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トイカメラなるもの


いつも記事を綴る時、拙い文章での説明を補助してくれる頼もしい存在である写真。
前にも書きましたが、正直私は写真撮影は得意ではありません。
自分が「これを残したい!!」と思って撮るのですが、遠近や、光の加減がなかなかうまくいきません。
記事中でも、うまくご覧いただけていないところが多々あり、改善の余地ありだと日々思います。

そんな私ですので、カメラにこだわりを持つ人ほど詳しくはわからないのですが、個人的には利便性は抜きとして、やはりフィルムカメラの写り方の方が好みの様に感じます。
未だに愛車のオーディオがテープデッキであったり、テレビの録画もビデオテープだったりするアナログ人間だから、贔屓目に見ているところもあるのかもしれませんが、そう感じます。

そんな私の気をひきつけた昔のカメラが出てきた記事は以前に書いていますが、昔のカメラではなく、「昔風」なカメラが近頃話題になっているという話を聞きました。

その名も「トイカメラ」。

英語として考えると、おもちゃカメラ?!なんでしょうか。
いや、どおもしっかりとしたカメラの様です。
数社が販売しているようなのですが、昔のカメラらしい風貌の彼らは、フィルムタイプもあれば、デジタル版もあるそうで、何やら面白そうです。
しかも価格も数千円単位からの実勢価格の様で、かなりお手頃ではないかと感じます。
当然、なんでもオートの近年のデジカメとは違い、フィルムタイプではピンボケや露光ミスといった現象が起こりやすいですが、それも現在のミスなく素早く仕上がりを確認できる事に慣れている事からすると、逆に新鮮で楽しいという意見もあるそうです。


冒頭の様に、私はカメラには精通していませんが、私だけではなく、みんながどこかで欲しているものが「トイカメラ」にはあるんでしょうね。

いくら高性能でも、いくら素早くても、いくら簡単でも、それだけでは何か足りないのかもしれません。
カメラの被写体を撮影するということ一つをとると、単純には高性能なモデルがあればよいのかもしれません。
が、やはり、押し入れの片づけをしていた時に、奥の方から出てくる昔の色あせた写真のあの何とも言えない雰囲気や、それから感じ取れるいろいろな想いは、色あせているからこそ出てくるものでもあると思います。
いつまでも綺麗なままも良いでしょう。
しかし、人間にも寿命がある様に、やはり写真やカメラも古くなり、色あせても良い様に感じます。
それが時間の中で「生きている」という事なのではないかとも思います。

私の扱う木材もそうですよ。
幾年月を生きてきた樹木が、伐採された後もまた材木として人間とともに時間を過ごすわけです。
当然色あせますし、年もとります。
油気がなくなる事もあるだろうし、人間の怪我同様、傷もたくさん付きます。
ですが、やはり、それらこそが同じ時間の中で過ごしていける木の良さであり、ピカピカの傷のつかない木目柄の「商品」との決定的な違いであり、いつの時代も生活の中にある理由だと思います。

アンティークやレトロといったものを好む日本人なのに、木や住宅に使う木材には、古びていく良さを見出しにくくなっている様に思います。
カメラでもそうですが、無垢の木材だからこそ、時間とともに古びていく良さを知ることができますし、それを眺める楽しみができます。
古びていくことのない、石油由来の建材製品だけでは感じる事の出来ないもの。

無駄、手間がかかる、時間がかかる、といって今までそぎ落としすぎていませんか?!
そぎ落としすぎると、無味乾燥な人生になるのではないかと危惧します。
少なくとも、今の「普通の」住宅にはそんな感じがします。

一般の方にも、カメラだけではなくもっと木材と過ごす味わいをお届けしたい。
アンティークやレトロな雰囲気だけではない、自分とともに過ごしてきた時間を見てとれるのは、木材の素晴らしいところです。
私の様な、自称アナログ人間だけではなく、もっと多くの皆さんに古びていく良さを伝えたいなぁ・・・
トイカメラなるものを眺めながら、そう思う今日一日でした。


色褪せない心



 これは、本物の40年前のカメラ。

 子供が喜ぶような物を残していきたいですね。












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