっすぐに伸びている幹がとても印象的なこのイチョウは浄善寺のイチョウ。

浄善寺の銀杏 1

とりたてて非常に大きい、というわけではないのですが境内にニョキッと立っているそのそばに、昔ながらのプラスチックのベンチ(それも結構きれい・・・)があったりして、なんか和みます。
保存の観点からいえば、厳重に近寄れないように柵をするなどの措置が見られるところもありますが、そんないかめしい雰囲気は一切なく、ちょっとベンチに腰掛けて先輩イチョウに人生相談でも始めたくなってきます。

浄善寺の銀杏 4


案内板にある様に、このイチョウは少し独特な遺伝子を持っているようです。
それも福岡県と韓国にあるイチョウそれぞれと同じ遺伝子をもっている、というのです。
福岡はまだ日本ですから理解できる?けれども韓国のイチョウとの関係は?!
なぞですねー。
どちらかが持ち込まれたものなのか、それとも同じ一つから分かれたものなのか?!!
やはり歴史あるものは興味深い点も多いです。

浄善寺の銀杏 5


それにしても、上の写真の様に、太い幹が出てくる地面の近くから大きく花が咲くように幹分かれし、それでいてまっすぐ上に向かって伸びるその樹形はやはり独特なものがあります。
それに乳が垂れていない事から余計にその樹形の美しさに目がとまるのでしょう。

浄善寺の銀杏 6

先程、イチョウの近くにイスが置いてあるといいましたが、そのイスの近くにブランコがあります。
あれ?!どこにも金属のステーのようなものがないけれど・・・
もちろんですね、イチョウの大きな幹からロープを下げられたブランコです。

これがなんとも心温まるというか、ほんわかします。
ベンチに腰かける男の子に、ブランコをゆらゆら揺らす女の子が話しかける・・・
う〜ん、ロマンチック!
訪れた時間が黄昏時だったこともあり、一人そんなことを想像し、自分の青春時代を振り返ってひと時目をつぶるのでした。

そうやって一人のほほんとしていたのですが、気がつけば近くに奥さまが・・・
どうもお寺の奥さまのよう。
挨拶をして少しイチョウの話をしました。
大阪から来ていますというと、ニコニコとして笑顔を返していただきました。
これも巨樹探訪で心温まる瞬間。
基本、人との触れ合いというのはいいものです。


浄善寺の銀杏 7


そんな事を考えられる位、どこかいい雰囲気の浄善寺。
もちろん、巨樹にも惹かれるものがありますが、その周りの環境も含めて印象に残ったのがこの浄善寺のイチョウです。
葉っぱはなくとも、黄葉していなくてもそんなこと関係無い、と思わせてくれる存在感でした。
もちろん、旺盛に葉を茂らせているところも見てみたい気もするのですが・・・

そうこう考えていると日も傾いてきました。
離れるのが心残りなのはいつも同じですが、やり残したことが一つ。

浄善寺の銀杏 3

女の子でもなく、つれあいもいませんが先程のブランコに腰掛けてイチョウと記念撮影です。
何を話したかは・・・内緒です。
青春の思い出話でも・・・・・


浄善寺のイチョウ所在地


島根県大田市三瓶町池田2132

境内に駐車可



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続・イチョウ サイド(再度)ストーリー・・・ 熊本小国 下城の大イチョウ 


いかがでしたか?!前回の乳イチョウの見事なお乳は。見ごたえがあったと思います。
イチョウに誘われて始まったこの「イチョウサイド(再度)ストーリー」ですが、今回は誘われたというか「え?来ないの?!」と心に語りかけられるような状況で出会ってしまったイチョウです。

先日の出張の折、スケジュールがタイトだったため、「今回は近くに巨樹があっても目をつむろう・・・」と心に決めていたにも関わらず、アホな心に火をつけるかの如くその大イチョウはご丁寧に国道に看板を出して待ってくれていました。

熊本県は小国町。
我々の業界でも木材生産地として有名なかの地に、下城という集落があります。もう少しいくと(後で出てきますが・・・)有名な杖立温泉があり、大分との県境にほど近い所でした。
道幅が広く綺麗なトンネルを持つ国道212号線(日田街道)が貫く小国町ですが、元々の国道は現在から川を隔てて向こう側にあったそうです。
それが近年の大きな崖崩れによって一部が通行できなくなり、現在のものとなったらしいのです。
今でもその旧道沿いには温泉の外湯があり、家族風呂や足湯を楽しむことが出来ますので、巨樹めぐりの旅の疲れ(そんな楽しい旅、疲れへんけどね・・・)を癒すことが出来ます。

個人的に杉のイメージが強い小国町に、私を待ち構えていたのが今回の大イチョウである、下城の大イチョウです。

下城の大イチョウ10
























国の天然記念物に指定されていますから、国道には大きな看板があり大イチョウのすぐそばにもこんな標識が立っていますが、とても静かで穏やかな印象を受けます。

下城の大イチョウ 9
























そして登場、下城の大イチョウ。
イチョウに関しては、葉っぱのない事に慣れている私にとっては意外なほどにあおあおとした葉が印象的です。
そのおかげで、幹の巨大さがあまり伝わらないのではないでしょうか・・・

では、そのお姿を拝む前に案内板をじっくりと見て行きましょう。(実は私も現地ではほとんどゆっくり読んでいる時間が無く、再度読み返しです。)

下城の大イチョウ 12














下城の大イチョウ 14














何故か案内板が二つ?!と思っていると、どうも新旧のようですね。しかし、これくらいのサイズの巨樹にはやはり「国指定天然記念物」の文字がよく似合います。
戦国時代末期にこのあたりの城主であった下城上総介経賢の墓所とあります。
樹高は20m、枝張り東西34m南北40m、目通り径10m、樹齢1000年以上という巨木です。

別名「チコブサン」。
ここでもやはりお乳の伝説は語られています。
大イチョウの乳を削り、煎じてのむと乳の出がよくなるとされています。
しかし忘れてならないのが、「祈願をこめてのむ」ということ。
ただ「効くから」と、化学薬品の様に飲むのとは大きな違いで、「一所懸命に祈る心と子どもを想う気持ち」が、大イチョウの力を借りて母乳となってでるのかもしれません。
やはり、巨樹に畏敬の念を持ち心の底から強い想いをもつことが大切だということなのでしょうね。

下城の大イチョウ 13














それにしても、近くへ行くと更に実感する葉と枝の多さ。
本当にあおあおと茂っている状態です。

下城の大イチョウ 15














道路側からだと、一部分しか写真に撮ることが出来ないので、裏に回ってみます。
すると裏側は何とかイチョウのそれらしい姿を見る事が出来ます。

下城の大イチョウ 16














しかし、その姿を見れば次には案内板にあったように、枝張りの大きさが目に飛び込んできます。
それも太い腕を豪快に突き出している様で、あなたは雌木でしょう?!おしとやかになさい、とどこかのおしゅうとさんみたいな文言が浮かんできますが、本当によく枝を伸ばしています。

これだけの大イチョウです。
張り出した枝ぶりからの実り銀杏は、一帯の方たちや動物たちの大きな恵みとなったことでしょう。

下城の大イチョウ 2














まるで、何かを捕まえようとする触手のように伸びています。
これでこの大きさです。

下城の大イチョウ 4



 私はほぼ真横ですから枝の太さも分かろうかと思います。








そしてこの大イチョウ、ご覧の通り大きな幹の周りにたくさんのひこばえが出ています。
林立しているとでもいいたくなるような状況です。

下城の大イチョウ 3














通常の巨木の場合、遠くからみて「ドーン」と構える巨大な幹を映し込んでいきたいところなのですが、どうもこの大イチョウにはそれは当てはまらないようです。

下城の大イチョウ 6












 裏側の小道から。











下城の大イチョウ 5














しかし、これだけの葉がついていると黄葉は素晴らしいでしょうね。
想像しただけで気持ちが高ぶるようです。
おそらく周りには金色の絨毯を敷き詰めたような様相になるに違いありません。そんな時期に訪れたいものです。

下城の大イチョウ 7
























当然根の周りには入れません(柵はないですが、マナーとして)ので、少し離れて記念撮影。
それでもやはり大きい!!

こんな立派なイチョウもなかなかないですね。
先の案内板にあるように、県内にもう一本、国指定のイチョウ「下田のイチョウ」があるそうですから、是非そちらも見てみたいものです。
それにしても南国(?)九州、巨樹が多い。
今まで訪れたものも含め、土なのか天候なのか、それとも何か他の要因か・・・
観光できないくらいに、巨樹を回る場所があるのではなかろうか。
もっとゆっくり九州巨樹めぐりを満喫したいものである。

と考えながら時間にせかされる私は、惜しみながらも下城のイチョウをあとにし、長く続いたイチョウサイドストーリーも一旦終了です。

下城の大イチョウ所在地

熊本県阿蘇郡小国町下城713
駐車場はありませんが、道路の交通量は多くありません。

ちょっと待ってください。
イチョウサイドストーリーは終了ですが、九州巨樹弾丸ツアーはまだ続くのです。
目をつむっていたつもりが、ギンギンに開いてしまいました。
こりゃ廻らないと巨樹に申し訳ない!いくぞー!!!!
次回に続きます。




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イチョウ サイド(再度)ストーリー・・・ 一言主神社の乳イチョウ


つい最近の記事で、太古より続くイチョウのお話に「いちおう」区切りをつけたところなのに、イチョウが私を呼んでいるとしか思えないくらいに、また引き寄せられてしまいましたので、仕方なく(喜んで!)イチョウのお話を再度始めたいと思います。

イチョウ(銀杏・鴨脚樹・公孫樹・いちょう)のことは、先日の生きていた化石の其の壱からその参までの記事を参照していただきたいのですが、歴史が古く生きている化石などといわれる割には、街路樹やギンナンとしていつも身近にある存在のイチョウの木。

そしてそれとは別に、社寺にはイチョウの大木が多く存在しています。中には樹齢1000年というものもあり、黄葉とともに人々の注目を集めています。
前回、イチョウには「お乳」があるというお話をしました。
男性諸君は喜び勇んで乳のあるイチョウを探すかもしれませんが、(そんなことないか・・)その乳があるということを理由に昔から「母乳の出が良くなる」として乳イチョウに会いに来る方が多くあったとか…

その乳イチョウ、前回の写真は少し見えづらかったなぁ・・・と思っていた矢先、仕事で出かけた先の奈良県御所市にて、まさしくの乳イチョウを激写する事に成功しました。
というか、現場のほんのすぐ近くで出会えるなんて想像もしなかったですが、場所を見て寄らないわけにはいきませんよね!!
ということで行ってきました、葛城一言主神社の乳イチョウです。

一言さんの乳イチョウ 19














一言さんには並木道を通って向かいます。
やはり、こういった雰囲気を味わってから境内に入るというのは、何か儀式の様な感じがして、お参りするんだというような木になりますね。

一言さんの乳イチョウ 1














そして並木道を抜けて石段を登ります。
木々の覆いかぶさり様がまた何ともいえず気持ち良いものがあります。

一言さんの乳イチョウ 2



 石段を上からみたところ。










一言主神社の一言さんとは、「願い事を一言だけ叶えてくれる神様」で、「いちごんさん」と呼ばれているそうです。
さて、イチョウのお話なんですが、この一言さんにはイチョウに会う前に目に入るだろう、もう一つの樹木があります。
それがこちら。

一言さんの乳イチョウ 14














怪しい人物が一人いますが、私ですので比較スケールとしてください。
これはムクロジだそうです。
案内板はありませんし、聞いてみても由緒の様なものが見つからないそうで、立派な木なのに勿体ないなぁ・・・と思ってしまいます。

一言さんの乳イチョウ 15






 あと100年くらいすると、もしかすると、「樹齢や由緒は不明」という看板がたっているかもしれませんね。














このムクロジを見た後には当然お待ちかねの乳イチョウの登場なのですが、ここでちょっと後悔する出来事が判明しました。
そのお話は後ほどするとして、先に紹介を・・・

一言さんの乳イチョウ 4














大樹にはよくいわれることですが、この乳イチョウの説明版にも書いてあります。みぃさんがすんでいる、と。
はて、みぃさんとは・・・・
これは大阪の方言なのかな?!昔から聞きますが一般的には同年代の人はあまり使っていない様な気がしますが、みぃさん=巳さん、つまりへびさんのことです。
白い巳ぃさんは神さんの使い。昔どこいらで赤鳥居と白い巳ぃさんの絵が描かれているのを見て強烈に記憶していますが、いろいろなところで言い伝えがあるようですね。

一言さんの乳イチョウ 3














ふむふむ、樹齢1200年!!すごい。
どんな歴史を見てきたのか。イチョウの生命恐るべし。精子も乳も持っている(乳は哺乳類のものとは違いますけどね・・・)ものが、1200年も生きるとは想像もできません。
さすがは「化石」。

一言さんの乳イチョウ 7




 さぁ、これが乳イチョウです。







しかし、イチョウに縁があるあると言っておきながら、いつも見られないのが黄葉。
テレビ中継があったり、話題になるほど有名なこの乳イチョウの黄葉だそうですが、当然今回も黄葉には会えず。
それどころか、上の写真の更に上がショッキングな事になっていました。

一言さんの乳イチョウ 9




 一礼して上を見上げると少し淋しい・・・んん?!








一言さんの乳イチョウ 5














ガビーン!お知らせ板に書いてあります。
内部の腐朽が激しく、空洞部分が倒伏の危険性があるので枝を切除した・・・と。
しかも、今年の4月の中旬のこと・・・おぉ、約2週間前・・・どうしてもう少し早く来られなかったのか・・・・・・

いまさらどうする事もできませんが、やはりその立派な枝ぶりを見たかった気持ちは強く残ります。
そういえば、駐車場にえらく新しい切り株がたくさんあるなぁ・・・と思っていたんです。

一言さんの乳イチョウ 16





 ほらね。








で、好きモノな私は当然近づくわけです。そこで気がつかない私もアホですがちゃんとこれを見て「イチョウやん・・」とかおもっているわけですが、まさかこれが乳イチョウの幹の一部だとは想像もしませんでした。

一言さんの乳イチョウ 17




 わかりにくいですが、中央に突出していますね。一目瞭然。







気を取り直して撮影です。

一言さんの乳イチョウ 8














どうだ、これでもか!!
これで「どれが乳だ?」と思う方はいらっしゃらないでしょう。垂れまくっています!

一言さんの乳イチョウ 10














しかし、昔の人は想像力が素晴らしいというか、敬虔だというかこれをみて乳イチョウとしたのでしょうか?
それとも、本当に乳が良く出たのか?
日本人は樹木とともに生きてきた事を如実に表している事例の一つが、これら巨樹とともに語り継がれるお話です。
それに、乳イチョウは全国的に見られますし、語られていますからやはりそれだけの御利益があったのでしょうね。
人間は生きて100年、しかし巨樹たちはその10倍、20倍以上生きるのです。
それくらいの神秘があってもおかしくないのが普通なのでしょうか・・・

一言さんの乳イチョウ 12






 主幹上部です。垂れた枝とともに切りおとされています。緑は多いですが、やはり淋しいですね。














そして主幹の株は痛々しいと思わせるくらいにえぐり取られた様に支えに寄りかかっている様に見えます。
治療で墨を塗っているそうですが、枝を落とした分の栄養で主幹を維持してくれるとよいのですが・・・

一言さんの乳イチョウ 13














参拝と撮影を済ませて帰路につく為に駐車場へ。
先程は気にならなかったのに、この枝がある頃は・・・などと想像しながら眺めていると・・・・

一言さんの乳イチョウ 18














・・・・・ミッキーマウスか!!!
とつっこみたくなってしまうのは私だけでしょうか?!
でも、ちょっと柔らかな気持ちになって帰路につきました。
今度こそ、黄葉のイチョウを見るぞ!!と心に決めて帰ったのに、こんなにすぐにさらに次の出会いがあるなんて・・・・
イチョウサイド(再度)ストーリー、もう少し続きます。

葛城一言主神社の乳イチョウ所在地

奈良県御所市森脇432
駐車場あり


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生きていた(?!)化石 「イチョウ」 其の参


さすがにはるか昔より続く歴史を持つ「生きた化石」イチョウ。
なかなか語り尽くすことができませんね。

第三回目は樹木としてのイチョウそのものについてです。

前回の記事にある様に、イチョウは社寺仏閣にも多くの巨樹を残しています。
ご神木として残っている物が多く、樹齢も高く見事なものを見る事が出来ますね。

薬師の大イチョウ







 あしからず、いつものごとく冬の巨樹めぐりですので、葉はありません。

 福井県勝山市の薬師の大イチョウです。











元々イチョウは、仏教僧により神聖な木として見られていたことも理由の一つだと思いますが、それと共に長寿や希望、統一のシンボルとして見られていた事も大切にされてきた理由でしょう。
それに伴ってかどうかは定かではありませんが、花言葉も「長寿・鎮魂」ということなのでやはり社寺に多いのは納得のできるところでしょうかね。

長寿や希望という言葉を用いる時、イチョウに関しては戦争時の広島への原爆投下爆心地から、一番近かったもので1130mのところにあった木が、翌年に咲いたそうです。他にも近くに合計4本残っていたそうですが、この事からも前回から続くイチョウの生命力を見てとれるものであると言われています。(爆心地近くの樹木ではたしか、桜もあり元気に咲いたといわれていたと記憶しています。)
当然、木が残っていてもあれほどの甚大な傷をもたらした爆撃には、それらの言葉を引用するのも不謹慎かもしれませんが・・・

さて、生活のなかでも銀杏は実用的に用いられています。
ぜんそくや咳、膀胱炎にきき生色でがんに効く(*)とされ、加熱したものは消化を助けると言われています。
毛細血管の血流を良くしてくれるので、記憶や集中力の停滞を防止しアルツハイマーや片頭痛の改善に期待されているそうです。
(*)医学的根拠の元での結果ではありません。あくまでも伝承としてのお話です。

ある程度、イチョウについて知ってらっしゃる方や植物に興味のある方ならば御存じでしょうが、イチョウの木にはオスとメスがあるのです。
男の子と女の子がいるということですね。
えーーっ!!、と思われる方も意外にいらっしゃるでしょうね。木にオスとメスがあるなんて。実際、私も無知なうちはそんなこと真剣に考えもしていませんでした。
さらに驚きなのは1896年(明治29年)、平瀬作五郎氏が「イチョウは精子を持っている」ということを発見されたことです。
花粉管が破れて精子が飛び出し、花粉室の液体の中を泳いで造卵器の中に入り受精する、というシステムだそうですが、とてもリアルな説明も、「イチョウの木がそんな活動しているのか?!」と訝しくなってしまいますが、それがシダ植物から裸子植物への進化の途中の状態といわれるイチョウの特徴かもしれません。

そして実を造るべく所(林内)では意図的に「ほとんどがメスの木」だそうです。その方が実がたくさんできるからだと思われそうですが、そうではなく、オスがたくさんいると実が出来過ぎて小さくなってしまう為に、わざとオスの数を減らしているそうです。
人間で言うともう、ハーレム状態ですね。なんとも羨ましいイチョウめ!!

基・・・

もうここまでくると、イチョウを木だとは思わなくなってきたのではないですか(笑)?!
さらにさらにイチョウにはもう一つ、人間の様な所があります。
さて、どこでしょう・・・

答えは「乳」です。

宗英寺のイチョウ
 少し垂れているのがわかるでしょうか。(画像クリックで拡大してみてください。)

 三重県亀山市の宗英寺のイチョウです。
 右側の彼も巨漢ですが(笑)イチョウは負けていませんね。(因みに私の友人。無理矢理連行!あんまり感動なし、私がっかり。)


一度でも老樹に会われた方ならなんとなくご存じか、もしくは異様に見えるかもしれないその「乳」を目撃されていることと思います。
正しくは内部に大量のでんぷんを含んだ「気根」というものですが、老木になると枝から地面に向かって垂れ下がってくるものがあります。
特に雄の老木の乳を煎じて飲むと、母乳の出が良くなるといわれその事から全国に、銀杏の大木のある「子安神社」が各地にあるのです。
そういえば巨樹めぐりをしていると、結構みかけますよ子安神社。

*乳の写真は後日の記事 「イチョウサイド(再度)ストーリー」も参照してくださいね。

とっても人間ぽい(?!)イチョウの話はここまでで、少しロマンチックなお話をしましょう。
前回、ケンペル博士がイチョウを日本に発見し欧州へ持ち帰ったことを書きましたが、実はかの文豪ゲーテさえも、そのイチョウをフランクフルトにて鑑賞し黄葉の美しさに魅せられたそうです。
そしてそのイチョウの葉を恋人に送っているそうです。
ゲーテが知ってか知らずか、イチョウの葉はしおりにすると「紙魚(しみ。本などの紙を食害する銀色っぽい体のすばしっこい虫)がつかない」といわれています。もしかすると、銀杏の葉を受け取った恋人は、そのイチョウの葉を好きな書物にはさんでは、ゲーテの事を想い浮かべたのでしょうか・・・・
そうかんがえると、あの葉がハートに見えてこなくもない・・・かな。

最後に、ほぼ日本中の街路にて目にすることのできるイチョウ。
それは、公害に強く病虫害に会うことも少ないことと、成長がある程度早いことが街路樹としての資質に合う事から用いられているものです。
とはいえ、成長が早い事によって大きくなりすぎたり、黄葉は美しいですが、その落ち葉がごみになる(私からするとけしからん考えですが、それでも近隣の方は迷惑なのでしょうか・・・)ということから早々と伐採されたり、これから黄葉という時に無残にも枝を「ぶった切って」しまっているのを各地で見かけます。
そのままにしておくと銀杏の潰れた時のなんともいえないあの匂いがあることも避けられない事情なのはわかります。
が、こういうときはやはり、木が生き物であることを忘れた人間の手前勝手で植えられた木々のことを想わずにはいられません。
また、古くは防火のためにも植えられたイチョウ。
生活に深く関わっていたんですねぇ。お寺などにも、本来はそういった目的で植えられたものも少なくないそうです。

本当の最後に、これだけ珍しくすごい特徴をもつ銀杏の中でも、特に珍しい種類が全国に数本あるのです。
それは「オハツキイチョウ」。

オハツキイチョウ 1













これは説明版のとおり種子が葉の上にできるもので、植物学上もとても貴重なものだそうです。

オハツキイチョウ 2




 巨樹というわけではないですが、会っておかないわけにはいきませんよね。








オハツキイチョウ 3



 ただ、結構葉が上に位置するため普通のデジカメではとらえづらかったのが残念なところ。







と、もうどこまで何を語ったかわからんようになるくらいに歴史のある木イチョウ。
結構近くにある木が、こんなに永い歴史をもっているということはなかなか語られないのではないでしょうか。
今年の秋は、是非これらの蘊蓄をかみしめながら(笑)、美しい黄葉をたのしんでくださいね。


追:後日談の「イチョウサイド(再度)ストーリー」も是非ご覧くださいね。



木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ!