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建築に対する姿勢 −あんまりかたよっちゃいけないなぁ−


子供って意外とすごい。
知ってか知らずか・・・いや、知っているはずないのに大人に「おぉっ!!」思わせるものを出してきたりする。


私に長男が先日図書館に行く時に、「お父さんの好きな木の本を借りてきてあげるわ」というので、自分の読みたいものを借りたらいいよ、といって送りだしたのですが、そこで借りてきた本がちょっと驚きというか、目からうろこが落ちる思いをする事になるのでした。
さすがは、我が息子。
伊達に「お父さんとそっくりやね!」と言われ続けていない・・・(かなり良く似ているらしい・・・そういえば、私の小学校の時の写真は、自分で見ても息子によく似てたなぁ・・・・・やっぱり似てるのか。)

その本とはこれ。
超有名建築家、隈研吾さんが書いている本でした。

隈さんの本1














素材の実験とあります。
なんや、木の本とちゃうやんか・・・とちょっと意地悪な文句をいいつつも中を見てみると、いきなりこんなショッキングな?!(笑)見出しが!!


隈さんの本2














なんじゃ?コンクリートは何がこわいの?!なにか大きな欠点でもあるの?!大丈夫なの?
そんな不安を連想させるような表題でした。
が、もちろんこれは決してコンクリートが危険という意味ではありませんでした。
それは、丈夫でいろんな建築に応用できるから、建築家でもその素材を用いる意味をはっきりと理解せずに使う場合がある、要は万能材料としてしまっている事に対する「こわい」であると私は受け取りました。

確かに私も建築の勉強をかじりましたから、若干はわかるつもりなのですが、残念ながら建築の構造や建築材料として考える時、木という選択肢には良い記述はほとんど見当たりません。
コンクリートや鉄骨には、「こういう理由で優れている」という理由づけをし、こんな建築や間取りが可能などとして説明しているのに、木は伝統的な継ぎ手の名称や腐るから防腐剤を使えとか、釘をこうやって打つと弱いとか、そんな話しか出てきません。
木を使って住宅を建てると環境的にも、住まう人の健康的にも良い事があることなど、これっぽっちも載っていません。
まぁ、設計などをする場合の事ですから、住環境までは要求していないのかもしれませんが、そんな程度しか木の事を知らず、鉄やコンクリートの方が優れていると勉強してきた方に、木造の良さや特徴を活かした家ができるでしょうか?!

言わずもがなNOですね。

ですが、設計や建築の勉強をするときはこんな感じの様です。
大学などの建築課でも、その課程のうちで木や木造に関する授業時間は数えるほどだと聞いた事があります。
もちろん、木や木造に力を入れていらっしゃるところもあるでしょう。
ですが、それが日本の現状。

一般的な街の建築士さんたちは、どうして木を知らないのか、木造住宅に理解がないのかという疑問の理由が少しわかったような気がしていました。

しかし、話は戻って隈さんは違っているようでした。

上の様にコンクリートが必ず万能ではないとし、次々とほかの建築材料についてトライした記録を紹介してくださっています。

隈さんの本3



 窓に使うものという固定観念のあるガラス。










隈さんの本4




 いまや、いろんなものに利用されているプラスチックの事も・・・







その素材を否定するのではなくて、活用できるような建築にしていく。
その素材の持つ意味、その素材が使われてきた意味を知っているから使えるということ。
それが、今の建築には乏しいのだとか・・・

では、隈さんにとって「木」という素材はどうなのか?!
それについては、「本来木の使えない部分に木を使う」という手法で臨まれた事例がのっていますので、詳しくはそちらを見ていただきたいのですが、隈さん自体は「建築の厚化粧は嫌いだ」とおっしゃっています。

その点、木を使っていたとしても、あまりにもごちゃごちゃと無理矢理「木質感」を演出している物は好みではないのでしょう。
そう考えると、今の建築は「木を使っています」ということにプラスして、安価な材料に塗装をしてそれらしい「雰囲気」を出してみたり、それこそ、屋外に使用するのにもかかわらず、単なる一本の材料価格の差だけを見てもっとも安いもので仕上げて「これだけ安くできた!」と得意気になる。
それって、お客様にとっては良い事なのかな?!
また、お客様が了承されていればまだしも、これも木材の本来の性質や用途を無視した傾向ですね。


鉄やコンクリートや木などの、どの材料にせよ、必要でありそれぞれの特徴を持っています。
それぞれの素材を比較するのはあんまり意味ないし、それよりも上手に長所を合わせて使い分けてあげる事が必要なんだと、この本によって感じ、「木、一辺倒」になりがちな頭を少しほぐしてくれたような気がします。
といっても、やはり私は木が好きです。
だからもっと木の長所を知ってもらいたいですし、木の建築などを通して住まう方に喜びや満足を提供できれば、と思います。

以前にも少し書いた事がありますが、この本を読んで想いを再確認したことがあります。
それは、あとがきにも表紙にもしっかりと記されていたことでした。


隈さんの本5



 「子どもたちに伝えたい家の本」と副題にあります。










「家が人を育み、家の力が住まう人の力になる。」

ということ。私なりの解釈と想いが入っていますが、この本の表題の様に建築には「住むところの意味」という事を鑑みる時間と余裕が必要なのです。
かっこいい家、綺麗な家、というのではなく、家というのはやはり家族のいる場所であり、家庭そのものであり、子供にとっても大人にとっても人格形成の大きなステージであると思います。
だから大人だけではなく、子どもに伝えたい家の話になっています。
そんな大切な場所「家」に対する姿勢の持ち方を改めて考える事になった、「さすが!」な本でした。
文面もものごしの柔らかい語り口調になっていて、大人が考える時間をくれる物の様にも感じますので、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

このお話、本とは少し離れますが、派生したお話がもう少し続きます。
それは次回お届けします。



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