空を見上げて
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2014年03月

消費税、もう少し待ってください。


もう明日から消費税率の改定があります。

国の制度は待ったなしで切り替わりますが、弊社ページの表示価格については、現在急ぎ改定の準備を進めておりますが、全て改定しきれていない状態です。
どうしても、一人作業ですべての記事をチェックしてうち変えていくには、月末年度末の通常業務もあり、不可能な状態です。

つきましては大変申し訳ございませんが、4月1日以降の記事内の価格表示については、しばらくの期間は5%と8%の消費税価格の記事が混在することとなりますので、お手数ではありますが価格については電話やメールにてお問い合わせいただき、御見積りにてご連絡対応をさせていただきたく思います。

ご不便をかける事でお恥ずかしい限りですが、ご容赦いただきたく思います。
まだまだ若いつもりなのに、単価表とパソコン画面と電卓の間で動く目の疲れは想像以上で、なかなか進みません。
若年寄、頑張れよ!と見守ってくださいませ。




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これも浪漫のうち?! 神代木の辺材部


本当に縁のもの、というか様々な事柄には全て何かの縁が関係しているのではないかと思ってしまいます。
神代木が頭にある時には神代木のお話を頂いたり、無垢フローリングで喜んでいただいた声を聞いた時には同じフローリングの問い合わせがあったりして、誠不思議なもんです。
先日は神代の原木の記事を書きましたが、それと時を同じくして別の神代のお話を頂いていました。
私の廻りの神代木が共鳴した?!かどうかはわかりませんが、神代の原木を釣り上げ損ねた代わりと言っては何ですが、お話を頂いた方はなんとかご期待にこたえたく、倉庫で休んでいる神代の顔をみにいったのです。

某人気刑事ドラマのセリフではないですが、木材のお話におっきいも小さいもないんだ!自分が出来得る限りの対応をしたい、と願ってはいるのですが、やはりドラマの主人公の様に、全ての期待にはこたえられないことも現実。
今回は、小さめの材であったのですが、小さいからと言って大丈夫だとは限らないから悩ましいところです。

今回出してきたのは神代薮椿

椿というと、桜の花の散っていく美しさとはまた異なり、大きく美しい花が散ることなく木から離れ落ち、その木のまわり一面に花の赤い絨毯ができるように見える、一度見ると忘れられない樹種です。

薮椿の花


種からとれる椿油は酸化しにくいオレイン酸という物質を含み髪に良いとされ、古くから生産されてきました。
近頃ではあまり目にしませんが・・・
女性の皆さんは何気なく使っているかもしれないこの樹種同名シャンプーがありますよね?!
それはこの椿油の特徴に由来することは間違いないでしょう。

さて、先の神代原木の記事でも一部写真を載せたように、弊社にて一本の丸太を製材して乾燥させているものです。

神代丸太製材 4

決して大きな丸太ではないのですが、現在はやっと少し乾燥期間を過ぎてきたかな・・・という位の時期なので、実際に加工した例はなく端材といわれる小さな材がでていません。
今回お話頂いたのがお箸の製作ということだったので、小さなサイズでも可能というものであったため、写真の様な厚板ではなく、製材の時に少しだけ出た樹皮に近い部分のすり落し材でなんとかつくれないものかと引っ張ってきました。

神代薮椿 1

本当はもっと長さのあるものだったのですが、ご承知の通りの神代木の性質。
厚みの薄い状態であることも手伝ってか、まるで暴れ狂う猛牛の様に、右に左に上に下に、更にねじれて・・・という状態だった為に製材できるように思い切って長さを切断。
それが上の状態です。

そこそこの大きさで数もあるから小さい材なら十分にできるだろう、と思われるかもしれません。
しかしながらそこが神代木で・・・

もしこれが、板材や角材として売られているモノならば、きちんと加工すればそのまま使えるはずなのですが、何せ丸太の端っこです。それも神代丸太の端っこ。
先日も書いたように、神代木は丸太の樹皮に近い部分や辺材部は幾千の時を超えてきたために、形はとどめていても少し力をかけると砂の山が崩れていくようにポロポロサラサラと形を無くしていきます。
ですから、形はあっても、実際に製材してみると木質を保っておらず、木製品に加工することができない部分が多いのが神代木辺材。
板物や盤物として売りに出るものは、そういった部分は取り除かれた状態になっていますが、丸太の場合はそれが全部残っていますから、製材してどのあたりまで使うことが出来るかは、割ってみないとわかりません。

少しづつ製材して、木質部をとりだそうとしてみたものの、やはり大半はダメで・・・

神代薮椿 3

少しシワのよったように見える写真左側部分は脆い部分です。木質部を探すうちにあんなにあった材も、どんどんと小さくなっていきます。
確かに最初から普通に木質部が使える部分は極少量だとは分かっていても、どんどんと形が無くなっていく神代には、その粉さえも集めておきたい様な、もったいないお化けのような気持ちになるものです。

神代薮椿 4


もうこれ以上製材すると無くなってしまう・・・というところまで試みましたが、ついぞ叶わず。
残ったものはこれだけ・・・

神代薮椿 2


これでも、裏面はやはり木質を維持していない部分を含んでいますし、長さも20cmにも満たない状態になってしまいました。
結果、ご希望頂いていた寸法に見たず、結局材をお渡しすることができませんでした。
残念。

本当に端の端まで活用したいところですが、藻屑と消えるとはこのことか?!という位に原型を失っていく神代には浪漫というよりも儚さすら感じてしまいます。
厚板が乾燥し、加工の端切れが出てくれば細かな細工物様に紹介したいと思っています。
時を超えて現れた神様を形に残せるように・・・
今はこんなコラボレーションまで・・・

神代薮椿と椿柄陶





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神代博打にのるかそるか!?


男は度胸、女は愛嬌とはいいますが、材木屋も度胸が必要な時もあるけれども、私みたいなタイプにはあんまり度胸があるとエライ事になってしまうので、愛嬌程度で丁度いいんではないかと、自分に言い聞かせています。

いっつも市場に行く時は、踏ん張って買わないつもりで行きますし、いいものがあってもなるべく低ぅ〜く見積もっておくようにしています。
踏ん張って買わないつもりでなにしに行くねん、となりますが、私の場合はそれ位に自制しておかないと、あれもこれもと大変です。
たとえば仕事柄、そんなに必要ではないように見えるオシャレ着も、普段は殆ど買うことがないのですが、一度買うと決めたら貪り食うかのように買い漁ります。
この性格を自覚しているので、値段の張る木材などはよっぽどのことがないと買えません。

そのよっぽど、というのはこれのことでしょうか・・・?!

神代原木 1


このボロいけどデカい代物はっ・・・・
そう、神代木です。
私の大好きな・・・・

神代原木 2


私の背丈と比べてもまだ大きい。
普通の人だとその大きさだけ見て感心して、えらく汚れているなぁと思われることでしょう。
確かに他の丸太よりもくすんでいて埃をかぶっているようです。
それもそのはず、神代木は海や川、土の中に埋もれていたものですから、土や泥が付いていて当然なんです。
この原木は、鳥海山近辺で出土したものだそうです。
どうも最近出てきたところの様で、皮に近い部分は未だに水分を含んでいてズブズブでした。
どれくらいだろう昔、おそらく火山によって流されたのでしょう。いたるところに焼けた跡が残っています。

因みにこの神代木、幅は大きな原木に見えますが、実は丸太だと仮定すると半分以上が無い状態です。
それは埋もれているうちに分解されてしまったこともあるのでしょうけれど、溶岩で焼けたか裂けたかしたために、失われたのではないかと想像します。
まだ半分がのこっているのではないか?!と夢を持つ方もいるかもしれませんが、こんな状態で出てくるのも神代ならではです。


また、最初は樹種が何かと気になって近づいたのですが、よく見てみるとたくさん杢華が咲いているではありませんか!!

神代原木 5

表面のポコポコしたこれです。
これが製材すると玉杢とかいわれる、何とも言えない柄?!として現れるのです。
これが結構たくさんあるので、もしかするとすごくきれいな板や盤が取れるのかも!!と早くも購入した後の製材を想像してしまうのは取らぬ木の虫の皮算用。
ただ、こればっかりは製材してみないとわからないところで、こんなにたくさんポッコリしていても、中身は全然普通の木目だったりするので、これは博打です。
杢を期待して大金を積んで競り落としても、果たしてそれが杢に出るかは保証されていませんから、鋸を通すまでハラハラドキドキ・・・

さて、お金の話は別として神代木のもう一つの楽しみはその色合い。
もちろん、普通思い浮かべるのは少し黒っぽかったり茶褐色だったりだと思うのですが、神代も最初からそんな色ではないんです。
以前に神代椿を製材したのを思い出してください。

神代丸太製材 3


この色合いがみるみる間に変色。
神代は空気に触れることによって深みをもった色合いに変色していく、その過程もとても魅力的なところなんです。
この原木も同じ。
見てください。
ここ、皮をはぐ前はこんなですが・・・

神代原木 3

一皮むくとこうなります。

神代原木 4


わかりますか?!
中央の少し緑に見えるところ。
ここが空気に触れていなかったところ。
鮮やかな緑です。

こうしてみるとまるで蛙がいるかのように綺麗です。

神代原木 6


これが私の心を魅了する神代の魅力。
乾燥で暴れようが割れようが欲しくなる一因です。
あぁ、なんとも罪な存在。

今回、少し気張って材木屋サン仲間で共同購入しようかと、同じ船に乗ってくれる船員を募って挑んだ神代の争奪戦。
そんなに敵船はいないかと思いきや、原木の傍で有力そうな「得意先」さんに電話で購入を打診する人もいれば、あわよくばとチョロチョロと下見に来る(欲しい人間にはそう見える!!失礼。)人もいて、なかなか手ごわい船合戦・・・

どうなる事かと思っていましたが、結果私たちが考えていた上限金額という波を超えて船を進めた方(超強敵だったらしい・・・)が購入権を獲得されました。
私たちのつかの間の夢の船出も博打も実らずで終了。
少し大きな買い物になりそうだったのですが、これも縁のもの。
今回は神代に手をとってもらえなかったという事で諦め。
またの縁を待つことにしましょう。

今の私にはこれが精一杯・・・

神代原木 7


軽く持てるようになったら「大人買い」してやるからな〜、待ってろよー神代。



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小学校で学ぶ木のこと、世界のこと


皆さんは学校の宿題すきでしたか?!
そんなの、好きでやるわけない!と99%位は解答がきそうですがもちろん私もその一人です。

もう30年程前、その当時は日本では殆ど問題にされていなかった「フロンガス」について調べた夏の自由研究は忘れもしません。
それから数年後、ようやくフロンガス規制が始まった様に記憶していますが、環境について考えるには、やはり早いうちからの方がいいに決まっています。それでも、なかなか勉強は進まぬのが子供というもので・・・

しかしながら、よく考えるとこの記事なんかも宿題というか自由研究のような感じだと思うので、大人になると抵抗が無くなるのかな?!とも思ってしまうわけですが、先日我が子が私の木に関する本を引っ張ってきて、「勉強で使うからみせてや」というわけです。

そんな難しい本どうすんねん?、と聞きながら渡したのですが、その後の「勉強」の内容が気になりそっと見てみると・・・おっと、愚息のノートには誤字脱字がたくさん・・・・とてもご覧いただけないので、その代わりに、宿題の元となった社会科の教科書の内容を見てみる事にしました。

社会科 2


おっ
いきなり核心に迫るところから始まっています。
国土の多くに森林を持つ日本において森林の事を考えるのは、これからの日本においてとても大切なことであり、普段木や森に触れる機会の少ない子供たちにとっては、学校でこういった勉強をするのはとてもいいことだと思います。

社会科 3

私たち材木屋が、木材の利用を推進するためのお話を始める時に引用する様な、森林面積の推移を表すグラフに、きちんと人工林と天然林の色分けがされています。
人工林が増えてきているのがよくわかると思います。
これが現在如実に表れているのが現在各県において利用促進が求められている地域材であり、その中で大きな割合を占める増加を続ける人工林の利用の問題です。

森林率の高い県では、毎年の森林伐採利用量を成長量が上回っているところもあるといいますから、現在、利用するために育てられてきた森林を使う時に来たということです。

そしてその話題の後に必ず続くのがこちら。

社会科 4


国産の木材と輸入木材の生産量の推移。
驚くのは、1970年代から既に輸入量が上回っていること。

現在の住宅などは、梁桁から柱に至るまで、殆どが輸入材です。
これには様々な理由があり、一概には論じることはできませんが、少なくとも前記のように、増加傾向の日本の森林を活用せずに輸入する必要があるのか?といった小学校において議論するにはちょうどいい問題提起になっている様に感じます。

ノートを見てみると、その問題について議論したメモが残っていました。
輸入材が安いからとか、日本の木を使わなかったからとか・・・
いい議題です。
もちろん、輸入材が優秀だったことも理由のひとつでしょうから、輸入が悪いと決めつけていないこともよいポイントだったのですが、そこでもやはり、木から木材を含め、木製品が出来るまでをしらない、触れたことのない子供達には、なかなか踏み込んでいくのが難しいお話だったのではないかとも思います。

社会科 5

育った木材を伐るだけではなく、枝うちや間伐といった作業の積み重ねの上にあるものだということ、それがとても手間のかかるものだということが写真でも紹介されています。
大人になっていろんなことを知ってからよりも、やはり無垢な心のうちに、環境問題の一つとして、こうやって森林について考えるのはとってもいい事。
もっともっと考える機会とネタを提供したいものです。


あれ?うちの子何をしらべてたんやろ・・・・
ノートの最後にありました。

社会科 6


樹種について調べていたようです。
ちゃんと杉を一番に持ってきています。
先生からも「とても詳しいですね!!」と三重丸をもらっていました。

けど息子よ、文章難しすぎるやろ・・・
裏杉とか表杉とか、そっちの説明もいれないと伝わらんよ・・・
その他にも用語が色々とあって、添削をしてしまいそうになりながらふと、自分のこのブログ記事は伝わっているだろうか・・・と逆に自分が心配になりましたが、親子してこうやって興味を持って調べられるというのもいいことか、と勝手に納得させてノートを閉じました。

学校においても少しづつ、森や木の事に関して勉強が進んできているようです。
嬉しい限り。
そこにやはり私たちの様に、日頃木材に接している専門家も参画して子供たちに伝えるべきなんでしょうね。
もっと伝えられるように・・・大人のお客様以外にも力を注ぎたいですね。
そう決心し、やはり気になるノートの添削に入る私でした。




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人が先か、シカが先か、それも問題だ


全ての世界で「バランス」をとるというのはとっても難しいものだと思う。
どちらかに傾いてもいけないし、そのままを維持するというのも難しい。

ある意味、「木材を利用する」というのも、それと同じことで、たくさんの関係者の方の努力で、近年になって「間伐材」や「植林木の計画的な伐採」という名目がつけば、木材として搬出されることが歓迎されるようになったけれども、それでも、やっぱりどこか森を破壊しているという昔ながらのイメージを持っている方も多くいらっしゃるのではないだろうか・・・
少し暗い画面で、山の斜面の木がどんどん切り倒されていくようなシーンや、数十年前の森林面積と現在の森林面積を地図上で比較したりして、物凄く森林が減少している様に感じるものもある。

それらも間違いではないけれど、多くの人は、どうしてそうなっているのか?!どういう意味でそうなったのか、というようなことは想像しないに違いない。

森林は伐らなければ良いか、そのままの方がいいのか、というと実際は全てがそうではないのです。
現在、野生のシカ類が爆発的に増えて、木々の若木の葉を食害したり樹皮を剥がしたりすることで、木々が育たなくなったり、山肌がむき出しになったりするという問題が新聞にも掲載されるようになった。

森や木の専門書などには以前から書かれていたことだけれども、人が破壊している様なイメージで、樹木の伐採は「悪いこと」というイメージがつくけれども、それではシカが食害して木々が枯れていくのは仕方がないのか・・・
森林減少は人が先か、シカが先か・・・

近年の温暖化(と言われている)によって、容易に越冬できるようになったことや、動物保護や自然保護からの狩猟の減少などが原因で、日本でもヨーロッパでも、食害による森林後退が問題視されています。
日本においては、シカの生息数は2000年の100万頭弱から2011年には260万頭超にまで増えているそうです。(環境省、農水省データ)
それに伴って食害の被害額も同約50億円から約82億円にまで上がっているということ。
そのため、認定狩猟者を増やしたり狩猟期間を延長したりというような措置をとる様です。


良いか悪いかという2極だけでは判断できないことではないかと思います。
個人的な考えになりますが、日本人(世界はしらないけど)は小さいころから正義の味方が悪物を倒すという図式に慣れ過ぎていて、物事を判断する時に一概に「良いものと悪いもの」と判断しがちだと思います。
しかしながら、もしかすると片方にとって良いことはもう一方にとっては悪いことになり得るし、自分が考える立場によって良い方と悪い方というのは容易に逆転してしまいます。

この問題の時にいつも思いだすのは映画「もののけ姫」。

もののけ 2


知らない人は少ないであろう映画ですが、あの映画は人の住む世界で生きていくために製鉄をし、そのために木を切る人々と、神の住む森との対峙が描かれているのですが、さてこれはどちらが良いのでしょうか?!
木を切る人間が悪いのか、それとも生きていくには仕方がないのか・・・
善悪では語れないものだと思います。

もちろん、それは昔から薪炭材や建築材などで木々を伐り、大径木を利用してきた文化のある事からもわかる様に、人間には森の木を使うことが必要ではあるけれども、現在と決定的に違うのは、必要以上に森に関与せず、その恩恵の有難さを感じていたことではないかと思います。
お互いの世界を尊重して共存する道を探ること。

もののけ 1


本来はそれが理想ですが、人が踏み込み過ぎたり、または保全目的でも関与しすぎたりするとかえってそのバランスを崩してしまうこともあります。

バランスを崩している元凶は全てが人間、というわけではなく今回のシカの様にやはり生命生きていく上で、様々な形で傷つけたりまたは恩恵を得たりしています。
それもバランス何でしょう。
私たちも肉や魚を食します。
命を食してそれによって生命を維持しているんだから、食事の前に「いただきます」と発するのは当然のことだと思っていますが、そういったことを忘れてしまうと、一気にバランスの悪い方に傾いていくのだろうと思います。

同じくジブリ作品の映画「風の谷のナウシカ」では、人間の汚した世界の毒を浄化する役割を森がになっている、という背景が描かれています。
「谷」では、必要最低限の木を伐り利用していますが、森を敬い大切にしている様がみてとれます。

ナウシカ 1

しかしそれ以外の国では争いがあり、表面上は汚れて見える浄化の役割を果たしている森を焼き払おうとしています。
森の深部では、どんどんと浄化されていることを知らずに。

ナウシカ 2

そのシーンに出てくる林立する抜け殻の様な巨樹群は、私たちの現実世界でも昔はこのような巨樹の森があり、人々はその大きさと存在に畏敬の念を抱いていたのではないかと思います。

いずれにせよ、善悪で決められない問題は様々あります。
人は環境破壊もするし、守ることもする。
生きていく上でのバランスを、多くの人が意識しないといけませんね。
シカも生きています。
自然の森とシカと人間、いやシカだけではなく全ての動植物にバランスのとれた状態に近づいていかなければいけません。
人の手の入った森はきちんと人の手で管理する、天然林は天然更新を見守る。
木材利用の観点からも、将来の環境を少しでも良くできるように活動を続けなければなりません。

少なくとも、森や環境をよくするのは、シカよりも人間が先でありたいものです。



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針葉樹と広葉樹


さぁ、今回も終わることのない木材の旅にでるとしましょうか・・・

じつのところ、木に関して色々と書いていくには結構迷うのです。
迷路の様に、ここを書いていくとこっちも必要、こっちに行くとここに派生してこれを書いておきたいなどなど、更に用語的なものが出てきたときには(というか必ず出てくる・・・)それについても書いていくもんだから、だんだん表題からずれていって違う方向に行きかけるのを修正するのが結構大変なんです。
だから、たまには「みんな知ってるけど詳しくは知らん」こともとりあげてみましょうよ。

迷いに迷って不時着点を探すわけですが、うまく着地できるかどうかはその時次第。
今日はうまくいくかどうか・・・

そんな事を考えるのも、どんどんと伝えたいことが湧きでてくるから。


さて、針葉樹と広葉樹と聞くとどんなことを思い浮かべますか?!
植物には色々と種類があって、それを分類する言葉も様々あります。
その中でこと、木に焦点を絞って考えましょう。
いろんな本を見ていても、どうしても最初は裸子植物(ソテツやイチョウほか針葉樹を含む球果植物)と被子植物(広葉樹を含む双子葉植物と竹や笹などの単子葉植物)にわけられています。
僕、実は子供のころは理科やこの被子とか裸子とか難しい言葉が頭に入らなくて、今でもちょっと拒否反応があります。
しかしながら、正式な分類としてはここから始めないといけないので、僕と似た性格の人は少し我慢してくださいね。

先ずは桧や杉に代表される針葉樹から。
針葉樹は、寒冷地にも多く見られ、一般的に針状または鱗片状で常緑の葉をもっていて(唐松などの例外もあり)、全て木本植物、つまり樹木で存在します。

針葉樹 1


その中身は、仮道管(かどうかん)という組織で水分の通導と樹体の支えを担っているのが大きな特徴。
だから、顕微鏡やルーペで見ると「ストローのような組織」がずらっと並んでいるのがみてとれます。

針葉樹


樹種としては後の広葉樹程のバリエーションは無いのですが、通直に成長する樹種が多く、木材としての産出量も多い為、材料一本の長さの必要な場合や安定して数量が必要なものは針葉樹がむいているともいえます。
もちろん、樹種の特性に見合った使い方は必要です。

針葉樹の祖先は約3億年前に出現したと言われています。
たまにテレビなどでCGを使って絵が枯れる太古の地球を見てみると、まっすぐに伸びた木や、地面の際で草の様に生い茂るシダなどと思える映像が出てきて、現在想像するジャングルや原生林とはイメージが違って感じるかもしれません。
それは、古い時代だからではなく広葉樹が登場するのはその更に1〜2億年後ですから、現在の森とは樹木の構成が異なるからなのですね。

変わってケヤキやナラ(オーク)等を持つ広葉樹は、熱帯雨林などから想像できるように、比較的温暖な地に多くの種が存在し、扁平な形の葉っぱを持った双子葉植物のなかで木本(*)植物のものを指しています。

広葉樹 1


樹体を支える木部繊維とは別に道管という組織を持ち、針葉樹では兼用されていた役割を分担して行っていることが大きな特徴です。
その為、顕微鏡をのぞいてみても、針葉樹の様にストローだらけではなく規則的に、若しくは放射状などに目視できるストロー(目視しにくいものもある)が配列されているのが見られます。

広葉樹


それはやはり針葉樹に比べて後発であるだけ高等化しているからだと言われています。
全員で一つの事をするのではなく、分業して効率よく仕事をするというようなイメージかな?!
広葉樹の特徴はその樹種の多さ。
細かく分けなくても相当な数があります。
それも私の記事の振興を悩ます一部分であり、広葉樹の一つの樹種を紹介するとその仲間の事を出さないといけなくなり、そうなるとその種の大本の樹種の事をかいていかなくては、となり・・・・どこまでいくのか?!という話になりがちです。

しかしながら広葉樹の「似ているけれども違う樹種」というのがまたとっても面白いところで、少し前のムクノキのところでも触れたように、ムクノキを紹介すると仲間のケヤキが出てきて、ケヤキの元はというとたどり着くのは「ニレ」となり、一つのつもりが最低3つ位の樹種のお話が混在することになります。
もちろんそれは針葉樹でも同じことですが、広葉樹の方が圧倒的に種類が多く知ることの楽しさを味わわせてくれますが、一点、針葉樹に比べて産出量が少ないという点があります。
桧や杉の様にまとまって手配しにくい、ということです。

そのあたりは、使わせてもらう方が都合に合わせないといけないので、しっかりと理解して選定することですね。

(*)木本

もくほん。対して草本。その字の通り「草か木か」ということ。
簡単にいうと木本の指す木は、複数年肥大上長成長し、樹体を構成するもので草本というのは基本単年か複数年でも肥大生長しないものだと理解してください。
この分類も正確にはややこしいのですが、木であるように思われているバナナの木も、実は幹ではなく、葉柄と言われる部分つまりは草が集合成長し幹の様な形をつくっているだけで、木か草かといわれると木ではないのですね。

しかしながら、こうやって分類して見ても、中には分類しきれないものも出てきます。
針葉樹に分類されているマオウ属 Ephedra とグネツム属 Gunetum の2属は道管を持っていて、南米やニュージーランドのDrimys属やいくつかのいくつかの東アジア産の属の中には広葉樹なのに道管が無く仮道管しか持たないものもあるといいます。
全てくくりきれないから自然。
そんなものがあってもいいでしょう。これも樹木の面白いところの一つです。


最後に寿命のお話。

針葉樹と広葉樹、どっちが永生きだと思います?!
イメージ的には広葉樹かな?!クスノキやケヤキなどの巨木が残っているところを見ても、やはり永生きなのでは・・・
そう思うかもしれません。
しかし、実際は針葉樹の方が永生きな傾向があります。
それは高等化して組織が複雑になった広葉樹に対して、シンプルな構造を持つ針葉樹の方が寿命に関しては優れている?!のかもしれませんね。

太く短い広葉樹か、細く長い針葉樹か?!

よく例えられる「人生」にも当てはまる?かな?!




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親子で行こう、親子で遊ぼう木の祭り


いろいろな形で「イベント」が催されたりしますが、自身の経験も含めて考えると、子供向けのものでは親御さんが付き添い、大人向けでは子供を連れまわしてしまったりして、どちらにせよ家族でイベントというのはなかなかに難しいもんだと思います。

それでも、数少ない大人も子供も楽しめるイベントというもの、それは「木のイベント」だと思います。
木というのは、子どもにとっては無限の可能性を引き出せる格好の材料となることは言うまでもありませんが、大人にとっては童心に帰って子供と同じ目線で時間を過ごすことのできる、数少ないものだと思います。

そんな木のイベント、「木のぬくもり♪ママまつりinおおさか 親子で木と遊ぼう」が来る3月30日(日)に大阪は梅田のハービスHALLにて催されます。
もちろん、参加無料で申し込み不要ですから遠慮なく参加できます。
11時からのオープニングを皮きりにバンド演奏や木材に関する展示、ママ向けのハンドエステやネイルケアーなどがあり、もちろん積み木、カンナくずプールなどの「童心」そのもので遊べる参加型企画も用意されています。(全て予定です。)

木のぬくもり 1


なんとあの超有名人(?)「くまモン」も来るそうです。
記念撮影できるかも?!

木のぬくもり 2


参加型コーナーで子供含めて遊ぶもよし、ママだけネイルに行くもよし(木もみてね)、そして「木材と健康」を始め、様々な講演も予定されているそうですから、住宅や木材製品を考えている方にはこの機会に知っておいていただきたい情報が聞けるものと思います。
月末の日曜日は是非家族で大阪におでかけを。
そしてその後に隣接のリッツ・カールトン大阪でゆっくり食事・・・なぁーんてことができると100点満点?なのですが・・・
家族で一日大阪と木を楽しんでみてはいかがですか?!




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リフリーバーチ(樺・カバ)無垢フローリングをつかっていただきました


ピッカピカで木肌が見えないよりも、本来の木材の持つ光を優しく届けてくれる性質を引き出すことのできる低光沢塗装がなかなか好調です。

それはリフリーバーチ無垢フローリングです。

リフリーバーチ無垢フローリング M様 2

前回は子供部屋に使っていただきましたが、今回は相当広い一部屋も含めたおうち全体に採用頂きました。
冬の日差しが差し込むフローリングの表面は眩しさを感じることなく、また表情豊かなバーチ(樺・カバ)の木目を楽しむことが出来ます。

リフリーバーチ無垢フローリング M様 3

一昔前は、無垢材というと節や欠点と言われる割れなどの少ないものや若干の補修程度のものが多く好まれましたが、近年は合板や印刷のフローリングとの違いが明確にわかる、リフリーバーチやロシアンバーチの様な木の神髄まで見ることのできるような木材が好まれる傾向にあります。

それを如実に語るのが合板のフローリングの色柄の傾向。
一昔前は美しい本物の木目を追及したものが多かったのですが、最近ではリフリーバーチの様な節や変色の跡をわざと表現した合板フローリングが多く登場しています。

印刷節ありフローリング

結構リアルです。
テカテカしていることと、やはり立体感が少し薄い事以外は遠目ではわかりにくい仕上がりです。

これは木の表情を求めるニーズとそれに伴って、単板では表現できない節などの表情を印刷でうまく表現している点にあります。
0.数mmの単板では節は表現できませんし、補修もできませんので単板のフローリングでは表現できなかった部分です。

とはいえ、本物はやはり本物。

こんな節や、

リフリーバーチ無垢フローリング M様 5


こんな変色、

リフリーバーチ無垢フローリング M様 6


こんな筋状の変色、3本も並ぶと普通は不自然ですが、かえって自然。

リフリーバーチ無垢フローリング M様 7


などなどが混じっています。
バーチは芯材の色と辺材の色の違いがとても顕著で、心材部分には黒っぽい筋や変色が入ることが多いので、ネイキッドグレードはそういった部分が中心になってきます。
写真では紹介していないセレクショングレードやプルミエグレードでは見られない部分ですから、上手に活用してもらいたいですね。

リフリーバーチ無垢フローリング M様 8


通常の無垢フローリングウレタン塗装との光の反射具合の違いはリフリーバーチリフリーオークの各記事を見ていただければ、室内ではなく屋外の直射日光での比較をしていますからよくわかることと思いますが、ネイキッドグレードの様に無垢フローリング本来のキャラクターを楽しむものは、やっぱりピカピカよりもこっちを選んでもらいたいものです。
印刷でも艶のあるウレタン塗装でもなく、リフリーバーチとリフリーオークのフローリングを是非ご自身の視覚で確認してみてくださいね。

リフリーバーチ無垢フローリング M様 1



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リフリーバーチ無垢フローリング M様 4


木のビブリオが、それぞれの木が持つストーリーとともに、こだわりの木材をお届けするブログと、稀少木材・無垢フローリングのホームページです。

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直近に迫る数年後の木材の為に・・・


3月16日から19日まで、担当はちょっとした会議に出席するために留守になります。

もちろん、木材の事についてですが、今すぐに関係するものではありません。
まだこれから5年、10年先の事になると思います。
しかしながら、木材利用ポイントも含め、様々な形で日本の木材を有効に活用しようという動きがある中で、取り残されている木材がまだまだ多く存在します。

それらは本当にもったいないものです。

近い将来の無垢木材や無垢フローリングの為、それ以上にそれらの原木や山の為に、4日間出張させてもらいますので、その間はショールームはお休みをいただきます。

不在の間に頂いたご連絡には戻りましたら順次回答させていただきますので、しばらくお待ち願います。



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単板(たんぱん)とは・・・


建築だけに限った話ではありませんが、その分野ごとの「専門用語」というのは多岐にわたり多く存在するものだと思います。

そしてその分野を木材関係に絞っても、私でも知らない用語がまだまだ多く存在するはずです。
しかしながらその中でも、業界の人間には認知されているし言葉も平易だけれど、一般には通じにくいものもあります。
よく木材に使われる漢字で間違われる物に「虎斑」があります。
これ、「こはん」ではなく「とらふ」です。
虎模様の斑(ふ)ですね。

そしてそれと並んで難解なのが「単板」でしょう。

これ、なんて読みます?!
「たんいた」ですよね?!

硝子製品などは「単板(たんいた)ガラス」等と言って、一枚のガラスの事を呼びます(最近の住宅に多く用いられているのは複層ガラス)が、木材の場合は「たんいた」ではありません。

木材製品の場合は「たんぱん」と呼びます。
またの名を「突き板(つきいた)」。

薄い紙状のように削り出された状態の木材です。
薄くする方法も色々とありますから、その手法はまた別の機会にするとして、木の固まり(one piece)から、0.2ミリ(!!・・・まだ薄い場合もある)というペラペラな状態の木材をつくりだすのが「単板」です。

単板 1


この言葉は、「銘木単板(めいぼくたんぱん)」や「オーク単板(たんぱん)」等という表記で、主にベニヤ板や合板フローリング、家具面材の表面の仕上げ面の材質の説明分に多く見られます。
つまりは銘木の薄〜〜〜いものを貼ってますよ、表面の0.2mmはオークですよ、ということです。

単板 2

めちゃ薄いです。
これで0.15mmです。
これはこれですごい技術。
よくこんなにも木材を薄くできるもんです。

因みにこれくらい薄いとこうなります。

単板 5


手に持って光にかざすとコレ見事。
樹種はカバですが、その白く綺麗な木目の裏側に私の手がまるで影絵のように写っています。
ここまで薄いとこんな事になるんですよね。
とっても綺麗でしょ。

単板 4

これなんか、ほんとに自然の造形美。
人間が計算や考えてもこのような配列にはならない、生きている樹木の証であり人の心を楽しませ落ち着かせる視覚的な「木目のゆらぎ」ですね。


それでも、これらを単板として使う場合は、この事によって貼りつけられる側の下地の色や柄を透過して見えてしまうということが嫌がられる場合がありますから、難しいもんです。

もちろん、単板と言ってももう少し厚いものや挽き板と呼ばれるものもありますが、厚くするよりは薄い方が一本の丸太からたくさん取ることができますし、効率もよいので、大抵は薄いものが多いです。
樹種の柄を楽しむ分には良いかもしれませんが、それでもあまり薄いものは木材の特徴である「杢や斑」といったものが感じにくくなりますから、壁の装飾などには良いかもしれませんが、直に良く触れる部分、特に視覚や足触りの触角で感じる床などには単板ではなく一本の木材からできる無垢のフローリングを使いたいものです。

これが無垢のフローリングをお勧めする理由でもあり、木の床の不思議シリーズでもお伝えしている様に、人の感覚に優しい素材である木材の特徴をそのまま感じることのできるのは無垢のフローリングだと思うからです。

単板 3

黒い単板はブラックウォールナットですが、その上に置いてある合板フローリングも、ブラックウォールナットの単板を貼ってあるものです。
もちろん、木目が違いますし塗装をされている合板フローリングとは若干異なりますが、この単板が加工されベニヤ板の上に貼りつけられてできるのが単板貼り合板フローリングです。

合板フローリングの意味はわかっていても、実際にこの薄さの単板を見て、いや触ってみると「えぇー、こんなに表面薄くていいの?!」と思ってしまうことでしょう。
まぁ、表面材としては塗装が保護膜として存在しますからあまり薄さは関係ないですから大丈夫でしょう。

技術としてとても凄いと感じるこの単板。
塗装で覆われる合板フローリングなどの表面化粧材としておくのは実にもったいないです。
もっと直に触れて感じてもらえるモノにしないといけませんね。

私が愛用している名刺もこの単板技術の賜物です。
名刺交換ですぐに「木が好きな人間」というのが伝わる、と好評です。
私の愛用の名刺の由来は以前に書きましたが、0.2mm程の木材で色々な話で盛り上がり、またじっくりとその樹種を感じていただけるのはとても嬉しく思います。
特に私の場合は変わり者だから、反ろうが波打とうが板目(木の目がまっすぐに通っていない目柄)にこだわっていますから、そんな変形した名刺をお渡しすれば、木材のクレームと言われる反りや曲がり等の現象をお話するきっかけにもなります。
もう、私の一ツールになっていますからね。

単板 6


無垢一枚物と比べて語られることの多い単板ですが、薄さの持つこの美しさは塊とはまた異なった魅力。
いろんなモノに更に活用できそうです。
頭をひねっていい知恵ださないと、こんな美しいもの、勿体ない、とついつい盛り上がってしまいましたが、難解な用語「単板」わかっていただけたかな?!

明日からは知っていたかのようにつかいましょう、「たんぱん」・・・ね。



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太田不動尊のムクノキ


やっぱり世の中、知らないことだらけ。
といいますか、灯台もと暗し。結構知ったようなつもりになっていても、まだまだ知らないこといっぱいです。
それも地元で、しかも木の事で知らなかったというのはちょっとしたショックです。

今までに水尾の樟(伯光神社のクス)を紹介していますが、我が茨木市においてはその一つのみ。
弊社のすぐ近く、初詣にも御参りする佐奈部神社にも道路際に保存樹に指定された立派なクスが存在しますが、今回は太い巨樹ではなく、ちょっと変わった?木をお届けしましょう。

こんな木が茨木にあったなんて・・・

太田不動尊のムクノキ 7

ビックリ、しませんか?!
うん、この写真だけでは伝わりにくいと思います。
一本の立木の傍に、枯れて倒れたのであろう老木が一本横たわっている。

そう、普通はそう見るでしょう。普通は。

しかぁーし!!私にはピーンときました。
これは、幹別れして横にのびているのでは・・・・・・・
その通りでした。

太田不動尊のムクノキ 3

この根元の部分でどう見ても繋がっています。
この角度からして、太さから見て、奈良の高井の千本杉の様な途中からの合体木ではないでしょう。
とすると、この異様な成長の仕方。
なんとも興味をそそるではありませんか。

そう思ってみると、やはり指定されていましたよ、茨木市の保存樹木に。

太田不動尊のムクノキ 2

指定第2号。
知らなかった。
それも普通ではあまり見かけない、社寺に多い木ムクノキでした。

実はここを知ったのは偶然か必然か?!現在弊社が納材しているお客様のお宅のすぐ近く、通り道なのです。
初めて訪れた時、素通りしそうになった私に「おい、どこ見とんのや!!」と言ったかどうかはわかりませんが、一方通行の道路を通り過ぎる間際に目を惹かれたのが最初。

幹が太いわけではないのに、何か気になってみてみるとなんと、地を這う幹があるではありませんか!!

ここは茨木市でも古くからの交通の要所であった「西国街道」という、現在の国道171号線に当たる主要道沿いの広場です。
歴史的にはそちらの方が重要なのか、ムクノキの解説板はありませんが、西国街道の解説板が設置されています。

太田不動尊のムクノキ 1

一般的に樹木というものは、天に向かって伸びるものだと想像しますよね?!
まぁ、「普通」という言葉が使えるのであれば、ふつうはそうです。

しかし、そんな言葉が通用しないのが自然の世界。
どうしてそんなことになったんだ、と聞くほうがアホだと思うくらいに自然のものは予想できないものが多く存在します。
そう、この一本(?!)をみて私が瞬時に想いだした事があります。
それはこちら。

逆カシワ


なんじゃこりゃーーーーーーーーーーー。

ムクノキの記事がかすんでしまうくらいの迫力のこの樹木は、岩手県にある「勝源院の逆カシワ」といいます。

もう、出会った瞬間からドキドキです。
だって、まぁ巨樹巨木は見上げるのが基本。大きいなぁ・・・と首を反らせるスタイルで驚きに浸るのですが、この逆カシワの場合は「どうしてこうなったの?!」という、いつもながらの馬鹿げた疑問符と驚きのエクスクラメーションマークが一緒に頭の中をぐるぐると回ってしまいます。

この逆カシワに出会っていなかったら、今回のムクノキはもしかすると「太い幹が枯れて倒れているなぁ・・・」位にしか思わなかったことでしょう。
車で走っていると、そうまじまじと見る事ができないので余計にです。
逆カシワとこのムクノキ以外に立派に育ったこんな木がまだあるのかもしれませんね。

ムクノキというのは「ニレ・楡」という樹木の仲間です。
楡の仲間で代表的なのはケヤキでしょう。

社寺にも多く使われていますし、銘木といえばケヤキ!というようなイメージも多いので、「ニレ科」というカテゴリーでありながらその科の名前の樹種であるニレよりもメジャーであるケヤキ。
ニレの方が「ケヤキに似ている」として代用材という名で市場に出ていますから、なにか可哀想な感じもしてきますが、それは人間の価値観で見た場合の話。
スポットライトの当たらないものが劣っているなんて言うことは決してありません・・・とはいうものの、木材としてのアピールポイントになかなかたどり着けないのも実際のところ。
もう少し私たちがニレを応援?!してやらないといけません!!

太田不動尊のムクノキ 5


脱線しました・・・
実はムクノキも、木材としての主な需要というのはそうありません。
流通量も非常に少ないです。
しかしながら、材よりも大きな特徴をもっているのがその「葉」です。
表面が珪酸質の毛で覆われているその葉っぱは、昔から研磨剤として重宝されてきたそうです。
黄楊(つげ)の櫛や鼈甲(べっこう)、木地の仕上げ磨きに使われていたといい、大阪は枚方市にある「田中邸のムクノキ」はまさしくそれで、鋳物製品を磨くのにその葉が用いられていたらしく、代々鋳物師として続いてきた田中邸にあった木ですが、現在は道路から眺める事が出来ます。

田中様邸のムクノキ

そういった特徴があることと、「ムクノキ」という名称が、甘い果実をムクドリが好んで食べるからだ、とか樹皮がむけるからだ、とか葉で剥くからだというものや「実黒(みくろ)」の転訛だという説もありますが、一般的には最初の「ムクドリが食べるから」説が多く語られていますね。
その方が可愛くていいというもんです。
もちろん、ムクドリだけではなく他の野鳥にもその恵みは分け与えられるものですが、ムクノキは社寺の境内に散見されることや街道沿いに残っている場合があります。

そう、この太田不動尊のムクノキも初めに書いている様に西国街道という旧主要道だった場所に残っている物で、やはり街道沿いに植えられたという伝承は正しいものだということです。

太田不動尊のムクノキ 9


現代の様に原動機の交通手段がない時代には、街道の一里塚に緑陰樹として植えられていたそうです。
納得ですね。
茨木市には他にも「岩作大明神のムクノキ」が存在しますが、私にとってはこの太田不動尊のムクノキはなかなかのインパクト。
是非見てもらいたいムクノキです。

太田不動尊のムクノキ 8


ニレ科の樹木は他にも、信長が安土から京に至るまでの街道に一里ごとに塚を築き、一里塚としてエノキ(榎)を植えさせた、という言い伝えも残っていますから、今も街路樹として多く見かけるケヤキも、もしかするとそのニレ科の名残にならっている?!のかもしれません。(本当はもっとちゃんと根拠があるはずですが、こういう言い伝えを想像していくのも樹木の楽しみの一つです。)
茨木市の指定によると、同じ場所にエノキも存在する様ですが、訪れた時はその事を知らず、見つけることはできませんでした。
次回には調べておきたいと思います。

太田不動尊のムクノキ 6


日本では関東以西に多いムクノキ。
最後にその学名を紹介しておきましょう。

Aphananthe aspera

Aphanes=目立たない
anthe=花

という意味からきている名称だそうですが、目立たないというのはケヤキ以外のニレ科の樹木を象徴しているようで、失礼乍「言いえて妙」的なところがありますが、花よりもやはり実に注目されがちなムクノキ。
その独特な木肌や材としての木目にも注目してみませんか?!

後から思うと巨樹巨木記事としては珍しく縦アングルの写真の無い紹介記事でした。

太田不動尊のムクノキ 4



太田不動尊のムクノキ所在地

茨木市太田二丁目3−681

駐車場はありません。一方通行沿いですが、進入前が少し広くなっていますから邪魔にならないように駐車すればよいかと思います。



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