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世界に一つは世界一?! 〜日置のハダカガヤ ◆

世界唯一の存在であるハダカガヤ。

前回、その存在と他のカヤとの違いを書いていったわけですが、もう少しだけそれを取り巻いていた環境についてお話しすることが残っています。
それは不自然に並んでいる、ハダカガヤの周りの石柱。

日置のハダカガヤ5

前回は、背の高い石柱に刻まれる天然記念物の文字のことをお伝えしましたが、今回はハダカガヤを囲むように立つ背の低い不揃いの丸い石柱です。

巨樹巨木を訪ね歩いている人であれば、おそらくはすぐに推測はつくものだと思います。
私もそうでした。
最近特によく見かけるようになったように思いますが、巨樹や古木の周辺への立ち入りを規制するためのもの。
根への影響や幹を傷つけたりすることのないように、樹木の周りへの立ち入りを制限するために施され、たいていは鎖がついていたりするものですが、明らかにそれの雰囲気があるにも関わらず、ここには鎖はありません。
もちろん、鎖がなくともこの石柱の並びを見てなお、立ち入ろうとは思いませんが、必ずハダカガヤの周辺の保護のためにあるもののはずなのになぜ?!!

そんな疑問が膨らみながらも撮影していたところに、前回ハダカガヤの詳細をうかがった方がいらっしゃったのです。
最初は、初めて見るハダカガヤについて普通の質問と歴史のことをおたずねしたのですが、一通り伺った後にこの不自然な石柱のことをうかがってみました。

すると想像もしていなかった、大正時代に指定された天然記念物ならではの重い歴史を感じる事実があったのです。
地元の方のお話はこうでした。

「あぁ、昔はあそこには鎖がかかってましてんで。せやけど戦争の時に、鉄の供出で鎖、持っていかれてしまいましたんや。
せやもんでほれ、頭の方(石柱の上部)がきれいな形やのうて折れたみたいになってますやろ。」


まさか、巨樹探訪で戦時のお話を聞くとは思いませんでした。
そういわれれば、その不自然さは鎖がないこと以上に、割り、強制的に持っていかれた・・・いやお国のためにと勤しんで供出したのか、不揃いに残っている石柱の頂部だったのかもしれません。

日置のハダカガヤ15

近づいてよく見てみれば確かに、鎖なのか直線的に掘り込みが入っています。
おそらく、鎖がかけられていたところなのでしょう。

社寺の鐘すらも供出するような時代です。
ハダカガヤを守っていた鎖も例外ではなかったのですね。
自分の生まれた昭和という時代の、その時代の中の薄れてはいけないけども少しづつ薄れていきそうな部分が、突然目の前に鮮明に広がり、現実に存在する数百年の樹齢を数える巨樹とともに、今はその存在を見ることのできない「鎖」の跡が、今も絶えることなく流れる時間の重みをひしひしと頭と心に焼き付けられるような事実でした。

普段から、巨樹古木に出逢うことで自身の存在をはじめ、様々なことを想うのですが、ハダカガヤが教えてくれることはそれらとともに、いつも自分のそばにある時間の流れでした。

樹木にまつわるエピソードや逸話というものは各地様々ありますが、このようなケースはなかなかありません。

日置のハダカガヤ20

種をまいても通常のカヤしかできないものの、幾度かハダカガヤの上部に上り種をとったこと、そしてこの鎖のこと。詳しく聞くことができたのはやはり、その場でお話をさせてもらったから。

街の巨樹は人とともにある。

今回は境内の世界に唯一の存在でしたが、それもまた、地域の人たちと一緒に歩んできた歴史の中にあるんだと、しみじみと感じさせる、この小さな石柱なのでした。


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