空を見上げて
トップページ » 巨樹・古木をたずねる
巨樹・古木をたずねる

平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂) ◆

海外、ことヨーロッパにおいて神様を代表する木といえばやはりオークでしょうか。
もちろん、ほかにも伝説の木はありますがゼウスの象徴であるといわれるオークは、木材としての価値や存在感も含めて立派な地位であるといえます。

それに比べて、というのも失礼ではありますが今回のカツラは木材としては、オークほどの価値は知られていません。

桂2

いや、その利用に地域性があるから、といった方がいいのかもしれません。
良質なカツラの材を産していた北海道では、アイヌ民族の丸木船、寒冷地での接触冷感の少なさからフローリング材など、私の周りではもっぱら彫刻材だったカツラが地域によって大きく用途が違っているのです。

そうです、前回京都の桂の地名を出しましたが、同じく京都の葵祭の使の冠にカツラをかざすとなっているらしく、これも用途を限った特別なものだと感じます。
伝承や古典に多く出てくるカツラですが、その時代の人たちはカツラのどのような姿を見ていたのでしょうか。
皆さんは想像できますか?


私はカツラのイメージは2種類で、一つは生業である木材としてのカツラでもう一つは、多くの株を立ち上げて生い茂る森の巨人であるカツラです。
古典に出てくるカツラは、上記のどちらでもないと思いますが、それでも古典の時代から伝えられたであろうその命を、今でもこの目で見ることができる(正確には、そのすべてがその時代からあったものではないけれど・・・)ものの一つがカツラです。

巨樹の多くは時代の流れとともに移り行く世界や、その時代に暮らした人々の営みを見つめ続けてきたはずですが、古典に出てくるカツラのように伝説的な存在ばかりだとは限りません。
むしろ、これから伝説・・・いや言い伝えによって数千年先に残るのだろうと思われるカツラの巨樹があります。

次回に紹介するカツラの巨樹は、平家の落ち武者が隠れ住んだとされる地であり、車では行くことが容易ではあるものの、人里離れた、と言わざるを得ない場所に生き続ける姿をお伝えしたいと思います。


洞のカツラ 21

 

 
木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

 

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

平家よりの伝記伝承、ふるさとに残し・・・ 〜洞のカツラ(桂)  

いきなりですが木材として考えたとき、カツラという樹種を簡単に想像できる人は、彫刻に携わる方くらいでしょうか。
山登りをされる方は、秋の紅葉で早くからその姿を見せる樹種ですし、なによりもその特徴的な香り(材の香りではなく)を好まれると思いますが、意外と一般的ではない樹木のような気がします。

 

 洞のカツラ 22 

 

カツラについての詳細は以前までの記事にありますが、その意外と知られていないカツラも、古典には多く登場し更には特定の祭事にも伝えられてきたということは、木材関係者には特に知られていないと思いますので、あえて取り上げたいと思います。

この年になっていつも恥ずかしく思うのは、やはり学生自分の学の無さ(汗)、です。
今回のように古典を取り上げたく、肝心の古典古語を理解しようにも、解説現代文を読まなければわからない。いや、読んだとしてもやはりその時代の人たちの気持ちを汲みながら理解するにはやはり古語そのままで読みたいもの。
今から勉強、と思っても知りたいことはほかにも山ほどあり、苦慮するところ・・・
基、そんな古典に登場するカツラはいつもどこか魅力的で幻想的です。
針葉樹のように、現実的な材としての用途などではなく、伝説や神様とともにある、といった感じ。

私の住む大阪府から少し東に行った京都府京都市には、その建築と庭園で有名な「桂離宮」があります。
この桂離宮のある地、「桂」も一説によると樹木のカツラの伝説によって命名されたようです。
「木の上に神が宿る」といわれる「ゆつかつらの木」に因み、月読命がその木の傍らにたち、桂と名付ける、というお話。
「ゆつかつら」自体は、それをカツラに見立てたものということになっているようですが、「ゆつ」は「神聖な、清浄な、葉が茂った」という意味を持っているということ。それにゆつかつらは宮殿の門の前に立っている木、ということで、皇室縁の離宮とカツラ(桂)というのは、伝説上も至極当然の組み合わせ、ということになってくるようです。


神様が宿る、といえばカツラは「たたらば」のあるところに植えられた、とも伝えられています。

洞のカツラ 23
(たたらば跡)

たたらば、とは有名な映画でおなじみの製鉄施設ですが、実はその「たたら」の神様が降りた木だという伝承から、たたらばの近くにはカツラの木がある、ということ。
伝承の一部ですし、広葉樹の森での「たたら」の場合はカツラももちろん近くにあったでしょうから、言い伝えなのかもしれませんが、どちらにせよ、「神が降りた木、宿る木」という点では「ゆつかつら」にも共通していますので、伝説伝承に彩られる木であることに変わりはありませんね。

 

 
木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

レクリエーション番外編 〜赤西の先代杉〜

今回の散策での大きな目的のうちの一つに、以前から名前は聞いていた数々の巨樹に逢うということがありました。
以前より所在は知っていたものの、渓谷沿いの森林の中にあること、そしてなにより国有林ということで、敷居が高いように感じていたのですが、そこは渡りに船。
もちろん、散策もしたかったのですがやはり、巨樹探訪家(?!)としては「そこに巨樹があるから!」的に遭いに行きたくなるものですから、今回誘っていただいた企画は本当にありがたかったのです。

そこで出逢ったのは、この森林セラピーロードの主役的存在になっている様子のこの姿。

赤西の先代杉1

赤西の先代杉。
小さく見えている看板に「天然スギ」とありますが、ここに来るまでの遊歩道(昔の森林軌道の跡らしい)には、スギの植林場所も多々あり、それらと区別するためにわざわざ表記しているのかと思いますが、言われなくても・・・的な姿を呈しています。

周囲が広く開けたところに、2本のスギが並んで立っているさまは、一目見た時に「杉の大杉」を連想しました。
スギの巨樹の場合は「三本杉」や「二本杉」ほか親子杉などのように、二本や三本が結合したようなものが少なくないですが、この二本は完全に別個体で存在しているものの、見事に並び立っているさまはとても立派です。

赤西の先代杉3


また、いつものような街中でもなく人工林の中にポツンと残った天狗杉のような存在でもなく、国有林の広葉樹の森の一部に縄張りを持っているかの如く残った姿は、単なる巨樹というだけではなく自然の中の摂理の流れの一部分を見ているような気分になります。

その理由は後程明らかになります。

実は、写真には写ってはいませんが先代杉の周りには立ち入りを制限するロープが張られています。
張られている、というか落ちてしまっていて地面にひかれている、という格好ですが、ここもやはり観光なのかパワースポット扱いなのかで、訪れる人が増えた時期があり人為的に縄をされたのだそうです。
一説には樹齢400年ほどという事ですが、それにしては少し樹幹に元気が無いように思いますが、環境の為か人の影響もあってか・・・?! 

道の駅などに出ている写真では、大勢で幹を囲む「お決まりポーズ」の写真があったので、いつもの「昌志スケール」を楽しみにしていたのですが、今回はお預け。

赤西の先代杉5


まだまだ元気!という姿ではないのかもしれませんが、風格は十分。

しかし、平坦なトレッキングにて訪れることができる見事な針葉樹と広葉樹の共存する森で風格を醸し出しているのは、もしかして先代杉そのものだけではなく、その周りに存在する広葉樹たちの緑と、そしてそれらに時代を譲った「先代の広葉樹」たちの姿でしょう。

赤西の先代杉2

私、このアングルがとても好きです。
向こうに見えているのが先代杉ですが、大きな倒木が数本折り重なって、そこに苔が生え、さらにその周辺に新しい生き物が生まれようとしている。

自然の縮図がとてもよく表れているような・・・

忘れてはいけないのは、国有林ではあるものの昔から人の関わってきた森だということ。
製鉄の跡や植林も行われた部分もあるなど、広葉樹と針葉樹の混交林であり人とのかかわりの大きな森の一部なのです。
そこで、こんな大自然のサイクルのようなものを感じることができたことに、とても喜びを感じました。

ただ先代杉の大きさをみて、「パワーだ!」というのではなく、大きく息を吸い水の流れや葉っぱの音をきき、草を踏みしめる。
それこそが、森が与えてくれるパワーだと思うのですが・・・
その縮図が上の写真の様な気がします。

まだ紅葉には早い、心地いい緑と黄色の森で貴重な天然杉に逢うことができました。
山と一言に言っても、やはりいろいろなタイプがあり、それぞれの営みがある。
それがとてもよく見えた、今回の散策となりました。
 

赤西の先代杉4

赤西の先代杉

兵庫県宍粟市波賀町原 赤西渓谷国有林 森林セラピーロード内

渓谷途中までは車両にて行くことができますが、途中より30分ほど徒歩
(立ち入り制限のある国有林内ですから、必ず事前に許可を得ての訪問をお勧めします。)


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

 



木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

無礼な想いもその躯ゆえ 〜伊丹のケヤキ〜

前回までのケヤキ特集を締めくくるのは、ケヤキ特有の大きさを主張するのではなく、少し失礼な想像を膨らませてしまうほどの特徴を持ったケヤキの巨樹、伊丹のケヤキです。

私がいる西日本では、ケヤキといってもそんなに巨樹のイメージは強くないと思われます。
もちろん、建築に精通している方は社寺においてのケヤキの用途を見ていると、大きな木であることは想像できるでしょうが、巨樹というイメージではありません。
もちろん、大阪府にはケヤキ巨樹の西の横綱である「野間の大けやき」が存在するんですけどもね。
訪れたことのある方は、その大きさを想像するかもしれませんが、それ以外ではそんなに大きい印象はないはずです。

そんな理由からも、ケヤキと聞いても巨大な印象をもって逢いに行くことはないのですが、この伊丹のケヤキはそんなサイズの事ではなく、材木屋としての視点で眺めてしまうケヤキでした。
その理由は一目瞭然。

伊丹のケヤキ2


見よ!この大きな瘤を!

前回の最後で、ケヤキの大きな特徴である「玉杢」を紹介しましたが、その玉杢がうまれるのは、こういったこぶの部分やそれに似た皮のふっくらと膨らんだ部分なのです。

そのため、もしやこのケヤキを製材して板や盤にしようものなら…というような想像をしてしまうのは、ケヤキの美しい杢を知っている方なら当然のこと・・・?!

もちろん、専門家から見ればこれくらい大きな瘤の場合は、前回の写真のような美しい杢は出ないかもしれないことを懸念されるでしょう。

伊丹のケヤキ3


板などの木材にした場合に、きれいな杢がでるものの多くは表面には大きな瘤はなくとも、皮の下側にひっそりと膨らみがあるものに、美しいものが多いと聞きます。

以前に自分で製材したものもそうでした。
ふくらみが大きすぎて大味な木目になったことと、外側、つまり木部のほうではなく皮の方が膨らんでいるために、板のほうにきれいな模様が出にくかったのだと思います。

必ずそんな法則ではくくれないでしょうから、一概には言えないでしょうがそんな目でも見てしまいますね・・・
罰があたるような気がします。
視点を変えましょう(汗)。


今回のケヤキシリーズでも触れた様に、現在のケヤキは街中に近いところで街路樹や公園木として見られる事が多いですが、元々は水辺に近いところを好む樹種。
そう考えると、この伊丹のケヤキは自分の生育環境にピッタリの場所に降り立った、稀有な巨樹なのかもしれません。
もちろん、その後の成長に関しては、さきほどの瘤が語るとおり、苦難があったのでしょう。

伊丹のケヤキ7


すくすくとまっすぐに育つというよりは、気候なのか虫害なのか、若しくは人の手によってもたらされた外傷によるものか?!
理由はわかりませんが、素直な通直なケヤキとは全く異なっているのは確かです。

ケヤキは建築材として優秀な理由のうち、幅広な木材を産出するという点もありますが、それに関してはスギクスノキなど他の樹種でも見られないことはありません。
しかし、それよりも広葉樹にとっては難しい条件となる「枝下が長く、通直な材がとれる」ということがとても優秀な点でしょう。
タモも同じく。
タモアッシュ)は神話で語られるほどの樹高の持ち主ですが、枝下が長いので昔から長尺用途の建築に使われる広葉樹としては、とても重宝されました。

またまた建築用途の木材としての見方に戻ってしまいますが、やはり木材として優秀であってこそ、樹種の中で冠たる扱いをうけるわけで、確固たる地位と名誉を得てきた理由となっているはずです。
旧家や日本家屋の民家などでは、300mmを超える様なケヤキの節なし大黒柱が6mを超える長さで家の中心にすわっている。
そんなところがまだ各所で見られるはず。

それが広葉樹の雄、ケヤキの姿です。

ですが、今回の伊丹のケヤキはそうではありません。

伊丹のケヤキ6


幹はボコボコ、枝葉旺盛に広がり、枝下はお世辞にも長いとは言えません。
訪問時は冬だったために、その葉を全て落としていたので姿がはっきりと見えていますが、もし葉がついていたらもう少し全体のボリューム感があり、余計と「低い傘」形状を感じたのではないかと思います。

当然、樹木は成長に余計なコストはかけないだろうし、余計なことはしないはずなので、写真の様に開けた場所で川もすぐそばであれば、上長成長は必要最小限で良かったのかもしれません。


伊丹のケヤキ8


そういえば、以前に紹介している独特な形?を持つ「木の根橋」も川べりでしたね。
同じ様な条件で成長出来たのかもしれません。
あちらも樹高はそれほどでもありません。
むしろ、その特異な根を維持するのに栄養を消費しているのかもしれません。
なにせ、土中ではなく川の上に「露出」しているんですものね。

この伊丹のケヤキの根は一体どうなっているのか。
そんな興味もわいてきます。

しかし、民家が近いとはいえ大枝や枝先が伐りとられているのは若干残念。
迫力も少し和らいでいる様に感じます。

そしてその影響かと思われる、新たな細い小枝が吹きだしています。

伊丹のケヤキ1


あぁ、そうか。
だから少し変な感じなんだ。
迫力を感じる幹にもかかわらず、どこか足りない様に感じるのは大枝が少なかったり、途中で失われていて若干不自然だから。

病木や枯れた影響かもしれませんが、全盛期?にはどの様な姿だったのか、想像してみると立派な姿も浮かんできます。
今後の成長がどの様になるものか、静かに見守れるような環境だといいのですが・・・


さて、ここでいつもの背比べ。

伊丹のケヤキ4

逆光、お許しくださいませ・・・(汗)。

やはり、こうして見ると葉っぱがほしい淋しさは否めませんが、独特の瘤をさすりさすりとしながらご満悦。
地表から湧き出そうになっているマグマだまりのような、エネルギーの塊の様なきがするその瘤に触れ、少し語り合った様な気になりました。


最後にここの地名、大阪に住むものとしてはとっても親しみを感じます。
それはお隣の兵庫県にも、その地名があるからです。
昔は大阪国際空港であった、通称「伊丹空港」のある伊丹市です。
どうしてもそれと重なり、関係の無い場所と思えないのは私だけでしょうかね・・・


伊丹のケヤキ9



伊丹のケヤキ所在地

茨城県つくばみらい市伊丹55近辺(小貝川対岸)

車通りの少ない道ですが、路上駐車になりますので邪魔にならない様に。



木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp



木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

夏なのに、春の杉?! 〜信仰と山と植林と 神々しい巨躯 春埜杉〜

夏になると、暑いというのは勿論ながらも7月の時点で気温40度を記録するところもあり、酷暑の年となりましたがそんな夏にお届する巨樹は「春の杉」なのです。
夏なのに、春の杉・・・これいかに・・・・


杉の巨樹は全国いたるところに存在しますから、単純な太さや樹高ではなく、出会った時の出で立ちや樹形などが見どころになる場合が多いのですが、今回の「春の杉」はそれら以外の存在感も見どころではないかと思う杉の巨樹です。

早速ですが名前のネタばれをしますと、巨樹の所在地が静岡県の春埜山ですので、「春埜杉」というのが正式名称です。
銘木によくみられる「杢(もく)」という字に似ているために、無意識に目をひく漢字でもある「埜」が使われていることもあってか、訪れてみたかった巨樹でした。
場所を調べてみると、結構な山あいに位置している様子だったので、時間に余裕を見て早朝から出向くことにしました。


しかしながら、そんなパターンの時はいつもとっても道が細いところや、行けども行けどもたどり着けなさそうな道の場合が多いのですが、今回は全く逆。
物凄く走りやすい!
静岡県(天竜区)で驚いた事は、急峻な山から想像する以上に林道が整備されていて、道幅が広く綺麗でとっても走りやすいということ。(私にとっては・・・)
今回はお目当てに行くまでも、いつも以上にリラックスして向かうことが出来ました。

とはいえ、曲がりくねった山道を走り続けて春埜山の山頂へ。
大光寺の広い敷地内の駐車上に到着し、目的地へと少し歩いて下ります。
境内に入るも、それらしき姿が無い・・・ときょろきょろしていると山門の向こうにそれらしき姿が・・・・・

春埜杉 10


おぉ、あれこそまさしく・・・


山門の先に見える堂々とした姿で立っているこれこそ春埜杉。

春埜杉 2


境内からだと山門から階段を下りて行った場所が丁度、春埜杉と対峙出来る場所になるのですが、おこがましくも少しの間は高いところから眺めさせてもらいます。
というのも、階段を下りていくと春埜杉との距離は近くなるものの、全体像を見るには近すぎるからです。
迫力は、離れていても十分に伝わりますし、枝を力強く伸ばしていることで、離れている事を感じさせないということもあります。


春埜杉 12


本当は写真にもその全体を写し込みたいところですが、春埜杉の周囲には立ち入ることができないこと、それに登山道になっている様な部分にも柵があるので、無理に山の斜面の方へは出ていけませんので、カメラアングルとしては不満が残るのは仕方の無いところ。

とはいえど、やはりスケール感を出すためには少し離れた部分からの様子をおつたえしないといけません。
ココまでの写真でも、実際に訪問した本人としてはとてもスケール感がつたわるものの、写真単体として見るとなると、比較物がないからなのか、どこかすこし大人しく見えてしまいます。
ということで、少しづつ近づいてみましょう。
山門をくぐり、いざ春埜杉の膝元へ。

春埜杉 1

山門からの階段を降り切ると「御神木」の石碑と共に、御賽銭箱のあるお社。
そしてその向こうに春埜杉を見上げる格好になります。
先も書いている通り、本当はこの写真の向かって右手にもう少し廻り込みたいところなのですが、いくことができず、全体を移そうにも微妙にお社がかぶってしまい、肝心の根元の部分が途切れてしまう・・・

うーん、贅沢は言えませんが立派なだけに、ちょっと残念。
柵を乗り越えて近くへいきたい思いにかられながらも、ベストポジションを探すのですが・・・
結局、近寄れないために今回は大きさ比べの「昌志スケール」はおあずけです。


春埜杉 4

どうしても、石段から全体像、という構図になってしまう。
それもいいんですが、やはり迫力が伝わらない。

どうしてそう思うかというと、私は難なく自動車で訪問し汗をかくことなく、この有難い姿を見上げているものの、交通手段が整備されていない時代には、1000mに満たない山とはいえども麓から相当な覚悟で登ってきた末に、この春埜杉の姿を見上げたことだと思います。
そう考えると、今自分がたっている場所と眺める景色とはまた違う景色がある様に感じられ、写真では伝わりきらない迫力を、なんとか少しでも伝えたいという気持ちにさせていたのかもしれません。

静岡県、天竜区は以前にも研修でお世話になっている位に、林業が有名な土地柄ですので、古くから人が山に入っていたことが伝えられています。
しかし、それは私たちが想像する現代の林業の為の山との関わりとは、少し事情が異なる様です。

春埜山の西に位置する秋葉神社の巨樹群である「秋葉杉」によれば、天竜区においての植林は、単なる林業としての植林ではなく、信仰の対象として植えられていたと伝えられていることと、春埜杉と同じように急峻な山の山頂付近にも関わらず、巨杉がボンボンと聳え立っている様は、山を見る尺度が、単なる「木材生産を目指す」林業という言葉だけではない人と山とのかかわりを、意識せざるを得ない様に感じました。

春埜杉 11


植林の正式な記録としては、そうは古いものは残ってはいない様ですが、この地域の人々は相当古くから、この急峻な山々の「巨人たち」に信仰の心を抱いていたことは確かでしょう。

春埜杉は樹齢およそ1300年といわれ、大光寺開山の際に「植えられた」杉だそうですが、それにしても、人がこの山あいにまで足を延ばすことが出来るようになった時代に出会ったこの姿は、その人の目にどう映ったのか・・・
今の私では、その衝撃を推測することはできません。


春埜杉 8

それにしても、迫力はすごい、本当に神様みたい。

苔を抱いたその巨躯と、不規則につきだした大きな枝、遠目では整っている様に見えるものの、実際はゴツゴツとしたその幹。
見れば見るほど、特別な存在に思えてくる。

それは、おそらく訪問時の早朝は少し肌寒く感じる季節で、気温差によって少し靄の様なものがかかっている中、のぼりはじめた朝日をあびる姿から、どこか神々しさを感じたからなのかもしれません。
下界を離れ、自分と春埜杉意外には何もない様に感じる空気。

いや、実際は春埜杉が従える杉達が茂っているものの、冷たく張りつめた空気が春埜杉の神聖さを私の肌に刻みこんでくるようでした。


そうです、朝焼けに輝きだすその姿は、まさに春埜山を納める山の主、いや山の神。
刻々とその姿を朝日に赤く染めていく様は、まるで天孫降臨。
目の前の神木に、神様が降りてこられている様に感じるのは、おそらく私だけではないはずです。



春埜杉 



春埜杉所在地

静岡県浜松市天竜区春野町花島22-1 大光寺山門下

駐車場、御手洗いあり


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

人工の天然美 〜花脊の天然伏条台杉〜

千年の都、京都。

自身が隣の大阪にいても、やはり京都は少し特別な場所。
もちろん、奈良も歴史をみれば特別なのですが、京都の文化や特有の土地柄などは他の地域とは少し異なったものがあると思うのです。

その京都市街から北、鞍馬寺の更に北にある花背地区に今回お目当ての杉が生きています。
今まで紹介してきた杉の巨木の中には、まっすぐに美しく聳えるもの、特異な樹形をしているもの、根に特徴のあるもの、最大・最高のものなどなど、色々とありましたが、今回紹介する「天然伏条台杉」は以前に紹介した「21世紀の森の巨大株杉群」以来の衝撃でした。


台杉や株杉といわれる、地面から立ちあがる1本の主幹に対して、多くの細い幹が伸びているものがあることは御存じでしょうか?
現在でも、日本庭園の中などでは見る事が出来る見事な仕立ての杉ですが、以前から「磨き丸太」と称される、綺麗に皮をはいで表面を磨いて丸太のまま使用する木材が生産されてきましたが、特にその生産が活発だった京都の地域ではより効率的に磨き丸太を生産出来る様に「台杉(株杉)」と呼ばれる手法を用いていたと言われます。

実際にその姿を見た私は、なるほど効率的!と納得するとともにとても人工的な形に、少し違和感を覚えてしまいました。

しかし、現在では丸太を使用する建築が少なくなるとともに用途が減少したこともあってか、おそらく台杉は精力的には生産されてはいないのではなかろうかと思います。
そんな中、人里の奥の山中に想像を超える台杉が存在しています。

偶然か必然か。
実は、見事な天然伏条台杉は個人の方の所有物です。
その為なかなかお目にかかる機会はないだろうなぁ・・・と思っていた矢先に、丁度その台杉に逢いに行くという山登りツアーを発見。
これはやはり必然だ!とすぐに申し込み、当日駆け付けたわけです。

するとどうでしょう。
目的地の遥か手前でこんなものが・・・

花脊の天然伏条台杉 7

まだまだ歩いていません。
入り口です。
出迎えてくれているかのように、腕を広げて、まるで太陽の塔の様です!
一体どうなるのやら?
これを素通りするということは、相当すごいのか・・・

と思ってブツクサと独り言を言いながら歩いていると、またこんなのが・・・

花脊の天然伏条台杉 8
 

あきません。
もう、いちいち反応しているとキリがない位に、これくらいの大木奇木がそこかしこに・・・
これらを見ないふり(一応見るんだけど)をしながら、少しずつ勾配のきつくなるけものみちを登っていきます。
もう少し楽なハイクかと思っていたのですが、予想以上に険しいし距離がある。
デスクワークですっかりとなまった体には厳しい・・・
縄文杉に逢いに行った健脚はどこへやら・・・・
そんなことを思いながら小1時間ほどか歩き、茂みを分け入った先にやっと出逢えました!!

花脊の天然伏条台杉 1

どのような状態か、写真から想像できるでしょうか?!

燃え立つ炎が静止画になったような、登山中に見てきた今までの奇木が普通の樹木のようにでも思える様な、異形がそこにありました。

花脊の天然伏条台杉 10

かなり傾斜のある場所にある為、眺める角度によってその姿は大きく変わります。
そのため、様々な角度で撮影を!と思うものの、実際の現場は台杉保護の為ロープ柵がめぐらされている(当然)ことと、下草が繁茂しているために思ったよりも写真に収めづらいのです。

また、全体像を捉えようとして引き気味に構えると、今度は周囲の樹木が映りこんできてうまくいきません。
そのため、広範囲にわたるロープ柵の周囲を歩きながら少しづつアングルを探っていきます。

花脊の天然伏条台杉 11

そう、下側からはこんな感じです。
道にロープがあるのがお判りでしょうか。
これを手繰ってもぼるくらいにきつい傾斜!
本当は、このアングルから撮影したいのですが、ここも繁茂に邪魔されてしまってうまくいきません。
いや、これが自然。

この天然伏条台杉、このような姿になるには数百年の時間は必要だと想像しますが、周辺の杉を伐採した時の年輪から推定された樹齢はおよそ1000年だそうです。
その数字を聞いても特段驚きませんよね。
だって、この姿だもの。

しかし、いつからこのような姿になったのかは、とても興味深いところです。
人間が関わった記録が残る植林はおよそ400年〜500年前。
もちろん、それ以前にも様々な理由で植林や森林利用があったとは思いますが、もし現在知られているような人工的利用の台杉として生き延びてきたのなら、過去の人たちはどのようにしてこの台杉と付き合ってきたのか、不思議なところです。

花脊の天然伏条台杉 2

解説板などがないので、市の指定の文言から引っ張ってきた数値を参考にすると、樹高は20m程で、さほどの高さではないものの、胸高幹周が18,35m!ということで、単純にどこまでが主幹(?!)なのかと思わせる様な幅広さが印象的な個体です。

こんな状態の樹木を指して、胸高幹周というのもおかしな気がしますので、参考程度に。
しかしながら、もし名前の通りの伏条杉ならば、どの幹(枝?!)をとっても自分自身なわけで、それこそ桂や公孫樹の巨木に見られるようなヒコバエと考えれば、目撃した本人の感覚的な印象だけで、公表数値はどうでもいいようにも思えてきます。
(もちろん、文献保存的には価値があるのですが。)

しかし、本当に迫力がありますね。
巨大株杉群もそうですが、この姿はどう考えても自然の造り出した迫力としか言いようがありません。
株杉群との違いを強いていうのであれば、株杉群は立ちあがる主幹がある程度はっきりとしていること。
それに対してこの台杉は地上からの主幹が余り目立ちません。

花脊の天然伏条台杉 3

それがおそらく伏条更新(枝が地につき分身を作る手法)だからなのだと邪推するのですが、通常台杉というのは(この姿で通常、というのもおかしいけど)主幹の上の部分を切り取ることを繰り返していくものなので、主幹が残っているはずですが、この伏条台杉はやはりそういった傾向が見えづらいので、伏条更新にて大きくなっていったのでしょう。

いろいろな記事の中には、主幹上部が伐り取られることで萌芽更新したものだ、という見解もあります。
しかし、主幹がなくなっても幹から芽吹くその手法は、針葉樹では一部の例外種以外ないはずですから、もし上部がなくなった影響を受けて自然がこの造形美を生んでいるとしたら、針葉樹に多い「頂芽優勢」という性質が働き、成長点を失った時にもっとも優位な幹(枝)が伸びることが続き、このような樹形になったのでは?!と素人ながらに夢見ているのです。

花脊の天然伏条台杉 4


伏条更新を見せるこの台杉は言うまでもなく「芦生杉」と思われますが、この姿を見るとつくづく植物の生き抜く力やその品種の特性の優位点というものを思い知らされるような気がします。

とにかく素晴らしい自然の造形美を見せてもらいました。
もし、これが人々の生活とともにあった木々で、その手を離れて数百年以上生き続けているのだとしたら、今というほんの一瞬を生きる自分とは一体?・・・と自身に問いかけたくなる、そんな空気の中に居ました。

そんな禅問答のようなことを心の中で繰り返しながら、伏条台杉を後にしたのですが、どうも出口はすぐにあったようです。


花脊の天然伏条台杉 13

あぁ、問答の出口はここか!

否、冗談です。
しかし、思わずここをくぐると先の問答の答えがあるようで、いや、きっと自分の進む道の入り口に差し掛かったかのようで、自分の目の前に現れた異次元への扉をくぐって下界へ戻っていくのでした。

花脊の天然伏条台杉所在地

京都市左京区話せ原地町 個人所有の山中

*必ず守っていただきたい事

文中でも書いている通り、今回紹介している天然伏条台杉は個人所有の森林の中に位置しています。
そのため、所有者の許可なく立ちることはできませんので、所有者主催のイベントなどの機会が設けられているときに、許可を得ての入山をお願いします。
記事についても、なかなか訪れることのできない台杉を少しでも多くの方にお伝えする趣旨ですので、無許可の訪問は控えてくださいませ。



木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp


続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

天竜林業 弾丸珍道中 〜森の大聖堂 吉沢の田高杉〜

天竜珍道中の最後を締めくくるのは、植林文化のある土地なのに珍しく、端正な一本木ではありません。
おそらく、植林が始まる以前からもうその場所に立っていたからなんだろうと想像するのですが、それでもなかなかこんな形にはならないと思われる巨樹をとりあげたいと思います。

国道151号線から、道の駅くんま水車の里方面に抜ける県道9号線。
(私にとっては)比較的走りやすい山道(対向しにくいところもあるが・・・)をしばらく登っていくと、集落なのか建物が見えて道路も一段と広くなります。
視界が開けてしばらくすると見落とすことの無い場所に、その珍しい杉が立っています。

吉沢の田高杉7

丁度道が分岐するところに、目印の様にたっているのが「吉沢の田高杉」です。
現在では、町村合併によりその名称が変更されているということですが、「田高」というのが所有者さんのお名前に由来するらしく、現在でもインターネットのマップにもそのままの名前で掲載されています。


遠くから見えている雰囲気では、樹齢100年強の育ちの良い杉が林立しているのかなぁ、という印象を受けるその姿ですが、前回に稀樹という言葉を使っているのは、正面からの姿に対してです。

吉沢の田高杉2


言葉でいうと、確かに林立しているとも言えますが、この田高杉は根元?!で融合している様子で、正面から?みる横幅がなんとも迫力です。

巨樹のスケールを計測するために、胸高直径という様な形の言葉を使ったりしますが、この場合は斜面の上部分で幹が分岐しているので、単木のデータと比較することはできないものの、個人的にその大きさを楽しむにはとってもワクワクとさせてくれる樹形をしています。

車で到着する時に眺めている横からの姿が「薄っぺらく」感じてしまう様な、そんな正面からのスケール感。
この違和感が何とも言えません。

吉沢の田高杉4


根元では石を抱き込んでいますので、まだまだ成長旺盛なのでしょうね。どんどん、この迫力の部分が大きくなっていくんだろうか・・・

近接では、こんなに迫力を醸し出しているスケール感ですが、いざ横に廻って見ると、そのスケール感の違いに逆に驚き。
普段なら、巨樹の周囲をぐるっと回りながら様々な角度でその大きさを捉えようとするのですが、田高杉は自身でベストショットを決めてくれているようで、「撮影しやすい向きに向いてるんだから、道路正面から撮るべし!」と言われている様。
目の前が道路で、離れた位置からも容易にその全体像を捉える事が出来ます。

巨樹の容姿をお伝えする時に困るのが、「ひき」のポジションがとれない時。
大きすぎるその躯体をカメラに収めるには、被写体とある程度の距離が必要ですが、周囲に障害物があるとか塀があるなどで、全体を収められない場合はどうしても迫力を伝えきれません。

しかし、ここは広い車道であり分岐点であるにもかかわらず、滞在中の1時間強の間に車が来ることは皆無でしたので、思う存分、車道に三脚をセッティング出来るというわけです(笑。)

もちろん、車注意です!(汗)・・・


吉沢の田高杉8


右側に立つ、ちっぽけな私が見えるでしょうか?!
周囲が伐り払われているために、その姿が一段と目立つアングル。

斜め45°からのアングルは、幹(枝)の分岐がよくわかります。

植物、特に巨樹に対しては「何故、こんな形に?!」というのは愚問以外の何物でもないですが、どうしても、私の中の「天竜」という言葉にひっついてくる「通直で美しい植林文化」というものが離れず、前回までの天竜林業の経緯を聞いていたとしても、田高杉には「なんで、こんなになったの?!」と思わず見上げながらに語りかけてしまうのです。


吉沢の田高杉1


これだけ密集して太くなったからなのか、それとも上長成長を優先したからなのか、はたまた昔は周囲に競争相手がいてこの様にしか成長できなかったのか・・・

見上げる枝葉のつき方も独特で、どうしても何らかの理由を見つけたくなるのは、材木屋だからでしょうか・・・

しかし、私がその姿を見て受けた第一印象は西洋の、それも中世のヨーロッパの城などで使われていた様な「燭台」でした。
あくまでも印象ですが、左右に数本ずつ長い蝋燭の火をともしながら、石積みの壁を仄かに照らしている、そんな燭台のイメージ。

そう思えば、連想的にヨーロッパにおける大聖堂その物の外観に似たような印象も受けます。
腰下がっしりと、そしてその上に細長く塔が並び立つ様な大聖堂です。
キリストのステンドグラスから光が漏れる・・・・

吉沢の田高杉10


大聖堂の代わりに、その根元には小さな祠。

確認は出来てはいませんが、この田高杉のすぐ隣に民家があります。
もしかすると、そこが所有者の田高さんなのだろうか?!と邪推するのですが、詳細は不明。
周囲には数軒ほどしか民家はないので、おそらくそうではないかと思うのですが、夕方だということもありなんせ人も歩いていないので、尋ねる事も出来ずじまい。

なんとか日が暮れる前に一通りのアングルから写真を撮り終えて、安心して最終の正面からのベストアングルショット。


吉沢の田高杉9


やはり、この形は正面がいい様ですね。

しっくりと来る撮影を終え、暮れていく山に映る日の光と、追いかけるように見えてくる月の双方を眺めながら、田高杉の前で天竜弾丸珍道中を振り返ります。

よく考えれば、当日の通行止め一発目に引っかかってから昼食も抜き(因みに朝食は早朝5時・・・)での移動だったので、最終目的を遂げる事が出来てホッと空を眺めると、とっても空腹!
しかし、太陽と月のバトンタッチがグラデーションの様に進んでいく空を眺めていると、さっきまでの忙しい時間が嘘の様。

次の日が出勤、しかも空腹、それに帰宅まで所要約4時間・・・
すぐ出発しても帰宅は夜の10時すぎ。
本来ならいそいそと帰路に着くところですが、こんな時間に巨樹と居ることもめずらしいので、その姿が夜に覆われるまで、その場所にいることとしました。

少しづつ、その輪郭しか見えなくなってくる田高杉。
それと対照的に光を放ち始める月。

風の音しかしないその場所で、ずっと空のグラデーションと田高杉の傍に見える月を眺めながら、時間の流れを贅沢に過ごしました。

最終目的地のくれる夕闇に、今季最初の弾丸珍道中は終わりを告げるのでした。


吉沢の田高杉6

吉沢の田高杉所在地

静岡県浜松市天竜区佐久間町浦川

車はほとんど来ません。路上駐車(笑)。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp



木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

その社名と個人の偉業達成によって、今まで以上にファンの信心を募らせるであろう「諭鶴羽神社」。
そこにまた巨樹があるのだから、私とも少しはつながりがある(?!)・・・と勝手に思いこんで、親子杉を眺めた後の、早朝誰もいない社殿を歩いていました。

それは、最初に駐車場についた時に気になっていた「アカガシ群落」を探すためです。
木材としても珍しい存在になりつつあるアカガシ。
ましてや、それが淡路島という地で「群落」という形で存在するというのが、一体どのようなものかが気になり、不審者並みに歩きまわるのです。
*)たまにあることですが、本当に不審者に間違われますのでみなさんは、それなりの行動をとる様にしましょうね。

親子杉から少し奥、緑の映える場所にそこそこの大きさの広葉樹林が見えます。
境内から山中に続く道の様ですが、朝日を受けてとても美しく光っていました。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落26

広葉樹特有の太い腕をしならせる様な枝が、頭上に迫る様な高さにあり針葉樹林の社叢とは大きく異なった印象を与えます。
これは、この先に何かあるはず。
間違いなく、アカガシのニオイ・・・


そう思いながら歩をすすめると、来た!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落23

完全にミスショットです・・・
私、木の右側にいるのですが、隠れています。

それでも、その立派な大きさがわかるでしょうか。
この個体は裏側には洞が激しく、葉も殆ど確認できないのでアカガシと断定はできませんが、おそらくそのはず。
樹高は針葉樹程のものはありませんが、広葉樹でこの様に立派な太さの個体が見られるというのは、そうはありませんから、貴重な存在。

踏みしめる地面をみても、針葉樹の森とは違い落葉した枯れ葉の堆積した土になっていて、この先にもきっとまだアカガシが続いている!と確信させるに十分な一本目。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落24


実は、ココは社殿からはそう遠くは無いのですが、広葉樹の森の早朝です。
写真では明るいものの若干うす暗く、自分の足音と風が揺らす木々のざわめきがあるのみですので、山の独り歩きが大っきらい(つまり怖い。)な私にとっては、どこまで進めば「群落」があるのか、案内板が欲しい気分。
とはいえ、そんなに距離はないんですけど、上の写真の様な捩じりきった旋回木目に洞があると、もう吸い込まれていきそうな感覚で・・・・

そんな事を考えながらそのまま歩みをすすめると、期待通り「ぼっこぼこ」とありましたよ!!
お目当ての群落到着。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落25

先程から言うように、スギやヒノキの数百年生というと驚く様な大きさなのですが、広葉樹の場合はその太さや大きさよりも、年数を重ねた風格というか異形が目につくのです。

それも数本も並んで立っていると、そりゃもう迫力満点。
もしかしたら、私だけが「うぉ〜!」と萌えているために、感動が大きいのかもしれませんが、それでも、これだけ広葉樹がかたまって茂っている様は見事なものです。

先にも書いたように、木材としてのアカガシをはじめとした樫材の流通は殆ど無いのですが、この群落は植生がこれ以上大きく変化しないであろうと言われる「極相林」ですので、いずれはこの巨木達も枯死の時が来る。
その時、どの様な形になるのかはわかりませんが、珍しく「材として利用したい」と思ってしまう見事さでした。
実は、淡路島は以前に紹介した様に「ホルトノキ」という珍しい樹種を始めタブノキなどの広葉樹が見られるところです。
島に特殊な植生と樹種が生まれる浪漫。
それだけでワクワクしませんか?!

さて、ここまでは良いのです。楽しめます。
否、本当はここまで来るには大変なのです。
何が大変かって、諭鶴羽神社までの道程は巨樹探訪では稀にあることですが、「道が狭い!」のです。
それも中途半端ではなく、標高はさほどではないとはいえ山を登っていきますので、つづらおれの道。
そう、あの怖ろしい道のりの「切越の夫婦ヒノキ」を思いだします・・・・ワナワナ・・・・
自車のすぐ脇はこんな感じ。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落28

生易しいものではありません。
ガードレールなしです。
もちろん、退避場などほぼなし。
道幅は、広いところでもこれくらい。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落29

この道を、そうですねぇ・・・普通に走っていって15分?位登ります。
社の前には広い駐車場がありますが、おそらく通常は車の往来は殆ど無いと思われるものの、やはり運転に自身の無い方は自前の足で登山にての参拝をおすすめします。

タイヤ、はまらないかなぁ・・・・
そんな不安に駆られても、自車をみまもるのは薄暗い森に目を光らせるシカのみ・・・
特に、羽生選手ファンの女性の皆さま(男性も含む)は、気合いを入れて向かわれるますように。


諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落2




木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp





木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

個人の力と神仏の御加護 縁(ゆかり)を感じる、諭鶴羽神社(ゆづるはじんじゃ)の親子杉とアカガシ群落

前回までの冬季五輪の備忘録は、かなり圧縮した部分があり書き切れない想いは多くあるのですが、最後に紹介しておきたいのが、多くの注目を集めたフィギュアスケートの羽生選手と、彼にゆかりのある場所と「木」の事です。


どうしても私、気になるんですね。テレビなど見てても。
木に関すること。
例えば、先日も実家を訪れた時に流れていた某国のドラマ。
日本の場合だと、サスペンスの終盤の「ネタばらし」の場面を除き背景に松が映ることは稀だと思う(あらぶる海岸で撮影しているシーンが多いから・・・)のですが、彼の国では松が多い事もあり、恋人たちの逢瀬の場面にも関わらず背景は松林でしたね。
もちろん、演技はいいんですけど、「あぁ、やっぱり彼の国では松林か!日本なら杉か桧林やろうなぁ・・・」と考えるのです。

基、そんな感じで気になるのでやはり、ゆかりのあるものや場所というのが樹木と結びついていたりすると、目に見えない何かと感じたりするのです。
それも、今回は怪我の末に五輪連覇を達成した羽生選手ゆかりの場所。今回とりあげないでどうするんだ!、ということでのご紹介です。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落11


その場所は、兵庫県の淡路島。
日本列島の国産み神話では、日本で最初に創造された島だとされていることから、以外にも神秘な流れがある島です。
実際、今回の舞台になる「諭鶴羽神社」のある諭鶴羽山にも、その言い伝えが残されているようですが、紙面の関係上そこは割愛・・・・

で、既にお分かりでしょうが肝心なのはこの山と神社の社名です。
「諭鶴羽」=「ゆづるは」!!!
羽生選手の名、「ゆづる」、社名も「ゆづる」!
そうです、漢字こそ違えど同名の神社なのです。そのため、羽生選手本人も参拝に見えたということですし、それ以上に羽生選手のファンの方にとってはある意味「聖地化」している様な場所。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落6


そんなゆかりの諭鶴羽神社に何があるのか。
もちろん、巨樹ですよ。

海岸沿いの道からその「ゆかり」を求めて山道を登っていくと、山頂にほど近い場所に諭鶴羽神社はあります。
そこにあるのは、「親子杉」と呼ばれるスギです。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落12

2本の幹が、太い方と細い方でつながっていて寄り添って立っている様から、親子杉と呼ばれる様です.
杉が特産である日本においては、二本杉や三本杉、八房杉など幹分かれや合体木による幹の本数が名称になっているものが多くありますが、数字ではなく「親子」となっているところに、親しみを感じるのはやはり言葉の印象が大きいですね。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落15

推定樹齢500年といいますが、その姿からはそれほどの年月は感じません。
というのも、そのサイズが巨樹というには若干スケールが小さい様に感じられるからです。
早計に、だから悪い、ということではないんですよ。
少しづつ少しづつ、ゆっくりと親子で成長したのかと思うと感慨深いところもありますし、穿った材木屋としての視点でいえば、樹齢の割にこれほどすらりとしているということは、どれほど木目が細かいんだろうか・・・!!と、ご神木に対して失礼なことを考えてしまうのです。

木材とするならば、一般的にはゆっくりと育った年輪の細かな材が良質とされますので、昔ながらの癖で、そんな事を考えてしまったふとどきモノな私。

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落19

そんな話は抜きにしても、山の頂きにあり謂れも古く、さらに羽生選手も参拝しているとなれば、私の様な巨樹巡りよりもファンの方の「聖地」としての方が有名な様です。
実は、同じ神戸市にも字は違いますが「弓弦羽神社」が存在します。
というより、そちらの方が有名なようでメディアもそちらを取り上げることはありますが、由緒あるこちらの「ゆづるは」はクローズアップされることは稀なのでしょう。
とはいっても、同じ兵庫県に二つも「ゆづる」の名を冠する社があるというのは、とっても稀少ですね。

そこに巨樹があるから、わたしにとっては余計に特別なのはやはりこちらの方。
しかも、案内板にあるように元熊野ですからね。その由緒たるや推して知るべし!!

諭鶴羽神社の親子杉とアカガシ群落20


いつもの昌志メーターでみてみても、やはり迫力という点では少し足りないのですが、参拝の方々の信仰を一身に浴びたその姿は、ことのほか立派に見えました。

しかし、やはりそのサイズには巨樹の名前がついていないのか、インターネットの巨樹サイトでは、こちらを見ることはほぼありません。
殆どは地元のページか、羽生選手絡みのページです。
そう考えると、羽生選手の影響力はやはり大きいですね!
しかし、少なからず実際に同名の神社からのご加護を受けることによって、怪我をおしての金メダル獲得に結び付けた羽生選手。
己を追求しその道を進む個人の力と、それを支える神仏の加護。

それをはっきりと見ることが出来た、今回の冬季五輪だったのかもしれません。
ひとり、そんなことを考えながらテレビの中継を見ていた冬の一日でした。

さて、親子杉のお話はここまでですが、実はこの「ゆづるは」神社のすごいのはそれだけではないんです。
「ゆづる」と「親子杉」の他にも実は、大きな特徴を持っているこの場所。
次回はその特徴とともに、参拝の「ポイント」もおさえておくことにしましょう。


諭鶴羽神社の親子杉所在地

兵庫県南あわじ市灘黒岩4

広い駐車スペースありですが、車で行くには相当の決心が必要です。その理由は次回以降に・・・

木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

秋のかほりに幸せ願う 〜日本一の金木犀 三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)〜

例年であれば、本日が仕事はじめとなる弊社ですが今年は日曜日ということと次の日がなんちゃらマンデーの為に休日となり、通常営業は9日からになるという、なんとも間の抜けたスタートになるのですが、記事は引き締めて?楽しくいきましょう。

ということで、新年最初の投稿はいつも通りの「日本一」をお届けしたいと思います。

実は、今回紹介する日本一の巨樹は、仕事関係のツアー移動の昼食時間中にたまたま訪れた先で、偶然に出会ったもので個人的にはとっても運命的に感じたものであるのです。

処は静岡県。
富士山かお茶か、はたまたうなぎか?
いや、もちろん森林も良いのですが今回は少し季節外れの「秋」を感じる巨樹の紹介です。
人も車も往来が多い通りに、ひと際立派な鳥居の佇まいを見せる「三嶋大社」に、お目当てのそれは存在しました。

三嶋大社の金木犀 10

JR本線と東海道新幹線がすぐ近くを走る三島市の駅から徒歩10分ほどの場所にある三嶋大社。
全国的にみれば、街中に荘厳な森を形成する社寺仏閣が存在しているのは珍しいことではないですが、ここは主要道路の歩道上に完全に覆いかぶさる、一瞬見ただけでも100年やそこらではできない緑の傘に囲まれていることで、その境内に「いる」巨樹の存在を期待させるに十分すぎるほど立派であることは言うまでもありません。

そんな境内に歩を進めると、期待通り、もうあちこちに見たい樹木と巨木があり、目的にたどり着くまでにタイムアップになりそう!!
そうなんですよ、今回はツアーの最中でしかも昼休みに抜け出てきている(もちろん、集合場所からダッシュで(*´Д`)・・・)都合、もう一回戻るためには時間がないのです。
もう、並み居る巨樹撮影をしたい自分自身が何人も欲しい気持ちをかなぐり捨てて、やっとたどり着いたのがこの「三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)」です。

三嶋大社の金木犀 3

御覧の立派な石碑の通り、国指定の天然記念物に指定されています、、、、って、やはり今回もその樹種のベストシーズンである「秋」に訪れる事が出来ずに、特徴的なあの花の色をお届けすることが出来ず、写真が今一つで…すみません。

しかし、皆さん想像して下さい。
住宅街のアスファルトの香りの中で、ふと「あぁ、こんな季節だったんだ・・・」とその存在自体が季節とともにある樹種の金木犀(キンモクセイ)ですが、通常は生垣サイズや塀から少し頭を出すくらいのサイズですよね?!
それが巨樹というくくりの中に含まれるということがすごいとは思いませんか?!

三嶋大社の金木犀 1

いや、その巨樹というサイズの前に触れておかなければいけないのは、この案内板の最終にある「開花時にはその香りが10粁に及ぶという」というところ。
10粁ですよ!!!
漢字表記で分かりにくいですが、普通に書くと10kmです!
すごくないですか?!
実際に体験していないのでわかりませんが、個人的には大好きな金木犀の香り。
10kmも届くような香りを想像するだけで興奮抑えられません。
(ただし、もう一つの天然記念物指定の案内板には2里、約8kmとされている。)

三嶋大社の金木犀 5

さて、本題の巨樹としてのスケールですが、はっきり申し上げて「図太い主幹」はありません。
地上すぐに大きく幹分かれしているので、周囲を覆う枝ぶりは見事ではありますが、単純な太さという尺度にはのっかっては来ないのですね。
それでも、推定樹齢は1200年と言われているそうですから、十分に古木であることと前提としての金木犀という樹種のサイズを考えると、十分すぎるほどの巨樹ぶりである、と言えるでしょう。

実は、私は訪れたときはこれが日本一である、ということは知りませんで偶然の出会いになったわけですが、知らずに訪れて日本一に出会える、しかも大好きな金木犀の日本一など想像もしていませんでしたから、とっても嬉しかったことを思い出します。

三嶋大社の金木犀 4

もちろん、初夏での訪問だったことで花はなく、青々とした葉のまぶしさを目の当たりにしたのですが、まるで1200年という樹齢を感じさせない活力でしたが、巨樹にありがちな「葉が茂っているほど幹が空洞であることもある」という法則からすると、もしかすると幹の内部は・・・


三嶋大社の金木犀 6

近寄って触れて、頬ずりをしたい気持ちはヤマヤマではあるものの、これほどのものになると当然周囲には柵があり、立ち入ることはできないので、望遠にてその幹を眺めます。
もう、金木犀であるかどうかはどうでもいい・・・いや、こんな幹だとどんな木目を見せるんだろう・・・金木犀・・・・
天然記念物である大先輩、それも大好きな恋い焦がれる先輩に対して木材好きな材木屋の邪念が少し顔を出すものの、そこはやはり荘厳な三嶋大社。
周囲に所狭しと結わえられたおみくじなどを見ていると、あぁ、自分は神域の中で1200年の命と対峙しているのだ、と自覚し己の穢れた念を悔いるのみでした。

三嶋大社の金木犀 7

もちろん、枝ぶりが立派である、ということはそれだけ自重を支えることが厳しくなるので、四方に頬杖が設置されていることで、このシーズンに姿を見ると大きな感動はないかもしれません。
これが花のシーズンとなると違った印象になることは間違いないのですが。
そう思うと、仕方ないとは思いながらも花のシーズンには来ることができないことが残念で仕方なく、そうこうしている間に「走っても間に合わないかもしれない集合という名のタイムリミット」が近づき、焦る気持ちの中で「このまま眺めていれば、あの橙の花がみられるかも・・・」というような錯覚に陥るほどに見入ってしまう自分がいました。

えぇい、ちょっと遅れても構わん!
戻る道すがら、並み居る巨樹を観察するぞ!!
と、幸せな日本一との出会いを振り返りながらも、その場をあとにしたのでした。

三嶋大社の金木犀 8


金木犀を過ぎても、樹齢数百年のクスやカヤ、そして珍しいモッコクなどもあり、これは少なくとも数時間は滞在しないと・・・と思いながらも、すでに遅刻時間決定になっている時計をにらみながらも撮影をしていたとき。
私が撮影した後に、一団の人の塊が目の前に。

あ、そういうことか。
やっぱり、なぜか幸せな気持ちになると思っていたら、青空のもとで、とても素敵なことが。
それも古木のそばで・・

BlogPaint

結婚式の記念写真を、「パワースポット」で撮影されました。
うん、カメラマンが「パワースポットですからねぇ〜」と言ってましたしね。
いやぁ、めでたいですね。
立派な社殿に白無垢がまぶしいです。

金木犀の香りはしないものの、運命的に出会った日本一の樹木と、運命的に出会った新婚さんの睦まじい姿を見て、自分も幸せを感じ、彼らの幸せをも願わずにいられませんでした。

そしてもちろん、集合には遅れてしまい若干の注意を受けるのでした・・・
ここだけは、再度ゆっくりと、しかも花の時期に訪れたいものです。



三嶋大社の金木犀(キンモクセイ)所在地

静岡県三島市大宮町2-1-5

車ではなかったので、駐車場未確認。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

今回こそは・・・念願のタイミング 〜飛騨国分寺の大イチョウ〜

待ちに待った、いや満を持して公開します。
季節感たっぷりに、タイムリー(大阪近辺では)にお届けできる初めての黄葉巨樹記事かもしれません。

地元大阪でも黄葉(紅葉)が始まっていた先日、もしかするともう遅いかもしれない・・・と若干諦めもありながらも向かった目的地、それは「飛騨国分寺」。
あ、もちろん仕事で物凄く近くに行くもので、寄らない手はない!ということで寄っているのですが、巨樹を目的にしている私とは違って普通の観光客の皆さんは、飛騨国分寺その物を目当てに来られた時に、そこにある「大イチョウ」に驚かれるという構図なわけですが、もう今回は飛騨国分寺の蘊蓄は抜きです(笑)。

今まで多くの黄葉(紅葉)巨樹巨木をめがけて、秋の道を走ってきたわけですが、いかんせん、仕事の都合や思うようにその時期に合わせて動けないこともあり(基本、巨樹探訪は木材の旬にあわせて冬なので・・・・・)、その美しい色彩の妙を味わうことは稀でした。
いつもなら、常瀧寺の大公孫樹の様に黄色い葉っぱではなく、真っ白な雪に包まれたりしていましたし・・・・(汗)。
しかし、今回は違いました!
散っているかもしれないと思いながらも訪れた私を待っていてくれたのは、黄色い吹雪舞う、飛騨国分寺の大イチョウでした。

飛騨国分寺の大イチョウ1

手前に写る紅葉もきれいですねぇ。

いつも通り、写真のウデのない私にとっては、この美しい姿を十分にお伝えすることはできないまでも、興奮した私の気持ちだけでも実況しておきましょう。
飛騨国分寺の大イチョウは、イチョウの巨樹としても十分な大きさを持っていますし、観光地である飛騨高山の街中に存在する巨樹としては、立派なものです。

しかし、今回のポイントは幹回りではなく黄葉。

飛騨国分寺の大イチョウ10


イチョウに限った話ではないですが、イチョウは特に黄葉のあとのその葉を落とすスピードが早く、一度散り始めると風が吹こうものなら、まるで金色の雪が舞っている様な美しさで舞い散るのです。
動きの無い写真では、私にはこの散り吹雪を伝えきることができませんが、当日は時折強めの風が吹き、散ったかと思うと急に晴天になり、黄金に輝く様な色彩を見せる場面があると思えば、急に陰っていき若干残る緑の葉の色が強調される部分があったりで、多彩な表情の変化に、いつまでたってもカメラをしまうことができずに困ってしまいました。

丁度以前にお伝えした「延命寺の夕照もみじ」もそうで、黄葉(紅葉)の美しさの一つは、時間の経過とともに変わりゆくその色合いと、木々の表情の変化だと思います。

山吹色に近い黄色かとおもえば・・・

飛騨国分寺の大イチョウ3

太陽光ひとつで一瞬にして・・・

飛騨国分寺の大イチョウ4

レモンイエローに若干の新緑かと思うほどの緑が入る変わりよう。
本当は、これ以前の青葉の時期にも二度訪れたことがあり、その時はやはり見事な大きさに魅了されたのですが、この黄葉というマジックの中では、さすがに色彩に目を奪われてしまいます。

何度も言いますが、もしこれが黄昏時や早朝の陽が昇り始めたころであれば、時間変化とともに感じる風景の移り変わりの素晴らしさに、言葉がなかっただろうなぁ・・・と推察するのです。

樹木そのものの持つ美しさもありますが、写真というその一コマではなく、その場にいることによる時間という軸が加わることで、単なる二次元から三次元への体感の違いではない、四次元といってもいいような、不思議な空間にいる感覚ではなかろうかと想像するのです。

飛騨国分寺の大イチョウ9

そういうことを考えていると、人が持つ五感というものはなんという素晴らし器官なのかと感心してしまいます。
一つの感覚器官である「目」で見て美しいと感じるものが、さらに増す情報として、「耳」があります。

これも写真ではどうしようもないですが、秋の「木枯らし」と感じる突風めいたものが吹いた瞬間・・・
「カサカサ・・・サァー、カラカラカラ・・・・・」と乾いていながらもどこか大イチョウの息吹を感じるような「散る音」が聞こえるのです。

そう、黄金の散り吹雪の中で。

飛騨国分寺の大イチョウ5

その音を聞いていると、目を閉じていても十分に散りゆく美しさを感じることができますし、目を開けていれば尚更のこと・・・
その散り方は、ソメイヨシノのそれとは異なり儚さではない、次の息吹への序章のような、続いていく一連の物語のように感じます。

本当のところは、この「黄色い葉の黄葉」を写真に収めることができれば十分!と思っていたものの、五感を刺激する大イチョウの黄葉は、改めて、その時その場に居合わせてこその感覚的美しさなんだなぁ、と実感。
もちろん、有名写真家さんなんかは、その時間さえも切り取って映してしまうような方もいらっしゃいますが、自分にはできないというもどかしさも、なぜかその場にいる時間を尊いものと感じさせてくれる材料にさえ思えます。

飛騨国分寺の大イチョウ6

まだまだ散りはじめではあるものの、大イチョウの足元はこのような感じ。
枝ぶりが見事なだけに、この根の周りにはそれほどの葉は積もらないかもしれないけれども、それでも「イエローカーペット」とでも言いたくなるほどの、いや、黄色いビロードというようななまめかしい厚みをもった絨毯の様相を見せ始めています。

撮影日は11/15。

朝は結構冷えるものの、日中は暖かさの残る寒暖の差がある日々。
木々の命のリズムは太陽光とともに寒暖の差が大きく関係するのですが、今年はとてもいいリズムだったのかもしれないなぁ、と一人満足。

飛騨国分寺の大イチョウ11


訪問より少し前に雨が降ったこともあり、足元をよく見るとまるで嘘のように美しい水玉が・・・・

中国の方を含めて多くの観光客がおられたのですが、ほとんどの人は、降り積もる黄色い絨毯に光る露の輝きまでは、目に留まらなかったようです。

さて、最後にいつもの大きさ比べをしておきましょう。
幹に観光客が被らないタイミングを見計らって・・・・

飛騨国分寺の大イチョウ8

本当は真横に立ちたいのですが、そんなに悠長にセッティングしている余裕がないほどに人がいることをお察しくださいませ。

いや、ぜひ青葉の時期と紅葉の時期に訪れてください。
広々とした境内に塔まで収める飛騨国分寺。(塔はあえて出しません。笑)
駅からも徒歩圏内。近くにはホテルも多数ありますので、高山にお出かけの際はお手を合わせにおいでください。


普段はその巨躯ばかりに気を取られがちな巨樹訪問ですが、今回ばかりは、観光客に交じってアングルを探して撮影です。
灯篭を傘のように包む苔の緑越しに見る大イチョウは、いつまでもそこでの時間の変化を楽しんでいたくなるに十分な対比となりました。
ありがたや、黄葉・・・

飛騨国分寺の大イチョウ12

飛騨国分寺の大イチョウ所在地

岐阜県高山市総和町1丁目83

境内が十分に広いので駐車可能。ただし黄葉時期は込み合うこともあるので、周辺の駐車場へ。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp



木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ 〜

今回のハダカガヤの紹介は、きちんとストーリーを紹介したいこともあり、2回に分けて「鎖」のお話しとともにお伝えしましたが、もう一つお伝えしないといけないことがあり、今回までがハダカガヤシリーズとなりますので、もう少しお付き合いください。

ハダカガヤだけでも、十分に貴重ではあるのですが、実はハダカガヤのある磯宮八幡神社の見どころは、前回に少しお話しした「両脇を含めた3本の姿」であるのです。

日置のハダカガヤ14

写真の中央が、前回までにお話ししたハダカガヤ。
そして、写真奥と手前が通常のカヤの大木です。

これは、社の裏手の道路からの写真ですが、きれいに3本が並列で立っている姿がなんとも珍しくあるのです。
この並びだけでも、指定を受けそうな社叢を形成しているようにも思うのですが、通常は巨木の周りには普通の樹木はあっても、このように大木が並んで立っているというの珍しいもの。

長野県に行った際、境内や広い公園の中にあるケヤキの巨樹の周辺に「ボッコボッコ」と同じようなケヤキの大木がまさしく林立している、というような情景を見たことがありますが、それはそれで驚くのですが、それとの違いは、3本がきれいに並列しているということと、図ったかのように、ハダカガヤを中心として並んでいる姿は、木の神さまがおなりのような感じがして、とってもありがたい気分になります。

日置のハダカガヤ12

よく考えると、両脇の2本は通常のカヤであるといいますが、もしかするとこのハダカガヤの遺伝子を持ったものではあるまいか?!
そんなことを思うのですが、現地にてのお話では「鎖」の話と種子をまいても通常のカヤにしか育たないというお話に気を取られてしまい、両脇の2本の由来を確認することを失念しておりました。

ハダカガヤの樹齢を考えると、正式な記録は残っていないのか伝承されていないのか、それはわからないのですが・・・

境内には、このカヤたちのほかにも立派なヒノキがあり、私が訪れたときはちょうど寸前に「檜皮(ひわだ)」をむかれたところでした。
なんでもこのあたりの有望なヒノキの檜皮が集められて、近々どこかで葺き替える境内の屋根材とされるらしいです。
現在は茅葺きなどとともに、檜皮葺きも材料と人手の確保に苦労されているようですから、喫緊の状態を肌で感じたような気分でした。

カヤは基本的に常緑針葉樹なので、季節によって葉を落とし切る、ということはありませんが、新旧の葉の交代は常に起こります。
これだけの大木になると、このように裏の道路も役目を終えた葉っぱできれいに化粧されます。

日置のハダカガヤ13

民家や学校があるものの、比較的静かな環境ですのでこれからもハダカガヤたちはゆっくりと過ごすことができるでしょう。


次回はこの流れで、カヤの樹木のお話を少し続けたいと思います。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp




木ぃクンmuku_mokuzai  at 14:15コメント(0) この記事をクリップ! 

世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ ◆

世界唯一の存在であるハダカガヤ。

前回、その存在と他のカヤとの違いを書いていったわけですが、もう少しだけそれを取り巻いていた環境についてお話しすることが残っています。
それは不自然に並んでいる、ハダカガヤの周りの石柱。

日置のハダカガヤ5

前回は、背の高い石柱に刻まれる天然記念物の文字のことをお伝えしましたが、今回はハダカガヤを囲むように立つ背の低い不揃いの丸い石柱です。

巨樹巨木を訪ね歩いている人であれば、おそらくはすぐに推測はつくものだと思います。
私もそうでした。
最近特によく見かけるようになったように思いますが、巨樹や古木の周辺への立ち入りを規制するためのもの。
根への影響や幹を傷つけたりすることのないように、樹木の周りへの立ち入りを制限するために施され、たいていは鎖がついていたりするものですが、明らかにそれの雰囲気があるにも関わらず、ここには鎖はありません。
もちろん、鎖がなくともこの石柱の並びを見てなお、立ち入ろうとは思いませんが、必ずハダカガヤの周辺の保護のためにあるもののはずなのになぜ?!!

そんな疑問が膨らみながらも撮影していたところに、前回ハダカガヤの詳細をうかがった方がいらっしゃったのです。
最初は、初めて見るハダカガヤについて普通の質問と歴史のことをおたずねしたのですが、一通り伺った後にこの不自然な石柱のことをうかがってみました。

すると想像もしていなかった、大正時代に指定された天然記念物ならではの重い歴史を感じる事実があったのです。
地元の方のお話はこうでした。

「あぁ、昔はあそこには鎖がかかってましてんで。せやけど戦争の時に、鉄の供出で鎖、持っていかれてしまいましたんや。
せやもんでほれ、頭の方(石柱の上部)がきれいな形やのうて折れたみたいになってますやろ。」


まさか、巨樹探訪で戦時のお話を聞くとは思いませんでした。
そういわれれば、その不自然さは鎖がないこと以上に、割り、強制的に持っていかれた・・・いやお国のためにと勤しんで供出したのか、不揃いに残っている石柱の頂部だったのかもしれません。

日置のハダカガヤ15

近づいてよく見てみれば確かに、鎖なのか直線的に掘り込みが入っています。
おそらく、鎖がかけられていたところなのでしょう。

社寺の鐘すらも供出するような時代です。
ハダカガヤを守っていた鎖も例外ではなかったのですね。
自分の生まれた昭和という時代の、その時代の中の薄れてはいけないけども少しづつ薄れていきそうな部分が、突然目の前に鮮明に広がり、現実に存在する数百年の樹齢を数える巨樹とともに、今はその存在を見ることのできない「鎖」の跡が、今も絶えることなく流れる時間の重みをひしひしと頭と心に焼き付けられるような事実でした。

普段から、巨樹古木に出逢うことで自身の存在をはじめ、様々なことを想うのですが、ハダカガヤが教えてくれることはそれらとともに、いつも自分のそばにある時間の流れでした。

樹木にまつわるエピソードや逸話というものは各地様々ありますが、このようなケースはなかなかありません。

日置のハダカガヤ20

種をまいても通常のカヤしかできないものの、幾度かハダカガヤの上部に上り種をとったこと、そしてこの鎖のこと。詳しく聞くことができたのはやはり、その場でお話をさせてもらったから。

街の巨樹は人とともにある。

今回は境内の世界に唯一の存在でしたが、それもまた、地域の人たちと一緒に歩んできた歴史の中にあるんだと、しみじみと感じさせる、この小さな石柱なのでした。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

 

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ  

数か月前から組合誌の巨樹連載記事も始まり、拙ブログの中の記事との巨樹2本立て!になったわけですが、撮りためた巨樹の写真や当地に赴いた感想を、それぞれの媒体に合わせてお伝えしていきたいと思います。

さて、今日の巨樹はいつもとはちょっと違います。
何が違うかって。
巨樹古木を訪ねる、なんだけど確かに古木ではあるけども巨樹とまでのスケール感がないこと。しかし、それ以上に稀少性が高いことが理由です。
いや、稀少性という言葉すら適当ではありません。
だって、世界でただ一つ、この一本しか存在しないのだから・・・

日置のハダカガヤ3

国指定の天然記念物、「日置のハダカガヤ」です。
山の緑と畑の緑、そして空の青が美しい兵庫県篠山市に1本の超珍しい樹木が存在するのです。
名前から想像できる通りですが、「はだかのカヤの木」なのです。
で、超珍しいというのはなぜかというと、先に書いた通りなんと「世界にここだけ、1本しか存在しないから」です。
え?!1本だけ?!・・・そんなんなくなったら終わりやんか。
絶滅危惧種とか言った理由で取引が禁止されたり伐採が禁止されたりというのは、木材業界では聞く話ですが、そんなレベルではないのね・・・

日置のハダカガヤ5

磯宮八幡神社の境内敷地にあるハダカガヤ。
石碑の下の方に見える兵庫県の「縣」の字が、なんか妙にかっこえぇんですけど、それもそのはず。
天然記念物指定は大正時代。
巨樹巨木の多くは、昭和時代の調査によって指定されたものが多いと思われるのですが、このハダカガヤは植物学上大変貴重だということで、大正時代にはすでに天然記念物指定されたものなのです。
そりゃそうですよね。世界にただ一つだもの。
世界に1本しかないということは、自動的に世界一?!

日置のハダカガヤ11

カヤはスギやヒノキと同じく針葉樹の仲間。
通直な幹と緑に茂る葉は、どこか見慣れた樹形に感じますし、樹高や幹回りも驚くようなものではない為に、迫力には欠けるものの、「世界にただ一つ」という予備知識が、それを見る目を変えるのです。
知識がある方がいい場合もありますが、それがあることで観察眼が鈍ることもありますから要注意。
しかし、知らなければ「まぁまぁ大きなカヤの木やなぁ」で終わってしまいますから、ここは注意深く見なければ。

もともとカヤという木は、イチイ科カヤ属の樹木で鳥の大好物である甘い実をつけるイチイとは異なり、ある種イチョウの様なドングリのような、実をつける樹木です。
それは、カヤの木の学名は Torreya nucifera ですが、nucifera というのは「堅果を有する」という意味からも分かる通りです。

油気を有するその実は食用にもなり、また火が貴重なものだった時代には灯火油としても賞用されたというものですが、通常はその堅果は字のごとく堅い殻に包まれているものですが、このハダカガヤは殻がなく実が剥き出しであることから、裸=ハダカガヤと呼ばれています。
ゆえに、ハダカガヤは樹木の種名ではなくこの樹木の固有名詞、それも世界唯一の固有名詞なんですね。

日置のハダカガヤ19

右が通常のカヤの実。アーモンドの様ですが、右のハダカガヤは干しブドウのように殻がありません。
これが世界にただ一つのハダカガヤなのです。

もちろん、樹木それ自体の見た目には全く違いがないですから、初めに違いに気が付いた人は驚いたに違いありません。
いつも巨樹訪問をする際には、できるだけ地元の人とお話することにしていますが、この訪問の時もちょうどお話を聞くことが出来ましたので、その「昔話」を紹介しておきましょう。

日置のハダカガヤ10

いつからこれほどに立派な姿だったのかは定かではありませんが、少なくとも大正時代、天然記念物に指定される頃にはその稀少性は認識されていて、私が思う通り、この一本が枯れてしまえばハダカガヤは絶滅してしまうということから、様々な方がハダカガヤの種子を植えて子孫を増やそうとしたそうです。
しかし何度やっても、どうやってもハダカガヤの種子を用いているにもかかわらず、育つものは普通のカヤの木なんだそうです。
お話を聞いた方も、何人もがこのハダカガヤに上り直接とった種子をまいてもダメだった、と言っておられました。

不思議なものですが、今現在でもその実からハダカガヤを増やすことには成功しておらず、ただ一本が存在するのみである、と言われているのです。

ハダカガヤのもともとの来歴は案内板によると、天皇方に敗れた足利尊氏が都から九州に逃げ延びる際にこの地に立ち寄り、殻をむいたカヤの実を神前に捧げて武運長久を祈った時のものが成長し、ハダカガヤになったとされています。
という事は、樹齢約700年弱か?!

日置のハダカガヤ17

およそ700年間、唯一無二の存在であり続けているハダカガヤ。
成長が遅く、ゆえに長命と言われるカヤという樹種ですが、あとどれくらい元気で生き続けてくれるのかはわかりません。
その間にクローン技術などで、もしかしたら「第2のハダカガヤ」が芽生える日もくるかもしれませんが、私は生きていないかもしれません。

しかし、そうであってもなくてもきっと、ハダカガヤの命は消える事はないでしょう。
この地の人たちが大切に守り続ける限りは・・・・

日置のハダカガヤ9


日置のハダカガヤ所在地

兵庫県篠山市日置167

学校が近いので、児童には注意ですが駐車は可能です。

日置のハダカガヤ、今回はもう少し続きます。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp


続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ! 

趣味から連載へ 〜巨樹巨木でみる、夢への一歩〜

ひとつ前の巨樹古木紹介記事の「岩倉の乳房杉」の冒頭にて、弊社の所属する木材組合の組合誌で、巨樹などを紹介するコラムを持たせてもらい始めた事をお伝えしました。

仲買たより


まだまだ始まったところですし、如何に木材の組合といえども全ての人が私くらいに異常に木材や巨樹が好きではないことはわかりきっていますので(汗)、いったいどの様な反応や意見があるのか、実際は少しビビっている様な所があります。
もちろん、楽しんで書かせていただいてはいるのですが、どのようなテンションで続けていくかは、まだ試行錯誤しているところなんです。
記事の中には、今まで拙ブログでも紹介していないものもあり、ブログを見ていただいている方にも新しい情報をお伝えできているのではないかと思っています。

中学校の英語の教科書に出てきました。


I have a dream.


あまりにも有名な、キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏)の言葉です。
中学校のころですから、そのまま「私には、夢がある」と訳されていたと記憶しています。

簡単な日本語訳を知っていくにつれてグイグイと、いや静かに胸に沁みとおっていくその言葉と共に、キング牧師の存在が刻まれていきました。
彼ほどに崇高なものではないですが、私にも少しばかり夢があります。
その夢のうちの一つが、紙媒体で自身の木に関する情報若しくは巨樹の情報をまとめたものを出版する、ということ。
現在では、インターネットの普及とブログというシステムのおかげで、日々このように自身の想いを綴る事が出来ますが、ふた昔ほどまえであれば、そういったこともできず、やはり紙媒体での発信でありました。

弊社創業者の祖父は、その「想い」を伝えるために自身で小冊子「古木のたわごとー木造住宅のすすめー」を製作し印刷にかけて製本され、お客様などに配布していました。

古木のたわごと


すごい行動力だと思います。
どのくらいの冊数を印刷したのかを聞いてはいませんが、一度に印刷する部数は相当なものであるにもかかわらず、初版から半年後には2版目を出しているのですから、頭が下がります。
それを思うと、自身の発信力はまだまだ足りないところが多いです。

脱線しましたが、ここにきて私もインターネットではなく紙の媒体で、様々な人の目に触れる機会を持てるようになったのは少しの前進で、祖父の様に純粋に木材業の事を案じてのものではないのですが、趣味から連載を持たせていただけるという、ある意味のありがたさを感じながら少しづつ続けさせていただく予定です。

とはいえ、木材業界の組合誌ですから一般の方への発信とは言えませんが、一歩踏み出せたように思います。

ということで、次回は久しぶりに巨樹巨木記事でいきたいと思いますので、ちょっと力を入れてとっても珍しい「世界に1本」をお届けしますので、ご期待くださいませ〜。


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

・樹種別無垢フローリングのブログ記事一覧 http://trackback.blogsys.jp/livedoor/muku_mokuzai/1611916

・戸田材木店・セルバのホームページ
http://selva-mukumokuzai.jp

続きを読む

木ぃクンmuku_mokuzai  at 13:15コメント(0) この記事をクリップ!