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神話受け継ぐ奇し姿 〜クスノキ・樟 その弐〜

そうです、当地大阪にもクスノキに関する古いお話がいろいろと残っています。
その証拠に、大阪府にはクスノキの一般漢字として広く使われている「楠」の字を関する地名が多くあります。
楠葉(樟葉)や楠根、楠町などです。
その数は鹿児島県、和歌山県に次ぐ数だといいます。

古事記(仁徳記)にある現在の大阪府高石市富木の伝承に、一本の巨木を伐って船にしたというお話が残っているそうです。
お話にでてくる巨木があったのは兔寸河(とのきかわ)=富木でその地方を流れていた河のほとりらしく、その巨木は朝日があたるとその影がなんと、淡路島に達したというのです。
淡路島までの距離は、直線距離で単純にみてもおよそ40km以上。

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40kmもの影を落とす巨木って、どんなんやねん・・・
いくら朝日の照らす角度が低いといっても40kmは・・・・・

古い書物は事実を書き残している、という解釈でみてはいけないと聞いたことがありますから、それくらい大きかった、という例えを自ら想像する手がかりとすればよいのかもしれません。
そんな時代から、クスノキは巨木だったという事実が分かるんですね。
このお話は等乃伎神社の由緒にも語り継がれているものです。

クスノキの巨木伝説はそれだけにとどまらず、山口県には雲を突き抜けるほどの巨木が存在していたそうです。
その枝張りは二里四方(およそ8km)に及ぶとの伝承!
前々回に紹介した、見事な枝ぶりを誇る加茂の大クスでさえ、その枝張りは40m強。
二里四方って・・・・
しかも、あまりにも巨きかった為にその巨木の北側の地には、まったく日の光が当たらずに、その地方の地名が万倉になったらしい・・・
どう読むかわかりますよね・・・
洒落かっ!!って突っ込んでもつっこみきれないこの地名。

真っ暗だったから万倉、、、、まっくら・・・・

さらに続くのが、そのクスノキ伝説が残る地は楠町船木。
なぜなら、その雲をも突き抜ける巨木で船を作ったというのです。
だから船木・・・
もうなんでもありの様な伝説ですが、船を作る、というのは先の富木も同じ。

クスノキ 2

古事記には、鳥石楠船(とりのいわくすぶね)という名の船が登場し、日本書記にはスサノオノミコトが眉毛を抜いて撒くとクスノキとなり、スギとクスノキは浮き宝=船にせよ、という言葉通り、古くからクスノキは船としての利用が根づいていたようです。

昨年だったか、日本人のルーツをたどるために木舟で海を渡ってくることができるかどうかの実証実験が「おこなわれていましたが、大陸から日本人の祖先が渡ってきた船は果たして、クスノキだったのでしょうか・・・・

クスノキが船とされたのは、なにも神々のお告げばかりではなくて、やはり伝説の通り昔から巨木が多く存在したからだと推測します。
船を組んで作るという手法がなかったころは、丸木舟で木を刳り貫いて作ることができる素材が必要だった。
それができる上に、船に最適な要素を備えていたのはクスノキだった、ということかもしれません。


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