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今回こそは・・・念願のタイミング 〜飛騨国分寺の大イチョウ〜

待ちに待った、いや満を持して公開します。
季節感たっぷりに、タイムリー(大阪近辺では)にお届けできる初めての黄葉巨樹記事かもしれません。

地元大阪でも黄葉(紅葉)が始まっていた先日、もしかするともう遅いかもしれない・・・と若干諦めもありながらも向かった目的地、それは「飛騨国分寺」。
あ、もちろん仕事で物凄く近くに行くもので、寄らない手はない!ということで寄っているのですが、巨樹を目的にしている私とは違って普通の観光客の皆さんは、飛騨国分寺その物を目当てに来られた時に、そこにある「大イチョウ」に驚かれるという構図なわけですが、もう今回は飛騨国分寺の蘊蓄は抜きです(笑)。

今まで多くの黄葉(紅葉)巨樹巨木をめがけて、秋の道を走ってきたわけですが、いかんせん、仕事の都合や思うようにその時期に合わせて動けないこともあり(基本、巨樹探訪は木材の旬にあわせて冬なので・・・・・)、その美しい色彩の妙を味わうことは稀でした。
いつもなら、常瀧寺の大公孫樹の様に黄色い葉っぱではなく、真っ白な雪に包まれたりしていましたし・・・・(汗)。
しかし、今回は違いました!
散っているかもしれないと思いながらも訪れた私を待っていてくれたのは、黄色い吹雪舞う、飛騨国分寺の大イチョウでした。

飛騨国分寺の大イチョウ1

手前に写る紅葉もきれいですねぇ。

いつも通り、写真のウデのない私にとっては、この美しい姿を十分にお伝えすることはできないまでも、興奮した私の気持ちだけでも実況しておきましょう。
飛騨国分寺の大イチョウは、イチョウの巨樹としても十分な大きさを持っていますし、観光地である飛騨高山の街中に存在する巨樹としては、立派なものです。

しかし、今回のポイントは幹回りではなく黄葉。

飛騨国分寺の大イチョウ10


イチョウに限った話ではないですが、イチョウは特に黄葉のあとのその葉を落とすスピードが早く、一度散り始めると風が吹こうものなら、まるで金色の雪が舞っている様な美しさで舞い散るのです。
動きの無い写真では、私にはこの散り吹雪を伝えきることができませんが、当日は時折強めの風が吹き、散ったかと思うと急に晴天になり、黄金に輝く様な色彩を見せる場面があると思えば、急に陰っていき若干残る緑の葉の色が強調される部分があったりで、多彩な表情の変化に、いつまでたってもカメラをしまうことができずに困ってしまいました。

丁度以前にお伝えした「延命寺の夕照もみじ」もそうで、黄葉(紅葉)の美しさの一つは、時間の経過とともに変わりゆくその色合いと、木々の表情の変化だと思います。

山吹色に近い黄色かとおもえば・・・

飛騨国分寺の大イチョウ3

太陽光ひとつで一瞬にして・・・

飛騨国分寺の大イチョウ4

レモンイエローに若干の新緑かと思うほどの緑が入る変わりよう。
本当は、これ以前の青葉の時期にも二度訪れたことがあり、その時はやはり見事な大きさに魅了されたのですが、この黄葉というマジックの中では、さすがに色彩に目を奪われてしまいます。

何度も言いますが、もしこれが黄昏時や早朝の陽が昇り始めたころであれば、時間変化とともに感じる風景の移り変わりの素晴らしさに、言葉がなかっただろうなぁ・・・と推察するのです。

樹木そのものの持つ美しさもありますが、写真というその一コマではなく、その場にいることによる時間という軸が加わることで、単なる二次元から三次元への体感の違いではない、四次元といってもいいような、不思議な空間にいる感覚ではなかろうかと想像するのです。

飛騨国分寺の大イチョウ9

そういうことを考えていると、人が持つ五感というものはなんという素晴らし器官なのかと感心してしまいます。
一つの感覚器官である「目」で見て美しいと感じるものが、さらに増す情報として、「耳」があります。

これも写真ではどうしようもないですが、秋の「木枯らし」と感じる突風めいたものが吹いた瞬間・・・
「カサカサ・・・サァー、カラカラカラ・・・・・」と乾いていながらもどこか大イチョウの息吹を感じるような「散る音」が聞こえるのです。

そう、黄金の散り吹雪の中で。

飛騨国分寺の大イチョウ5

その音を聞いていると、目を閉じていても十分に散りゆく美しさを感じることができますし、目を開けていれば尚更のこと・・・
その散り方は、ソメイヨシノのそれとは異なり儚さではない、次の息吹への序章のような、続いていく一連の物語のように感じます。

本当のところは、この「黄色い葉の黄葉」を写真に収めることができれば十分!と思っていたものの、五感を刺激する大イチョウの黄葉は、改めて、その時その場に居合わせてこその感覚的美しさなんだなぁ、と実感。
もちろん、有名写真家さんなんかは、その時間さえも切り取って映してしまうような方もいらっしゃいますが、自分にはできないというもどかしさも、なぜかその場にいる時間を尊いものと感じさせてくれる材料にさえ思えます。

飛騨国分寺の大イチョウ6

まだまだ散りはじめではあるものの、大イチョウの足元はこのような感じ。
枝ぶりが見事なだけに、この根の周りにはそれほどの葉は積もらないかもしれないけれども、それでも「イエローカーペット」とでも言いたくなるほどの、いや、黄色いビロードというようななまめかしい厚みをもった絨毯の様相を見せ始めています。

撮影日は11/15。

朝は結構冷えるものの、日中は暖かさの残る寒暖の差がある日々。
木々の命のリズムは太陽光とともに寒暖の差が大きく関係するのですが、今年はとてもいいリズムだったのかもしれないなぁ、と一人満足。

飛騨国分寺の大イチョウ11


訪問より少し前に雨が降ったこともあり、足元をよく見るとまるで嘘のように美しい水玉が・・・・

中国の方を含めて多くの観光客がおられたのですが、ほとんどの人は、降り積もる黄色い絨毯に光る露の輝きまでは、目に留まらなかったようです。

さて、最後にいつもの大きさ比べをしておきましょう。
幹に観光客が被らないタイミングを見計らって・・・・

飛騨国分寺の大イチョウ8

本当は真横に立ちたいのですが、そんなに悠長にセッティングしている余裕がないほどに人がいることをお察しくださいませ。

いや、ぜひ青葉の時期と紅葉の時期に訪れてください。
広々とした境内に塔まで収める飛騨国分寺。(塔はあえて出しません。笑)
駅からも徒歩圏内。近くにはホテルも多数ありますので、高山にお出かけの際はお手を合わせにおいでください。


普段はその巨躯ばかりに気を取られがちな巨樹訪問ですが、今回ばかりは、観光客に交じってアングルを探して撮影です。
灯篭を傘のように包む苔の緑越しに見る大イチョウは、いつまでもそこでの時間の変化を楽しんでいたくなるに十分な対比となりました。
ありがたや、黄葉・・・

飛騨国分寺の大イチョウ12

飛騨国分寺の大イチョウ所在地

岐阜県高山市総和町1丁目83

境内が十分に広いので駐車可能。ただし黄葉時期は込み合うこともあるので、周辺の駐車場へ。


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