空を見上げて
トップページ » 太田不動尊のムクノキ

太田不動尊のムクノキ


やっぱり世の中、知らないことだらけ。
といいますか、灯台もと暗し。結構知ったようなつもりになっていても、まだまだ知らないこといっぱいです。
それも地元で、しかも木の事で知らなかったというのはちょっとしたショックです。

今までに水尾の樟(伯光神社のクス)を紹介していますが、我が茨木市においてはその一つのみ。
弊社のすぐ近く、初詣にも御参りする佐奈部神社にも道路際に保存樹に指定された立派なクスが存在しますが、今回は太い巨樹ではなく、ちょっと変わった?木をお届けしましょう。

こんな木が茨木にあったなんて・・・

太田不動尊のムクノキ 7

ビックリ、しませんか?!
うん、この写真だけでは伝わりにくいと思います。
一本の立木の傍に、枯れて倒れたのであろう老木が一本横たわっている。

そう、普通はそう見るでしょう。普通は。

しかぁーし!!私にはピーンときました。
これは、幹別れして横にのびているのでは・・・・・・・
その通りでした。

太田不動尊のムクノキ 3

この根元の部分でどう見ても繋がっています。
この角度からして、太さから見て、奈良の高井の千本杉の様な途中からの合体木ではないでしょう。
とすると、この異様な成長の仕方。
なんとも興味をそそるではありませんか。

そう思ってみると、やはり指定されていましたよ、茨木市の保存樹木に。

太田不動尊のムクノキ 2

指定第2号。
知らなかった。
それも普通ではあまり見かけない、社寺に多い木ムクノキでした。

実はここを知ったのは偶然か必然か?!現在弊社が納材しているお客様のお宅のすぐ近く、通り道なのです。
初めて訪れた時、素通りしそうになった私に「おい、どこ見とんのや!!」と言ったかどうかはわかりませんが、一方通行の道路を通り過ぎる間際に目を惹かれたのが最初。

幹が太いわけではないのに、何か気になってみてみるとなんと、地を這う幹があるではありませんか!!

ここは茨木市でも古くからの交通の要所であった「西国街道」という、現在の国道171号線に当たる主要道沿いの広場です。
歴史的にはそちらの方が重要なのか、ムクノキの解説板はありませんが、西国街道の解説板が設置されています。

太田不動尊のムクノキ 1

一般的に樹木というものは、天に向かって伸びるものだと想像しますよね?!
まぁ、「普通」という言葉が使えるのであれば、ふつうはそうです。

しかし、そんな言葉が通用しないのが自然の世界。
どうしてそんなことになったんだ、と聞くほうがアホだと思うくらいに自然のものは予想できないものが多く存在します。
そう、この一本(?!)をみて私が瞬時に想いだした事があります。
それはこちら。

逆カシワ


なんじゃこりゃーーーーーーーーーーー。

ムクノキの記事がかすんでしまうくらいの迫力のこの樹木は、岩手県にある「勝源院の逆カシワ」といいます。

もう、出会った瞬間からドキドキです。
だって、まぁ巨樹巨木は見上げるのが基本。大きいなぁ・・・と首を反らせるスタイルで驚きに浸るのですが、この逆カシワの場合は「どうしてこうなったの?!」という、いつもながらの馬鹿げた疑問符と驚きのエクスクラメーションマークが一緒に頭の中をぐるぐると回ってしまいます。

この逆カシワに出会っていなかったら、今回のムクノキはもしかすると「太い幹が枯れて倒れているなぁ・・・」位にしか思わなかったことでしょう。
車で走っていると、そうまじまじと見る事ができないので余計にです。
逆カシワとこのムクノキ以外に立派に育ったこんな木がまだあるのかもしれませんね。

ムクノキというのは「ニレ・楡」という樹木の仲間です。
楡の仲間で代表的なのはケヤキでしょう。

社寺にも多く使われていますし、銘木といえばケヤキ!というようなイメージも多いので、「ニレ科」というカテゴリーでありながらその科の名前の樹種であるニレよりもメジャーであるケヤキ。
ニレの方が「ケヤキに似ている」として代用材という名で市場に出ていますから、なにか可哀想な感じもしてきますが、それは人間の価値観で見た場合の話。
スポットライトの当たらないものが劣っているなんて言うことは決してありません・・・とはいうものの、木材としてのアピールポイントになかなかたどり着けないのも実際のところ。
もう少し私たちがニレを応援?!してやらないといけません!!

太田不動尊のムクノキ 5


脱線しました・・・
実はムクノキも、木材としての主な需要というのはそうありません。
流通量も非常に少ないです。
しかしながら、材よりも大きな特徴をもっているのがその「葉」です。
表面が珪酸質の毛で覆われているその葉っぱは、昔から研磨剤として重宝されてきたそうです。
黄楊(つげ)の櫛や鼈甲(べっこう)、木地の仕上げ磨きに使われていたといい、大阪は枚方市にある「田中邸のムクノキ」はまさしくそれで、鋳物製品を磨くのにその葉が用いられていたらしく、代々鋳物師として続いてきた田中邸にあった木ですが、現在は道路から眺める事が出来ます。

田中様邸のムクノキ

そういった特徴があることと、「ムクノキ」という名称が、甘い果実をムクドリが好んで食べるからだ、とか樹皮がむけるからだ、とか葉で剥くからだというものや「実黒(みくろ)」の転訛だという説もありますが、一般的には最初の「ムクドリが食べるから」説が多く語られていますね。
その方が可愛くていいというもんです。
もちろん、ムクドリだけではなく他の野鳥にもその恵みは分け与えられるものですが、ムクノキは社寺の境内に散見されることや街道沿いに残っている場合があります。

そう、この太田不動尊のムクノキも初めに書いている様に西国街道という旧主要道だった場所に残っている物で、やはり街道沿いに植えられたという伝承は正しいものだということです。

太田不動尊のムクノキ 9


現代の様に原動機の交通手段がない時代には、街道の一里塚に緑陰樹として植えられていたそうです。
納得ですね。
茨木市には他にも「岩作大明神のムクノキ」が存在しますが、私にとってはこの太田不動尊のムクノキはなかなかのインパクト。
是非見てもらいたいムクノキです。

太田不動尊のムクノキ 8


ニレ科の樹木は他にも、信長が安土から京に至るまでの街道に一里ごとに塚を築き、一里塚としてエノキ(榎)を植えさせた、という言い伝えも残っていますから、今も街路樹として多く見かけるケヤキも、もしかするとそのニレ科の名残にならっている?!のかもしれません。(本当はもっとちゃんと根拠があるはずですが、こういう言い伝えを想像していくのも樹木の楽しみの一つです。)
茨木市の指定によると、同じ場所にエノキも存在する様ですが、訪れた時はその事を知らず、見つけることはできませんでした。
次回には調べておきたいと思います。

太田不動尊のムクノキ 6


日本では関東以西に多いムクノキ。
最後にその学名を紹介しておきましょう。

Aphananthe aspera

Aphanes=目立たない
anthe=花

という意味からきている名称だそうですが、目立たないというのはケヤキ以外のニレ科の樹木を象徴しているようで、失礼乍「言いえて妙」的なところがありますが、花よりもやはり実に注目されがちなムクノキ。
その独特な木肌や材としての木目にも注目してみませんか?!

後から思うと巨樹巨木記事としては珍しく縦アングルの写真の無い紹介記事でした。

太田不動尊のムクノキ 4



太田不動尊のムクノキ所在地

茨木市太田二丁目3−681

駐車場はありません。一方通行沿いですが、進入前が少し広くなっていますから邪魔にならないように駐車すればよいかと思います。



トラックバックURL
コメントを書く




情報を記憶: 評価:  顔   星