空を見上げて
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感じ入った言葉

次のステップへ


いつの時代も、足を止めず進み続ける人達がいます。
私の身近にもいらっしゃいます。
昨日もその歩み続けている先輩のお一人とお話をしていたのですが、毎日に満足していてはいけないとわかっていても、いざ歩みを止めない人を前にすると自分は進んでいるかどうか、自問自答の世界に入ってしまいます。

芭蕉の言葉に「平生すなはち辞世なり」というものがあるそうです。
俳聖といわれる方でも平素の一句一句が辞世の句である、平素何事もなく過ごしていることすら、いつ崩れるかわからない。だからこそ、いつもそのときが最後という思いで真剣に物事に向かいたいものです。


次へ1


 次のステップに上るために、洒落っけをだして、弊社内の階段にて・・・

 いまでは、こんなラワンの幅広階段なんてできないだろうなぁ・・・と材料の事を考えてしまいますが・・・




この字の如くいつも努力し、今よりももう一歩進んでいけるような人間であるようにという思いを新たにしています。
簡単なようですが、なかなか進み続けるということは難しいものです。
大阪といえば、北摂なら、ましてや茨木で木材を探すならココ!という一番の材木屋になれるように、その気持ちを再確認しました。

因みに、上の写真の様なある程度のくりぬき加工なども承っています。
こんな技術ももっと活用して、木を使った可能性のある商品をご提供していきたいと思っています。


次へ2




 次の時代の材木屋へ。











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小さくても大きな「人の心」


この度の東日本大震災による多くの被災地の方たちに、心よりお見舞い申し上げます。
日々明らかになっていく激甚災害の爪痕を目の当たりにし、弊社が通常記事を掲載し続けることについて、担当自身考えるところがありましたが、やはり今回被災を免れた地域として、この状況でも通常営業をさせていただける有難さを理解しつつ、日々続けることで私たちの大阪までも経済活動が落ち込むことのない様にし、できる事ならば、そこから波及したことで、被災地への経済的若しくはその他の力添えのきっかけの一つにつながればと思い、業務させていただいています。

そんな気持ちで続けていた記事なので、震災関連の記事を載せるつもりではなかったのですが、今日の新聞記事だけは、どうしても掲載したく思い記事にすることとします。
また、一媒体からだけの情報を掲載することを控えてきたのですが、今回はその新聞記事に、被災地に向けての直筆メッセージの写真が掲載されていましたので、新聞社の社名を掲載し、引用させていただきたいと思います。


温かな心














 読売新聞社 3月18日朝刊 14版23面の記事を抜粋させていただきました。







この記事は、小学校2年生の女の子(8歳)が被災地に義援金として募金したというものです。
その募金額は1260円。
その金額を貯めた当初の目的は、5年生のお兄ちゃんの誕生日に花を買おうと、「洗濯物をたたんだら20円」という様に、お母さんのお手伝いのご褒美としてもらったものを少しづつ貯めていったものだそうです。
その期間1年。

東日本大震災のニュースを食い入るように見ていたその女の子は「募金もしたいけどプレゼントも渡したい」と泣きじゃくったとあります。
そこで、お母さんが「その気持ちを手紙に書いたら」と提案し、「お兄ちゃんとそうだんして、ぼきんすることにしました。おたんじょうびプレゼントをわたしたつもりにしました。」と綴られています。
毎日、日本以外の国からもたくさんの援助や励ましを頂き、今は感謝する事しかできませんが、大人だけでなく、こんなに小さな兄妹が心から被災地を想う心に、この想いが届き1日も早く支援が行き届く事を祈るばかりです。

いつも以上に日々暮らしていける事に感謝をしないといけないと感じる、温かい記事でした。



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西岡棟梁のお話


いきなりですが担当戸田昌志、読書が大好きです。

どれくらい好きかというと、以前調子を崩し入院していた時のことですが、忙しい毎日で読書の時間がとれずにいた為に、この機会逃すまじ!!とばかりに家内に頼んで、書架の肥やしになっている未読の本たちを病床まで連れてきてもらったのですが、「ルパン三世 カリオストロの城」の負傷後のルパンが食べ物をむさぼる様に(わからない方はぜひ見てくださいね。私の一番好きなルパンです。)、片っぱしから本たちを貪り読んでいたわけで、その量が半端なく、雑誌サイズもあったからなのですが、その本の入れ替えにいつもなにやら重たそうな紙袋を下げてくる家内が不審に見られていたくらいの、大量の本を読みました。

それくらい好きです。(伝わりにくいか…笑)
昔、本を購入した時のブックカバーにありました。

「本は知識と教養の泉」

出会った人たちからもそうですが、本からもたくさんの事を学んできました。
しかし、その後退院してからはまた読めない日々が続いていますが、先の出張の折、いつもは車での移動なのですが遠方だったため電車を使っていたこともあり、久しぶりにゆっくりと本と向き合うことができ、一人で「ウン、ウン。その通りです!」と変に頷いたりしながら読書していたわけです。

そしてその時に読んでいたのは、大工棟梁としてあまりにも有名な、故西岡常一氏よりの聞き書きの本でした。
ずっと前から読みたくてしょうがなかった本です。

読んだ感想は、受け取る方の考え方次第ですので、私から申し上げることは差し控えますが、一つだけ、どうしても記事にしておきたいものがありましたので、したためる事にしました。
それは、

「住む人の心を離れ住居なし」


一読瞭然ですね。
個々の考え方や思想、社会通念などはそれぞれあると思います。
その時代の事情があると仮定して、建築や工法、材料もそうでしょう。
しかし、この言葉はいつの時代も変わらないものであり、個々の考え方以前の物の様に思います。

住む人の事を考えず儲けに走る人、住む人の事を考えずに見た目の奇抜さを優先するデザインで遊ばしてもらおうとする人、材料の適材適所を考えずに使う人。
この人たちはもう、住む人の心を離れているわけです。
自分たちの為にしてるわけです。
それぞれ仕事ですから異論はあるでしょうが、そういう問題ではなく、やはり住む人の心を組み入れて建てる家でないと、それはもう「住居」ではないのかもしれません。


基本的に、西岡棟梁の様な宮大工(昔は寺社番匠と呼ばれていたそうです。)の方は、民家などの住宅建築は手がけません。
けがれる(失礼ながら、聞き書きの通りに…)といわれて、民家などを建てることはないそうです。
西岡棟梁の自宅も、よその人にしてもろた、と書いてありました。
ですので、この言葉は住居を手掛けることはないのでしょうが、そういった気持で仕事せい!という意味の訓なのでしょう。
私の経験では深い意味までは想像に及びませんが、一般建築とは遠い存在の西岡棟梁ですが、本の最初から最後まで、終始頷き倒しの出張の移動であり、こんな時代だからこそ、記事にしておきたいと思う、心動いた言葉の一つでした。




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人の想い


「想い」

思いではなく、想い。
「想い」とは『心という字から構成される言葉で願いおもうこと。イメージを持っておもうこと。』。


機械がどれだけ発達しても、どれだけ人の手間を省きスピーディーに事が運んでも、人の想いというのはそこにあるのでしょうか?!
想いのこもっていないものというのは、喜んでいただけるのでしょうか?!

早さが求められる時、期日が求められる時、価格が求められる時・・・いろいろな事情はあるとは思いますが、受け取る方の事を思い、またそこに届ける人の想いを込めたものこそ、受け取る人の心に本当に届く物ではなかろうかと感じます。


先日、異業種のお客様と木材製品についての打ち合わせをさせていただきました。
弊社は、専門業者として木材特有の「問題」とされる部分である割れや節、数量と納期の課題をお伝えしないといけないと思い、ご説明させていただきましたところ、想像以上に御理解をいただき、また期待以上のお答えを頂いてきました。

それは、冒頭の「想い」という言葉です。

安価でありながら高品質であるものや、丁寧な仕事でもスピーディーにこなしているものもたくさん存在します。
ですが、それよりも大切にしていきたいもの、「人の想い」をのせた商品というものも存在します。
後者は、もしかすると多くの数量には対応できないかもしれない、どんなに努力しても安価には提供できないかもしれない、決してスピーディーとはいえないかもしれない。
それでも、原材料からそれを扱う人、それを加工する人、それを販売する人、それぞれの想いを乗せた物造りは、受け取る人の心に響くと思うのです。

想いはなくとも商品としては成立します。

ですが、それでは人がいる必要性はなくなります。
機械の操作や物流の為の人員は必要かもしれませんが、ただの「物」の行き来であるだけで、物としての機能がなくなれば廃棄・・・・・
言葉が過ぎるかもしれませんが、これは使い捨てが広がった日本の現状ではないでしょうか・・・

失礼ながら様々なところで、「ただの物流業」、「ただの運送業」、「ただの販売業」という、ただそれを扱っているだけ、という形態が当たり前になっている様に感じます。
時代がそれを求めているのかもしれませんが、私はそこに人が存在する理由はないと感じます。

私の想いを以前にもお伝えしていますが、やはり「この人から買いたい!話を聞きたい!」と感じるような商品を扱う人間でありたいです。
そこに、私の存在理由があり、私が材木屋である理由があり、それこそがお客様に来ていただける理由であると思います。

今回打ち合わせさせていただいている商品は、まだどういった方向になるかわかりませんが、お互いに想いを共有できる形でお話をすすめることができそうですので、実現は容易でないと思いながらも、それぞれの想いを届けることのできる商品となるように進めていくつもりです。

少しでも多く、少しでも早くに皆さんといろんなもので想いを共有できるように励みますので、これからもよろしくお願いいたします。


木材にも人の「想い」を・・・・



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ノーベル賞をとるための5カ条 〜してはいけないこと〜


変な話ですが、年を重ねるごとにいろんなことに気がつくようになったり、今まで感じられなかったいろんなことを感じるようになるものですね。
人と会っていてもそうです。
話の端々にいろんなことを感じとれますし、見たものからもいろいろなことを勉強することができるようになってきました。
といっても、まだまだですが・・・


先日も「感じ入った言葉」として、新聞に掲載されているノーベル物理学賞受賞の江崎玲於奈さんの言葉を引用させてもらいましたが、同じく連載記事にて「ノーベル賞をとるために、してはいけない5か条」という言葉がありました。
ぜひ紹介したいと感じ、また引用させてもらおうと思います。(ご本人のお話の記事口調そのままです。)

・今までの行きがかりにとらわれてはいけません。
しがらみを解かない限り、思い切った想像性の発揮などは望めません。

・教えはいくら受けても結構ですが、大先生にのめりこんではいけません。
のめりこむと、権威の呪縛から逃れられなくなる。自由奔放な若さを失い、自分の想像力も委縮します。

・無用なガラクタ情報に惑わされてはいけません。
我々の能力には限界がありますから、吟味された必須の情報だけ処理します。

・想像力を発揮して自分の主張を貫くためには、戦うことを避けてはいけません。

・子どもの様なあくなき好奇心と、初々しい感性を失ってはいけません。


という、五つです。
これらは、スウェーデンの物理学専門誌に「江崎の黄金律」として紹介されたそうです。
ご本人は、ノーベル賞をとるための必要条件で十分条件ではありません、とおっしゃっていますが、とても大事でありながら、通常では見えにくい物事ではないかと思いますし、これらに気がつくかどうかということも、大きな違いになるものであると感じます。

万人にとってではなく、やはり向上心をもって生きている方には響く言葉ではないかと思います。
私も数度読み返し、頭と心に刻んだ言葉達です。







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感じ入った言葉


どんな世界にも優れた方はいらっしゃるものです。
また、その方たちはやはりおっしゃることや、思考されていることが他とは違います。
だからこそ才能を伸ばし、後に「優れた方」になっていかれたのだろうと思ったりもします。

先日ご紹介した「GIVE&GIVE」の精神を持っていらっしゃる広野道子さんの言葉もとても心に染み入るものでしたが、昨日の新聞に掲載されていたノーベル物理学賞受賞の「江崎玲於奈さん」の記事のなかにも心に響いた言葉がありました。

当然、他は関心しなかったのかというとそうではないのですが、これは!!と感じたものがあったため、ご紹介することにしました。
江崎さんについては、私の稚拙な説明よりもインターネット、若しくはその他の情報源を参照していただきたく思います。


「将来は現在の延長線上にあるのではなく、人間の想像力によってつくられるのだと悟りました。」


私がいうのはいかがとは思いますが、やはりノーベル賞を受賞されるような方。悟ったとおっしゃっているところもすごいですが、将来は現在の延長線上にあるのではない、というところ。
まさしく!!と勝手ながら共感していました。

故松下幸之助氏も、時代の流れに柔軟に対応し変化していかなければ生き残れないというようなことをおっしゃっていたと耳にした事があります。

読んですぐに理解は出来ます。
ですが、行動はできないものです。私だけでしょうか・・・

有難いことに、今年も弊社は順調に発注を頂き忙しく過ごさせていただいているのですが、そんな時だからこそ、先の「将来は・・・」の文言が頭からはなれません。
忙しくさせていただいてはいますが、それだけではいけない。それに慢心して努力や変化への対応を怠っていると、気がつかぬ間に取り残されてしまうと感じています。

まさしく「現在の忙しさが将来までつづくわけではない」というくらいに考えて気を引き締めていかなくてはならないということだと自戒させられる言葉です。
私を含め、普通の人間は順調な時は慢心しがちです。
そこを如何にコントロールして進んでいけるか・・・

私は一人ではなかなか上手にすすんでいけなさそうですが、いろんな方たちが支えてくださったり、助けてくださったり、たまに今回の様な記事の内容から気がつくことがあったりと、恵まれた環境にあるようですので、横道にそれないように!?一歩ずつ将来に向かって進んで行きたいと思った今日でした。



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GIVE&GIVE


先日、ずっと前に録画していながらなかなか見る時間をとれなかった番組を、やっとみることができました。
某局の番組ですが、21Ladyの広野道子さんが、現在の女社長(言葉は悪いかもしれませんが、番組通りに・・)になるまでのお話です。

最初は私が子供のころから馴染みのある「ヒロタのシュークリーム」を再建した方、という見出しに惹かれて録画しておいたのですが、それだけではない、とても勉強になる内容でした。

広野さんがサラリーマンである時代から、豊富な人脈を持ち活動する才能を買われどんどんと重責をこなしていかれる人生ドラマ。

その中で、私に響く言葉がいくつも出てきました。
箇条書きにすると、

・走りながら考える
・人脈つくりは恋愛と一緒
・不況こそ起業のチャンス
・石橋は叩かず素早く渡る

などなど・・・

感心しきりでした。

中でも、この言葉「GIVE&GIVE」は実践しないといけないなぁ・・・・・としみじみ感じた言葉です。
そのまま読んで「ギブアンドギブ」ですが、人と人との人間関係において、一般的にいう「GIVE&TAKE」ではなく、相手の欲しているものを考え、自らが与え続けることをすすめておられました。
また、そうすることでお互いの信頼関係を築けるということと、長所を認め合えるということが利点であるということです。

そういえば、私が日々お世話になっている先輩方もそうです。
様々な情報や、知識などを公私問わず与えてくださいます。
当然、そうしたからといって、その方に有利に働くわけでもなく、私からは得るものはほとんどないような状態にも関わらず、です。

どうしてこんなに良くしてくださるのだろうと考えると、やはり言葉は違うかもしれませんが、この「GIVE&GIVE」の心で接していただいているんだろうなと感じています。

冒頭の広野さんも、とても広い人脈をお持ちだったことと共に、様々な業界を超えて仲良くすることで、違った情報を得られるとおっしゃっていました。

私にはまだ人脈と呼べるまでの広さはないかもしれませんが、それでもいままで出会い、「GIVE&GIVE」の精神で接してくださる方たちがいらっしゃいます。
これらの出会いと人間関係に感謝し、自分もこれからは「GIVE&GIVE」で人を虜にしていきたいな、と感じ満足のいくテレビ視聴となりました。

皆さんは奥さんに、ご主人に、同僚に、得意先に、友人に、「GIVE&GIVE」してますか??



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